第三十一話 ―― 決着 ――
巨大な影が、三人を見下ろしていた。
四つの悪意が、溶け合った塊。
眼、歪曲、禍い、支配。
それらがひとつに束ねられて、台地そのものを、低く軋ませている。
「女神が一つなら、悪魔も一つ」
悪魔の声が、四重に重なって、響き渡る。
そう、初めから一柱だった。
「白の集まる場所には、黒が、溜まる。
我は、その黒。貴様が、受け取らなかった――もう、半分だ」
それは、嫉妬だった。白への、狂おしいほどの切望だった。
白の集まる場所に、黒が溜まるのなら。
黒の淵へもまた、白は流れ込む。その純度が高いほど、強く、深く。
求める前から、流れは決まっていた。
アゼルの元に、女神と石碑の守護者たちが集ったように。
「――視ていたぞ。光を、集め続ける、貴様を」
四重の声が、水晶の輝きへ、向けられた。
空気が、重い。
立っているだけで、膝が笑う。肺の底まで、見えない重石が沈み込んでくるようだった。
勝てるはずがない。
誰もが、否応なく、そう感じさせられる力だった。
それでも、ガルドが、踏み込んだ。
胸の巨眼が、瞬きもせず、三人を映している。
一挙手も。一投足も。
視られて、いる。
―眼―
渾身の斬撃が、届く寸前、ぐにゃりと曲がった。
ヴァルの投じた炎が、宙で渦を巻き、あらぬ方へ散る。
―歪曲―
アゼルの光が、触れる前に、腐り落ちた。
遠間からの一手は、ことごとく、届かない。
―禍い―
見えない鎖が、三人の四肢へ、伸びた。
―支配……
だが、その支配の鎖は、弾かれた。
斬れない。
灼けない。
でも、踏み込める。
『よく、見て』
ヴァルの腰の革袋で、洞察の魔導書が、光を放つ。
死に、浄められ、甦った身体に――書は、初めて応えた。
ヴァルの目は、一つになった悪魔を、見据えている。
いや。
見据えているのは、その奥。
悪魔の中心。禍々しい力が渦を巻く、その核。
核は――欠けていた。
そこに嵌る、もう一柱の悪魔が、いなかった。
拷問の――グロスト。
『もう、大丈夫。ありがとう……』
最後に思い浮かべたのは、三人の笑顔だった。
旅で分けあった、たくさんの笑顔。
――ほんとうは、まだ、見ていたかった。
この先の、知らない街。知らない味。三人の、明日の顔。
でも。
その笑顔を守れるなら、三人の未来、いや、みんなの未来を守れるなら、こわくはない。
次の瞬間。
リリアナの姿をした水晶、それが、強く瞬いた。
視界が、白い光で、埋め尽くされる。
リリアナが――弾けた。
鳴り響く、高音。
散りゆく、無数の欠片。
その欠片の一粒から、黒い雷が奔った。
二粒、三粒。
すべての欠片が、いっせいに。
黒が、ヴァルの刃へ――集束した。
別れの悲愴は、轟音と、黒に、塗りつぶされた。
刃に纏うのは、炎、だけではない。
黒い雷が、炎と絡み合いながら、刀身を這い上がり、輪郭だけを、紫に灼く。
白と黒の光の奔流の中で、見えるものは、何もない。
それでも、悪魔の欠けた核だけは、はっきりと見えた。
ヴァルは、短剣を構えた。まっすぐ、その一点へ。
黒い雷と、炎が、空気を裂いて奔る。
届いた。
核が、砕けた。
四つの悪意を、ひとつに束ねていたものが、砕ける。
眼も。歪曲も。禍いも。支配も。
結び目を失って、それぞれが、ばらばらにほどけていく。
巨大な塊が、支えを失って、内側から崩れ落ちていった。
黒い砂のように、さらさらと。
声も、断末魔も、なかった。
ただ、台地を渡る風に、流されて。
散って、いった。
静寂。
ガルドが、剣を下ろした。
アゼルが、膝をついた。
ヴァルの刃から、炎と雷が、ふっと消えた。
リリアナがいた場所。
そこには、女神の魔導書と、蝶のペンダント。
ぽつりと、落ちていた。




