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第十七話 『新たな学び』




 朝日が昇る。


 夜遅くまで起きていて、睡眠時間も殆どなかった筈なのに、志賀の身体は全く疲労を感じていなかった。


「――さて、今日も士官学校に行くか」


 縁と共に屋敷の門を出る。

 昨夜から降り始めた雨は、朝になっても止む気配がない。



「……巫傘ってこういう時に出しちゃ駄目かな」

「見掛け上は防具ですが、使用者以外が触れると属性に沿った損傷が発生する危険物ですので、みだりに出さない方が良いかと」


 普段は霊器である巫傘を振り回しながら戦っているにも関わらず、雨の中で普通の傘を差していることに違和感を覚える志賀。


 しかし、いかに日用品を模しているとはいっても、武器は武器である。

 むき出しにしておくのは刀を抜いていることに等しい。



 そんなやり取りをしながらも、二人は士官学校の門を潜る。


 志賀はまだ教材が揃っていないため、資料室へ向かうことにして縁と別れた。



 ◇◇◇◇◆



 「資料室、資料室はっと……」


 昨日の返却で大体の場所は覚えていた。


 一般的な学校の資料室というよりは大きな図書館や博物館を彷彿とさせる少し仰々しい装飾の付いた扉が目に入る。

 ここが、士官学校の資料室であった。


「……あの変な球体、今日も居るかな?」


 志賀は他人には言わないものの、密かに変な生き物が好きという嗜好があった。

 幼精を見掛けると声を掛けたりするのも幼精という謎多き生物が、志賀の興味を強くそそるためでもあった。


 扉を開けると、重厚な本棚がずらりと並ぶ。


 昨日、大玉が置いてある場所を無意識に見ると、誰かがそこに寝転がっていた。


「え……? 宮様!?」


 そこには、天女のような衣装を着た小さな少女が、昨日見た大玉生物の上に寝そべっていた。


「ん~? お客さんかな?」


(宮様じゃない……?)


 よく見ると、少女の髪形は少し長く、さらりとしており、短く跳ねている宮の髪とは異なっていた。

 少女が顔を上げると、その顔立ちは宮とはまるで異なっていた。


「この衣装は兵種『星見(ホシミ)』系の物だよ。それに、この身体つきなら見間違えるのも無理はないかな。――私は銀河(ぎんが) 千砂(ちさ)と言う。この士官学校の星辰術の教官を担当する者だよ」


 少女――千砂の左腕には教官を表す腕章が巻かれていた。


「す、すいません。今の主人と凄く似ていたもので……」

「そう思うのも仕方ないかな。何せ、この兵種は明星 宮が開発したものだからね。私にとっては親に等しい存在さ」

「開発……? そ、そうなんですか?」

「あぁ、近年急激に兵種が増えて来ていてね。星辰術を専門的に扱う『星見』ですら、まともに世に出回ったのはここ数年のことだ。それまでの星辰術は重雲国の『祈者』が独占していた程だよ」


 志賀はふと、縁が新兵種開発の実証基盤になっているという安積教官の言葉を思い出す。

 宮は国防のみならず様々な面で活躍をしているようだった。


「へぇ……。やっぱり宮様は凄いんだなぁ」

「兵種とは先人の偉業を辿る物。生半可な素質の持ち主では兵種の基になることなど出来ない。それ故に、明星 宮殿のような実力者は新規兵種の開発を任されることもあるのだ」


 志賀は宮の実力が認められていることに何となく嬉しく感じた。


 千砂教官はそれ以上話を続けることなく、再び大玉のような謎の生物を堪能し始めた。



「……話は変わりますけど、その変な球体状の生物って何ですか?」


 どうしても気になったので志賀は尋ねる。


「……んー。あまりよく分かっていないんだ。この辺の神生物は私の管轄ではないのでね。幼精研究会の部室で突如湧いて出たという話だ」

「湧いて出たんですか……?」


 自然発生とでも言うかのような言い草に志賀は驚き呆れる。


「あの部室は部員達や幼精達が外部から『霊木(れいぼく)』だの『神鐵(しんてつ)』だの――まぁその、所謂神気で出来た素材を持ち込んでくるから神気濃度が高いんだな。それ故に、あの部屋では時々変なモノが生まれる。この謎球体もそうだし、この前なんかは白い小さな子供なんかも発生していたな」

「へぇ……。子供……? 幼精ではなく?」

「あぁ、髪まで純白なのを除けば紛れもなくヒトの子だったよ」


 志賀は、そういえば幼精はどうやって発生するのだろうか、などと思いながら千砂教官の寝そべりを受け入れている謎生物を見る。


「触ってみるかい? 虐めたりしなければこの子は特に何をしても嫌がらないよ」

「では、遠慮なく……」


 志賀は潰れたままの大玉を触る。

 肌触りが良く、柔らかいため、いつまでも撫でていたい魔力がそこにはあった。


 しばらく撫でていると、不意に大玉が伸びてあくびをしたため、千砂教官があられもない体勢で転げ落ちてしまい、志賀は慌てて目を逸らそうとしたが――。


(さ、申又(さるまた)……?)


 千砂教官が転げ落ちた拍子に捲れた裳(スカート)の下には、色気の欠片もない申又(ドロワーズ)が覗いていた


「おや、恥ずかしい物を見せてしまったね。しかし、女性神人の下着はこういった色気を感じさせない物と規則で定められているのだよ。故に残念ながら、君が期待するような艶っぽいものは何もないのだよ」

「そ、そうなんですか……」


 そんなちんちくりんな教官相手に何を期待しろというのかと思いつつも、志賀はその言葉を飲み込む。


「神人は飛んだり跳ねたりする訳だからね。あまり色気を出すと、頑張って見ようとして避難しない民間人も出て来てしまう。それ故の措置という訳だ」

「へ、へぇ~……。でも、流石にそろそろ起き上がった方が良いですよ……」


 目のやり場に困る志賀を見て、千砂教官は『すまないね』などと言いつつ起き上がる。


 ふと、志賀が端末の時計を確認すると、既に朝礼の十五分前となっていた。


「あっ、まずい! もうこんな時間か!」


 志賀は慌てて必要な教材を回収していく。

 まだ、多少時間の余裕はあったが、講義二日目にして遅刻する訳にはいかない。急いで準備を整えていく。


 志賀は最後に、ぼよんぼよんと伸び縮みする謎生物の顔の辺りをもう一度撫で、千砂教官に頭を下げてから資料室から出て行こうとする。



「――そういえば、君はこの日曜日に魔獣討伐を行うそうだね」

「ッ!? 何故それを?」


 志賀は昨夜の作戦会議の内容まで知られているのではないかと一瞬身構える。

 しかし、千砂教官は何も気にする様子もなく話を続ける。


「なに、明星 宮殿から申請があったのだよ。――勝手な魔獣討伐は厳禁だよ? 魔獣は資源でもあるからね」


 その言葉を聞いて志賀はほっと胸を撫で下ろす。


「もしも、聞きたいことがあるならば、放課後にここに戻ってくると良い。何らかの助言を与えられるかもしれないからね」

「……分かりました。是非、お願いします」


 志賀はもう一度深々と頭を下げてから、朝礼が行われる講義室へと駆け出した。



「……廊下は走っては駄目だよ」


 千砂教官はそう言いながら、再び乗りやすいように潰れた大玉生物の上に寝転がった。


 今日は、千砂教官の講義は殆どないため、暇であったのだ。



 ◇◇◇◆◇



 志賀は特に朝礼に遅刻する等の問題が起こることもなく、講義をこなしていく。



 今は基礎近接戦闘術の講義を受けていた。

 本日は実技の日のようで、広大な訓練場に多くの受講者が各々の兵種の戦闘着を纏い、集まっていた。


「はいはーい、今日はこの健教官がこの授業を請け負いますぞ! 迷える子羊達よ、存分に力を発揮するのですぞ!」


 教官は健教官だ。

 基礎防衛術の時と比べると幾分か指導内容は大人しい。


 少なくとも、健教官のお眼鏡に適わなかっただけで『ゴミ』呼ばわりされることはなさそうだ。


「今日は、班に分かれて好きに打ち込んでくれて良いですぞ! 何か気になる所、教えて欲しい所等がありましたら、どしどし質問して良いですぞ!」


(思想が強く出るのは防衛方面だけなのかな……?)


 志賀はそう思いつつ、学校側が用意した訓練用霊器を手に取る。

 樹脂のような質感で、当然刃引きされている。全力で打ち込んでも神人であれば大した損傷は受けないだろう。


 収納術を習得していない志賀は、巫傘・凍雲は士官学校に持って来ていない。


 殯屋である彼が現在装備出来る霊器には、巫傘の他に『番鎌』という物があった。


(二つの鎌が組み合わさった霊器……か)



 ――『番鎌(バンレン)』。一対の鎌の霊器。

 二丁の鎌は手数が多く、敵の回避を咎める。

 植物系の魔獣や植物性の構造物に対して特効を持つ他、『致命の一撃』に成功した場合の威力の上昇が大きいという特殊な効果を有する。



(――戦場で的確に敵の急所を抉れる実力があるなら持っていて損はないか)


 実戦に耐えうる霊器の市場価値は非常に高価だ。

 巫傘・凍雲を譲られただけでもありがたく、おいそれと手配して欲しいなどと言うことは出来ない。


「えーっと、模擬戦の相手は……」


「あれ? 縁ちゃんのカレシさんじゃん!」

「カレシじゃないよ、歩仲ちゃん」


 声の方を振り返ると、神人に成る前に会ったことのある縁の友人の二人がそこに居た。

 一人は活発そうな少女、もう一人は冷静そうな少女であった。


「私は日枝(ひえ) 歩仲(ほなか)。『重装兵(ジュウソウヘイ)』っていう兵種に就いているよ! それで、こっちの子が――」


 そう、歩仲が自己紹介を促そうとした少女はばつの悪そうな表情をしたまま、突然頭を下げる。


「あの、一昨日はごめんなさい!」

「……え?」


 突然の謝罪に志賀は困惑するが、一点だけ思い当たる節があった。


 士官学校の登校初日に志賀に質問をしてきた学生の中に、彼女も混じっていたのだ。


「家族に愛されていたという過去を聞いて、つい嫉妬の感情を向けてしまいました。……それを奪われる辛さと言うところまで目が向きませんでした」

「あ、あぁ、良いよ。ここに居る人達はどこか不幸な過去を持っていると言うのを知らなかった俺の落ち度だし……」


 志賀も軽く頭を下げる。


 強い神人に成れる存在は殆どが不思議と不幸な過去を背負っている。


 しかし、その不幸には様々な方向性がある。

 ある者の不幸は別の者から見れば幸運に思えてしまうことがあるのだ。


(だ、駄目だ! こういう話をするために士官学校の講義を受けたんじゃない! この話はここでやめよう……)


 志賀は話題を切り替える。


「俺の名前は、雪風 志賀だよ。兵種は『殯屋(モガリヤ)』。貴女は?」

「私の名前は清澄(きよすみ) 曙光(あけみ)と言います。兵種は『斥候(セッコウ)』です」


(『重装兵』と『斥候』か……)


 志賀は二人の見掛け上の性格では逆の方が合っているのではと思ってしまった。

 活発な歩仲はもっと高速な兵種で、冷静な曙光はもっと堅実な兵種の方が合っていそうだったからだ。


(いや、冷静に考えると、仲間を守る重装甲の兵種は元気で目立った方が良いし、身を潜める兵種は物静かで真面目な方が良いのか?)


 そう納得し、志賀はそれ以上は深く考えないようにする。


「志賀っちって呼んで良い?」

「はは、お任せするよ」


 軽口を交しながら、班ごとでの訓練を開始する。



「――これが重装兵の権能、『重装』だよ!」


 歩仲は力を込めると、瞬時に重厚な鎧が形成される。


 歩仲の許可を得た志賀の鎌の一撃は簡単に弾かれてしまった。


「おお、凄い! まるで身体の一部みたいだ! こんなの攻撃が通らないぞ!?」


 志賀は権能による奇跡を興味津々で見ていた。

 同時に、難攻不落の要塞に見えて攻略法が見えなかった。


「実際、身体の一部と一緒なんだよ~。……だから、鎧ごと叩き潰されると一溜まりもないんだ」

「あ、弱点はしっかりあるんだな……」


 弱点があることに安心し、志賀は攻撃が通らない相手への打ち込みを続ける。

 相手を傷付けないと分かれば安心して武術の実践が出来る。


「……効かないのは分かっているんだけどさ。志賀っちの攻撃、妙に急所狙い多くない? 本当に『殯屋』? 『斥候』とかの暗殺術使いじゃなく?」

「あー……。うん、色々あってね……」


 志賀は、過去の神人を殺すための訓練で、様々な武術を得ていた。

 二つの鎌を扱う、双鎌術等も農民に扮した暗殺に有効として習得していた。


「しかし、攻撃が通らないのはどうにも――ぐふおぉ!?」


 油断した志賀の土手っ腹に歩仲の武器である薙刀が深々と食い込む。


「あ、やばっ! というか、『剣術霊器』装備で『裂槍』相手にそんなに雑に攻撃しちゃ駄目だよ!」

「うっ……。そういえば、そんなこと教本に書いていたような……」


 志賀は、記憶を引っ張り出す。

 刀や鎌といった『剣術霊器』は棍や槍といった『棒術霊器』、その中でも特に『裂槍』と呼ばれる霊器に非常に弱いという記述があったことを思い出す。



 ――『裂槍(レッソウ)』。槍、または薙刀の霊器。

 極めて近接戦闘能力に優れた霊器。他の霊器種と比べ、有利相性の霊器に対して更に有利になり、不利相性の霊器に対しても不利は軽減される特性を有す。

 また、投擲術が得意な霊器でもある。



(油断していたとはいえ、あんな鈍重そうな攻撃に当てられるなんて……)


 短柄武器である双鎌は長柄武器である薙刀には圧倒的に不利なことは志賀も理解していた。

 しかし、短柄対長柄武器の戦術も心得ていたにも関わらず、それを容易に上回られてしまったことに只人の技術は神人の霊器に対しては効果が薄いことを悟る。



「そう言えば、志賀さんは『番鎌』を扱うのは初めてですか?」

「あ、そうだね……。見たことも今日が初めてだ」


 座り込んで考え事をしていた志賀に曙光が声を掛ける。


 志賀の持つ二つの鎌は浮遊する不思議な立方体が鎖のように連なる等、不思議な見た目をしていた。


(鎖鎌みたいな使い方とか、色々出来そうだな……)


 志賀がそう思っていると、曙光が近付き、教官の目を盗むように耳打ちする。


「――『斥候』も『番鎌』が使える兵種なんですが、この霊器には『双鎌』形態の他に、もう一つの顔があるんです」

「――え?」


 すると、曙光は『番鎌』の石突き同士を突き合せる。

 一瞬、霊器が光ると変形し、大きな鎌になる。


「――これが、『番鎌』のもう一つの顔、『大鎌』形態です」

「――す、凄い! こんな機能が……!」


 曙光は感嘆の大声を出しそうになる志賀の前に人差し指を指しつつ、急いで形態を解除する。


「――志賀さんは明星家の命で独自に動いていると縁ちゃんから聞いています。いずれ、習うことでしょうけど選択肢は多い方が良いと思いまして……。まだ、士官学校では教えられていないことなので内密に――」

「おぉ! 番鎌の形態変化を知っている子羊が居るとは!」

「きゃあああぁぁぁ!!?」

「うわああぁぁ!?」


 突如、真横に眼鏡を光らせた健教官が現れ、二人は思わず叫んでしまう。


 士官学校で教えていないことを実践することに対して叱られることを警戒するが、当の健教官は目を輝かせていた。


「番鎌の大鎌形態……。それは、低い命中力と引き換えに極めて高い破壊力を持つ凄まじい性能の霊器なのですな! 致命の一撃の強化が残っていることはどうでも良いですが、大鎌形態特有の能力としては、騎兵に対して極めて有効――即ち、特効とも言える効果を持つことですな! 地上歩兵は地上騎兵に対して非常に不利な相性ではありますが、この大鎌をちらつかせているだけで、わざわざ槍衾(やりぶすま)を組まずとも騎兵の突撃を大きく牽制することが出来るのですぞ! 例え、騎兵以外だとしても、この攻撃力の圧は侮れないものがありましてな! 重装甲の敵相手にも、『誅鎚(チュウツイ)』がなくても攻撃を通すことが出来るほどの攻撃力を持つ霊器なのですぞ! あ、双鎌形態は攻撃力が低すぎてゴミですな! 手数と致命の一撃頼りの戦法はあり得ない! 大鎌形態は攻撃後に大きな隙を晒してしまう霊器ではありますが、そんなものは十分な防御力さえ持っていれば問題ないのですな! ……」



 健教官は興奮しながら機関銃のように言葉を続けた。


(なにも……、なにも頭に入って来ない……)


 あまりにも早口で捲し立てられたせいで、志賀は殆どその中身を理解することは出来なかった。


 結局、その後はひたすら健教官の番鎌語りを講義終了まで受けることとなった。


 志賀と曙光は叱られることこそはなかったが、語りを延々と聞かされげっそりとしている。

 同じ班の歩仲も突然切り替わった健教官にぽかんとするしかなかった。


 他の班からは特別に指導が入ったと思われて白い目で見られてしまう。


(……俺が原因じゃないのに)



 曙光は善意と先日のお詫びを兼ねた筈の行為が思わぬ状況を引き起こしたことで、志賀に平謝りするしかなかった。




番鎌の大鎌形態に関しては、攻撃力が高い反面、扱いにくいという欠点があります。

攻撃の当てにくさは全霊器中最悪で、回避が高い相手には厳禁です。

ただし、高い素の威力、『致命の一撃』の強化、そして『騎兵特効』が重なった際の破壊力は唯一無二です。

小回りが利かず、回避が低めの騎兵を相手取るのに有用な形態でもあります。

騎兵特効は、騎馬などの地上騎兵だけでなく、鷹や龍に乗った空中騎兵に対しても有効であり、その有効範囲は特効の中でも特に広いものとなっております。

番鎌には双鎌・大鎌のどちらの形態も植物特効の効果を有しますが、植物型の魔獣は数が少ないため、こちらについてはあまり注目されることはありません。

たただし、神人の創る戦場の構造物に木造の物が殆どないのは、番鎌の植物特効によって容易に破壊されてしまうためです。

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