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第七話 『登校日』




 ――四月十五日、月曜日。


「遂にこの日が来た……」


 志賀の服装は坂郎会(ばんろうかい)襲撃の際に用いていた会社員風の洋装が神人になっても引き継がれていたが、今は士官学校指定の陸軍風の学生服を着用している。


「それでは、志賀さん。私達も行きましょうか」


 水兵服を元とした制服を纏う縁が志賀を学校へと出発するよう促す。

 既に夢と月曜日の宮である『雪』は出勤済みであり、侃に見送られる。


「初日は色々大変かと存じますが、頑張ってくださいませ」

「ありがとう、火星さん」



 ◇◇◇◇◆



 春の朝は少し肌寒く、風が心地よい。

 道端では葉が増えた桜を見て花見気分じゃないとがっかりしている幼精達の姿も見えた。


「幼精って店の手伝いしたり花見したりと結構文化的だな」

「意外とそうなんですよね。只人の園児くらいの知性と感性はあるのではと言われています」


 むにむにと動き回っている幼精を後目に、士官学校の門の前に辿り着く。



「神人に成る前に、一回来たことがあったな」

「あの時は、私の友人達も一緒に居ましたね」


 門に入っていくのは殆どが女性神人であり、男性神人は少し肩身が狭そうにしていた。神人としての軍事教育を受ける場であるためか、見た目の年齢は様々だ。


「――俺はまずどこへ行けばいいんだ?」

「そうですね、ええと、『宮』様は一限前に職員室に顔を出してと言われました。一般の只人の学校とは異なり、入学時期はバラバラですので、あまり大きく取り上げられることはありませんが、一応、転校生に近い扱いとなりますね」

「分かった。じゃあ悪いけど案内してもらえるかな」

「はい」


 そうして、志賀は職員室へと連れていかれた。



 ◇◇◇◆◇



「はいはーい! 今日もおはようございますぞ!」


 大きな眼鏡に鉢巻が特徴の小柄な教官が教壇の前に立ち元気よく挨拶を行う。

 袖が大きく、手は隠れてしまっているのが可愛らしい。左腕には指導教官を表す腕章が巻かれていた。


「今日はー……、朝礼の前に大特報ですぞ! この学び舎に新たな仲間が加わりますな!」


 そう言うと、小柄な教官は大袈裟な振りで、志賀を呼ぶ。志賀は恥ずかしそうに戸を潜り、簡単な挨拶を行う。


「えー……、雪風 志賀と言います。出身は真鐵国だけど、葦野国で神人に成りました。よろしくお願いします」

「わー! 拍手―!」


 教官が促すとわっと拍手が起きる。

 志賀は真鐵国出身であることを言ったのは失敗だと思っていたが、教室の中には嫌な顔をする者はいなくて安心する。


「とりあえず、志賀くんは縁君の隣にでも座るんですな! さて、続いて出欠確認。理由なしで休んだ者には後日、罰を与えるしかありえない!」


 教官が元気の良い声で出欠を取る。

 志賀は初日であるため、呼ばれることはなく、既に出欠確認が終わった縁に話し掛ける。


「――あの先生、ちっちゃくて頼りなさそうだな」

「――あの方は、国防省の管轄の方です。少し独特な防衛思想の持ち主故に防衛術としての参考になるかは微妙ですが、確かな実力者です」

「――え!? あんな小さな女の子が!?」


 萌袖を振り回しながら笑顔で元気よく出欠確認を取る教官にとても実力者としての片鱗は見えない。志賀がそう思っていると、縁が補足する。


「――あの、言い難いのですが、あの教官は女性ではなく、一応男性です」

「――えっ」


 神人は見掛けに寄らない。志賀は安易な判断は慎もうと心に決めた。



 ◇◇◇◆◆



 出欠確認と連絡事項や注意事項の説明が終わると、志賀の周りに人が集まる。

 その中には先日、縁と共に居た女学生の姿もあった。


「志賀くん? って言うの? 男の子珍しい~」

「幼精とか興味ない? 部活動やってるんだけど」

「やっぱりあっちの国って透明な管の中を車が通ってたりするの?」


 志賀は質問攻めに狼狽える。暗殺術を学ぶために人里から離れた場所で訓練を続けていた彼にとってはこのように人に囲まれる経験などはなかったのだ。


「ええと、俺が住んでいたのは外縁区だから流石に管の中には車が通っていなかったな。あっ、でも車の性能はずっと高かったぞ!」

「すごーい! あっ、ということはその外縁区? じゃない所では管の中を車が通っているんだ!」

「う、うん。確かそうだった気がする」

「本当なんだ! 良いなぁ!」


 女の子達に囲まれて志賀はすっかり気圧(けお)されていた。縁はその様子を微笑ましく見ていた。

 ――そんな中、とある質問が出る。


「――何で真鐵国で神人に成らずに葦野国に来たの?」


 真鐵国出身者が葦野国で神人に成る。魔獣対策の結界もあり、只人の行き来が困難な現在の国々において、それは当然の問いであった。


「あぁ、話せば長くなるんだけど、俺は真鐵国の外縁区で故郷を神人に焼かれたんだ。『ハ号町の悲劇』っていう事件なんだけど」


 普段の志賀であれば、初対面の者に身の上話を掘り下げたりはしない。

 しかし、複数の女性達に囲まれ、気分が良くなっていた志賀は普段より饒舌であった。


「あ、知ってる! あの事件の生き残りなの!?」

「う、うん。それで、俺はあの事件で大切な家族を――」



 ――そう志賀が言い掛けた瞬間に教室の空気が変わる。数人の学生の表情が硬直し、その他の学生は気不味そうに顔を背ける。



「――へぇ、志賀君の家族っていい人だったんだ」

「う、うん」

「――そうなんだぁ!」

「あ、でもそんな大切な存在と引き裂かれるなんて可哀想だよね」

「そうだね! 可哀想可哀想!」


 何人かの学生が志賀に同情する。しかし、その感情はどこか異様であった。


(――なんだ、これ)


 志賀は空気が変わったことを肌で感じ、硬直していると、突然その腕を引かれる。


「すいません、少し志賀さんとお話しすることがありますので、失礼します」

「う、うわっ――!」


 腕を引いたのは縁であった。縁は階段の踊り場まで志賀の腕を引いていく。

 踊り場で志賀は息を整えつつ縁に礼を言う。


「ご、ごめん、助かったよ……」

「――すいません。先に言っておくべきでしたね」


 縁もふぅっと息を整える。


「『(さだめ)』様から聞いていたと思いますが、神人には様々な不幸を抱えている者が居ます。――それは、例えば貴方のように家族仲に恵まれていたところを引き裂かれたという方向性のものばかりではありません」

「……もしかして」


 縁は一瞬目を逸らしてからもう一度志賀の方を向き、口を開く。


「はい。先日の私の友人についてもそうですが、一人は両親からの激しい虐待に、そして、もう一人は親に棄てられ、顔すら知らないという過去を持ちます」

「――っ」


 ――強い神人は不幸な過去を持つことが多い。


 原理は未だに解明されておらず、精神的負荷による脳への影響や傷口から体内に神気が染み込む等、様々な説が提唱されている。

 しかし、いずれにせよその『不幸な過去』というものは人によって異なるものである。


「そうだよな……。当然、そうだよな……」


 志賀は踊り場に座り込み、顔に手を当てる。


「……すいません」

「謝らないでくれ……。自分の浅ましさに嫌気がさしているだけだから」


 志賀は自身のことを『幸運』だと思っている。しかし、それは周囲が『不幸』に見舞われても、自身だけが生き残ってきたことへの自嘲であった。

 心の奥底ではそんな『幸運』に恵まれざるを得なかった自分を、世の中でも特別『不幸』な人間だと思っていたのであった。


「――いや、でも、これで俺の方針はハッキリしたな」

「え……?」


 志賀はゆっくりと立ち上がり、自身の胸を軽く叩く。


「俺は『幸運』だ」

「――! そんなことは――」


 志賀が自棄になろうとしているように見えて、縁は一瞬不安になるが、志賀はそれを片手で制止する。


「少なくとも、他人に比べて『幸運』な部分がある。生き残ったこともそうだし、――家族の愛を覚えていたこともそうだ」

「……」

「だけど、俺は『不幸』だ。沢山の人の『不幸』の上に立っていることも含めてな」


 志賀は憑き物が取れたような表情で天井を見上げる。


「俺の大切な人達を失った『不幸』を持っているけど、あの子達は大切な人すら存在しなかった『不幸』がある。そこに比べる意味はない」


 縁の左眼が志賀の情報を読み取る。――そこに、自棄の色は見えなかった。


「――だからこそ、俺は――俺達は、この先に起こり得るあらゆる『不幸』に立ち向かう。そして、過去に起きた『不幸』を理解して心の闇を振り払う。そんな存在になりたい」

「――はい!」


 縁が無表情な口角を少し上げ、大きく頷く。


「……とは言っても、俺だけで出来ることは当然限られているし、全部救えるなんて思っていないから、まずは、近い場所からコツコツとやっていこうと思う。――そのためには、縁さんにも協力をお願いしたいけど……良いかな?」

「はい、勿論です」


 志賀が立ち直り、縁もほっとした表情になる。

 ――そんな、階段の踊り場での一幕にコツコツと足音が近づく。


「――『不幸』に立ち向かう、か」

「……!」


 階段の上部から声が落ちてくる。

 少し丈の短い(スカート)を履いた警備員のような恰好をした女性だ。


「随分と殊勝なことで。お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

(腕章……!)


 その腕には士官学校の指導教官を示す腕章が巻かれていた。


「あぁ、明星家で保護観察されている新入生か。いきなり背信行為か? あの屋敷の連中らしいな」

「なっ……!」


 志賀が言い返そうとするが、縁が腕を横に伸ばして制止する。


「戦力に値する神人がどこから採れるのか知らぬ訳でもあるまいに。――それとも、お前達がその代わりをするとでも言うのか?」


 安積は気怠げな様子であったが、目だけは鋭く志賀達を睨みつけていた。


「――申し訳ございません、安積教官。決してそのようなつもりはありません」

「どうだか。――縁、お前は新兵種開発の実証基盤だというのにまだ、一度も実戦に出ていないようだな」

「……申し訳ございません」


 縁は頭を下げることしかできない。その様子を見た安積は気怠げに溜息を吐きながらじろりと二人を見下ろす。


「有事の際にはお前達が『姉妹に代わって』前線に立たなければならないこと、努々忘れるなよ」


 そう言い残し、安積は廊下の向こうへと消えていった。



「――な、何なんだ! あの教官は! 縁さんをまるで単なる(コマ)みたいな言い方しやがって!」


 志賀は足音が聞こえなくなったことを確認してから小声で怒る。

 本当は即座に言い返したかったのだが、反論するだけの知識が揃っていなかったのだ。


「――すいません。でも、安積教官が言っていることは何一つ間違いではないのです」

「……そうなの?」


 縁は少し気不味そうに指をこねながら言う。


「……私は、今の今まで、実戦経験が無かったもので、一度も魔獣と、戦闘という意味での交戦はしたことがありません」

(そういえば、この前の縁さんの神籍証だと、数年前に神人に成っていることになっていたな……)


 志賀は、分からないなりに確認していた縁の神籍証を思い出す。縁はその思考を『千里眼』で読み取った。


「神籍証を見ていたのでしたら話が早いですね。神人は魔獣や神人の肉体が死に、魂になった時に溢れる神力を吸収して成長します。『神階(しんかい)』というのですが、それが『一』だったのは御覧の通りです」


 縁は少し恥ずかしそうに言う。

 神人は神階が上昇することで、素質に沿って能力が上昇していく。素質がどれだけ高くとも、神階が低ければその真価は発揮されない。


「そして、宮様、そして、夢様が有事――、即ち対外戦争に参戦できないのも事実です」

「……え?」


 夢は男性恐怖症により、軍に所属できないのはなんとなく理解できるが、最強の神人たる宮が戦争に参戦できないというのは志賀にとっては理解できなかった。


「――すいません。この辺りの話は私から言えることはないので、夢様と宮様から直接聞いてください。それらが事実であるため、明星家の屋敷の人間はあまり良い印象を持たれていないのです……」


 縁が不意に右目の眼帯を触る。


「そして、私は『甘露』による講義妨害や、右目の封印による意図的な戦力低下、そして、神人に成っていたにも拘わらず、つい最近まで士官学校に入学してすらいなかったことを疎まれているのです。それは、安積教官に限りません」

「……っ」


 志賀は縁に協力を願ったが、寧ろ一番に解決しなければならない存在はその縁であることに気付いた。


(縁さんの右目……)


 志賀は縁の眼帯の付いている方を見た。医療用の眼帯に似ているが、その表面には赤紫色に光る草書体の『封』の字が浮かぶ。

 志賀は最初、危険な権能であるため封じているのかと思っていたが、先程の縁の話を聞く限り、どうやら違うらしい。


「――私に関しては、後日で構いません。まだ――まだ、この眼の事は話したくはないのです」

「――分かった。話したくなってからで良いよ」


 本人が喋りたがらない過去を根掘り葉掘り聞く訳にもいかない。

 志賀は、講義室へと戻るために重たい足を上階に向ける。


「すいません……。私も、この学校に通っていると自分のことがどんどん浅ましく見えてしまうのです……」

「……っ」


 志賀は項垂れる縁に掛ける言葉が思い浮かばなかった。

 階段の一段目に足を掛けたまま頭をがしがしと搔き毟り、思考を変えようとした。


「駄目だ駄目だ! 暗くなっちゃ駄目! 不幸自慢をするために、この学校に来た訳じゃない! 学校の本分は勉強! そして、士官学校なら軍事訓練! よし、行くぞ!」

「――はい!」


 つい、暗い方向に話題が逸れてしまったことを軌道修正し、二人は階段を駆け上がる。



◇◇◆◇◇



 朝礼を行った講義室ではのんびりと休憩時間を過ごしている神人達の姿が見えた。

 志賀が戻ると、何人かの神人は同志を見るような生暖かい笑顔を向けてくるが、愛想笑いで返す。


「おっ! どこへ行っていたんですかな? 志賀殿。貴殿は神人に成って間なしということで、兵種選択の特別講義がありますぞ!」


 朝礼を行っていた小柄な教官が頬を膨らませつつ志賀に詰め寄る。

 間近で見ても小さな女の子にしか見えない。


「す、すいません。えっと、どちらでしょうか?」

「とりあえず、我に付いてくるのですな!」


 志賀は言われるがまま教官についていく。

 身長差が大きく、教官の所作も子供のようであるため、傍から見れば寧ろ志賀の方が引率しているようにすら見える。


 士官学校の中は広く非常に入り組んでおり、あちこちで増設の跡が見える。


「広いですねぇ。帰り道忘れないようにしないと……」

「神人は記憶力だけは抜群なのであり得ない水準の方向音痴でもなければ問題ないですぞ」

「確かに……。神人になってから記憶力が上がった気がします」


 志賀の記憶力は元々良かったが、神人に成ってから更に上昇している。葦野国に来てからの行動範囲を精巧な地図として描き起こすことすら、さほど難しくはない。


「その代わり、証明問題を始めとした論理的思考力等は低下すると言われておりますな。まぁ、我にとっては問題がない範囲ですがな!」

(人知を超えた力を持つのに、知能が低下して大丈夫なのかな……)


 志賀がそう心配しつつも、教官はどんどんと足を進めると、少し先進的な設備の多い場所に出る。

 いずれの機器も真鐵国製の機器に比べると数世代下の機器ではあったが、志賀は何も言わないようにした。


「――そういえば、教官。教官の名前は何と言うのですか?」


 志賀がふと疑問を口にする。朝礼を担当するくらいであれば、何度も顔を合わせることがあると思ったからだ。


「我の名は健――、武蔵(むさし) (たける)と言いますぞ! 日本神話の英雄――ヤマトタケルみたいで格好いいですな!」

「おぉ……、やっぱり男――い、いえ、すいません」


 つい、失礼な言葉が出てしまい、志賀は口を噤む。しかし、教官――健は小さな体を反らして大きな声で笑う。


「はっはっは! 我を『男神』と思うのですかな? 甘いですぞ~?」

「えっ。でも、縁さんが――」


 神人の性別は神の呼び方に倣って、公式では『男神(おがみ)』・『女神(めがみ)』と呼称されている。


「『元』という意味では合っておりますな。しかし、我は後天的に男性的機能を無くした無性別――、つまりは『独神(ひとりがみ)』なのですぞ!」

「えぇ!?」


 志賀は大いに驚く。欠損部すら再生する神人においては、恐らく去勢も不可能であると想定出来たからだ。


「男性特効や娼婦からの『魅了』を受ける男性性を残すのはあり得ない! 故に、我は特別な技術を用いて男性的機能を消滅させたのですな」


 志賀は絶句する。この教官は戦闘の主導権を握るためだけに自らの性を握り潰したのだ。


「し、しかし、独神ですか……。強くなるにはそこまでしないといけないとは……」

「いやいや、無理にする必要はありませんぞ。我はこの無性化施術のせいで『強い神人の子孫が残せなくなる!』と国の御上から大変叱られましたからな」

「そ、そうですか……」


 去勢を想像して志賀が顔色を悪くして股を押さえている様子を健は笑う。


「……しかし、独神って区分分けされるくらいには存在しているんですか?」

「絶対数は少ないですが存在はしておりますぞ。大きく分けて先天性と後天性に分かれますが。我は後天性ですぞ」

「へぇ~。先天性で無性の人も居るんですね」

「んん? 明星家にいる貴殿なら知っているものだと存じておりましたが?」

「え?」


 何気なく投げた疑問。しかし、返って来た言葉は予想外のものであった。


「明星家の妹、明星 宮殿は先天性の独神ですぞ?」

「えぇ!?」


 一度もそのことを聞いたことがなかった。

 志賀は宮の内情に関しては基本的にはぐらかされてきたが、まさか性別も特殊であるとは思いも寄らなかった。


「えっ……? つまりは宮様は両性具有――」

「逆ですぞ!? それでは弱点まみれになりますぞ! 宮殿には性別がないのですぞ。故に、女性に有効な術を受けることも、当然男性に有効な術を受けることもありませんな」


 最強の神人であるとされる宮。ただでさえ属性相性の存在しない無属性を持ちながら、脆弱性に繋がる性別すらも存在しない。

 宮はただ最強であるだけでなく、身体的な弱点すら存在しないことに志賀は驚愕した。


「……やっぱり、宮様は凄い」

「羨ましいですなぁ……。我も毎日宮殿と鍛錬したいものですぞ」

「ははは……」


 そう、宮についての話題に移り始めたところで、健は急に足を止める。

 先程までの雑談を切るように巨大な扉を見上げた。


「――っと、目的地に着きましたな」

「あ、あの。ここではどういったことを?」


 巨大金庫のような大きく厳重な扉を前に志賀は身構える。


「ふむ。ここで、志賀殿は初期職を決めることになっておりますな。只人なんかの就職とは異なり、魂に刻み付ける形で施術しますのでよく確認しておくのですな」

「初期職――」


 先週の金曜日に『定』に言われたことを思い出す。


「志賀殿はまぁ、『男覡』安定だと思われますが、希望があれば変えても良いですぞ」


 その言葉に『殯屋』を選ぶ予定の志賀は少し心苦しくなるが、選択肢を間違える訳にはいかない。


「……ところで、道案内だけということは実際に施術を行うのは別の教官ってことですか?」


 志賀は警戒しつつ尋ねる。もしも、我が強かったり、愛国心が強い教官が担当したりする場合は、間違いなく『男覡』で押し通される。せめて、どんな者なのかだけ聞いておきたかった。


「そうですな、今日は大井殿の札が掛かっておりますな」


 『責任者』と書かれた表示の下には『大井』という札が下げられていた。

 神人は基本的に下の名前で呼び合うが、名札等に関しては只人の慣習に倣い、苗字で記述されている。


「大井教官……。どのような方ですか?」


 失礼のないように慎重に健に尋ねる。


「うーむ、困っている子が居たら親身に接してくれますし、少しぶっきらぼうではありますが、良い者ですぞ」

「そ、そうですか」


 親身という言葉を聞いて志賀は安心してふぅっと息を吐く。


「ははは、志賀殿は心配性ですな! 『安積殿』ならば心配は無用ですぞ!」

「ははは……。――安積?」


 一瞬、聞き捨てならない人名が聞こえて志賀の思考が止まる。


「ん? 大井 安積教官がどうかしましたかな?」

「……この士官学校に安積という人物は他に居ますか?」


 志賀は、一縷の望みに託す。あの、親身の欠片すらない存在が健の言っている人物と同一人物と思いたくはなかった。


「いないですぞ! 安積殿は『弾正忠』にまで上り詰めた優秀な選良。警察組織の所属から態々士官学校への教官へ出向に来てくれた物凄く良い人ですぞ!」

「……そうですか」



 大井 安積は明らかに明星家を嫌っている。

 恐らく、親身というのも『国を守るために戦おうとしている者に対しては』という枕詞が付くことに間違いはない。

 そんな安積にとって、国難に立ち上がることができない明星家は疎ましく思われて当然の存在。――そして、その上で志賀は最悪の第一印象を与えてしまっていた。


 士官学校生活、一日目にして最大の危機が訪れようとしていた――。




本作は『和』のテイストが強い世界ですが、洋装の概念も存在します。

基本的に、日本風でない衣服はまとめて洋装として扱われています。

また、スカートは作中では『裳』と表記され、袴とは別系統の衣服として扱われます。

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