第十三話 『士官学校』
――火曜日。
「……なんか、初日より緊張してきたな」
志賀は履修登録を済ませ、遂に初の講義を受けることとなる。
神人の士官学校は大学と高等学校の中間のような講義形式を取っており、大会議室での全体朝会の後は各々が履修登録した講義を受けるために解散してしまう。
学科のような区分けはないが、強いて言うならば兵科や兵種が学科の代わりとなる。
履修登録も同時期に入学した同兵種の者同士で集まって決めるのが基本である。しかし、編入生である志賀はその集まりに加わることは出来ない。
本来、生き急いでもいない限り、四月頭か九月頭に正規入学するのが基本であり、教官達も編入生は殆ど想定していない。当然、編入生に合わせて授業調整することも、既に扱い終えた内容を、編入生のために講義中に遡って説明することもない。
今年度の授業は四月八日から開始されており、十六日現在、志賀は一週間ほどの遅れが生じている。
「えっと……、基礎神学の講義室は……」
志賀は手元の端末を操作し、講義室の場所を確認する。
真鐵国製の安価な端末と比べてもあまりにも遅く、ぎこちない動作に眉を顰めつつ、学校の全体図から現在位置と目的地を取得する。
「……編入じゃなかったら説明会とかあったのかな」
志賀は説明不足な士官学校に少し不満を抱きつつ、講義室へと向かっていく。
暫く歩いていると、黒髪を一つ括りにして垂らしている神秘的な少女や狐耳のような髪型をしている少女等、信仰に関係がありそうな神人達が同じ方向を歩いており、一応端末の地図情報を確認しながら集団に付いて行く。
「あの~、貴男は~、もしかして~、同期殿ではないでしょうか~」
志賀は突然、後ろから少女に話し掛けられた。
その顔に見覚えはなかったが、間延びした口調とふんわりとした雰囲気にはどこか思い当たる節があった。
「同期……。もしかして、一緒に神人化施術を受けた方ですか?」
「あややや~、畏まらず~。何時もの口調で~」
その少女は志賀と共に神人化施術を受けた三人の内の一人であった。
ぽやぽやとした少女で、施術場に赴く際のあの無機質な昇降機の中でもあまり緊張している様子はなかったのを志賀は覚えていた。
施術前教育では殆ど接点はなく、施術前教育の修了試験に、たまたま同時に合格した程度の仲であった。
「私は~、酒匂~、酒匂 美喜と~、申します~」
まるで選挙期間中の街宣車から候補者の名を宣伝しているかのような自己紹介に思わず志賀は吹き出しそうになってしまう。
「えっと。俺は、雪風 志賀だよ」
「やはり~」
美喜は同期との再会を喜ぶように微笑み、薄茶色の髪を揺らしながら講義室へと共に向かって行く。
◇◇◇◇◆
「俺は殯屋になったけど、美喜さんは?」
「私は~、巫女でして~」
「巫女! そりゃ、良い兵種だなぁ」
「殯屋も~、大変だとは聞きますが~、とても尊い職だと聞いております~」
雑談をしながら講義室に辿り着いた志賀と美喜は何となく隣同士の席に座る。
約一週間の遅れがある志賀としても、ある程度気兼ねなく話せる神人が傍に居た方が良かった。
「しかし、神学かぁ。勧められるがままに履修登録したけど、実は、神人に成る前はカミサマ事なんて一切関わりがなかったんだよなぁ」
「おや~、それで殯屋になるのは~、大変ではなくて~?」
「罪穢術担当の桂月教官に殯屋の職務を体験させて貰ったんだ。覚悟は出来ているよ」
「それは~、とても殊勝なことです~」
朗らかに言葉を交わしている内に時間は過ぎ、間もなく講義の時間になる。講義室には、いかにも信仰職らしい巫女装束を纏った教官が姿を見せる。
(……! あの方は!)
志賀には、その教官に見覚えがあった。
その教官こそ、志賀の神人化施術を担当した巫女であった。
「あら? 新しい子――、私が施術を担当した子かな?」
巫女装束の教官は一目見て編入生である志賀の存在に気付く。
「まだ授業が始まる前なので、折角ですから自己紹介しましょう。私の名前は神津 深音と申します。神学関連と巫覡術関連の講義を請け持っていますのでよろしくお願いいたします」
志賀はまさか、神人化施術に関わるような人物が士官学校の教官も兼任しているとは思わず、驚く。
(助産師さんが学校の先生もしているようなもんなんかな……?)
深音が教卓の前に立つと同時に、講義開始の本鈴が鳴る。
神人となって初めての――そして、長きに亘り復讐に身を投じてきた志賀にとっては、久し振りとなる学校の授業が始まった。
◇◇◇◆◇
「――このように、只人の体組織がある程度原型を留めたまま、神人化施術を完了すると、不気味な肉塊の状態のまま神力を得てしまいます。この状態を『蛭子』と言い、神人化施術を行う際に絶対に避けなければならない事故事例です。そのため、神人化施術の際には肉体を可及的速やかに消滅させる手段として、核反応によって生じる莫大な熱量を利用しているのですね」
深音は板書を行いながら、淀みなく講義を続ける。
講義としてはまだ二週目であるためか、難解な内容は扱われてはいない。
「只人が神人に成る際には、必ず肉体の消滅を伴います。そのため、神人に成ることを『一度目の死』と捉え、神人に成る前の只人の時代を『生前』と呼ぶ慣習もありますね。――今日の講義はここまで。質問がありましたら個別で対応いたします」
深音がそう告げるのと殆ど同時に講義の終わりを告げる終鈴が鳴り響く。
学生達は席を立ち、端末を確認しながら慣れない学内を早めに移動しようとしたり、講義内容を教官に聞きに行ったりしている。
――そんな中、志賀は暫く席を立てずに首を傾げていた。
(――神学……とは……?)
久し振りの学校の授業も意外なほど苦にはならず、講義内容はするすると頭の中へと入って行った。しかし、志賀の頭の中は疑問でいっぱいであった。
(別に宗教に詳しいって訳じゃないけど、神学って言うと普通、神話を読み解くとか、教義を解釈するとか、そういう物じゃないのか?)
志賀は手帳に書き写した講義内容をまじまじと確認する。
そこに記されているのは、神人の力の使用方法や神人化施術の注意点等、実務的な内容ばかりで、そこに神話や教義等に関連する記述は何一つ存在しなかった。
志賀が戦闘に関係する話題以外を無視したという訳ではなく、純粋にそれが講義内容の全てであった。
(神人って、この地に伝わる古の神話が母体だって聞いた気がするんだが……?)
志賀を含む一般の人々の認識では、葦野国という国名が生まれるよりも遥か昔、この島国で古より伝わりし神話の神々の力を受け継いだものが神人の成り立ちだと知られている。
講義内容には『蛭子』をはじめ、幾つかその神話に関連する言葉が出てきたが、あくまでも借用語としての言葉に留まり、そこに古の神々への信仰や、神話的な意味を読み取ろうとする姿勢は感じられない。
深音教官が纏う巫女装束も、旧時代から続く伝統的な宗教装束を基にしたものであったが、神話との繋がりを感じさせる講義内容ではなかった。
「志賀殿~? 次の授業に~、遅れますよ~?」
「ん? あぁ、ごめん。ありがとう」
志賀は美喜に次の講義室への移動を促され、慌てて席を立つ。
神人に生来備わる収納能力の扱い方を、まだ習得していない志賀は鞄に教科書類を詰めて慌ただしく移動を始める。
◇◇◇◆◆
志賀は授業を終える度に、他の学生達と共に講義室から講義室への移動を繰り返す。
学歴らしい学歴は初等部までであった志賀にとって、頻繁な講義室の移動は慣れない物であり、講義自体よりも移動で疲労していた。
そんな中、初日の午前の講義をどうにか乗り切り、昼休みを迎える。
志賀は束の間の休息に一息を吐く。
「いやぁ、学校自体が久し振りって言うのもあるけどこんなに学内を移動することになるとは……」
志賀は端末を確認し、午後の講義が行われる場所を確認する。
神人に成ってからはあまり空腹を感じないため、休憩時間は食事を摂らずにゆっくりしようと決めていた。
――ふと、志賀の視界の端に小さな何かが動いているのが目に入る。
「いそげ、いそげ」
「えっほ、えっほ」
一尺程のずんぐりむっくりな少女達――幼精であった。
「……幼精、学内にいっぱい居るなぁ」
志賀は講義室を移動する度に、少なくとも一度は廊下で幼精と擦れ違っていた。
走り回っていたり、寝ていたり、壁に張り付いていたりと、様々な過ごし方をしていたが、遭遇した幼精はいずれも別個体であった。
(今の所、そこで走ってる個体と合わせて八体は見たな)
廊下を走っている幼精はいかにも急いでいるように駆けているが、適当な範囲を行ったり来たりしているだけで何か用事がある訳ではないようであった。
(遅刻しそうな学生のマネかな?)
志賀は、てってこてってこ、無意味に走り回る幼精を微笑ましく見ていると、廊下の奥から小さな車のような物に乗った幼精が現れる。
幼精の大きさに合わせた車は、何らかの動力で動いているらしく、数台の車が、それぞれ幼精を乗せて走っていた。
「ぶうーん」
「はやいはやい」
(遅ッそ!)
車に乗った幼精は人間が歩くよりも遅い程度の速度でゆっくりと廊下を走っていた。
速い速いと喜んでいる幼精達であったが、先程から自分の足で廊下を駆け回っている幼精達に追い抜かれてしまっている。
(運転している感じが楽しいのかな……?)
志賀が暫く観察していると、その内の一台に乗っている幼精が柱を避けられずに接触し、動けなくなってしまった。
「はじをしれ!」
(えぇ……)
動けなくなり、柱に悪態を吐く幼精を見かねた志賀は、車の向きを変えてやり、再び走れるようにする。
「ほめてつかわす!」
「そりゃ、どーも……」
幼精は小生意気に礼を言い、再び楽しそうに車を走らせる。
幼精が廊下の角から消えるまで見届けた志賀がふと壁を見ると、一枚だけ貼られているチラシが目に入る。
「『幼精研究会』……? そんな部活みたいなのがあるんだ」
チラシには可愛らしい幼精が寝ている絵と共に、活動内容が書かれていた。
『自由に遊びに来てね♪』等とは書かれているが、部員を募集するような文言は、特に書かれていなかった。
「幼精の研究か……。楽しいだろうなぁ」
志賀は機会があれば部室に寄ってみようと思いつつ、休憩時間が終わる前に次の講義室へと移動を開始した。
◇◇◆◇◇
志賀と縁は同じ歩兵系統であっても信仰と赤兵という異なる兵科に属するため、同じ講義を受けることは少ない。
しかし、一部の講義では一緒になることもある。
基礎防衛術と題された講義を、志賀と縁は一緒に受ける。
「教官は……健教官か。あれ? 独特な防衛思想の持ち主って聞いたけどこの講義受けても大丈夫?」
「少々独特ですが、間違いを教えている訳ではない……と思います」
縁は少し自信なさそうに言う。
噂をすれば健がのんびりと講義室に入って来た。
後天的に去勢されているとは言えど、その外見を見て元男性だと見抜ける者は居ないだろう。
健が背伸びしながら教卓に資料を並べている内に、休憩時間の終了を告げる鐘声が鳴り響く。
「ふむふむ。やや! 噂の編入生ではないですかな?」
健は志賀を見て余った袖に手を隠したまま、眼鏡のつるを摘みクイクイと動かす。
仕草と声の可愛らしさも相まって志賀は余計に元男性だと認めたくなくなってしまう。
「えっと……、はい」
「そう言えば、今期はまだ例の質問を投げ掛けていませんでしたな。折角なので迷える子羊である貴殿には、この質問に答えて貰いますぞ!」
「は、はぁ……」
健は袖の中から指先だけを出し、ビシッと志賀を指差す。
「――戦いにおいて、攻撃側と防御側、どちらが強いと思いますかな?」
志賀は、その質問に対して一瞬考えるが、直感で答えることにする。
「……攻撃側ではないですか?」
「ほほう、理由は?」
「『攻撃は最大の防御』とも言いますし、守ってばかりでは勝てないじゃないですか? やはり、攻めの手が重要ではないかと――」
「んん! ありえない! くったくたのやわやわになるまで煮込まれている皇国のうどんのようにありえないですぞ!」
(えぇ……)
健は志賀のことを物凄く残念そうな表情で見ている。
「やはり、現場を経験していない神人は『防御』と言う言葉に引っ張られ過ぎていますな! 防御とは! ただ耐え忍ぶことではないのですぞ!」
「え、えっと……それは……?」
「『防御』とは、敵の攻撃を『受け止め』、『受け流し』、そして『反撃』するまでの一連の流れのことを言うのですぞ! 馬鹿正直に黙って耐え忍ぶだけであれば、移動式の防壁でも作っておけば良いのですな!」
「……!」
ここまでの健の理屈は、暴論のようでいて筋が通っている。
防御側には自ら敵地へ攻め込む必要がないという大きな優位点があり、攻撃側を迎え撃つための陣地を形成出来る。
更には、神人は食料が不要である等、長期戦に適した性質も有する。
本気で守りを固めた神人の部隊を打ち崩そうとするには、並大抵ではない損耗を覚悟する必要があるのだ。
「……そうか、防御側は別に黙って攻撃を受ける必要はないんですね」
志賀は自身の浅慮を恥じた。
健は得意気な表情で何度か頷く。
「――と、言うことで、我の講義では基礎的な防衛術に関して学んで貰いますぞ!」
健は資料を開きながら講義へと移る。
前評判と比べるとずっとまともそうだと志賀はほっとしながら講義に集中しようとする。
「我の理論としましては、防衛戦とは高い防御力と耐久力で敵の攻撃を受け、そして、返す刃の極めて高い攻撃力で敵を粉砕し、敵軍に多大な負担を掛けるものですぞ!」
(……ん?)
確かに、防衛戦としては防御と反撃を一組として考える必要があるため、高い攻撃力は必要となるのかも知れない。しかし、健の言葉からは防御力よりも攻撃力を重視しているように聞こえてしまう。
「――高火力で敵を粉砕するのが目的ですので、技巧も必要最小限で良いですな! 敏捷と幸運は捨てる以外あり得ない! 回避特化などと言う不確実な上に攻撃側が幾らでも対策出来る戦法はゴミですな!」
(えぇ……)
それは、回避特化をせざるを得ない志賀を全否定していると言って良かった。
講義室内を見回してみると、恐らく高速戦闘や回避特化の戦術を取っていたであろう学生達が二週目にして既にげっそりとした表情で講義を受けている。
先週の時点で洗礼は受けていたのであろうが、貴重な履修枠を無駄にする訳にも行かず、講義を受けざるを得ない様子であった。
(なんか、とんでもない講義を履修しちゃったな……。でも――)
確かに健の言葉の節々には技巧派の神人に対する棘――それも嫉妬などではない純粋に馬鹿にしている方向の言動が鼻に突く。しかし、その防衛思想は『反撃を含めて敵に負担を掛ける』と言う点においては一貫しており、その点においては正しかった。
(たとえ、偏った思想であっても、部隊を扱う上では参考に出来る要素はある!)
志賀は『雪』達に言われるがまま履修登録をしてしまったことに若干の後悔の念を抱くが、士官学校に通う意味は志賀個人のための学びには留まらない。部隊長として求められる能力をも習得する必要があるのだ。
「最低限の命中力さえ確保できれば後は必然の力が働き、自ずと命中するものですぞ! 恐れてはならない!」
(……やっぱりこの人から学ぶのは良くないのかも)
志賀は、士官学校での受講初日から、その内容に不安を抱くのであった。
<兵種の区分について>
神人には、巫女や殯屋等の個別の『兵種』が存在します。
個別の兵種を分類する上位区分として、『軍種』・『兵科』があります。
軍種は、歩兵・騎兵・飛兵・鎧兵・水兵等の活動領域や運用形態による区分です。
兵科は、白兵・赤兵・信仰・間諜・兵站等の職務領域による区分です。
白兵は近接攻撃を、赤兵は遠隔攻撃を主体としている兵科です。
一つの兵種が複数の軍種に属する場合もあります。
例えば、重装甲を纏う『重歩兵』は、歩兵+鎧兵という二つの軍種に属します。
中には、重装甲かつ龍に騎乗する『乗龍』と呼ばれる兵種も存在し、
騎兵+飛兵+鎧兵という三つの軍種を併せ持ちます。
飛兵は弓系の霊器、鎧兵は鎚系の霊器にそれぞれ極めて不利な相性にあります。
複数の軍種に属することは、多くの特性を得る一方で、弱点も増えることを意味します。




