第六話 『七曜の少女(後編)』
――金曜日の朝。
昨晩の一騒動を越えて、志賀は手応えを感じていた。
「宮様の人格の殆どと仲良くなれたぞ。あと二人と仲良くなれれば全属性の宮様と訓練できる!」
神人には七つの属性がある。陰・陽・霊・生・地・天、そして無。陰と陽、霊と生、地と天は互いに弱点となり、無属性以外の同属性同士では通りが悪くなる。
志賀の属性は霊属性と陰属性。そのため、生属性と陽属性を相手取る場合は優位に立てる一方、逆に相手からも弱点を突かれる。
「『宮』様は無属性だったかな? 施術前教育の時は無属性は希少だって言われていたけど……」
無属性は通常の属性相性の外側にある。相手が無属性以外であろうと、無属性同士であろうと、有利にも不利にも傾かない。
「残すは、金曜日と土曜日……。恐らく地属性と天属性だ」
志賀は印象を良くするために少し早起きして食堂へと向かう。
「おや、志賀様。おはようございます」
「あ、火星さん。おはようございます。早いですね……」
先に食堂に着いて使用人達の手伝いでもしようと思ったが、既に侃が朝食を作り終えていた。
「今日は、『定』様の日ですので、早めに用意をした方が良いと思いまして」
「さだめ……『定』様ですか。今日の宮様の名前ですか?」
志賀が想像で『定』の漢字を宙に描いていると侃は静かに頷く。宮の人格は読みが難しい者が多いため、間違えていないと分かった志賀は心の中でぐっと拳を握った。
「『定』様は朝が早いのでこうして早めに準備しないといけないのです」
「へ、へぇ~。真面目な人格なんですね」
「真面目かどうかは……評価が分かれるところでございます。何はともあれ、朝食を準備していなかったら何も食べずに出てしまいますので、金曜日はこうして早く準備しております」
侃の少し思う所があるような発言に疑問を持ちつつも志賀は人格に合わせて対応している侃を尊敬する。毎日違う主人に仕えているのと同じようなものであるからだ。
「やっぱり、火星さんは凄いなぁ……」
「とんでもございません。この屋敷には心に傷がある者が集まっています。その中で、私めのような何も苦労を知らない人間がどうして楽をできましょうか」
侃は頭を下げて謙遜する。しかし、志賀の目にはとても侃が苦労をしていないようには見えなかった。
「そうですか……。それで、『定』様はどうしたんですか? まだ出勤には早いと思いますが」
「『定』様はすでに出勤されております」
「へ? もう!?」
現在の時刻は午前5時。まだ日も昇っていない時間である。
「今日は新人……新しく部署に来た者への教育資料を作ると言って普段より更に早く出ておりますな。とはいえ、いつも『定』様はこの時間には既に屋敷を出発しております」
(金曜日の宮様はいっつもこんな朝早くから出勤しているのか……)
他の人格と比べると、『雪』と同等かそれ以上に真面目な人格であることを知り、志賀は少し背筋が伸びる気分になる。
「ところで、宮様はどんな場所で働いているんですか?」
「宮様は、いずれの人格でも国防省内の『敵性存在早期警戒管制官』、通称『敵早管』と呼ばれる職務に就いておられます」
「国防省……? まさか、あのナリで国家公務員!?」
余りにも失礼な物言いに侃がこほんと咳払いするのを見て、志賀も慌てて頭を下げる。
「……まぁ、それ程の地位でもなければ他国の、それも皇国の入国許可が出ることなど不可能ですから」
「……す、すいません。しかし、驚きです。てっきり軍人として訓練でもしに行っているものかと思っていたので」
宮は世界最強の神人と称されている。それがどこまで適用されるのかは志賀は知る由もない。
しかし、実際に志賀は宮が皇国で都市一つを滅ぼせるほどの威力を持つ隕石を降らせているのを見ていた。志賀にとってはあの少女が、少なくとも軍事要員としては裏方側の職に徹するには非常に勿体のない話であった。
「その辺りは複数の事情がありますが、いずれ、宮様から話が出ると思われます」
「そうですか……。しかしまぁ、宮様も夢様もですけど、神人も普通に社会的な役職を持つことがあるんですね。俺は只人時代には神人はもっと殿上人のような存在だと思っていましたんで、てっきり魔獣との戦い以外では駆り出されないものだと……」
「その考えは間違いではないでしょう。神人は本来戦闘のみを求められる、言わば国という『巣』にとっての『働き蜂』のような存在でございます」
「は、働き蜂……」
――『神人とは、神王陛下の働き蜂なのです』
神人になる直前に神人化施術を行う巫女がつぶやいたあの言葉――。それは間違いではなかった。
(あの時の冷たい目線――。てっきり、巫女さんが脅しに使っているものかと思っていたけど、一般認識だったのか……)
志賀は、神人は只人を食い物にするためだけの悪魔のような存在であると思っていた。しかし、実際の神人はそれ程気楽な存在とはとても言い難いようであった。
「――故に、神人の方々は常に有事の際に召集されることを想定して生活しております。それが、純粋な戦闘要員であろうと、生計を立てるために官職に就いたり、民間の補佐を行っている存在であろうと」
「……」
「しかし、宮様と夢様は複数の事情が重なり、戦場に赴くことはございません。嘆かわしいことですが、それ故に、あの御二方、そして、この屋敷の者を疎む声も多いのです」
神人化施術の際に、身辺情報は施術者にも伝えられる。当然、志賀が皇国で死刑相当の密入国という犯罪者であることも、宮の保護観察下として明星家に居候していることも知られていた。
志賀への施術者たちのどこか冷徹な目線は、志賀のその裏に居る明星姉妹に向けられたものであったのだ。
「――だったら、その汚名を雪ぐためにも、俺も頑張らないといけませんね……!」
「その意気でございます」
侃は最後に笑顔を浮かべ、深々と頭を下げる。
食堂には一睡もしていないであろう縁の姿も見えた。表情の乏しい彼女ではあったが、その口元は僅かに緩んでいた――。
◇◇◇◇◆
志賀が真面目そうな『定』とどう仲良くなろうか計画を練っていると、意外にも早く、『定』は帰宅をする。
「……ただいま」
金髪――と言うには少し違和感の残る淡い黄色の髪に、淡い黄色の衣装。
金曜日担当の土属性、『定』がそこに居た。
「さ、『定』様……? お早いですね」
志賀は、あまりにも早い帰宅に驚きつつ、宮の人格に共通する『各人格を別々の者として扱い、名前を間違えない』という、ここ数日で得た知見を実践する。
「……ん? 君が志賀君かな? 噂は聞いているよ。宮の精神世界の中でね」
『定』は疲れたような表情をしていたが、名前を呼ばれると少し口元を嬉しそうに緩める。志賀は心の中でぐっと拳を握り、喜んだつもりであったが、現実でも拳を握ってしまっていた。
「どうやらお疲れのようですね。……ってあれ? 『定』様? 『定』様ー!?」
『定』は玄関を跨ぐなり床に寝転んでしまった。
明星家の屋敷は洋館であるため、私室を除けば土足で上がる床だ。
「よ、汚れてしまいますよ!?」
「……え? 面倒くさい……」
そう言うなり、『定』は顔を横に向けたまま動かなくなってしまった。志賀はあまりにも朝聞いていた様子とは真逆の態度に唖然とする。
「……新人教育のための資料を作るために早出をしていたと聞きますが。疲れが出てしまいましたか?」
「……いや? いつもボクはこんな感じ。夕方以降にのんびりするために朝頑張る。夕方以降の引き継ぎも完璧。ダラダラ働いて自由時間が無くなって泣いている土曜日の『遊』とは違う」
しれっと別の人格の批判もしつつ、『定』は一切動かなくなる。
「え、えぇ~……。そ、そんな、宮様が居ないと訓練場使えないのに……」
「……休むことも大切。地属性は防御補助と高命中術技ばっかりだからつまんないよ」
(高命中なら寧ろ回避技術を得たい俺としては猶更稽古を付けて欲しいんですけど!?)
梃子でも動きそうにない『定』の様子を見て志賀は頭を抱える。
その様子を横目で見た『定』は『無視を決め込む方が面倒そうだ』と思い、志賀へと向き直る。
「……ん。分かった。来週は頑張るから、今日は座学にしよう。一遍に全部説明すると、ボクがきっと耐えられないと思うから。ごめんね」
「! ありがとうございます! それだけでも、それだけでも嬉しいです!」
志賀の本音としては、今すぐにでも訓練場に行きたかったが、訓練の約束を取り付けられただけでも充分であった。
「……それじゃ、ん」
「ん?」
『定』は寝転がったまま両腕を志賀の方に差し出す。
「……抱っこ。応接室まで運んで」
「えぇ……」
◇◇◇◆◇
昨日に引き続き、志賀は宮の別人格と応接室に入る。
『定』は完全にやる気を失っているのか、応接室の長机に突っ伏したまま資料を虚空から次々と吐き出していく。
「……そういえば、神人と言えばその収納術みたいなところがあると思っているんですが、それってどうやっているんですか?」
神人の共通の能力として、所持品を虚空に収納し、それを取り出すというものがある。
志賀の故郷を焼いた坂郎会の首領、利根 煬大が凶行に及んだのも虚空から霊器を取り出すさまを見られて、神人を恐れ嫌う外縁区の住民に騒がれたからであった。
「……神人なら誰でもできるよ。『商人』やお姉ちゃんが持っている『貯蔵』の権能でもない限り、持てる量は限られるけどね」
そう言うと、『定』は虚空から槍や鎚や小銃を吐き出して見せ、もう一度収納する。
「す、凄い。便利ですね……」
「その辺の資材管理方法は学校で習うから今回は割愛……省略? まぁ、なんでもいいや」
『定』は頬を机にくっつけたまま、書類を整理した。それと同時に、合成樹脂でできたような白い札を志賀に手渡した。
志賀がそれを手に取ると、じわりと文字が浮かび上がり、撮った覚えのない顔写真まで浮かび上がる。
「これは……?」
「……『神籍証』って言われている奴。神人の能力値を一瞬で把握できる。それが現状の志賀君の能力値ね。細かい意味は学校で教えられると思うから今はこういう物があるってだけ見てね」
札に目を移すと、情報の書き込みが完了していた。
<雪風 志賀>
性別:男神/身長:五尺五寸五分(一六八二粍)
所属:葦野国/登録:新生神人
生年月日:〇九八〇/〇八/〇二(十七歳)
神人転生:〇九九八/〇四/〇七
属性:陰・霊/性質:微悪/兵種:(未登録)
[能力素質]
耐久:凡↑/神気:並-/膂力:並↓/呪力:並↓
防御:並↑/敏捷:並-/技巧:良↓/幸運:天-
素質総合:七五/神階:一
[霊器適性]
棍:-/刀:-/鎚:-/鏡:-/礫:-/鐸:-/杖:-
槍:-/鎌:-/身:-/傘:-/弓:-/扇:-/璽:-
副:-
[習得権能]
天賦権能:(無)
練達権能:(無)
汎用権能:冥加・復讐
兵種権能:(無)
権能限界:二三/七五
「こ、これが俺の能力……」
正確な見方は神人についてまだ詳しくない今の志賀にとっては分からないが、情報をまじまじと見る。撮った筈のない顔写真や測った筈のない身長までもが記載されているのが不気味であった。
その様子を気にすることもなく、『定』は情報を解説していく。
「……素質総合って奴は耐久から幸運までの能力素質を数字にした合計値ね。能力合計値っていう人もいる。劣の下が一で天の上が二十一。六+八+七+七+九+八+十+二十で七十五」
「おぉ……、凄い……のかな?」
「……いや、現段階では普通に弱い」
「えぇ……」
志賀の期待の眼差しをばっさりと切ってしまう『定』。
「……総合値は新生の神人にしてはまぁまぁだけど、その四分の一以上が幸運なのはやりすぎ」
「うっ……」
「……幸運が発動条件の権能も『冥加』しかないし正直言って困る」
「ぐっ……」
「……この素質で遠近両刀なのも無駄。せめて膂力か呪力かどっちかに振って欲しかった」
「おおおぉぉぉ……」
自身の能力を散々に言われて崩れ落ちる志賀。神人の能力値は無慈悲に数値として現れる。例え、只人時代にいかに体を鍛えていようと、それが神人になっても反映される例は殆どないとされている。
「……まぁ、逆に言えばここから先幸運の伸び代はないからそれはそれで良いかな」
「ち、ちなみに、『定』様――宮様の能力値とか縁さんの能力値とかはどうなんですか?」
「……ボクは流石に企業秘密だよ。数値上は世界最強って言うのは嘘じゃないからね。縁君のならつい最近、控えを取っていたから見せられるけど、今の君よりずっと強いからヘソ曲げないでね」
そう言うと、『定』は封筒の中から複写した縁の神籍証を取り出す。
<金星 縁>
性別:女神(未恋)/身長:四尺九寸五分(一五〇〇粍)
所属:葦野国/登録:訓練神人
生年月日:〇九八〇/〇八/三一(十七歳)
神人転生:〇九九三/十二/二五
属性:陰・陽/性質:微善/兵種:報時(下級職)
[能力素質]
耐久:凡↓/神気:天↑/膂力:劣-/呪力:優↑
防御:良-/敏捷:秀↑/技巧:優↑/幸運:優-
素質総合:一〇〇/神階:一
[霊器適性]
棍:-/刀:-/鎚:-/鏡:-/礫:-/鐸:劣/杖:凡
槍:-/鎌:-/身:-/傘:-/弓:-/扇:-/璽:-
副:-
[習得権能]
天賦権能:甘露・千里眼・(封印)・絶食
練達権能:(無)
汎用権能:能面・八方美人・心眼・祈
兵種権能:管理
権能限界:九二/一〇〇
「……!」
提示された縁の能力値や権能は神人の能力など殆ど知らない志賀が一目見ても強いと分かるものであった。
「……権能限界って奴は習得できる権能の限界だね。縁君はまだ下級職だから丁度百までしか習得できない。天賦権能に大分容量食われているから、現段階ではこれ以上は習得させないほうが良いね」
「……これは、士官学校に通うようになって成長したってことですか?」
「……いいや? 殆ど神人に成り立ての頃と一緒。一度も戦場にも出していない。何故か士官学校で『祈』を覚えてきたけどね」
志賀は愕然とした。才能の差というには余りにも開きが大きいと直感出来た。素質の総合値にして、二十五。その差は余りにも大きく感じられた。
(……何で、『宮』様は俺がこんな才能なのに部隊の長を任せようと……?)
士官学校に通う前から才能の差に打ちのめされている志賀の肩をいつの間にか椅子から立ち上がっていた『定』が手を置く。
「……心配することはないよ。縁君は異常個体。アレを基準にしてはいけない」
「でも……、『定』様は俺のことを弱いって言ったじゃないですか」
「……現段階では、と言った」
『定』は意気消沈している志賀を励ますようにぽんぽんと肩を叩く。
「……何故か素質という割には努力で急に伸びたりするんだよね」
「でも、基礎が悪ければ伸びにも影響があるんでは?」
「……それなんだけど、君みたいに不幸な過去があるにも関わらず、才能がない子は何かの切っ掛けで急激に素質が伸びることがあるんだよね」
「そ、そうなんですか?」
「……だから、腐らずに頑張ればとても強い神人になれる可能性が高い。『宮』はそこを見込んだんだと思う」
その『定』の言葉を聞いて、志賀は少しやる気を取り戻す。
――しかし、その言葉の中に何処か引っ掛かるものがあった。
「――不幸な過去がある神人は強くなる?」
「……そうか、君はまだ知らなかったのか」
『定』は少し伝え方に悩みつつ、口を開く。
「……一般的に、不幸な過去を持つ神人ほど強い」
「……」
「……勿論、例外はある。何一つ不自由の無い子が強いこともあるし、悲惨な過去を持ちながらも弱い子もいる。だけど、それは非常に稀。どういう理屈かは分からないけど、過去が不幸であれば不幸であるほど強い」
その言葉を聞いて、志賀の心臓が凍り付いたように縮んだ。恐る恐る、『定』に質問を投げかける。
「……それは、神人の世界では常識ですか」
「……残念ながら、常識だね」
「ッ――」
その言葉を聞いて、志賀は椅子に背を預け、大きな溜息と共に顔を覆う。
(俺の家族――俺の故郷は、神人の都合で焼き滅ぼされたってことか――)
以前なら激昂していたであろう志賀もどこか諦めたように自分の中で感情を押し潰す。
神人となった彼は今だからこそ分かる。――魔獣の脅威に常に曝されている今の世界ではなりふり構っていられないということを。
しかし、それで納得がいく訳ではない。何の罪もない数百人の命が奪われたのは事実であるからだ。
「……これが、救いになるとは思わないけど」
顔を隠したまま負の感情を押し殺そうとしている志賀を見兼ねて『定』が言葉を選ぶように続けた。
「……あの国は――真鐵国は、表面上は人道無視の不気味な監視国家だが、そんなに人の不幸をアテにするような国ではない。神人の『数』よりも兵器の『質』で勝負をしている国だからな」
「……」
「……志賀君の想像程、悪辣な国であれば、人一人拉致して眠らせて、核の炎で焼くくらい訳はないさ」
「――。……そうだと良いのですが……」
『定』の言葉に、志賀は少し気持ちの整理ができた。それを確認した『定』は言葉を続ける。
「……日曜日以前の『ボク』は君に何を求めた? 新しく強い神人を増やすための世界を共に作ることか?」
「……違う、世界から不幸を少しでも減らすため……」
「……よろしい。それでは、冷静になったところで、今後の方針に移ろうか」
「……はい!」
志賀の理解を得たところで、『定』は席へと戻って行き説明が再開される。
「……『雪』や『焦』はさっさと『冥加』を習得させてしまったり、巫傘での戦い方を学ばせたりしているけど、兵種も決まっていないうちに色々見切り発車でやるもんじゃあないよ。そもそも、巫傘なんて戦技覚えてないと武器じゃないからね。あんなの、防具だよ防具」
『定』はそうぼやきながら、資料を広げる。
「……志賀君、君は死体や汚物を見るのは平気かね?」
「死体なら幾らか……。焼死体――と言うか炭化した人間なら沢山見ましたね。汚物の方は、復讐のための訓練として師匠に肥溜めに沈められたことが――」
「……君の人生、『幸運』と呼ぶのはかなり無理がないかな?」
余りにも酷い生き様に『定』は話題に出したことを若干後悔しつつ、本題に移る。
「……君は、施術前教育の時の素質予測で幾つか適性兵種があるのを見ていたと思うけど、その中では『殯屋』の兵種に就いて欲しい」
「『殯屋』……」
「……別名、葬儀屋だね。死や罪穢れを扱う兵種だ」
「死や穢れ……ははっ、俺向きの兵種ですね」
自嘲気味に笑う志賀に対し、『定』は少しむっとした表情をする。
「……只人の認識は知らないけど、神人において本来忌避すべき死に真っ向から立ち向かう『殯屋』はとても評価が高い兵種だ。しかも、それ故に求められる能力は多い。余り舐めた認識のままで就くと後悔するよ」
「す、すいません」
今まで、怒る様子を見せなかった『定』の明らかに不快そうな様子を見て、冗談では済まされないことであると知り、志賀は謝罪する。
「……まぁ、只人から見ると汚いだけかもね。あんまりお行儀の良い技なんてないしさ。でも、『殯屋』の強みはその技にある。回復以外の殆どを一つの兵種で、高水準に行うことができる。これは、複雑な戦況を打開するのに極めて有利に働く筈だ」
「そ、そうなんですか?」
訝しむ志賀に対して、『定』は『……勿論』と頷く。
「……他に提示されたのは恐らく二兵種、『物忌』と『男覡』だろう?」
「確か、そうでしたね」
「……『物忌』は大将格とするにはちょっと力不足かな。神人が苦手とする他者への回復術に特化した職だ。今の攻撃能力が貧弱な君にはこちらの方が合うと言われるだろうけど、兵種の技能に頼らない一芸でもないと魔獣を斃せず、経験を積むことができない」
「なるほど……」
「……『男覡』は論外だ。その幸運の高さを見込まれて政府に吸収されてしまう。士官学校では熱烈に勧められるだろうけど面倒事の原因にしかならない。絶対に断ること」
「りょ、了解」
『殯屋』を選ぶ理由を伝えると、『定』は一息吐く。
「……とりあえず、今日のボクにできる助言はここまで。あっ、『神籍証』は無くさないでね。それ、結構な値段だし、他人に見せるのも危険だからね」
「分かりました。今日はありがとうございました」
正直言って、志賀が今日やって貰えたことは『神籍証』の譲渡と兵種選択の助言に過ぎない。しかし、志賀にとっては来週以降の訓練の約束を取り付けられただけでも十二分の成果であった。
「……しかし、それにしても――ふぁ……」
突然、『定』が机に突っ伏す。慌てて志賀は『定』の元へと駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか?」
「……こんなに喋ったことないから疲れちゃった。ご飯になったら起こしてね」
そう言って、『定』は机に伏したまま寝息を立て始めた。
志賀が困っていると、玄関から夢が帰ってくる声がした――。
◇◇◇◆◆
「ふふ~ん♪ 志賀クンこっちこっち~♪」
「ま、まだ買うんですか!?」
日付が変わり、土曜日。世間一般では休日の者も多く、街も賑わっている。
夢や宮は土日も関係なく仕事があるようで、帰宅後の食事も終わった夜の時間。志賀は藍色の少女に付いて沢山の商品を抱えながら店の中を歩き回っていた。
「『他の子』達はぜ~んぜんお金使わないんだも~ん。だから、ボクが独り占めしちゃうの~♪」
藍色の少女は宮の土曜日の人格――名は『遊』という。
前日に人使いが荒いということを夢や使用人達から聞いていたが、その傍若無人ぶりは『宮』の比ではない。
「『ボクはキミのこと嫌いだけど、買い物を手伝ってくれるなら許すよ』って言ったって……、いくら何でもこれは……」
『遊』の財布から信じられない量の札束が消えていく。
買い物の内容は単に『遊』が好きなぬいぐるみや玩具だけでなく、火曜日に消費した大量の回復薬や屋敷の一週間分の食料等も含まれていた。
「……火星さんや三人娘が買い出しに出かけているのを見たことがなかったけど、そういうことだったのか」
屋敷に必要な物は全て『遊』が先回りして購入してしまうので、使用人達は緊急時以外は外に買い物に出掛ける必要がなくなってしまっていた。
買い物が一段落し、購入済み商品を『遊』が虚空へ収納している間、志賀が周囲を散策していると、とある存在に気付く。
「ぷー」
「ん? おっ、こんな所にも居るんだ」
鳴き笛を鳴らしたような音を辿ると、一尺程のずんぐりむっくりなぬいぐるみのような生物が居た。
「おにーさんどったの?」
「買い物中だよ」
「おかいもの!」
声が高く、聞き取り辛いが確かに人語を操るその生物は幼精という。
かつて、精霊と呼ばれる危険な魔獣の幼体であるとされていたが、攻撃性は低く人類とも共存できる等の特徴から現在では駆除は特に行われることはない神生物だ。
人型で服も着ているが、髪型や目の色等は個体によって大きく異なる。共通して言えることは、皆同じ体型で女の子の格好をしているというものがある。
(神人になってからは向こうから寄ってきてくれるんだよな……)
幼精は人類に危害は加えないが、只人に対しては若干ながら『穢れ』のような認識を持ち、神人でなければ近付くことは難しいとされている。
「うちのおみせはやすいよ」
「へぇ、お店屋さんやってるんだ」
「かんばんむすめ!」
そう言って幼精が小さな指で差す方を見ると、店員の若い女性神人がにこにことしながらこちらに手を振っていた。
「お仕事もできるのか、凄いなぁ」
「すごいでしょ!」
志賀は胸を張る幼精を抱き上げつつ、店員の元へと返す。
「うふふ、ありがとう。どうかしら? 貴方も商品を見てみる?」
「そうですね、居候の身なので買えませんが、今後のために――」
そう言って店頭に掲げられている商品の絵と値段を確認してみる。防犯のためか、店頭で注文した商品を店員が直接手渡しする仕組みらしい。
「何々……『神授札』? 『焦』様が言ってた奴かな――『冥加』の札、五千三百万円!? 高すぎるだろ!」
『神授札』と書かれた札は火曜日に『焦』が言っていた権能を習得できる札であった。高い物は億単位と聞いていたが、想定以上に高い。
「みんなそう言うのよ。訓練で身につけた方が早いってね。でも、貴方は知らないようだけど、これの製造方法を聞いたらとてもそんなこと言えなくなるわ」
「製造方法とは……?」
なんとなく、好奇心に惹かれて店員の女性に聞いてみる。女性は耳打ちするように小声で囁く。
「――処刑された神人の魂」
「!?」
予想外の答えに志賀の体が跳ねる。店員の悪戯っぽい可愛らしい表情からは想定していない答えがそこにあった。
「中々、『札』の方まで出回らないのよねぇ。霊器を作る原料にもなるし――」
「ちょちょちょ、待ってくださいよ! この札――と言うか霊器まで神人の魂で出来てるってことですか!?」
そう聞かれた女性店員はきょとんとした顔を一瞬した後、掌を拳で叩いて合点がいったかのように頷いて答える。
「まだ、士官学校にも通っていない子なのね! ――気を付けると良いわ。神人に対する犯罪への罰則は、只人のそれとは比にならないから」
「ほ、本当なんですか……?」
「勿論よ! だって、神人の武器も防具も装備品も、何に対してでも神人や魔獣の魂は不可欠だもの。私達、神人は軍犬であると同時に家畜でもあるのよ」
――志賀は絶句した。
神人となり、ある程度偏見が取れた今でも、どこか神人に上位存在や殿上人であるという認識を志賀は持っていた。しかし、実際には国に酷使され、使えないと判断されれば廃材として鋳潰して売られる機械と何ら変わらない存在であったのだ。
(これは……、対処すべき不幸の方向性が変わってくるぞ)
昨日の『定』に言われた強い神人を産み出すための意図的な不幸の放置、そして、今日の女性店員に言われた神人の素材扱い――。
どちらも事実であるのであれば、諸悪の根源は国、そして、魔獣が絶えず生まれ続ける現環境となる。
志賀は、単純に不幸の芽を摘むために警察的役割や魔獣災害対策を行うものだと思っていたが、これでは話が変わってくる。
「神人に成り立ての子はまだ精神が神人に成り切れていないらしいわ。――貴方も、気付かないうちに死刑にされないよう、ゆめゆめ気を付けてね?」
女性店員が蠱惑的な表情で志賀を見つめる。
志賀は『あぁ……』とだけ答えて、女性店員の隣で表情の真似をしようとして目を細めているだけの幼精の頭をぽんぽんと叩いた。
◇◇◆◇◇
「……もの凄く買いましたね。全部収納されているんで分からないですけど」
「ふふ~♪ それは、屋敷に着いてからのお楽しみ~♪」
大量の買い物を終えて、志賀達は明星家の屋敷に戻る。時間はすっかり二十二時を回っていた。
志賀としては、『遊』のご機嫌を取るのが目的であったので多少振り回されるのは問題ない。
「しかし、これ貰ってしまってよかったのか……」
「お守りだぁ! さっき話してた店員さんに貰ったのぉ?」
志賀の手には掌大の大きな勾玉が握られていた。
「『天佑神助ノ御守』かぁ。仰々しい物貰っちゃったなぁ」
「攻撃受けた時に少し痛みが少なくなる奴だねぇ。無いよりは絶対あった方が良い奴!」
志賀が勾玉を眺めていると勾玉の穴から青白く光る紐が現れ、志賀の首に掛かる。
「おっと……、これで装備された感じなのかな?」
「みたいだねぇ。志賀クンもお金持ちになったらあのお店にお返しするんだよぉ?」
『遊』は金払いが良いことも勿論であるが、地域との繋がりを大事にしているため、街の人々からの印象が良く、店員達からオマケを貰えることも多かった。
『遊』は志賀のことを皇国で遊べなくなった原因になったから嫌いだと言ったが、志賀が世間との繋がりを断ち、復讐という公権に頼らない独善的行為を選択したことも嫌っていた。
志賀を買い物に連れ出したのは、ただ我儘を聞いて貰うためだけではなく、神人が経営している店や地域と神人の繋がりを見せる目的もあったのだった。
(宮様の中の最後の一人――朝は嫌いって言われたからどうしようかと思っていたけど仲良くなれてよかった――)
志賀は来週から本格的に訓練が行えそうなことに安堵しつつ、玄関に辿り着く。
玄関では『遊』が購入した物のうち、『焦』が消費した回復薬の補充分以外が広げられる。
侃や三人娘、そして、縁が慌ただしく物品の整理を行う。皆、呆れたような表情はしていたが、『遊』個人の物以外では無駄な買い物も少ないようで、嫌そうな雰囲気は感じさせなかった。流石に人手が足りないと思った志賀も、使用人達に紛れて手伝いを行う。
こうして、明星家の土曜日の夜は過ぎていくのであった――。
◇◇◆◇◆
――そして、日曜日。
「――おはようございます」
「――おはよう、志賀くん」
――純白の少女。日曜日を担当する、無属性の少女、『宮』が一週間ぶりに姿を現した。
「ごめんね! もっとちゃんと説明しておけば良かったんだけど……。一週間、大変だったでしょ?」
「いえ、それぞれの宮様にそれぞれの意志。神人の思想を学ぶという意味でも貴重な一週間でした」
「うぅ……、何か皮肉を言われている気がする」
微妙に申し訳なさそうな表情をしつつ、『宮』は一枚の紙を虚空から取り出す。
「そんな一週間を耐え抜いた志賀くんに特報! 明日、四月十五日。遂に士官学校への編入が決定したよ!」
「本当ですか!? いよいよ……」
遂に志賀は本格的に神人としての一歩を踏み出すこととなる。
期待と不安が一緒になり、志賀の心臓が強く鳴り響く。
「――それじゃ、ボクはもう行くね。お姉ちゃんも頑張ってね」
「えぇ、行ってらっしゃい。『宮』」
夢は愛おしげな表情で『宮』を送り出す。舞い散る桜の花弁をその背に受け、純白の少女がその中に紛れて飛んでいく。
少し葉桜になりかけた桜並木は新たな季節の到来を予感させていた――。
粍=ミリメートル。
ただし、この世界のメートル(米)の定義は若干異なります。
遅くなりましたが、次話よりようやく士官学校に入学します……!




