103 ボン
なんだかんだとあった次の朝、リュウコは気まずさから、何も言えずに、ずるずると昼まで横になっていた。
「……決めた。」
「?どうしたのよ。」
突然言葉を放ったリュウコに、今日の監視当番のエリサが返す。
しかし、その後ろで横になっているセイラが大きく反応したのが見えた。
少し赤く、見開かれた目は昨日よりもはっきりと見える。
「もう一回だ。」
「————?」
「これから俺はもっと強くなる。お前を簡単に倒せるくらい。その時、もう一回俺と戦え。」
「————はぃ。」
未だに状況を掴み切れていないエリサの向こう側で、セイラが小さく答える。
複雑そうな顔ではあるが、それでも納得してくれたらしい。
「エリサ。今言った通り、俺はセイラへの再戦を求める。賭けの件はこれで解決だ。」
「……別に、私はそれでもいいわよ。勝ったのはアンタだし。」
「——ありがとう。」
一言だけそう告げる。
リュウコはベッドから立ち上がると、そのまま部屋から出ていった。
本当ならエリサが止めるはずではあるのだが、熟年夫婦も顔負けの二人の間に言葉は不要で、1人になることを許してくれた。
◇◆◇
「ホント、俺ってヘタレだな……」
自己嫌悪感に埋め尽くされて、青いはずの空もどんより曇っているように見える。
もちろんそれは比喩というか、イメージの話だが。
それでも、絶望感は確かに胸の奥にあって、罪悪感とか、うしろめたさとか、とにかく色々な負の感情が集中しているのを感じながらとぼとぼと歩いていた。
「————ぉい!」
「?」
「おおい!!避けろ!」
「へ?」
突然聞こえた声に振り返ると、目の前には顔と同じくらいの大きさのハンマーが、リュウコの頭目掛けて飛んできて―――
「——ちぃっ!」
「あぶなーい!!」
「ぇ!?」
ギリギリの反射神経で回し蹴りを繰り出し、ハンマーを蹴り落としたリュウコに、横から何者かがタックルをぶちかましてきた。
結果として、リュウコは軸足の左足の膝と足首の関節を脱臼。
謎のタックル野郎と抱き合う形で倒れ込み、痛みと混乱で数分間動くことができなかった。
「す、すみませんすみません!まさか自力でどうにかできると思わなくって!」
「あの、これはどういう状況なんですか?」
とにかく関節は戻し、宝力で固めたから軽い捻挫程度で済んだが、人に突然タックルしてくる者はどんな人なのかと考えていたら。見覚えのあるフリフリの服を着ていた。
「あなた、ギルドの受付嬢ですか?」
「えっと、あの、その、受付嬢見習いというか、研修中の身でして……あっ」
「まあ、助けてくれようとしてくれてありがたいんですけど、見ての通り重傷なんで、今度からは少し回りをよく見てから助けに入ってほしいです。」
これで骨が折れでもしていたら、リュウコは今後一切の外出を同伴者ありで行わなければならないのだから、多少文句は多くなる。
「こ、今後は気をつけます!本当にすみませんでした!」
ぺこぺこと何度も頭を下げる。しかしそれは、リュウコに対してにしては妙に角度が違い、不思議に思って後ろを向く。
「もう……ぃえ、いくら急用があったからと、見習いに仕事を任せた私のミスですね。リュー様、少々よろしいでしょうか?」
そこには、今まで見たことの無いタイプの受付嬢が立っていた。
ぶつかってきた受付嬢は全体的に丸く身長が低いが肉感のあるタイプで、後ろに立っていた受付嬢は細い長身で眼鏡と七三分けのような髪型が特徴的なタイプ。
生真面目委員長と天然ドジっ子系。そんな印象を受けた。
「ギルドで大切なお話をしたいのですが。」
「拒否権は……」
「される場合は強硬手段に出させてもらいます。」
受付嬢の狂暴さは理解しているリュウコ。
一応聞いたものの、抵抗らしい抵抗はせずに、そのままついて行くことにした。
これが許されているのだから、剣と魔法の世界ではなくて、暴力と無法の世界に改名した方が良い。まあ剣と魔法の世界とは誰も言ってないケド。
◇◆◇
驚くべきことに、ギルドに連れていかれたかと思えば、三階奥のVIPルームのような場所に連れていかれた。
位置的にココは支部らしいのに、かなり豪華な装飾の部屋だった。
「ここはグランドマスターのプライベートルームになります。少々お待ちください。」
「あの……グランドマスターって、コレを渡して来た人?」
リュウコが懐から取り出したのは、正体不明の金属の板。
以前活動していた時に何故かもらったそのプレートを、特に邪魔にもならないから持ち歩いていた。
ギルドカードとは違う素材不明の金属で、リュウコの腕力でも曲がる気配が無い。
「捨てずに持っていてくださってありがとうございます。」
特に何かを教えてくれることは無かったが、しかしグランドマスターにとってソレは大切なものらしい。
一応監視というか、お目付け役として細身受付嬢が残っていて、タックルドジ受付嬢は持ち場に戻ったらしい。
「恐らく到着まで10分ほどかかりますね。お話をしますか?」
「じゃあ、今日呼ばれた理由とか」
「それはお答えできません。」
「……グランドマスターってどんな人?」
「会えばすぐに分かりますよ。」
「…………今日はいい天気ですね。」
「朝方から昼にかけては晴天で、雲は二割ほどです。夕方から夜にかけて、雷雨が南西より近づく可能性がありますので、外出は控えた方が良いかと。」
「この会話楽しくないぃ!!」
あまりにメカニカルな対応をしてくる受付嬢に悲観しながら待っていると、盛大に吹き飛んだ扉が空中で木っ端みじんに分解されながら開かれた。
「お待たせしましたわ!旦那様ぁ~!!」
飛び込んできたのは、全身にピンクを纏った大きな美女だった。
2メートルを超える身長に、全身をフリルのあふれる桃色のドレスに包まれ、目を引くのは左手のゴツいガントレット。
ドラゴンの腕をそのままもぎ取ってつけたかのような厳つさがピンクの中でもひときわ特徴的で、言動全てにリュウコは強く狼狽することになる。
「いつ見ても愛らしくて、堪りませんわ~!!」
そう言った美女は暴走トラックのような勢いで近づき、リュウコを抱きしめた。
その力は万力を彷彿とさせ、リュウコは再度の骨折を覚悟した。




