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第四話 『冥加』




 志賀を部下として鍛えると宣言した『(そそぐ)』であったが、当初の傲慢な態度は鳴りを潜め、驚く程親身に指導を行う。


「貴男は幸運こそ高いのだけれど、耐久面が不安ね。部隊長を担う分、伏兵に小突かれて事故死なんてことはあってはならないわ。まずは『冥加(ミョウガ)』の権能の習得を最優先にしなさい」


 志賀は『雪』から手渡された権能の解説書を開く。仕事の合間に付けていた物であろう付箋が幾つか貼られていた。


「『冥加』――。えぇっと、致死となる攻撃を受けた際に幸運次第で死を免れる権能――ですか」


 神人の蘇生にはある程度時間が掛かったようで、『雪』と志賀は遅い夕食となったが、それが終わった後に食卓の上でそのまま指導が始まった。

 志賀の現在の権能は『復讐』と呼ばれるものだけである。体力が削られていると攻撃性が上昇する権能であるが、これは、現状の彼に噛み合っている訳でもない。


「兎に角、その高い『幸運』は絶対に活かさないといけないわ。一人の神人が習得し、保持できる権能には限界がある。士官学校の教員連中に変な権能を仕込まれる前に必須の権能だけは習得させておきたいのだけれど」


「『雪』様。そろそろ『明日』が来ます。お身体に(さわ)りますので私が引き継ぎますよ」


 ふんわりと甘い香りを漂わせた縁が様子を覗きに来て、『雪』の身体を気遣う。しかし、『雪』はふるふると首を横に振る。


「ダメよ、まだ二十三時だわ。貴女こそ早く休みなさい。『甘露』のせいで眠れない身体とは言え、動き回っていたら身体に毒よ」

(縁さん……、食事が摂れないだけじゃなくて睡眠を取ることすらできないのか……)


 まるで仙人の世界のようだと志賀は思った。


 しかし、実際にはそのような『甘い』話ではない。

 縁の権能、『甘露』は全身の体液から血肉に至るまでの全てが神気による高濃度な糖蜜へと変換されるものである。『霞を食べて生きる』と言う仙人の生き方を指す言葉があるが、常に極上の蜜に溺れさせられている縁にとってはその『霞』すら食すのは苦痛なのだ。

 そして、『甘露』の糖蜜には、常に目を冴えさせる副次効果がある。故に、縁は神人になってから一度も睡眠を取ったことはなかったのだ。


「そうそう、縁の権能で思い出したわ、一般的な努力でも習得可能な権能――『汎用権能』は一時的に無効化して他に習得している権能と切り替えることも出来るの。逆に縁の『甘露』とか『千里眼』みたいな才能ありきの権能――『天賦権能』はできないことが多いようだけれど」


 『雪』は縁を横目で少し気の毒そうに見つめる。


「……そういえば、縁さんの左目が『千里眼』でしたよね。右目って――」


 志賀が縁の眼帯をしている方の目を気に掛けると、『雪』は無言で唇に人差し指を当てる。――少なくとも『雪』から勝手に喋って良い事情ではないと悟り、志賀は口をつむぐ。

 縁は少し居心地悪く感じたのかすっと食堂の外に移動する。扉の縁から顔だけにゅっと出し、『おやすみなさい』とだけ挨拶をして引っ込む。


「――ああして(おど)けてはいるけれど、内心は穏やかではないはずよ。あの眼帯はあの子の心の傷――。まぁ、単なる不愉快な『不幸』よ」


 『雪』は吐き捨てるように言い放つ。他人事のような言葉ではあったが、その表情は苦虫を噛み潰したようであった。


「――『不幸』」

「そ、『不幸』。貴男はそれを世界から少しでも減らしたいのよね? だったら、努力しなさい」



 ◇◇◇◇◆



 『雪』の講義は続く。既に時間は日付変更の直前となっていた。

 志賀を初めて殺した際の戦闘時ではあれほど不遜な態度であったが、尊大な言動こそそのままに、神人については右も左も分からない志賀に丁寧に説明を続ける。彼を突き放すような言動は演技であったのだ。


「……そろそろ、時間ね」


 日付変更まで残り僅かとなった所で、『雪』は時間切れと言わんばかりに教本や参考書をぱたりと閉じる。


「あ、そうですね。申し訳ございません。明日も仕事ですもんね。夜遅くまでありがとうございました」

「いえ、仕事が問題という訳ではないの。『明日』が来てしまうわ――」

「ん……?」

「『ボク達』の人格変更は丁度日付変更時――、午前零時と決まっているわ」


 志賀の中で合点がいく。昨日も『宮』が日付直前に突然慌てていたが、恐らく、人格変更を行うために自室に戻っていたのだろう。


「後一分くらいですが、部屋に戻らなくても良いんですか?」

「あぁ、『宮』が気を利かせているだけだから気にしなくて良いわ。どうせ、明日は『(こがれ)』よ」

「『焦』、様ね……」


 『雪』が『焦』と言う漢字を指で机の上に走らせているのを見て、志賀は手帳の端に覚え書きをする。


「あ、一点だけ注意することね。あの子、貴男が『ボク達』の部下になるのは嫌がっていたから、あまりいい顔はされないかもしれないわ――」


 そう言い残すと、『雪』の意識がふっと落ちる。机に突っ伏した彼女に慌てて志賀が駆け寄ると、少女の髪や服の色が、薄い青色から正反対の薄い赤色へと変わっていく。


「あ、あの! 『雪』様、大丈夫ですか!?」


 志賀が赤色となった少女を揺すると、少女は突然跳び起き、彼を撥ね除ける。


「うるさーーーい!!! 『雪』の野郎! 今日も仕事だってのに早寝しなかったなぁ!?」

「『雪』様――じゃなくて、『焦』様……ですか?」

「そうだよ! 火曜日担当、対応属性は陽! お前か! 『宮』が連れてきた新任者は!」


 冷静で不遜な『雪』に対して『焦』は激情家だ。しかし、言動や所作が『宮』とは似ても似つかない『雪』に比べると幾分か『宮』に近くて安心する。


「あーっ! 何、『ちょっと『宮』に似てて安心するなぁ』みたいな顔してんだよ! もう許さないからな! 今日仕事から帰ってきたらボッコボコにしてやる!」


 そう言って『焦』は自室に戻って行ってしまった。


(今日もボコボコにされるのか……)


 志賀は苦笑いしながら自室に戻り、明かりを落とした。



 ◇◇◇◆◇



「はっはっは! 新任者君! 今日はギッタギタに鍛えてやるぞ! 嫌になったらいつでもこの屋敷から出て行っても良いんだからな!」

「お手柔らかに……。しかし、神人の武器って本当に傘もあるんですね」


 その日の夕方、再び訓練場に呼び出された志賀は再び傘の武器を手に取らされる。


「神人なら武器なんて呼ばずに『霊器(れいき)』と呼べ! その霊器は『巫傘(フサン)』。見ての通りの防御特化の霊器だよ」


 ――『霊器』。神人の扱う武器の総称。基本となる霊器の種類は十四種で、接近戦に強いもの、遠隔戦に強いもの、補助に適したもの等、多種多様な特性を持つものが存在する。

 元は神人の限られた者のみが持つことを許された『神器(じんき)』の性能を落として画一化し、廉価に大量生産したものである。


「習得したい権能は『冥加』とか言ってたっけ? 速攻で覚えたいなら『死なないギリギリの損傷を何度も受ける必要がある』って覚え書きがあった気がするな」

「そんな気がしましたね。まぁ、覚悟は出来ている積もりですが……」


 志賀は自分の中でも不思議な程に成果を急いでいた。『焦』は初め冗談の積もりで訓練場に呼び出したのだが、二つ返事で了承されて逆に面食らっていた。


「俺は、世界のためになる人間になりたい。そのためには何だってやります」

「殊勝な心掛けだな――それじゃあ喰らえぃ!」

「ちょっと待ってくださ――ごふおぉぉぉ!?」


 『焦』は言い終わる前に殴りかかる。炎を纏う凄まじい拳の一撃は、昨日に『雪』の放っていた無数の矢の雨すら防ぎ切った巫傘の布地を何故かすり抜け、直接志賀の土手っ腹を貫き、吹き飛ばす。

 砲弾よりも遥かに速い一撃――。命中と同時にその部位が蒸発してもおかしくはないほどの熱量であったが――。


(――生き……てる……!?)


 不思議なことに、命中箇所は部分的に消し飛んでいたが、その他の位置には損傷が広がっていない。拳は確かに貫通した筈なのに胴体は貫かれた様子が無い。


「……がふっ! し、死んでな――ぎゃああああぁぁぁ!!?」


 ――直後、衝撃部に留まらず全身に激痛が行き渡る。それと同時に損傷部の肉が再生し、服も元通りとなっていく。


「ハッ、ハァッ! な、何がどうなって……!?」

「お? 死なない程度の致命傷は初めてか? 神人の肉体ってのは元の状態を維持しようとするもんでね。その再生過程で部分的な損傷でも全身に痛みが行き渡るんだ。まぁ、只人であれば致命傷になるような腕や脚を切断される大怪我でも一瞬で再生出来るからその代償って感じかな」


 悶絶して虫の息となっている志賀に『焦』は追撃しない。彼が痛みの感覚に慣れるのを待っていた。


「――……小石一個……当たったら……死にそうな……感覚……なんですが……」

「初めて死にかけたらそんなもんだよ。――いや、お前の場合は死にかけるより先に死んだことあるんだけど」


 『焦』はどこからか小瓶を取り出し、宙に振り撒く。瓶から飛び出した光の粒子が志賀の上に降り掛かると、志賀の顔色が良くなる。


「――っ。ふぅ……。こ、これは……?」

「回復薬だな。基本的には損傷の回復にはこれを使うと良い。神人の術でも回復は出来るけど他人の術による回復だとあんまり効き目が良くないんだよなぁ」


 『焦』は中身が無くなった小瓶を握り潰すと、その破片は虚空に消えていく。


「と、とりあえず、もう一度お願いします! ……少し――いや、もっとお手柔らかに……」


 当初の覚悟はどこへやら。志賀はげっそりとした顔で弱々しく構える。


「――神人は特定の状況に連続して陥ると防衛本能で権能を得ることがある。手っ取り早く『冥加』を手に入れたいなら何度も死にかけるのが一番みたいだな。触れるだけで権能を得られる御札みたいなのもあるんだが、そう言うのは物によっては億単位だしなぁ」

「億……!?」

「只人の開発した使い捨ての上に迎撃される可能性すらある誘導弾とかが同じくらいの値段するのに比べりゃ、一度覚えてしまえば一生モンだから良心的だと思うけどな」


 そう言いながら、『焦』はぶんぶんと腕を回す。


「えっ、もしかして今日中に習得させる気ですか……!?」

「当ったり前だろ! 思い立ったが吉日、やる気ある時に課題は済ませる!」

「ま、待ってください! 心の準備――ぎゃあああぁぁぁ!!!」


 『雪』の矢の雨を余すことなく防いだ巫傘はまたしても機能を発揮せず、志賀を大きく弾き飛ばす。


「ボクの装備している霊器は『覇身(ハシン)』! 巫傘みたいな神力による防護壁を無視して殴れる霊器だ! 巫傘の回避能力に頼り切りになってると危ないから、ここでこの霊器の危険性を味わわせてやる!」


 志賀の悲鳴は無視されてもう一度殴り付けられる。今度は派手に吹き飛んだが、尚も死ぬことは無く大地に叩き付けられる。


「ごっふ……! 地面に落ちた衝撃で死ぬ……!」

「神人は神気が籠もっていない攻撃は効かないから安心しな。で、どうする? どーしてもと言うならもう止めてやってもいいぞ?」


 『焦』の提案。志賀としてはここで無理に習得してしまう必要などはない。まだ、神人の戦闘術の基本すら教わってもいないのだ。


「……。いや、やります! やる気がある時に課題は済ませます!」


 しかし、志賀は立ち上がり、頭を下げる。


(何でこんなに生き急いでいるのか、自分でも分からないけど……、ここで止めるのは絶対ダメな気がする――!)


 志賀は歯を食いしばりながら傘を構える。

 その行動に、隙あらば屋敷を追い出してやろうと思っていた『焦』の目の色が変わる。


「へぇ、骨のある奴じゃねぇか。よし、ボクから助言だよ。あんまり気合いを入れすぎると幸運とは無関係の別の権能を覚えてしまう可能性がある。だから、ただ殺されないことを心の中で祈り続けろ。――大丈夫だ、本気で殺すつもりはないから」


 そう言って、『焦』は再び志賀を殴り飛ばす。床に叩き付けられた志賀は激痛に苦しむが、それでも立ち上がる。神人は瀕死の状態でも戦わなければならない。ましてや、死に瀕するほど力が強くなる『復讐』の権能を持つ志賀なら尚更だ。


(死なない――。『幸運』な俺が死ぬ筈がない――。 こんな所で死ぬ訳が――うっ……)


 心の中で思い付く限りの生き残ってきた人生を思い出しながら祈っていると、生命力の低下に反応して『復讐』の権能が発動する。どす黒い靄が体表面から発生する。怨敵を恨み続けていた時のような黒い感情が再び湧き上がる。

 しかし、それを『焦』への反撃に使うことはない。その感情をただ耐え忍ぶことだけに使う。


「ボクは今、『慈悲(ジヒ)』って言う権能を持っていてね。どんなに当たり所が悪くても絶対に死に至ることは無い。――ただな、殴られるだけの勿体ない時間を過ごすなよ!」


 回復薬が降り注いだ直後、再び志賀に拳が迫る。『焦』に言われた通り、殴られるための無意味な時間は過ごさない。巫傘を構えて覇身による拳撃を見極め、回避の努力をする。志賀は今できうる限りのことを最大限にやろうとしていた――。



 ◇◇◇◆◆



 何度も何度も志賀は宙に舞い、その数はとうに数百回に達していた。未だに『冥加』の権能の習得は叶わない。その間、『焦』の拳撃の回避もたったの三度しか成功していない。

 肉体は無事でこそあれ、精神は擦り切れる寸前だ。


「へ、へへ……。この苦痛を考えれば億を払ってでも金で解決したくなるのが分かる気がします……」

「流石にそろそろ覚えてくれないと回復薬の在庫が尽きるぞ。回復薬はケチって最低級の物しか使ってないからお金は気にしなくても良いんだが、流石にこの分を補充するのはお店の在庫的にキツい」


 『焦』は『倉庫』を顕現させて中身を見せる。淡い緑色に光る小瓶は残り五十個を切っていた。


「……これ、多分常備していた奴じゃないですよね。昨日、その倉庫? の中をちらっと見たんですがこんなに在庫は無かった」


 その言葉を聞いた『焦』は僅かに反応する。


「俺のことを嫌いって言った筈ですが、この権能を習得させるためにその薬を買い集めてくれたんですよね。それ程、この権能を得る必要性が高いと見込んでいる。だったら、その期待には応えないと――!」


 志賀は傘を構え直す。かつての怨敵、利根 煬大と戦った際に使った足捌きを隠す構えだ。


「――へぇ、本当に見込みがある」


 直後、砲弾の如く突撃してきた拳の一撃を横っ飛びで躱し、返す刃の回し蹴りを防御では無く傘による打撃で逸らす。


(二撃連続回避成功――! だけど――)


 第三撃目、回し蹴りから上空に飛び上がった『焦』は、その勢いのまま灼熱を纏い、蒸気のような噴煙を吐き出す。


「――身術、『火砕颪(カサイオロシ)』――」


 そう呟くと同時に噴煙を後方に噴射し、凄まじい速度で突撃、拳を振り下ろす。拳を回避しても、後方の噴煙に焼き尽くされる二段構えの技だ。

 ――もっとも、二撃目の回避で手一杯であった志賀に三撃目の回避の術などなかったのだが。


「ぐあああああぁぁぁ!!!」


 志賀は遠くに弾き飛ばされたが、その全身は炎に包まれていた。


「あっ、やっべ。良い感じに回避してくれるからつい、技出しちまった! 死にかけの今、『炎上』したら死ぬじゃん! 回復回復!」


 『焦』は志賀に追いついて慌てて纏わり付く炎を掻き消す術を使用する。


「だ、大丈夫か!?」

「な、なんとか……。身体の芯まで焼き尽くされそうな感じでした……」

「良かった……。蘇生はボクでもできるんだけど日付変更すると次の『ボク』に迷惑だったからな。いや、勿論お前にも無駄に死んで欲しいとは思ってないぞ」


 『焦』の言い訳をげっそりしながら聞いていたが、不意に志賀の身体が発光する。青白い光が志賀の中心で集束していく。


「え? 今のは……?」

「も、もしかして……!」


 『焦』は片目の前で指の輪を作る。志賀に向けられた指の輪の先からは複雑な魔方陣が現れ、情報を分析しているようであった。

 彼女は暫くそれを眺めていたが、一度大きく頷いて魔方陣を解くと、志賀に駆け寄り強く手を握り締める。


「やったぞ! 成功だ! 『冥加』の権能が追加されている!」

「ほ、本当ですか!? よ、良かった……無駄では無かった……」


 そう言い終わると、志賀の腕はバタンと横に投げ出される。精神的な疲労は既に限界に達していた。

 『焦』はその様子を先程までの憤怒の表情とは程遠い、慈愛の表情で見ていたが、ふと彼に質問を投げかける。


「――なぁ、神人になったばかりの身体で何でそんなに苦痛に感じても止めようとしなかったんだ? いや、急かしたボクが言うのもなんだけどさ。ここまで付いて来れるとは思わなかったから。正直に言えば、ボクはあわよくば屋敷から出て行ってくれねぇかなぁーくらいの感覚で意地悪したんだけど」


 『焦』は悪いことをしたと思っているのか目線を逸らしながらばつの悪そうな表情をしている。


「ははは……。何ででしょうかね。強くなりたいっていう願望は確かにありました。――ですが、それ以上に『焦』様に好かれたかったのかもしれません」

「ボ、ボクに?」


 『焦』は口に両手を当て少し赤面する。その仕草が可愛らしく、思わず志賀は吹き出してしまう。


「だって、俺を期待してくれている宮様の一部に、それも心持ちで嫌われるなんて悔しいじゃないですか」

「ふ、ふーん。そういうことね」


 『焦』は少しがっかりした表情になる。しかし、直ぐに真剣な表情になり、志賀に応える。


「……今日、戦ってみて分かったよ。お前、見込みあるよ。絶対に強くなれる。宮の中の一人、『焦』が保証する」

「その言葉が聞けただけでも、今日、何百回も死にかけた価値があるというものですね……。すいませんね。今日はあんまり眠れていなかったのにこんな時間まで付き合わせてしまって」


 訓練場の柱に等間隔に設置されている時計の針は二十三時四十分を指し示している。日付変更ギリギリの習得であった。


「こっちこそゴメンな。これからの『火曜日』は仲良くするから許して欲しい」


 『焦』は志賀を屋敷の人間として認めた。二人はもう一度固く手を握り合う。穏やかな空気が流れていった。



「――ところで」

「はい?」


「習得したばっかりの『冥加』、どんな物か体験してみたくないか?」

「……後日でお願いします」


 もう一度、ぶんぶんと腕を回し始めた『焦』を志賀は両手で丁重にお断りした。





<戦技:『火砕颪』>

分類:近接攻撃、陽属性、打術(身術)

高熱の噴煙を推進力にし、上空から襲い掛かる。

殴打による単体攻撃の後、噴煙による追加の範囲攻撃を行う。

低確率で『炎上』の状態異常を与える。

回避に優れる集団や取り巻きを同時に巻き込む際に使用される場合が多い。


<権能:『冥加』>

分類:汎用/種別:防護

死に直面した際に奇跡的に死を免れる権能。

死に至る損傷を受けた際に発動する。

高確率で僅かに耐久値を残して延命できる。

幸運が敵よりも高いと発動率は更に上昇する。

基本的に三回まで発動可能だが、連続発動により発動確率は大きく低下する。

一瞬だけ攻撃を防ぐ障壁が発生するが、過信はできない。


<権能:『慈悲』>

分類:汎用/種別:支援

慈悲の力により不殺の攻撃が可能となる。

能動的な使用の切り替えが基本となる珍しい権能。

発動中、敵を攻撃した際に必ず耐久値を僅かに残す。

『慈悲』とは名ばかりで他の味方に止めを刺させるために用いられる。

状態異常の追加効果は発動するため、止めを譲る場合は注意が必要。

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