第十話 『授職』
大井 安積は志賀が退出した後も『授職室』に籠っていた。
少年と別れた直後に謎の侵入者の報告を得た安積は、士官学校の警備機構を作動させ、箱状の電算機に映し出された警備情報を注視していた。
「……流石に留まる馬鹿ではないか」
士官学校内部に不審者は既に存在していないようであった。
いかに未知の術と言えど、隠密系の術が神人の索敵能力から逃れることは出来ないと安積は自負していた。
(そう言えば、桂月の奴が例の少年を連れて外出していたようだな)
不審者情報があった直後に呑気なものだと思いつつ、安積は少年――雪風 志賀が入って来る前に淹れていた珈琲をようやく口にした。
珈琲はすっかり冷めきっており、あまり美味しいとは思えない。
(桂月は珈琲が嫌いだったか……)
同僚の顔を思い浮かべつつ、安積は陶製の洋杯に入った苦い珈琲を口に含む。
「――安積教官! 職を決めました!」
「ぶっ!?」
静寂を打ち破り、授職室の扉が勢いよく開き、思わず安積は珈琲を吹き出す。
件の少年がそこに居た。
「……どうした、一週間待つと言ったのだが?」
「すいません! どうしても今が良いんです!」
志賀は詰め寄るように安積の前に出る。
「先程、罪穢術専門の教官――、桂月教官に殯屋の職務を見学させていただきました。そこで、殯屋の精神を知り、不向きとは思いつつも俺も殯屋として働きたいと思ったのです!」
志賀は捲し立てるように言う。
(安積教官は殯屋に否定的だ……。断られる前に押し切ろう)
しかし、志賀の思惑とは裏腹に、安積は冷静そのものであった。
「――そうか」
(うっ……、不味いか……?)
安積は志賀の様子を品定めするように見ている。
その様子に逆に志賀の方が気圧される。
数秒の沈黙の後に、安積が口を開く。
「――そうか、分かった。殯屋になることを許可しよう」
(えっ……?)
――予想以上にあっさりと許可が出た。志賀は安積に反対されることも念頭に置いていたが、それは杞憂に終わる。
(――あぁ、そうか……)
淡々と準備をし始める安積を前に志賀は思った。
(俺は――、そもそもこの国への貢献なんて期待されてないのか……)
安積の心は朝の踊り場でのやり取りで冷めていてもおかしくはない。
故に、志賀がどの兵種に就こうと毒にも薬にもならないと思われているのだろう。
(だったら……、その状況を利用するだけだ!)
期待されていないのであれば相応の利点はある。
足らぬ状況を工夫で打開するのは昔から志賀が取り組んできたことであった。
◇◇◇◇◆
「――準備が出来た。殯屋で間違いはないな?」
「――はい!」
志賀は緊張の面持ちで指定された場所に立つ。
今後一生を左右する程の重大な選択をこの数時間で決めて良かったものかと、今更ながら不安に思うが、考えは曲げない。
安積は手元の端末を操作すると、ゆっくりと天井が開いていく。
「神人が職を授かる際は大きな力場を伴う――。現世の構造物に影響を及ぼすことはないが、神気が大いに乱される。神気を用いた計器類の破損を防ぐために、露天で儀式を行うのが基本だ」
天井はゆっくりと開き、青空が姿を見せる。
ガコンッという音が響き、天井の機構が完全に動きを終えた。そのことを見計らい、安積は志賀の足元の魔法陣を起動する。
純白の光が湧き上がり、志賀の身体を包み込む。その光の奔流は授職室の天井を超え、天高く立ち上る。
「――!」
――直後、志賀の身体は完全に光の中に消えて行った。
◇◇◇◆◇
(――少年――、愛しい少年――。君に大いなる祝福を――)
◇◇◇◆◆
光が収まるまで、志賀はその場で立ち尽くすことしか出来なかった。
(――また、あの声……)
志賀は神人に転生した際に聞こえた声を再び聞いた。
少女のようであり、少年のようでもある声――。どこか、明星 宮に似たような声が頭の中に残響する。
「――問題なく成功したようだな」
「……え? あ、あれ!?」
志賀は気付くと何故か帽子を被っていた。手に取ってみると、それは学帽のような物であり、前方には蝶の意匠のある金製の帽章が取り付けられていた。そして、その帽子を取った手には着けた覚えのない黒い手袋が装着されている。
(――い、いや、それだけじゃない!)
志賀は服装を確認すると、陸軍風の学生服は忌色を基調とした地味な配色に変わり、若干の意匠の違いが見られる。また、背中には厚手の外套が羽織られていた。
髪の毛も長く伸び、後方で一つ結びにされて流されていた。
「それが、『殯屋』の正装だ。兵種によっては身長等にも影響するが、お前は変わらないようだな」
「へ、へぇ……。それは凄――痛ッ!」
神人が兵種を得ることによる変化に感動していると、突如、志賀の頭に頭痛が走る。
(なんだこれ……、頭の中で、何かが……!)
志賀はその場にうずくまる。死に関わる知識、穢れを扱う技術等が一気に脳内を駆け回る。
「先人が数十年分培ってきた技術の一端をこの一瞬で得たんだ。頭が痛むのも無理はないだろう。先人への感謝として受け取れ」
頭痛はそれ程長くは続かなかった。しかし、明らかに自分ではない思考が潜り込んで来たことには若干の気持ち悪さが残る。
しかし、これで志賀はようやく戦闘が出来る神人としての開始線に立つことが出来たのであった。
「――そうだ、先程これを預かっていてな」
「これは?」
「健の奴が渡し忘れたと言って持って来た。授業計画に関する資料とそれを入力する携帯端末だ」
安積は態度こそ悪いが、丁寧に志賀にそれらを渡す。
「あ、ありがとうございます」
「全く、今日この部屋に戻ってくることはないと言ったにも拘わらず押し付けられて困っていたのだ。――まぁ、結果的に無意味ではなかったようだがな」
安積はそのまま椅子に座り、再び電算機に向き直る。
「あっ、すいませんこの後――」
「あぁ、言い忘れた。履修する授業を組めていない内は授業に参加することは出来ない。故に、今日はこの学校内で出来ることはない。その資料を見ながら履修登録を済ませてくれ。」
安積は背を向けたまま手をひらひらと振る。
入学時期がずれた志賀に個別で今後の流れを説明する機会を設けることはしないようであった。
「どうしても分からなければ相談にも乗るが、お前は明星の指図を受けるのだろう? それならば、こちらから言うべきことはない」
「……分かりました」
安積はもうこちらを振り返ることはない。
恐らく、助けを求めれば応じてはくれるかも知れない。しかし、志賀にとっても宮達の意見を得る必要はあり、ここは一度持ち帰った方が良いと考えた。
「――ありがとうございました!」
志賀は失礼な態度であった教官に、それでも感謝の意を述べる。
大いに反対されて出直しになる可能性があったことも確かだ。それに比べれば、はなから期待されず、放任的に職を授けて貰えたことは僥倖であった。
志賀はそのまま踵を返して部屋の扉を開ける。
「――まぁ、精々頑張りたまえよ」
志賀が扉の外に出る直前、安積はぽつりとそう呟いた。
◇◇◆◇◇
志賀はその後、偶然出会った縁に一声掛けてから屋敷に戻る。
服の戻し方が分からず、少し恥ずかしく思いながらも屋敷に戻り、授業計画の資料や神籍証の変化した情報を眺めるなどして過ごす。
暫くすると、仕事を早く終えたのか小さな少女が屋敷の門を潜る。
青白い衣装のその少女は、明星 宮の月曜日の姿――『雪』であった。
「『雪』様! お疲れ様です!」
「ん、志賀ね。『他の子』達との約束通り、殯屋に成れたようで何よりだわ」
『雪』は志賀の姿を一瞥しただけでそれが殯屋の衣装であることを確認する。
「いやー、良かったです。やっぱり最初はちょっと止めとけって言われましたね」
「それはまぁ、当然ね。貴男を別に傘下として活動させたいと思っていなければ、殯屋なんて難しい職は止めていたわ」
『雪』はそのまま食堂に向かい、お気に入りの青い湯呑に冷たい紅茶を淹れていく。大き目の角砂糖を三個も入れて更に牛乳で白濁させる。そして、ジャリジャリとした舌触りを残したままちまちまと飲んでいく。
「……甘すぎません?」
「神人は甘味で死ぬことはないわ。尤も、縁ほどの甘味に気を取られると命取りになるけれどね」
そんなやり取りをしていると、庭で剪定作業をしていた侃が戻って来た。
既に作業服は着替え、普段の紳士服で登場する。
「ややっ、『雪』様。また甘い物を口にしていますな?」
「良いじゃない、爺。ボクだって、分かっているからこそこうやって謙虚にちびちびと大事に一杯だけ飲んでいるのよ?」
小さな両手で湯呑を持って飲んでいる様はとても愛らしい。……その湯呑の中身に目を瞑れば、と言う枕詞は付いてしまうが。
「……そう言えば、今日からもう本格的に訓練を始めていく感じですよね?」
「えぇ。ただ、今日は縁の助けが要るの。あの子が帰ってくるまでは殯屋と成ったその身体を慣らしなさい」
「は、はい」
◇◇◆◇◆
志賀は、訓練場に赴き、『雪』から基礎的な戦闘知識を学ぶ。
神人の戦いは只人の戦いとは大きく異なる。
――まず、只人相手に有効な小手先の急所狙いが、そのまま通用するとは限らない。
「貴男の神階に合わせて手加減をするわ。今から一般的に只人の間で言われている急所を打つ」
「……お願いします!」
志賀の覚悟完了と共に、先週よりは幾分か『見える』速度で『雪』が飛んでくる。その右手には矢筒から取り出された青白く光る凍て付く矢が握られていた。
「――目っ!」
「ッ!!!」
志賀はその攻撃をあえて避けず『目』で受け止めた。
眼球に矢が突き刺さり、鮮血と共に視界が一瞬消える。
「ぐうううぅぅぅ……ッ! う……?」
――しかし、それまでであった。
「あ、あれ? 確かに目が潰された筈……」
志賀の眼球は一瞬で再生していた。同時に、全身に表皮を切られた程度の浅い痛みがじわりと広がる。
「――小手っ!」
「!」
続いて手首を抉る様に突き刺す。
「絶対、霊器を放すな!」
「は、はい!」
『雪』の矢は手首を引き千切らんとする勢いで深々と刺さる。
――しかし。
「あ、あれ? こんなに刺さってるのに手首が動くし……そんなに痛くない!?」
矢はどう見ても関節を破壊する位置に刺さっていたが、志賀は霊器を落とすこともなく、手首はある程度自由に動く。動かすたびに鮮血が噴き出しているのが不気味であったが、血液は空気中で霧を散らすように消滅していく。
「これが、神人の戦闘の基本。特定の術を除けばどこの部位に対する攻撃も同じ威力になる」
「……急所狙いは意味がないと?」
「そうでもないわ」
『雪』はそう言うと、振りかぶり、志賀の心臓と首、脳天の三点を同時に突く。
「ぐあああぁぁぁ!?」
すると、志賀は先程の眼球を貫かれた事よりも大きな痛みを示す。
「神人にも急所は存在するわ。脳、首、心臓……。この辺りは徹底的に守りなさい」
志賀は明らかに違う痛みに悶絶しながらも息を整える。
「はぁ、はぁ……。痛みには慣れた方が良さそうですね……」
『雪』は虚空から倉庫を取り出すと、その中にあった回復薬を志賀に手渡す。
「しかし、眼球は大丈夫でも脳はダメとは……」
「脳――と言うより、脳と心臓の辺りを繋ぐ範囲に神気の流れる中枢があるらしいわね。ここを破壊されると修復が難しいらしいの。これは、魔獣にも共通している弱点のようね」
「へぇ~。それは是非、狙っていきたいですね」
『雪』は志賀が回復薬を振りかけたことを確認してからもう一度立たせる。
「確かに、この『致命の一撃』を入れることが出来れば、神人も魔獣も簡単に斃せてしまうわ。でも――」
「うわっ!」
『雪』はもう一度、志賀の心臓に向けて矢を突き刺そうとするが、不自然に矢が致命部から逸れて腹に突き刺さる。
「ぐぅっ……! あ、あれ?」
「神人には超常的な力が防御機能として備わっていて、こんな風に致命傷を僅かにでも避けようとするの。貴男のように幸運の値が高ければ高い程、この傾向は強くなるわ」
「な、なるほど……。確かに、傷が全身に分散される利点があって尚、神人の力の強さと精密性があれば、心臓や脳天を狙われて意味がないですもんね……」
『雪』は静かに頷く。
志賀としては自身の『幸運』がこんな所にも関わって来るのかとしみじみと思った。
「神籍証を見なさい。殯屋の兵種権能には『祈』と言う物があるの。これは、致命の一撃に対する警戒力を上げる効果がある。特に、信仰系の兵種であれば、その効果はより高くなるとされているわ」
「縁さんが覚えていた奴ですね」
「……何故か、ね。あの子の兵種、信仰ではなく赤兵だからあまり意味がないのに……」
『雪』がぶつくさ言っていると、学業を終えた件の少女が姿を現した。
「『雪』様、お呼びでしたでしょうか?」
少女――縁は制服姿のまま訓練場に顔を出す。その場はたちまち甘い香りに包まれ、志賀は思わず顔が綻びそうになる。
「そうね、今日から貴女も本格的な訓練を行ってもらうわ」
「……! ……はい……」
縁は少し浮かなそうな表情のまま俯く。
「だ、大丈夫だって! 俺も神人の戦闘経験なんて殆ど無いし……」
志賀が縁を元気付けようとするが、縁は不安そうに俯いたままであった。
『雪』は軽く溜息を吐きながら説明を行う。
「――本日、士官学校から不審者の情報を得たわ。ボクもその不審者情報を追っていたのだけれど、その中で不自然な『モノ』があったの」
「不自然な『モノ』……?」
『雪』は少し大き目な端末を虚空から取り出し、志賀達に画面を見せる。
画面には地図が映し出され、無数の様々な色の光が動き回っていたが、その中で一点、赤い光がぽつんと蠢いていた。
「……これは?」
「ボク達、『敵早管』の霊波探信儀。緑を中心に赤色に寄るほど悪性が強い。まぁ、青ければ良いという物でもないけれども」
その赤い点は国防結界の御柱のすぐ近くに存在していた。
「――この赤い点は、つい最近になって白表機関に堕ちたと噂される神人のようね」
赤い点を『雪』の指先が叩くと、情報が表示される。そこには、顔写真と共に『白菊 禄助』と名前が表示されていた。
「――! これは……、もしかして、こいつは結界を破壊しようとしているのか!?」
「恐らくね」
「早く止めないと……!」
過去に目の当たりにした魔獣災害の恐怖を思い出し、焦る志賀を『雪』は指一本で制止する。
「焦らないの。この男の能力で協力者もなしにあの御柱の巫女を殺すのは不可能。とは言え、野放しには出来ないから今から斃しに行くわよ」
「成程! 『雪』様の戦闘を見て、参考にしろと言うことですね?」
「はぁ? 何言ってるの?」
「えっ」
『雪』は志賀を呆れたような表情で見る。
縁は俯いたままだ。志賀は何か嫌な予感がする。
「――貴方達が斃すのよ。『実戦で』訓練。出来るわよね?」
志賀は空いた口が塞がらなかった。
まさか初期職を得た初日、殆ど訓練らしい訓練すら受けていない状態で実戦に放り込まれるなど、想像出来る筈がない。
「霊器は貸すわ。相手は『打兵』ね。確か、『覇身』持ちだったかしら。折角だから志賀は不利な『巫傘』を持って行きなさい」
「え、えぇ……」
ただでさえ、神人としての実戦など初めてであるにも拘わらず、『雪』は更に条件を厳しくしていく。
「当然、ボクは常時監視するし、本当に危なくなれば介入する。でも、最初から助けてもらえると思っている子に実戦は教えられないの」
一見、厳しいながらも救いに聞こえる言葉――。しかし、志賀は先週の件でその『介入』が何を示すのかを理解していた。
「――大丈夫よ、死んだら魂はボクが回収するわ。どうせ雑魚だから後顧の憂いなんて忘れて、縁と協力して袋叩きにしてきなさい」
死んだら骨は拾うとでも言いたげな『雪』についに志賀の感情の堰が切れる。
「……鬼ッ! 悪魔ッ! 人でなしッ!」
志賀の言葉を飄々と受け流すその傍らで縁は頭を抱え続けていた。
<雪風 志賀>
[個人情報]
種族:神人/性別:男神/身長:五尺五寸五分(一六八二粍)
所属:葦野国/登録:訓練神人
眷属:鴉/神力色:空・藤
趣味:石拾い、石積み
好物:多用途機器・変形する物(物)/咖哩(食)/変な生き物(生)
苦手:火(物)/納豆(食)/自身の幸運・他者の不幸(事)/火葬場(場)
生年月日:〇九八〇年〇八月〇二日(一七歳)
神人転生:〇九九八年〇四月〇七日(転生:一七歳)
[基本情報]
属性:陰・霊/性質:微悪(-一)/兵種:殯屋(下級職)
[能力素質]
耐久:凡↑/神気:並-/膂力:並↓/呪力:並↓
防御:並↑/敏捷:並-/技巧:良↓/幸運:天-
素質総合:七五/神階:一
[霊器適性]
棍:-/刀:-/鎚:-/鏡:-/礫:-/鐸:-/杖:-
槍:-/鎌:劣/身:-/傘:劣/弓:-/扇:-/璽:-
副:呪
[習得権能]
天賦権能:(無)
練達権能:(無)
汎用権能:冥加・復讐
兵種権能:祈・無垢
権能限界:二三/七五
※作中現在年月日:〇九九八年〇四月一五日時点




