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第五話 『七曜の少女(前編)』




 ――この世界のどこでもない場所。


 ここは明星 宮の精神世界。火曜日の今日、一つの大きな円卓を囲む八つの席は酷く慌ただしかった。


「何ということなの、何ということなの……!」

「お、落ち着いて!」

「落ち着いていられないわ! 説明なさい、『(そそぐ)』! 貴方、あの子になんて酷いことをしたの!」


 紫色の少女は青色の少女、『雪』を叱責する。特に反論出来る言葉もないのか『雪』は無言を貫く。


「嗚呼……、可哀想な志賀様。乱暴者の『月曜日』にあんな酷いことをされるなんて……」

「……何でも良いけどさ。今日は『(こがれ)』だからもっと酷いと思うよ」

「嘆かわしい! きっとボク達はもうあの子に嫌われるしかないのだわ!」


 紫の少女はそのまま円卓に突っ伏し、わっと泣き出した。


「あうぅ……。ボクからあんまり意地悪しないようにって釘を刺していた方が良かったかな」


 白髪の少女――『宮』。明星 宮を構成する人格達を束ねる主人格である。

 彼女もまた、表に出ていない間はこの円卓に座している。


 本来ならば、人格は先週から日替わりで入れ替わっていた筈であった。しかし、神倭皇国とのやり取りに不都合が出ないように、加えて志賀に混乱を与えないようにするために、『宮』が常に表に出ていたのであった。


「ぷぅ! 二週間丸々身体奪ってた『宮』の言うことなんて誰も聞くわけないじゃん! 折角、皇国でいっぱい遊びたかったのに!」

「……遊びに行ったわけじゃないよ。まぁ、二週間って期限そのものは、半分くらい観光のためでもあったけどね」


 遊びたがりの藍色の少女を黄色の少女が諭す。もっとも、当の黄色の少女自身、真面目な口ぶりとは裏腹に、面倒臭そうに円卓へ突っ伏していた。


「あっ。今、『外』では志賀くんと『焦』が訓練場に入ったようだね」


 円卓の中心にはぼんやりと『焦』の視界が映し出される。精神世界から覗ける外の情報は断片的だ。見えるものも、聞こえる音も、どこか曖昧に掠れている。

 それは、主人格である『宮』とて例外ではなかった。


「……いきなり、土手っ腹に穴開けられてる」

「あぁ……ボクの志賀様が乱暴者の毒牙に……」


 あまりの『自分』の狼藉に限界に達したのか紫色の少女は額に手を当てたまま椅子の背もたれに身体を預け、精神世界であるにも関わらず気を失う。


「うわぁ! 明日の担当者なんだから寝ないでよっ!」

「いや、『ボクの』ってなんなのよ。『ボク達』皆のでしょ」

「……皆のでもないと思うな。と言うか誰も『様』付けに突っ込まないの?」


 そうして、本来は静寂と空虚しか存在しない筈の円卓の間は、今日も少女達の騒がしい声で満たされていくのだった――。



 ◇◇◇◇◆



 ――火曜日の日付変更直前。『焦』はどうするか迷っていた。


「どうすっかなぁ。もうちょっとでアイツに変わるんだよなぁ」

「寝室に帰られますか? 『雪』様の様子を見る限り、急に倒れてしまう可能性があるのでは?」

「そうじゃなくてだな……」


 『焦』は腕を組みながら唸る。脚も投げ出すように胡座をかいており、天女のように美しく可憐な衣装にはまるで似合わない粗暴な仕草であった。


「水曜日担当……。名前は『(しのぶ)』って言うんだけどよ。アイツ、お前を気に入ってるんだよな」

「そ、それは良かった」

「ただ、あんまりにもお前が頑張るモンだから今日やり過ぎちまった分の反動が怖い」

「は、反動?」


 『焦』は一瞬時計を確認し、それから志賀に頷いた。


「人偏に思うと書いて『偲』。水曜日担当の霊属性。気に入った相手への独占欲が強い。昔は縁を監禁して姉さんに叱られてたこともある」

「う、うへぇ……」

「ってことで、昨日今日とたっぷりしごかれたお前は『偲』に凄まじく甘やかされると思う」


 宮は人格が変われば大きく行動指針も変わる。概ね、主人格の『宮』の決定に従うのだが、場合によっては大きく決定に反した行動を取ってしまう場合もある。


「そ、そうですか。注意点等はありますか?」

「昔、散々姉貴に怒られたからあんまり無茶なことはしないと思う。まぁ、死ぬほど甘やかされるだろうけど嫌がらないでやってくれ。……一つだけ注意点を言うなら、くれぐれも、アイツが家にいる間に目が届かない時に外出するのは止めておけ。ギチギチに縛られて寝室に連れ去られるぞ」

「りょ、了解です……」


 そう言うと、『焦』は訓練場を抜けて宮共同の寝室へと帰っていった。

 志賀も自室に戻り、何となくしっかりと鍵を掛けて寝台へと向かおうとしたその時、時計が午前零時の鐘を鳴らした。



「――志賀様ッ!!! お身体は、お身体は大丈夫!?」

「うおあああぁぁぁ!?」


 扉が轟音と共に錠前ごと破壊され、現れたのは淡い紫色の少女。息を切らし、凄まじい勢いで毛布の上に志賀を押し倒す。


「なんてこと……なんてこと……ッ! 神人に成り立ての存在に対してこれほどまでの苦行を……ッ! 嗚呼……『冥加』が……ッ!」


 一頻り志賀の状況を確認した後に、紫色の少女は床によよよ……と倒れ込んだ。


「え、えっと……、貴女が『偲』様?」

「ああぁ……志賀様がボクの名前を……。これ以上に幸せなことなんてないわ……」


 倒れた体勢のまま恍惚な表情を浮かべる『偲』。騒がしい人だなと志賀が思ったのも束の間、『偲』は寝台に上がり込んでくる。


「ちょちょちょ、待ってくださいよ! 何しているんですか!?」

「朝まで虫が付かないように見張るのよ。放っておいたらまた邪な者が現れないとも限らないわ」

「『雪』様と『焦』様は邪な者扱い!?」

「そうよ! あの子達ったら本当に……ッ! これ以上の夜更かしは身体に毒! 今すぐ寝なさい!」


 そう言うと、『偲』は宝石のような物を志賀の前に掲げる。すると、志賀の意識は一瞬で落ちてしまった――。



 ――翌朝。朝食に向かった志賀の背後には、べったりと『偲』が張り付いていた。


「……『偲』様、あの、食べにくいんですが……」

「ダメよ、何を食べているのかしっかり監視しないと」


 『偲』は志賀の背中にしがみ付いたまま眉間に皺を寄せながら、彼が口に運ぶ物を凝視している。


「志賀さん、いつの間に『偲』様と仲良くなったんですか?」

「それが、昨晩が初対面なんだよ……」

「うふふ……。ずっと見ていたわ。ずっとね……」


 食事の用意をしたのであろう縁は、士官学校へ向かう支度を整えつつ自分の作った料理が毒扱いされていないかと不安げな目を向けていた。


(そう言えば、縁さんって食事を摂れないのにご飯は作れるんだな……)

「はい、ご心配なく。味見は出来ませんが、本職の料理人の調理手順を完璧に追従して作っています」

「うわぁ!? 心を読むな!」


 縁は無表情のまま口に手を当てて笑ったフリをするとそのまま学校に出掛けて行ってしまった。


「ふふっ、あの子の調理技術は本物よ。だからこそ、ボクは貴男がそれを毒に変えて食べていないか注視しているの」


 醤油を取ろうとした手が、ぱしりと払いのけられる。神人にとっては調味料如きで体調を崩すなどあり得ないのだが、それでも過剰な塩分摂取は控えさせたいようであった。


「――神人は下手に身体が丈夫な分、調味料を使いすぎてしまうことがあるの」

「あ、夢様」

「お姉様、おはようございます」


 朝の支度を調えた明星 夢が声を掛けてくる。所々に重厚な鎧を備えた女中服姿で、志賀へ軽く会釈をした。志賀もそれに倣って頭を下げ、『偲』は志賀の背から降りて(うやうや)しく朝の挨拶をする。


「調味料を好き放題使えるのは良いことなのだけれど、段々その味には慣れていってしまうわ。そうすると、普通の味には満足が出来なくなる。お皿を醤油の海にしてしまう方だっているくらいよ」

(……縁さんが普通の食事を食べられないのと、似たようなものか)


 志賀は何となく醤油の瓶を指先で奥に押しやった。その様子を見た『偲』は満足そうに目を細める。


「――処で」

「? なにかしら、お姉様」

「そろそろ、出勤時間よ。志賀さんはそんなに無茶をする方ではないし、いい加減離れなさい」


 いつまでも志賀の傍を離れようとしない『偲』に、夢はやや呆れたような声で言った。


「今日は休むわ。この子が危なっかしいもの。だからうんと甘やかし――」

「良いから行きなさい。新入社員も入ってきているのでしょう? 先輩がそんな理由で休んで、部下に示しが付きますか?」

「……はい」

(折れた――!)


 夢に真剣な口調で叱られ、『偲』は意外なほどあっさりと降伏した。やはり、姉に逆らうことは出来ないようであった。


「――志賀様。ボクがいない間、絶対に勝手なことをしては駄目よ」

「心配せずとも、彼も分かっていると思うわ。――付け焼き刃の知識での訓練ほど危ういものはない」


 最後の言葉は志賀への釘刺しでもあった。こっそり訓練場を使わせて貰おうと思っていた志賀は、ぎくりと思いつつ同意する。



 ◇◇◇◆◇



 結局、その日は夢と『偲』の言葉を守って外出することも無く無残に破壊された扉を直す等して一日を終えた。

 約束を守ってくれたことが余程嬉しかったのか、『偲』は夕方からの時間をすべて志賀に使っていた。



「……こう、至れり尽くせりだとちょっと駄目になりそうですね」

「何を言っているの? 貴男は十分に頑張ったわ。」


 『偲』は志賀の全身を按摩していた。神気の籠もった按摩らしく、疲労していた身体がみるみるうちに軽くなっていく。


「――『偲』様」

「はい?」

「――来週は、先の『雪』様、『焦』様みたいに稽古を付けて貰えませんか?」

「だ、駄目よ! 貴男はボクには癒やされていないと駄目!」


 駄々を捏ねるように言う『偲』を諭すように、志賀は言葉を重ねる。


「――俺は『宮』様に部隊長となるように求められています。その中で、貴女――いや、貴女達のような異なる属性を持ち、異なる思想を宿した人格の強者に教えを請うことが出来るのは、大きな利点です。ましてや、明星 宮様は最強の神人――。言わば、強者の極致にいる複数の存在から教えをいただけることに等しい」

「……」


 『偲』は黙ったまま、手を止めずに按摩を続ける。


「それに、俺は貴女と同じ霊属性を持っているらしいですし。それを無視するのは、あまりにも大きな損失です」

「……痛い思いをするかも知れないわ」

「覚悟の上です。元より、俺はそのために神人になったのですから」


 暫くの間、『偲』は複雑そうな表情を浮かべていた。しかし、やがて、折れたように小さく溜め息を吐く。


「分かったわ。でも、絶対に無理はしちゃ駄目よ、志賀様」

「……」


 『偲』の言葉に返事は無かった。不安に思い志賀の顔を覗き込むと、彼は既に寝息を立てていた。


「志賀様? あら、眠ってしまったのね。仕方ないわ、ずっと大変だったもの。仕方ないから一緒に寝てあげる」


 そう言って寝入ってしまった志賀の体勢をそっと整え、布団を掛け直してから、『偲』もその中へと潜り込む。


「――何でボクはこの子のことをこんなに気に入ってしまったのかしら? 『宮』が好きだから? 属性が一緒だから? 分からないわね」


 『偲』は愛おしげに志賀の頭を撫でていく。

 新参者の志賀に対して自分が何故これほどまでに愛情を向けるのか、『偲』自身にも分からなかった。それでも、こうして愛情を注ぐことに悪い気はしなかった。


「明日は別の子……一週間待たないといけないのが待ち遠しいわね――」


 布団の中の温度がゆっくりと上がるのに合わせて、『偲』の瞼も重くなっていく。ここ最近の宮は睡眠時間が短く、その反動もあって強い眠気が押し寄せていた。


「――そう言えば、明日はあの子……。まぁ、大丈夫でしょう」


 そう呟いて、紫色の少女は『今日』と別れを告げた――。



 ◇◇◇◆◆



 ――翌朝、けたたましい悲鳴と共に志賀は飛び起こされることとなった。


「きゃあああああぁぁぁ!!! 事案です! 事案ですぅ!! 男の子がボクを寝室に連れ込んでいますぅ!」

「ななな、何!? えっ!?」


 そこには緑色の少女が布団を引っ剥がして身を隠していた。


「いや、違っ……! ちょっと待ってください! 俺も今起きたばかりで――」

「来ないでください! 朝から既成事実を作ろうだなんて、なんて破廉恥な……!」

「な、何のこと!?」


 志賀は慌てて寝台から跳び起き、無罪を主張する。だが、緑色の少女は耳まで真っ赤にしながら、布団の向こうからじっとこちらを睨んでいた。

 どうしたらいいか困り果てていたその時、直したばかりの扉が恐る恐る開く。


「――『(めぐむ)』様。どうしてここに?」


 騒ぎを聞きつけた縁が呆れた表情で入ってくる。緑色の少女、『萌』は縁に泣き付く。


「よ、縁ちゃん! あ、朝起きたらこの男の子がボクと一緒に寝ていたんですぅ! 大変です、すけべです! すけべ人間ですぅ!」

「い、いや、起きたらこの状態で俺は昨日寝落ちして……」


 涙目で志賀を変態扱いする緑の少女と眉間に指を当てながら昨日のことを振り返っている志賀を見て縁の中で合点がいったのか状況を推定して説明する。


「……昨晩は『偲』様が志賀さんとずっと一緒にいました。恐らく、志賀さんが寝落ちした後、そのまま自室に帰らずに一緒に寝ていたんですね。よって、志賀さんは無罪です」

「そ、そんな馬鹿な! 男の子は皆すけべなんですぅ! きっと、寝室に潜り込んで連れ去ったに違いありません!」

「そんなことしませんよ!? そもそも、宮様の寝室知らないですし!」


 大慌ての様子の志賀とその少年に酷い言いがかりを付ける『萌』を見た縁は呆れたように『萌』の傍に寄り、耳元で囁くように言う。


「――『萌』様。夢様のいる手前、そう言った冗談は慎んでくださいと何度も言っておりますが?」

「ひぃっ!?」


 姉の名前が出されると『萌』の身体が跳ね上がり、硬直する。


(宮様の別人格……。皆、夢様に叱られていないか?)


 主人格である『宮』も大概であったが、その別人格も全体的に問題が多い。

 しかも、無意識的に暴挙を働く『宮』とは異なり、他人格は明確に自分の意思で暴挙を働くので、流石に夢にとって見過ごすことができず、叱責を受けることとなってしまう。


「……この方は『萌』様。漢字は草冠に明星の明です。宮の木曜日担当の生属性です」

「木曜日は『萌』様……はい。分かりました」

「この通り、男性の方を見ると大騒ぎしますが、大騒ぎしている内は特に何も起こっていないと判断しています」

「えぇ……」


 『萌』も少し不服そうな顔をしているが、志賀は無罪だと分かると黙ってしまった。


 そのままの流れで朝食へと向かう。『萌』が昨日の『偲』とは逆方向の感情で志賀を凝視しているが気にせずに向かう。


 食堂に着くと、夢の姿も見えたが、『萌』の姿を見ると少し複雑そうな顔をする。


(男性恐怖症の夢様と同じく男性嫌いの『萌』様は似通った性質のような気がするけど、苦手なのかな?)


 そう思いつつも志賀はいつも通り出された納豆を嫌そうに口に運ぶ。


「……ネバネバの納豆を嫌々口に運ぶ様……、嫌らしいですぅ……」

「それはおかしいだろ!?」


 その言葉を聞いた夢が小さく溜め息を吐く。そして、慌てて夢に謝る『萌』の様子を見て、志賀の中で合点が行った。


(『萌』様って官能的なものに興味を持ちすぎて過剰反応しているだけでは……?)


 ちらっと縁の顔を見て、思考を読んで貰うように誘導すると、縁は気不味そうに首を縦に振る。


 『萌』の行動原理を理解した志賀は文句を付けてくる『萌』を生温かい目で見ながら、食事を終えた。

 結局、大した反応をしない志賀を見て自分のことが恥ずかしくなった『萌』は赤面しながらそそくさと職場に向かってしまった。



 ◇◇◆◇◇



 夕方、仕事から帰ってきた『萌』は夕食を終えた志賀を応接室に案内した。

 今朝のことがあった志賀は少し警戒していたが、流石に夢に叱られるようなことはしないだろうと思い、『萌』に付いて行く。


「お、男の子と二人……緊張します……!」

「自分で呼んでおいて……?」


 顔を真っ赤にした『萌』であったが、数回ぺちぺちと顔を叩くと、真面目な顔を取り繕った。


「きょ、今日ここに来て貰ったのは、お姉ちゃんのことについてです」

「夢様の?」


 そう言うと、『萌』は指をぱちんと弾く。応接室の壁面に何処からともなく植物の蔦が張り巡らされ、結界となる。


「防諜結界です。この中の声は外の誰にも届きません。閉じ込める目的ではないので中からは扉はいつでも開けられます。あっ! 今ここでボクに酷いことをしようとすると、この蔦たちが容赦をしませんよぉ!」

「し、しませんって……。それで、夢様についてとは?」


 朝、あれほど志賀を警戒していた『萌』が二人きりで、しかも防諜までするほどである。余程重要な話であると志賀は傾聴した。


「お、お姉ちゃんは、過去に男の人達に酷い目に遭わされていて――、それこそ、ボクの口からはとても言い表せないことを――。だから、男の人を目にするだけで本来は震えるほどなんです」

「……『雪』様の時、俺の部屋に謝罪のために入ってきてくれたけど顔色悪かったな」


 志賀が屋敷に来た初日、食堂でばったりと夢に出くわし、二人の手同士が掠り合ってしまった時、侃は余裕のある穏やかな表情を捨てて慌てて志賀を引き離してしまったほどだ。男性恐怖症を克服しようとはしているようであるが、その恐怖は計り知れないものがあるのだろう。


「そうなのです。新しい男の子が来ると聞いて、ボクは気が気じゃなくって……。この屋敷の女の子達に酷いことをしていたら直ぐにでも追い出して外の馬小屋にでも縛り付けておこうと思っていたのに……」


 しょんぼり顔をしてとんでもないことを言っている『萌』。縁が顔を出してくれなければ今頃、牧草の上で転がされていたかも知れない。


「ははは……、俺は保護監察下の犯罪者ですので文字通りの豚箱に放り込んで貰っても文句は言いません。夢様や『萌』様の邪魔になるようでしたら馬小屋でもなんなりと――」

「はわわわわ……、そんな覚悟だとは……!」


 思った以上に自己愛が低い志賀に慌てて頭を下げる『萌』。気を取り直して本題へと移る。


「こほん。それで、話を戻しまして、お姉ちゃんは男の人が怖いと思っているのですが、それを克服したいとも思っているんですぅ!」

「……ここに来た初日に聞きました。しかし、荒療治は良くないですよね」

「そ、そうです! お姉ちゃんとは、一緒に食卓を囲んだり、朝見掛けたら遠くから挨拶をしたりするくらいの対応でお願いします! もしも克服にかこつけて嫌らしいようなことをするようであれば、一発で馬小屋行きですぅ!」

「りょ、了解です! 俺は世間知らずで、やらかす可能性もあるので、注意します」


 同意を得られたところで、『萌』は話を続ける。


「後は、お姉ちゃんの生活についてです。実はお姉ちゃんは本当は太陽の出ている時間しか起きていられないんです」

「太陽の出ている時間……?」

「そうです。原因は分からないけど、何故か日没時間と共に急に眠たくなるみたいで、月曜日に倒れちゃったのも男の人の部屋に入ったからというだけじゃなくて普段ならとっくに寝ているはずの時間でもあったからだと思います」


 明星家の夕食の時間は早く、基本的には仕事や学業が終わり、屋敷に集まり次第食卓に着いて食事が出来るように侃が食事を用意している。

 志賀は男性恐怖症である上に眠気まで堪えて部屋の中に入り謝罪を行った夢の義理堅さを痛感する。


「曇りとか日が陰っている時は大丈夫なんですか?」

「不思議と大丈夫みたいです。あ、でも山に日が落ちると眠くなっちゃうみたいです。不思議なんですけど」


 志賀が今まで出会った神人の数は少ない。神人の習性については殆ど知らないが、それが普通のことではないことは首を傾げている『萌』の様子を見れば分かる。


「分かりました。本格的に士官学校への登校や訓練場を使うようになったとしても夢様の生活の邪魔にはならないようにします」


 この屋敷に住まわせて貰うに当たり、当然の配慮であると思い、志賀は同意をする。

 『萌』は志賀が夢に悪影響を及ぼす男ではないと確認し、長い息を吐いて警戒を解く。そして、ぽつりと独り言のように呟いた。


「……『前任者』の子よりは良いのかなぁ?」

「『前任者』?」


 志賀の疑問に対して、『萌』は肩の力を抜いた状態のまま話す。


「元々、ボク達は他の国からここに戻ってきたのですが、その時にある神人の男の子を一緒に連れてきていたのですね」

「それが、『前任者』?」

「そうです! お姉ちゃんは大反対していたんですけど『最強の神人を研究したい』とか言って強引に付いてきちゃったんですぅ!」


 ぷりぷりと怒る『萌』。本気で怒っているようには見えず、『付いてくる』という行為そのものに怒っているわけではないようであった。


「初めは良い子でした。当時の死人のようだった縁ちゃんのお世話をしてくれましたし、お姉ちゃんのことも配慮してくれていました」


 『萌』は思い出を振り返るように言葉を続ける。しかし、続きの言葉を紡ごうとすると、表情が曇る。


「――でも、『宮』ちゃんが世界中から不幸を少しでも無くすために、国家に囚われない軍を作ろうって案を外の国に投げると、その『前任者』は突然態度を変え始めたんです」

「具体的には?」

「神人になった縁ちゃんを魔獣のいる森に連れ出して囮にして経験値稼ぎにしたり、『ボク達』宮の身体を研究して怪しげな実験をし始めるようになったんです」


 献身的な態度が一変し、特に縁に対する対応が真逆となってしまったことに志賀は驚く。


「何で、そんな急に……?」

「大方、序列一位の部下として軍の長として権力を得たい欲があったのだと思いますぅ……。あんなに良い子だったのに……」


 しょんぼりと俯く『萌』の顔には裏切られたという怒りの色も混じっていた。

 志賀は、『萌』とは今日一日しか顔を合わせてはいないが、その感情が彼女に相応しくないことは見て取ることが出来た。


「……それで、その『前任者』とやらは追放されたんですか」


「殺した」


「え……?」


 短く言い放たれたその言葉に志賀は思わず耳を疑う。


「殺しました……。正確に言えば、『ボク』ではなく、『焦』ちゃんが」


 『萌』は俯いたまま答える。その表情は悔しさを滲ませていた。

 殺した『焦』を憎んでいるわけではない、『前任者』を止められなかった後悔に対する宮としての総意であった。


「あの子の研究が、お姉ちゃんにまで伸びようとしていたんです。眠っているお姉ちゃんを連れ去ろうと、お姉ちゃんの部屋の鍵を開けようとしていたあの子を見て、『焦』ちゃんの我慢の限界だったのでしょう。首を落とすだけでは許さず、魂まで許さず消滅させてしまいました……」

「そ、そんなことが……」


 あまりにも身勝手な犯行と、当然の因果応報――。権力欲に取り付かれた男の呆気ない最期であった。


「――『ボク達』は後悔しているのです」

「後悔?」

「『前任者』を諭すことが出来なかった。横暴を招いてしまったことを」


 『萌』はもう一度真剣な表情で真っ直ぐに志賀を見つめて問う。


「志賀くんは、裏切らないですか――?」


 志賀は一瞬悩んだ。


 ――絶対は存在しない。


 神人を恨み続けて復讐の牙を研いでいた少年が今となっては神人として世界から不幸を少しでも無くすための努力を積もうとしている。価値観の変化など何が切っ掛けで起こるとも限らない。


「――約束は出来ません」


 故に、確約はできない。それが、志賀にとっての誠実さであった。

 『萌』の表情が一瞬曇ったが、志賀は言葉を続ける。


「それでも、俺が世界から不幸を減らしたいという考えには偽りはありません。もしも、俺が敵になるようなことがあればその時は容赦なく、首でも魂でも持って行って下さい」


 志賀がそう言って深々と頭を下げると、『萌』は安心したのか安堵の息を吐いた。


「よ、よかったぁ~……。『前任者』は『絶対裏切りません』って言ってたから志賀くんも同じような人だったらどうしようって思ったけど逆に安心出来るかも……」

「ははは、普通の人ならここで絶対裏切らないって言われて安心するもんですよ」


 張り詰めた空気が途切れ、和やかな空気へと変わる。

 防諜結界も役目を果たしたとばかりに蔦ごと溶けるように消えていく。


「あ、ここでのことは、お姉ちゃんの話も『前任者』の話もお姉ちゃんに知られると気に病むかも知れないから、黙っていてくださいねぇ」

「了解です。こちらも、色々お話しできて良かったです」


 膝を突き合わせて会話した志賀と『萌』はすっかりと打ち解け、『萌』の男性としての志賀に対する警戒心はすっかり消え失せていた。


 その緩やかな雰囲気のまま、『萌』が応接室のドアに手を掛けようとすると、向こう側から扉が開いた。


「あっ」

「――『萌』。ここで、志賀さんとお話していたようだけれど、大丈夫?」


 件の人物である夢が扉の先にいた。本来ならばとっくに日没は過ぎていたため、就寝している筈であった夢は『萌』が心配でずっと応接室の外で待っていたのだった。


「心配したのよ、『萌』。貴女が殿方と一緒に話すなんてよっぽどのことよ? まだ、そんなに皆に隠すようなお話はない筈。お姉ちゃんに何があったのか話してみなさい?」


 夢は密かに官能的なものに興味を抱いている『萌』を苦手としているが、妹の別人格としての情は本物である。日没を過ぎた時間で強烈な眠気によりふらふらしているが、それでも話を聞こうと必死に踏み止まっている。

 当の本人に関する話題とはとても言えず、志賀と『萌』は冷や汗をかきながらどう言い訳しようとしているか悩んでいると、『萌』が咄嗟に口を開く。



「――艶本(えんぽん)の貸し借りの相談をしていましたぁ!」



 その直後、夢は気を失い、『萌』は馬小屋に飛び込んだ。




※艶本=エロ本。

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