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第十一話 『初陣』




 ――怪しくも眩しい紫色の光。

 人類の生存権と魔獣の世界を隔てる結界の傍にその男は居た。


「……チクショウ!」


 彼の名は白菊(しらぎく) 禄助(ろくすけ)――。

 神人と成って二年の男だ。


(どうする……? どうすりゃ良い……?)


 彼は神人として生まれ変わり、士官学校に通っていた。

 しかし、生来の性格の悪さから教官や同校生達と折り合いが悪く、次第に落伍していった。

 半年前のある日、突然不登校となり、以後は隠れ潜むように暮らしていた。


(俺を拾ってくれるって言った奴は殺されるし……、一体何処に行きゃあ……)



 『一緒にこの、気に食わない世界をぶち壊そう』――。そんな甘言に釣られて禄助は神人至上主義を掲げる団体、『白表機関』の手を取った。

 しかし、彼を結界の外に連れ出そうとしたその男は、何者かの手によって無惨にも斬り伏せられてしまった。


(奴は政府の狗(イヌ)に違いねぇ……。そんな奴に顔も知られた今、戻ることも出来ねぇ!)


 何とか逃げおおせた禄助であったが、当然、白表機関の手を取ったことは重罪。政府側の神人に見つかれば即座に処刑されて魂は霊器の『素材』にされてしまうことだろう。


 彼は、御柱(おんばしら)の監視圏の近傍で何日も身を潜め、白表機関側の新たな回収班が来ることを祈っていた。しかし、無常にも未だに救いの手が現れる気配はない。


 少しずつ焦燥感が募って行く。


(し、死にたくねぇ……死にたくねぇ! どうする……? 巫女を人質にするか……? いや、そんなの出来っこねぇ!)


 結界を創り出す御柱の根元にある巫女の儀式場は侵入すら困難であるとされる。

 更には、巫女達はその土地の霊脈と縛り付けられており、連れ去ることは不可能となっている。

 よしんば、侵入に成功し、その場で巫女を人質に取ろうとしても、巫女達は魔獣の襲撃に耐えうる程度の自衛が可能な実力は備えている。

 落伍(らくご)し、大した訓練も受けていない現状の禄助では返り討ちにされるのが関の山であろう。


(こうなったのも、世界と――妹が悪ぃ!)



 禄助には一人の妹が居た。

 優秀な妹と凡庸な兄――。妹と比べられ続けて耐えられなくなった禄助は、遂には家から飛び出してしまった。その結果が今であった――。



 ◇◇◇◇◆



 『雪(そそぐ)』、縁、そして、志賀の三人は夕焼けを背に受け、山を駆けていた。


「神人の行動は基本的に現世の物を大きく傷付けることはないわ。こんな風に木の枝を蹴れば素早く移動出来るの」

「これは便利ですね。……そう言えば『宮』様が俺と出会った時も滅茶苦茶吹っ飛ばされましたけど衝突自体の外傷はなかったですね」


 志賀は神倭皇国で初めて宮に出会った時のことを思い出す。白い砲弾のような少女が突然、曲がり角から飛び出し、志賀は路地の反対側の壁にまで突き飛ばされた。

 あの時の『宮』からは、当たり所が良く怪我をしなかったと説明された。しかし、その『当たり所』とは壁との衝突に対してであり、『宮』とぶつかったというだけでは怪我の心配はなかったのだろう。


 三人は軽やかに木々の間を抜けて行く。初めての行為の筈なのに志賀は一度も転倒も転落もしなかった。


(――身体がどう動けばいいのか分かっている……。これも、初期職を得た時に頭の中に流れ込んで来た知識の一部なのか?)


 志賀が殯屋に成った際に得た知識は殯屋としての知識だけではない。基礎的な戦闘技術や霊器の使い方等も脳に刻み込まれている。

 先程、志賀が霊器である『巫傘』を握った際も、先週までとは手の馴染み方が明らかに違っていた。



「――そろそろ、標的の潜んでいる場所が近いわね。この辺りで一旦止まりましょう」


 『雪』は二人に合図を行い、山の麓(ふもと)、草原を見下ろす木陰で停止する。草原の先には結界を生成している御柱が聳え立っていた。



「――この戦いは二人だけの部隊となるわ。志賀が隊長をして頂戴」

「あ、あの~、只人時代も単独行動が多かったから複数人での戦闘指揮なんて分からないんですが……」

「そうね、だから作戦会議をしましょう」


 『雪』は虚空から画帳と鉛筆を取り出し、説明を始める。


「相手の神人歴は約二年。ある程度、神人としての戦いの知識はある男。志賀には部隊長であると同時に囮になってもらうわ」

「囮……ですか?」

「えぇ、巫傘(フサン)は覇身(ハシン)に不利――。覇身による打撃は巫傘の強固な布地を無視して貫く。恐らく貴男を素人と判断し、執拗に攻撃を仕掛けてくると思うわ」


 『雪』はそう言うと、志賀と縁に霊器を手渡す。志賀に手渡された物は雪の意匠が描かれた雅な傘、そして、縁に渡された物は向日葵の意匠がある杖であった。


「『巫傘・凍雲(イテグモ)』、『幣杖・迎陽(ムカイビ)』――。縁は何度か持ったことがあるわね」

「はい、使い方は心得ております」


 縁はそう言うと、杖の底を軽く地面に打ち付ける。

 向日葵の意匠と杖の柄の間から、三方に伸びる扇状の光が展開する。

 それがゆっくりと廻り始めると、四角い断片を積み重ねた御幣のような束が発生した。


「これは……、神人化施術の際に巫女さん達が持っていた物と似ていますね」

「はい、同じ霊器種です」


 縁はその杖を大事そうに抱える。

 志賀も傘を展開して使用感を確認する。軽く振る度に傘の布地からは細氷が舞い散る。


「……巫傘の攻撃は自衛程度の物でしかないわ。巫傘は数ある霊器種の中でも特に防御に特化した霊器――。あまり攻撃面では期待しないことね」

「わ、分かりました……」


 まるで御伽噺(おとぎばなし)に出てくるような不思議な力を手にして、若干興奮気味になっていた志賀を『雪』は窘(たしな)める。



 ◇◇◇◆◇



「――さて、最低限の確認は済んだわ。そろそろ仕留めに行きなさい」

「はい……!」


 志賀と縁は立ち上がり、標的の男が潜伏している辺りを注視する。

 直接視認することは出来ないが、気配として何者かの存在を感じることは出来た。


「……私の『千里眼』であれば、この距離からでも鮮明に敵の姿を捉えられます」

「うん、頼んだ、縁さん」


 縁の左目が金色に輝く。その瞳にはまるで手が届く範囲に居るかのようにその男の姿が映し出される。


「――頭を抱えているようです。かなり焦燥していますね」

「……気の毒だけど、悪の手を取った自業自得だ。俺達の手で……、斃す!」


 志賀は気持ちを切り替えようとするが、手が僅かに震える。

 神人と成って、初の実戦での緊張によるものか、否――。


「――そうよね。実は貴男は只人時代では一人も自らの手で誰かを殺めたことが無かったのだから」

「っ……」



 ――見透かされてしまった。


 そう、志賀は只人時代、『神人を殺す訓練』を受けていたものの、実際に誰かを殺害した経験はなかったのだ。

 利根 煬大を殺すために坂郎会の拠点を襲撃した際も、宮の介入により構成員の殺害は免れていた。幸か不幸か、彼の手が血で染まることは、今までなかったのであった。


「神人に求められることは魔獣の駆除だけではないわ。犯罪を犯した神人や他国から侵攻してきた神人――、そして、落伍して白表機関に堕ちた神人に対する致死的な武力行使も重要な仕事よ。今の貴男にそれが出来る?」


 『雪』は厳しく言い放つ。

 神人の本懐は暴力装置である。神人殺しも出来ないのであれば存在する価値はない。


 しかし、それは他者を殺めたことがない神人に成ったばかりの人間に求めるにはあまりにも厳しい行為であった。



「――分かっています。他者の不幸を本気でなくしたいのであれば、この手を汚す必要があることは」


 それでも、志賀は覚悟を決め、深呼吸をする。そして、復讐を決めた時の感情を呼び起こす。


「――『雪』様、いや、宮様」

「何?」

「只人だった頃に、俺の手を汚さないでくれてありがとうございました。『只人の俺』は綺麗なまま逝くことが出来ました。――今から、『神人の俺』が手を汚してきます」


 そう言うと、志賀は夕日の映える草原に駆け出していく。その後ろを縁が『雪』へ軽く会釈して追従していった。



「……勝利前提のようね。まぁ、そのくらいの気持ちでなければならないけれども」


 『雪』は二人の背中を見守る。


 ――しかし、その眼差しは温かいものではなかった。



「――さて、あの子と一緒に組んでもらうには、あの子の特性を理解して貰わないとね」



 ――『雪』は二人が確実に勝利出来るなどとは思っていない。

 即座に二人の『魂』を回収できるように控えていた。



 ◇◇◇◆◆



「……ッ!!! 来やがったか!」


 白表機関の手に堕ちた男、白菊 禄助は接近してくる二つの存在に気付く。



「――気付かれました」

「……チッ」


 志賀は奇襲の失敗に舌打ちをする。

 元より、遮蔽物は男が身を隠していた数本の木々にしかなかったため、気付かれるのは仕方がないことであった。


 志賀にはある程度の戦闘の心得はある。しかし、それは只人としての戦闘を想定したものであり、更には、志賀が得意としていたのは暗殺である。

 ある程度、戦術の知識はあってもそれはこのような開けた場所で正面から相対する戦闘は想定されていない。


(……巫傘も数回しか握ったことはない。宮様みたいな戦闘術が使える訳じゃない今、俺が出来ることは確実に俺より強い縁さんに攻撃が行かないようにすることだけ!)


 開戦までの数秒、志賀は考えを巡らせる。

 後方では既に縁が攻撃の準備を始めている。


「さぁ、来い! そんな拳、俺が防いでくれる!」


 志賀は覇身に対して不利な巫傘をあえて前面に構える。


 わざとらしい挑発――。しかし、既に精神的に限界であった禄助はそれを僥倖として捉える。


(コイツは馬鹿か? 俺の装備している『覇身』の打撃は神気で出来た防御障壁を素通りするんだぞ?)


 禄助は相手が神人戦闘の素人であると結論付ける。


(成り立ての神人の勇み足か――、それなら俺にも勝機はある!)


 相手が二人であってもまだ自分の命脈が尽きた訳ではない。

 まずは巫傘の防御力を過信した目の前の男を斃し、それに動揺した後ろに控えている女も仕留めて機関の回収班に対しての手土産にしてやる。――そう皮算用すらしていた。


「オラァ!」

「――!」


 予測通り、禄助の拳は後衛の縁には目もくれず、巫傘を構えた志賀に迫る。


「甘い!」

「なっ!?」


 しかし、攻撃を避けないと見て振るわれた直線的な拳打は志賀が身体を捻ることで空を切ることとなる。


「縁さん!」

「はい!」


 直後、幣杖・迎陽から放たれた光の弾幕が禄助を貫いた。


「ぐ!? がああああぁぁぁ!!!」


 とても、戦闘経験がない神人によるものとは思えない強烈な一撃が禄助の全身を貫いていく。


「なぁ……!? ハ、ハッタリかよ!!!」


 しかし、禄助も一撃で斃されることはない。

 既に傷は全身に分散し、体勢は立て直されている。


 志賀は追撃は危険と判断し、一旦引き下がる。


(よし、初撃は成功だ!)


 志賀は、縁から手渡されていた相手の能力を読める透鏡を取り出し、敵の能力値を確認する。

 透鏡には、神籍証と比べると若干簡素化された情報が映し出される。



 <白菊(しらぎく) 禄助(ろくすけ)>

 種族:神人/性別:男神

 属性:陽・地/性質:大悪(-四)/兵種:打兵(下級職)

 [能力素質]

 耐久:秀-/神気:良↓/膂力:秀↑/呪力:凡↑

 防御:凡↓/敏捷:優-/技巧:優↑/幸運:良↑

 素質総合:九六/神階:三

 [霊器適性・所持権能]

 鎚:劣/身:凡

 副:-

 発現権能:挑発

 兵種権能:免疫



(『雪』様の情報と変わりなし)


 目の前で情報を確認される余裕ぶりに禄助の頭に血が上る。


「何呑気に見ていやがる!」


 禄助は再び拳を振り上げ、今度は先程よりも幾分か慎重に攻撃を仕掛ける。


(幾ら相手が正規の神人ではないとはいえ、俺達よりは格上……。なんとしても縁さんを守り抜いて削り切る!)


 禄助が再び殴り掛かってくる動きに合わせて、志賀も巫傘を構える。

 ――しかし。



(素通り!? しまった!!)


 禄助は志賀の横をすり抜け、数間後方に居た縁に殴り掛かろうとする。


 後方の射手が狙われた――。縁の動きが一瞬固まってしまう。

 縁の防御能力は低い。まともに殴られてしまえば一撃必殺されてもおかしくはない。


「間に合え……っ!」


 志賀が巫傘の先端を禄助の足に引っ掛けようとする。

 苦し紛れの手だ――。これでどうにかなる筈もなく、志賀単体ではこの男を斃す方法はない。甘い香りを漂わせるその少女は、数秒の間もなくその暴力により血肉を爆ぜることとなる筈だ。

 敗北の二文字が頭の中で木霊する――。



「ぐえっ!?」


(は……?)


 しかし、そんな最悪の事態は起こることがなかった。

 拍子抜けするほど、傘の先端は禄助の足に絡まり、派手に転倒をする。

 縁が慌てて退避をしているのが見えた。



(なん……だ……? コレ……)



 禄助は派手に地に顔を擦りつけながらも不思議な疑問を覚えた。


 それは、怒りではなかった。



 先程、光の弾幕を撃って来た少女――。

 目の前の傘を持った男を即座に仕留めてたっぷりと礼をくれてやろうと思っていたその少女――。


 それにも関わらず、今の禄助にとって、その少女は怒りの対象ではなかった。



(――ッッッ!!!)



 ――それは、食欲。



 信じられない程の甘い香りは重度の飢餓を引き起こす。


 当然、禄助に人肉食の嗜みなどある筈もない。

 貧困生まれの彼は野生生物を狩って食べることはあっても、行き倒れた人間を食べようなどと思ったことは一度もない。


 しかし、今目の前に見えている少女を食料としか見ることが出来ない。

 その肉を捌いて口にしたい――その血液を盃に入れて今すぐ飲み干したい――。そんな感情しか湧き上がってこない。


 傘を構えた男など最早目に入っていなかった。



(――これは……、まさか縁さんの『甘露』の影響!? まずい!!!)


 目の色が変わり、涎を垂らす禄助の表情を見て、志賀は状況を理解する。


「縁さん! 全力でここから離れてくれ! 『甘露』の影響でコイツは縁さんのことしか見えていないッ!!!」

「は、はい……!」


 『雪』の作戦であった、志賀が前に出て縁への攻撃を引き受ける戦法――。

 それは、一見正解のように見えて、大きな落とし穴を抱えていた。

 開けた場所において、攻撃能力のない前衛と敵を誘引する権能を持つ後衛ではそもそも成り立たないことであった。

 当初の予定では志賀が釘付けにしている間に縁が仕留める手筈となっていたが、志賀が脅威どころか眼中にすらない状態ではとても囮になることなど出来ない。



(空腹――。そうだ、俺はここに追い込まれてから一度も物を食べてねぇ……。これはカミサマが与えてくれたご褒美に違いねぇ! 食わせろ……クワセロ……!)


 禄助は直線的に飛び出していく。志賀をすり抜けて縁の元へと一直線に駆け出していく。


「くっそおおおぉぉぉ!!!」

「きゃっ……!」


 志賀は縁を全力で突き飛ばす。

 幸運にも二人に拳が当たることはなかったが、大きく体勢を崩され、転倒してしまう。



「ナンダァ……? テメェハヨォ……。ウロチョロシヤガッテ――」


 元より、極度の空腹を感じていた禄助は、縁の『甘露』によって強制的に起こされた強烈な飢餓感に耐えられず、理性を失っていた。

 虚ろな眼光が倒れ込んだ志賀に刺さる。


「死ネ――」

(しまッ――!!!)


 無慈悲な手刀が、志賀の首へ振り下ろされる。

 志賀は必死に回避を考えるがこの状態からでは不可能であった。


 そして、鋭利な手刀が志賀の首を切り落とそうとしたその時――。




 ――ブシャッ!!!




(え……?)


 そこには、志賀を守るために飛び出した縁の姿と、宙に舞う左腕が見えた――。




<権能:『千里眼』>

分類:天賦/種別:強化/費用:二五

視力を驚異的なまでに高められる権能。

視力強化により高い命中力と回避力を得られる。

また、遮蔽物に隠れた敵をも鮮明に捉えることが出来る。

視界不良における視野の低下が発生しない。

状態異常:『失明』により無効化される。


<権能:『甘露』>

分類:天賦/種別:標的/費用:三五

大気中の神気を効率的に取り込み、体内で甘い神気に変換する。

神気回復力が極めて大きくなる。

近接攻撃被弾時、相手に『魅了』の状態異常を与えることがある。

周辺の味方の『睡眠』・『魅了』の状態異常を無効化する。

敵対者の攻撃範囲内に入ると、標的として極めて狙われやすくなる。

経口摂取による回復薬等の効果が著しく低下する。

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