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女神と、悪魔と ―過去にある未来―  作者: 一ノ瀬 俊晶


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3/8

第三話 ―― 結界と、旅立ちと ――

 ——かつて、女神がいた。

 世界に光と、実りをもたらす存在だった。

 だが、悪魔が現れた。

 女神は、悪魔を封じるため、その力を人間に託した。

  五人の学者には、未来を。

  十人の賢者には、今を。

 そして、自らを封印した。


 以来、誰も、その姿を見ていない。


-----


 二人で、墓を掘った。

 ガルドが土を起こし、リリアナが石を拾い集めた。村人の数だけ、それを繰り返した。

 掌に、土と石の匂いが染みついた。爪の間が、黒く汚れた。日が傾き、また昇り、また傾いた頃、ようやく終わった。

 リリアナは最後に、両親の墓の前に立った。ペンダントを、一度だけ握る。それで、十分だった。空っぽの心からは、言葉は出てこなかった。

 ガルドは、少し離れたところに立っていた。

 リリアナが振り返ると、男は無言で歩き始めた。リリアナは、その背中についていった。


-----


 廃墟の外れ、崩れた石壁に背を預けて、ガルドは腰を下ろした。リリアナも、隣に座った。石の冷たさが、背中に伝わってくる。少し、間があった。

「なぜ、私を探していたんですか」

 ガルドはしばらく黙っていた。空を見ていた。やがて、静かに口を開いた。

「俺はクルセイダーだ。女神を信仰する教団の、戦士だった」

「過去形ですか」

「今は、違う」

 それ以上の説明はなかった。リリアナも、追わなかった。


 ガルドが語ったのは、こういうことだった。

 魔物の体内には、欠片と呼ばれるものが眠っている。額に印を持つ個体が、それを宿している。教団は、いつの間にか悪魔どもに乗っ取られ、信者たちの意志が奪われた。そして——欠片を集められる者がいれば、悪魔そのものは討伐できずとも、信者の解放だけは可能になる、らしい。

「らしい、って」

「教団の奥で、悪魔どもがそう話すのを、聞いた」

 ガルドは、一度、言葉を切った。

「出所は、怪しい。罠かもしれん。だが、他に道がない」

 ガルドは、その「欠片を集められる者」を探していた。そして欠片は、リリアナの前で弾けた。


「お前がその者かどうかは、まだ分からない。だが欠片が、お前の前で弾けた。それだけは、確かだ」

「悪魔は、倒せないんですか」

「無理だ。五体の悪魔、あの禍々しいオーラ――勝てるとか、そういうレベルの話ではない」

 リリアナはしばらく、何も言わなかった。欠片が弾けた瞬間の感触を、思い出していた。ペンダントを握った時に流れ込んできたもの。あれは、記憶だった。だが同時に、何か別のものでもあった気がする。

「信者を解放できる保証は、あるんですか」

「ない」

 正直な答えだった。皺の奥の目が、わずかに揺れた。

「だが、このまま何もしなければ、信者は解放されない。それだけは確かだ。それに、魔物の力が大きくなっているせいで、救いを求める信徒も増えている。悪循環だ。何とか、しないとな」

 沈黙が続いた。風が吹いた。霊峰から降りてくる、冷たい風だった。頬を撫でて、通り過ぎていく。

 リリアナは、立ち上がった。

「行きます」

 ガルドは、何も言わなかった。

「私にはもう、何もない。でも、ここにいても……」

 言葉の先は、続かなかった。

 ガルドは立ち上がり、リリアナを見つめた。


-----


 出発の前、リリアナは崩れた小屋に戻った。研究道具をまとめながら、ふと、手が止まった。

 一つの術式が、頭に浮かんでいた。

 結界の術式。いままで、何度試しても、形にならなかったもの。


 それを、試してみた。


 淡く光る膜が、小屋を包んだ。空気を伝って、その力が広がっていくのが、手に取るように分かる。

「……できた」

 自分でも、信じられなかった。何度やっても、届かなかったのに。

 あの欠片が弾けた瞬間、何かが変わったのだ。

 リリアナは急いで記録帳を取り出した。術式を書き留め、図を描き、注釈を加える。ペンを走らせる音だけが、小屋に響いた。何時間もかけて、一冊の魔導書に落とし込んだ。


 完成した魔導書を手に、リリアナはもう一度、小屋の前に立った。術式を展開する。今度はもっと広く、村全体を包むように。

 淡く光る膜が、廃墟のリシケシを静かに覆い、その光は、少しずつ薄れていった。

 もう、ここには誰もいない。だが次に誰かが戻ってきた時、魔物はこの村に近づけない。

 それだけで、よかった。


 ガルドが、入り口で待っていた。魔導書を石箱に収め、リリアナは振り返らずに歩き出した。

「目的地は」

「これを見ろ」

 ガルドが広げた羊皮紙には、欠片の在り処が記されていた。悪魔から、奪ったものだという。彼は、その一点を指差した。リシケシから、南へ。街道を下った先の、大きな街。

「次は、ここだ」

 背の後ろで、霊峰が、夕暮れの空に黒く浮かんでいた。

 二人は、それに背を向けて、歩き出した。

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