第二十一話 ―― その中身 ――
山を、下りた。
霧の青い山を背にして、茶園を縫う坂道を、いくつもの折り返しで下る。木々の匂いが、やがて、人の暮らしの匂いに変わった。
四人が辿り着いたのは、グダルール。山の麓に開けた、宿場町だった。
「ヴァルさーん」
アゼルが、宿の戸口から、ひょいと顔を出した。
「リリアナさんが、邪魔だから外で遊んでこいって」
……邪魔、とは言っていまい。だが、まあ、似たようなものだ。
ヴァルは、壁にもたせていた背を、起こした。
「ちょうどいい。買い物だ」
「買い物?」
「短剣を、新しく」
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市場は、ひしめいていた。
布が、香が、得体の知れない干物が、軒先に溢れている。アゼルは、目につくものすべてに、いちいち足を止めた。
武具屋は、市場の外れにあった。
炉の熱と、油の匂い。並んだ刃が、薄暗がりの中で、鈍く光っている。
ヴァルは、腰の鞘から、あの短剣を抜いて、台に置いた。
「この大きさの短剣はあるか?」
店主が、それを手に取る。
その顔が、すぐに、曇った。
「……こいつは」
刃を、灯りに、かざす。
「喰われとる。欠けたんでも、錆びたんでもない。刃そのものが、何かに……齧り取られたみたいに、痩せとる。何があった、こいつに」
ヴァルは、答えなかった。
あの、黒い化け物に。炎ごと、刃ごと、喰われた。
「古い得物でな。寿命だ」
そう、流しておいた。
ヴァルの目が、壁に掛けてある、柄のない、刃だけの一振りに止まった。
店主が、そんなヴァルに気付く。
「そいつは、売り物じゃない。我が家に代々伝わってきた一振りだ」
造形は至って単純だが、その美しさに魂が吸われるようだった。
店主は続けた。
「魔が近いと、ひとりでに灯る――とか言われとる。十人の賢者の一人が鍛えたとされる品でな。だが、一度も灯ったところを見たことはないがな」
言葉が、途切れた。
刃が、鈍く、灯っていた。
反射的に振り返った。
アゼルは、店の入り口にいた。棚から青い石の短剣を取って、飽きずに、眺めている。
「ヴァルさーん、やっぱり、こっちの方が格好よくないですか?」
屈託のない声だった。何も気づいていない。
アゼルが壁へ近づくほど、刃は強く灯り、離れれば、淡くなった。
「間違いないか……」
ヴァルは店主を見た。店主は短剣を揃えるのに、気を取られていた。
店主は、五振りの短剣をヴァルの前に並べて見せた。
「どれにする?」
ヴァルが選んだのは、いちばん、地味な一振りだった。
銘もない。飾りもない。柄は、ただ革を巻いただけ。鞘に収めれば、誰の目にも、留まらない。
「ええー、地味ですよ」
「これでいい」
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帰り道。
西日が、路地を、橙に染めていた。
アゼルは結局、自分の小遣いで、あの青い石の短剣を、買っていた。得意げに、振り回している。
「危ないから、しまえ」
「えー」
揚げ油の匂いが、ひときわ濃く、流れてきた。
屋台に、サモサと呼ばれる三角の揚げ物が、山と積まれている。芋、豆、玉ねぎ、ひき肉――いろんな中身がある、と。だが、きつね色の皮に包まれて、見た目はどれも同じだった。
アゼルは、全種類を買うなり、そのひとつに齧りついた。
くるっ、と、小気味のいい音が鳴る。
「あっつ……うっま。玉ねぎだ、当たり」
「当たり?」
「だって、外から見たら、分かんないでしょう。割るまで、何が入ってるか」
アゼルは、二個目に、手を伸ばす。
「ぼく、こういうの、好きなんですよね。割るまで、分かんないやつ」
「ヴァルさんも、食べて下さいよ」
アゼルが、ひとつを、ヴァルの手に押しつけた。
ヴァルは、それを受け取った。
齧らずに。手の中で、しばらく見ていた。
「……中身、か」
「ねえ、ヴァルさん。全部、片付いたら」
「ん」
「また、四人で。こうやって、食べ歩き、しましょうよ」
西日に目を細めて、笑う。
「約束ですよ」
「……ああ」
西日が、二人を、橙に染めていた。
手の中で、サモサが、冷めていく。
ヴァルは、それを、割らなかった。




