102 腰抜け
「『銀光剣』の基となったボクの母は、【銀光】という【固有】属性を持っていた。」
「……続けてくれ。」
「君も見たように、全てを貫く銀の光。貫通特化の【固有】属性。そして、ボクを愛して、ボクの代わりに死んだ。その時に、人が魔剣に成るのを見た。」
「————」
実際に目の前で見た。そういうことであるのなら、その仮説に信ぴょう性はある。
セイラの話を全て鵜呑みにするという前提があるのなら。
「デメリットがあるのは、なんでだ?娘がデメリットを無視できるにしても、『銀光剣』にデメリットがある理由が分からない。何の不利益だ?」
「……これも仮説だが、魔剣はより純粋な人間の魂であり、その分矛盾があるのだと思う。」
「……?」
「大好きだから腹が立つ。悲しむと同時に喜ぶ。人の心にある矛盾。混沌とした感情が、より剥き出しになる。みたいなことだと思う。」
善い感情は能力として昇華され、悪い感情は呪いとして縛り付ける。
その両立が行われていると、セイラはつづけた。
「『銀光剣』は持った者の視力を奪う。一時的にだがね。切ったとしてもそれは発生せず、柄を持ち、鞘から引き抜いて、そこで初めて視力を奪われる。そういう剣だ。」
「まだ、全部理解するのは難しいが、面白い話を聞けた。感謝する。」
「なに、敗者は勝者に逆らえない。当然の事さ。」
妙に殊勝なことを言うセイラ。
それに対して、特に反応することもなく、ミリに視線を移す。
「私はあまり信じられませんね。田舎育ちの狭い見識で恐縮ですが、そもそも魔物と人間を一緒に考えることが難しいです。」
「デスヨネー」
魔物と人間を、同じ生物として見る人は圧倒的に少ない。
現代日本のような、多様性が認められ受け入れられる社会だったとしても、動物と人間を同一視しようものなら、流石に否定される。
この理論を仮説としてでも受け入れるのは、リュウコが異世界人だから。だけではないかもしれないが。
「面白い話だった。」
「む」
「そうかい、なら良かったよ。」
「むむ」
妙に距離感の近くなった二人に、話の合間を見て椅子を再び同じ位置、セイラに被る位置に戻す。
これ以上の会話は許さないと、言外に示しているのだ。
今日の会話はこれでお終い。
サティとエリサは会話を許してはくれないだろうから、最低でもここから二日間は喋ることができず、恐らくそのまま退院になると思う。
できることならもう少しだけ話を聞きたかったのだが、リュウコはそのまま眠たくもないまま瞼を閉じた。
◇◆◇
「で、どうするのかな?」
「———なにが」
声に反応し、目を覚ますと、部屋の中は真っ暗で、セイラの声だけが聞こえてきた。
窓から覗く星明りだけが、ほんのりと室内から見える。
「君たちのこれからだよ。ギルド本部に向かうのだろう?」
「そうだけど」
「ボクも連れて――」
「絶対に断る。」
もぞっと、少しだけ寝相を正すと、続きを話す。
「理由は特に無いけど、多分これからの旅でお前とは上手くいかない。確信がある。」
「————フラれてしまったね。まあいいよ。これも想定済みだから。」
少し声が震えている。
顔は見えないし、見る気も無いが。
「命令権を持つのは君だからね。何を頼むか、はやく教えてほしい。」
「……明日で」
何を頼むのかをリュウコは考えていない。
というよりも、エリサたちに頼んでいた。
何故か昔から、人にものを頼むのが苦手だった。
これは賭けの報酬ではあるのだが、それでも何となく気乗りしない。
「じゃあ、提案するよ。こんなのはどう?」
次の瞬間、雲の間から月の光が室内を照らす。
そこには、三日月を背に見えるセイラのシルエットがあった。
うっすらと透ける布のカーテンからはっきりと見える体のライン。
つまり、今、セイラは何も身に纏わず、リュウコとの間にあるのは、薄い薄い布一枚。
「体で払う。こういうのが男は好きなんだろう?」
唐突なことに、リュウコは何も反応できず、しかしその目は、想像力を掻き立てられる白黒にくぎ付けにされた。
「どうかな?勝者へのご褒美としては、妥当なところだろう?それとも、ボクじゃ細すぎて好みじゃないかな?」
言葉が続くたびに、少しずつ震えているのが分かる。
慣れているわけではない。恐怖なのかは分からないが、緊張感が伝わってくる。
こんな時に、どう答えるべきなのか。
答えは一つしかないと、そう思う。
「———zzzzzZZZZZ———」
「……へ?」
爆速の睡眠導入。眼鏡の少年も驚くほどの速度。
意中の人には絶対に見せられない極度の引け腰。
つまるところ、超ヤバヘタレ。
どう声を掛けても、今まで聞いたこともないいびきだけが帰ってくる状況に、ついには服を着なおして不貞寝に入ったセイラは、涙と赤面を夜の闇で隠すハメになり、眠たくも無い目を無理やり閉じて朝を待つことになった。
そんな一幕のあった屋根の上を伝って走る影があった。
それは、フリルのついたドーム状のスカートを靡かせ、メイド服とリクルートスーツの間のようなものを身に纏い、疾風のごとき速度で駆けている。
それは、リュウコとセイラの決闘の見届け人をしていた、『受付嬢』であった。
彼女は、夜の闇に紛れながら、ある場所を目指す。
それは、彼女たちの頂点。ボスと呼ばれる、ギルドのグランドマスターがいる場所。
なぜなら、グランドマスター。彼女の恋人が、街に現れたから。




