第十八話 『寝そべり教官の教示』
放課後、志賀は資料室に戻る。
そこには、朝とは逆で、床に転がされ謎の大玉に乗られている千砂教官が居た。
「……何しているんですか?」
「たまには逆の気分を味わってみようと思ってね。存外上でごろごろされるのも気持ちが良いものだ」
上に乗る謎生物はゆっくりぐりぐりとその身体を押し付けている。
表情はすんっ、としており、何を考えているのかは分からない。
志賀が適当に撫でていると、上に乗りやすいようにするためか大玉は潰れてしまったが、流石に謎生物越しに教官を尻に敷く訳にはいかない。
「魔獣との戦い方について聞きに来たのかね?」
「あ、はい」
志賀は潰れた大玉を撫でる手を止めて、身を屈める。
千砂教官は端末を取り出し、説明を始める。
「明星家が申請した地区には蟲系の魔獣が多く発生している。人類圏への侵攻に向けて群れを形成している段階のようだね」
「……ええと、『蟲系』の魔獣というのはどういったものですか?」
志賀は魔獣災害を受けたが、その際は避難壕に押し込まれてしまったため、実を言うと魔獣の実態についてはあまり知らないのであった。
「蟲系と言うのはあくまでも便宜上の呼び方で、正式な区分ではない。所謂『蟲』と呼ばれる存在がそのまま巨大化したようなものだと思ってくれれば良い。そこの群れには、蜻蛉・黄金虫・飛蝗・蛞蝓、そして、甲虫なんかがいるようだね」
「な、なめくじ……」
人間大の蛞蝓を想像し、志賀は気味悪く感じる。
「厄介なのはその蛞蝓と蜻蛉くらいか。現在、確認出来る群れの長は甲虫――、正式名称で言えば『玄鎧甲』だね」
「へぇ~、なんか格好良い名前ですね……」
巨大な甲虫が森を掻き分け、重厚な角を振り回す様を志賀は想像する。
「想像していただいた通り、格好良い奴だよ。しかし、気になる点もあってね。今の君と縁君の二人では玄鎧甲を突破出来ない」
「ええ!?」
思わぬ言葉を言われ、志賀は驚いた声を上げる。
その言葉に驚いた大玉生物が元の球体に戻ってしまう。
「君は攻撃術すら持っていないぺーぺーな『殯屋』だから、玄鎧甲を抜く火力としては期待出来ないそして、縁君も戦闘術は磨いてこなかったせいで、使用出来る術が少ない。厚い鎧を持った玄鎧甲を相手取ることは難しい」
志賀は講義中の歩仲との模擬戦を思い出した。
訓練用の番鎌とは言え、『重装兵』である歩仲には全力で打ち込んでも一切の損傷を与えることは出来なかったのだ。
「そ、そんな……、どうすれば……?」
「ははは、少し意地悪を言ったかな。なに、申請の中には『打兵』の兵種の名が見えた。打兵が扱うことの出来る『誅鎚』があれば鎧兵相手は問題にならないさ」
――『誅鎚』。鎚と斧が一体となった霊器。
鈍重だが、極めて高い破壊力を有し、全霊器中でも最大の威力を誇る。
その殴打は重装甲の敵や硬質な物体に対して特効効果を有する。
また、『裂槍』同様に投擲術が得意な霊器でもある。
「『誅鎚』……。それさえあれば、その甲虫の相手は問題ないと言うことでしょうか?」
「神階も低いし、そんなものだと思うよ。申請してある『打兵』の子は匿名のようだね。明星家の私兵なのだろうか」
志賀は死刑相当の元犯罪者を強制的に更生させて使う予定だとはとても言えず、苦笑いするしかなかった。
「さて、話を戻して厄介な蛞蝓と蜻蛉に関してだね」
「お願いします」
千砂教官は取り出した手帳に蛞蝓と蜻蛉の絵を描いていく。
「蛞蝓の魔獣は『鬼蛞蝓』と言う。まぁ、想像していただいた通り、気持ちの悪い奴だよ」
「人間大の蛞蝓ですか……」
「粘液で足止めしてきたり状態異常をばらまいたりと、戦うのが面倒な奴だ。後、人質を使う知能がある。大規模な巣を作るようになると只人や弱い神人を捕まえて群れに手出しをさせにくくするんだ」
「へ、へぇ……」
志賀は魔獣が人質など使う知能があるとは思わず、驚く。
「魔獣は人語を理解し、拙いながらも扱う。だからと言って交渉の余地があるとは思わないことだね。奴等の人類に対する殺意は奴等自身の生存本能をも上回る」
「……分かりました」
元より交渉のつもりなどはなかったが、改めて危険な存在であることを認識する。
この結界の僅かに外に出るだけで神人と同等の力を持つ魔獣はその力を一切躊躇うことなく振るってくるのだ。
「さて、鬼蛞蝓の対処法は足が遅いことと集団で固まるのを好むことだ。状態異常攻撃の射程も短くて防御力も低いから遠距離からの広範囲攻撃で一掃することをオススメするよ。縁君なら現状でも何かしらの広範囲術技の一つや二つは持っているだろう」
「成る程、縁さんの位置取りが重要と言うことですね」
何も術を覚えていない志賀にとって、縁の存在は生命線だ。
現状の志賀は巫傘で敵の攻撃を回避し続けるしか出来ない。
「……まぁ、集団で固まると言うことは組み付かれた時の被害が大きいとも言えるが、逆に言えば一網打尽にし易いということ。狭所に追い込んで詰まらせるのが吉だね」
千砂教官は戦場となる森の簡易的な地図を描き、蛞蝓を誘導する場所を指し示す。
「まぁ、鬼蛞蝓はこんなところだね。縁君は強烈な誘引効果のある『甘露』の権能を持つ。上手く利用するのも手だが、思わぬ事故の原因にもなる。――前に出す時は注意したまえよ」
「……分かりました」
志賀の部隊の現状は防衛を担う志賀と重装甲の敵を対処する禄助、そして、火力要員としての縁だ。
この中で頭一つ抜けているのは縁であるが、防御面に関しては脆い。
『援軍』の存在はあっても、『お披露目』まではこの三人で戦わないといけないことには変わりはない。
そんな中で縁をどう守るか、どう扱うかは志賀の部隊長としての素質が問われる。
「――続いて、蜻蛉だな。名前は『刃蜻蜓』。まぁ、見た目は馬鹿でかいオニヤンマだよ」
千砂教官は手帳の蜻蛉を鉛筆の先で指す。
簡易的な絵ではあるが、鎌のような特徴的な顎を持つことは見て取れた。
「注意点は?」
「これの危険性は、士官学校に入学したばかりの神人にとっては――という条件が付くが、まぁ、蜻蛉型の見た目通り、空を飛翔して襲い掛かってくる所謂『飛兵』に相当する。対処法を知らなければ無限に翻弄されることになる」
(飛兵……)
只人であれば機械の手を借りなければ存在出来ないような軍種。
しかし、神人の世界では――特に魔獣に関しては、空を飛ぶような敵は当然のように存在しているようだった。
空を飛ばれてしまうとこちらの地上側からの攻撃は困難になることは間違いないだろう。
神人の跳躍力であれば木々を越えたその先に攻撃を届かせることも出来るだろうが、それで空中を自由に機動する蜻蛉に攻撃を当てられるとは思えない。
「想像していただいた通り、陸兵の近接攻撃は飛兵には効果が薄い。遠隔攻撃で対応すべきだな」
「うぅ……、縁さんが過労死しそう……」
志賀の持つ巫傘も遠隔攻撃には対応している。
しかし、巫傘はあくまでも防御型の霊器である。とても有効打を与えられるとは思えなかった。
しかし、志賀が頭を悩ませている様子を千砂教官は訝しがるように見る。
「ん? 君は部隊の中身について聞かされていないのか? こういった飛兵に対しては対空に強い『祝弓』を扱うのが基本だよ」
「『祝弓』……? 弓の霊器ですか?」
――『祝弓』。複雑な機構を持つ弓と矢筒の霊器。
膂力と呪力で長射程の矢を撃ち出す『弓形態』と呪力のみを用いた短射程の矢を撃ち出す『弩形態』を交戦形態や使用者の能力値によって使い分けることが出来る。
命中力が高い上に、撃ち出された矢は距離による減衰を受けることがない。
その矢は飛行物に対する特効効果を有する。
「そうだ。君の部隊には名前こそ伏せられているが、『弓兵』が一人居るようだ。飛兵はまともに相手をすると、その高い回避能力で苦戦は必至だ。縁君もある程度は戦力にはなるが、まともに蜻蛉の群れを相手出来るのは弓兵に他ならないだろう」
「そ、そうなんですか……」
呆れ顔の千砂教官に対して愛想笑いを浮かべるしかない志賀。
「それで、弓兵――と言うか祝弓は接近戦に弱い。戦い慣れていない新兵が指揮する部隊は、飛兵を相手にしているにも拘らず、地上から襲い掛かる魔獣を相手にする時と同じような陣形を構築してしまい、前衛の盾役を素通りされて後方の弓兵を討たれ、戦況が瓦解してしまうことが多い。位置取りに注意が必要ということだ」
「なるほど……」
飛兵の危険性を教えて貰い、納得した志賀であったが、ふと、志賀は部隊表を知っているであろう教官に尋ねる。
「あ、あの……、恥ずかしながら宮様に部隊について聞けてないんですけど、どんな兵種が登録されています?」
(試験内容の盗み見みたいで気が引けるけど、流石に情報無しで作戦立てるのも……)
「んん? 君は宮殿とは上手く行っていないのかね? 部隊の人員は――いや」
千砂教官は志賀に教えようとしたが、何かを察したように首を振ってしまう。
「これは、恐らく宮殿が科した試練のようだね」
「う……」
教官に見抜かれてしまい、志賀は狼狽える。
「打兵に付いては知っているような素振りを示したが、弓兵については知らない顔をした。打兵の下には弓兵が記述されていたからそれ以降の人員は君は知らないな?」
(バ、バレてる……!)
「志賀君、縁君、そして、打兵の子の三人でどこまで行けるのかを見たいようだ。そして、戦況が進んだ段階で顔も知らない追加人員を参戦させ、柔軟に指揮が出来るかを確認する――。それであれば、私からこれ以上の追加人員の説明をするのは野暮というものだね」
千砂教官はまるで試験の不正行為を企てている学生を窘めるかのように志賀に言う。
「は、はい……」
「常識的な指揮能力であれば三人で戦っていてもまず全滅はありえないだろう。――しかし、その一番の障壁となるのはやはり刃蜻蜓さ。思わぬ場所から急襲され、後方に控えている弓兵や縁君が引き裂かれる事故。これだけは絶対に避けたい」
千砂教官は簡易的地図を鉛筆で指し示し、その先を『山』と書かれた場所に大きく迂回させ、動かした先にあった『縁』の文字にバツを付ける。
「これは……どうすれば?」
「地上からの近接攻撃を当てにくい相手ではあるが、逆に飛兵の側も往々にして、身を屈めた陸上歩兵を近接攻撃で仕留めることは苦手なのだよ。そして、神階の低い刃蜻蜓は近接攻撃しか持たない。茂みや木々に身を隠せばまず攻撃を当てられることはないだろう」
『志』や『縁』と書かれた文字から『森』と書かれた場所に矢印を引っ張る。
「成程……」
「要するに、平地で待ち構えることは極力避けることだね。ただ、志賀君は術をまだ持たないから、恐らく宮殿は巫傘と呼ばれる傘の霊器を持たせるだろう。回避に特化した霊器である巫傘を貰っていれば平地に出て囮になるのも一興か」
志賀は宮から譲られた『巫傘・凍雲』を思い出す。
宮が番鎌を特に訓練させようとしないところを見るに、恐らく宮も千砂教官の言うような囮運用を考えているのだろう。
「さて、危険要因としてはその程度か。後は、日曜日までの期間に神人としての基礎的な技術を学んだり、余裕があれば殯屋としての術技を習得したりするなど、準備を整えておきたまえ。――特に収納術は回復薬を装備する上でも必須だから実戦に出る前には必ず身に付けておくのだよ」
「――はい。分かりました。ありがとうございます」
「はは、精進したまえよ」
話が終わり、志賀が離れて教本の類いを元の場所に戻そうと動くと、千砂教官の上でぐりぐりしていた謎の球体は座布団に戻りたくなったのかずりずりと千砂教官を押し出す。
そして、座布団の上に居座り、冷たい床に転がされた教官を他所に、すんっ、とした表情でじっとしてしまった。
(あの謎生物も謎生物だけど……、それに何も言わない教官も教官でどうなんだ……?)
志賀はそう思いつつも、特に口に出すことはなく、教本を元に戻してから退出するのであった。
◇◇◇◇◆
(……しばらく天気は悪いかな)
廊下の窓から見える空の色はどんよりとした鈍色――。
志賀の戦闘服である殯屋の衣装も忌色である鈍色が用いられている。
しかしながら、現状の彼はまだ『殯屋』という兵種の本領を何一つ発揮出来ないほど真っ新な状態であった。
(――早く何かしら覚えないといけないけど……、それよりは)
焦る気持ちを抑え、千砂教官からの教示を反芻する。
(今は、中途半端に技術を覚えたところで付け焼き刃に過ぎない。今必要なのは基礎技術の習得と連携だ)
方針を固めた志賀は、明星家の屋敷へと戻るために士官学校の門を抜ける。
彼の手に握られた霊器ではない普通の傘は、降り続く小雨を頼りなげに受け止めていた――。
強固な外骨格を持つ魔獣を含む鎧兵(重装兵)に対しては誅鎚による打撃以外は効果が薄いです。
鎧兵の装甲は単純に防御力を上昇させるだけでなく、受ける損傷そのものを軽減するため、通常の攻撃では効率良く耐久を削ることが出来ません。
もっとも、絶対的な防御力を持つ訳ではないため、十分な人数で包囲して集中攻撃を加えるのも有効な対処法です。
なお、所謂『魔防』に相当する能力値は存在しません。そのため、某炎の紋章のように『重装兵には魔法が有効』という相性はなく、通常の術技を撃ち込んでも特別有効ということはありません。




