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静寂の森にて3

「魔界の門が……開くだと?」


 レオーネの去った後、再び深閑の衣に包まれた森の中、精悍で逞しい体躯(たいく)へと成長を遂げた友人の言葉に、フォレシアは動揺を隠せなかった。


「アルス、それは本当なのか?」


 フォレシアが全身を1歩出して問うと、アルスは真剣な光を眼に浮かべ頷いた。


「あぁ、本当だ。実はある国から依頼されてな、魔界の門とやらを先月見て来たんだ」


 北の大陸の奥地。

 白と灰色の景色がどこまでも広がる極地に堂々と聳える、レドヘイル山脈。

 雪原の王者のように地平を見下ろす、その山脈に、魔物たちの住まう世界、魔界へと通じる門があった。

 世界各地の魔物の活発化や、魔王に仕える魔軍の一翼を称する勢力の襲撃。

 いよいよ、魔界の門が開かれ、世界に終焉の(とき)が訪れるという終末説が、国々で噂されるようになる中、アルス達は魔界の門の状況を確認する為に、その地へと赴いた。

 魔物は愚か、生き物の姿は一切ない、死の地と呼ばれるその極寒地帯に、アルス達の足は幾度となく阻まれた。

 ひと月かけて、ようやく魔界の門に達すると、アルス達はその光景に息を呑んだ。

 目に見えない棘が幾千も舞っているような空気の中、白く切り立った山々の空の上に、それは浮かんでいた。

 空の紺碧が見えない力に歪められ、水の波紋のように波打ち、大きく渦巻いている。

 空間を巻き込む様に大きく突き抜けたその先は、距離感がおかしくなる程の果てしない、紫色(ししょく)の宇宙がどこまでも広がっていた。

 風の流れも、その入口に吸い込まれるように吹き渡っている。

 その空間の捻れに近い山々の頂は、歪みによる熱気の為か、表面の分厚い氷雪は溶け、黒い岩肌が無防備に露わになっていた。



「あの空間座標の歪み、そして魔力量。あと3ヵ月……いえ、もって後2か月あるかでしょう……」


 ミーニャが、あの悍ましい入口を思い浮かべそう言うと、エルダ老は、うーむと苦い声を鳴らした。


「魔界の門は2000年前、現世を治める光の勇者によって封じられた闇の息づく世界への入口。聖戦の時を前に増幅された闇の勇者の力が、あの門を再び開かせようとしておるのか」


「闇の勇者とやらが、あの門を開いちまったら、一体何が起こるんだ?」


 ダイガが訊ねると、ミーニャは顎元に指をつけ、顔を曇らせ思案し答える。


「考えられる事とすれば、闇の勇者の率いる魔軍勢の襲来でしょう。今はまだ、世界の境界を越えるほどの力を持つ、限られた魔物しか魔界(あちら)から来ることができません。ですが、あれが完全に開き切ってしまったら……」


大災厄の時代(インフェルヌス)の再現か」


 アルスが言うと、ミーニャは静かに1度頷いた。


「光の勇者さんであれば、その門を再び封じ込める事はできないのでしょうか?」


 シエナが訊くと、エルダ老は難しそうな表情を浮かべ、


「正直な事を言えば、それは光の勇者でなければ分からぬ。そして、残念なことに、その光の勇者と意思を疎通させることも難しいと言えよう」


「見つけ出すのが難しい、ってことか?」


 剣を地に突き立て、腕を組むアルスに、ミーニャは説明をする。


「前聖戦で勝利を治めた光の勇者は、力の継承による治世を選ばず、自身を霊体化させ、この世界の中核を成すエネルギー体の一部となることで、この世界の安寧を成し遂げようとした、と云われています」


「自らをエネルギー体にだと?」


 フォレシアが眉をピクリと動かし言うと、ミーニャは頷いた。


「詳しい事については、私達賢知陣の間でも謎に包まれたままです。ですが、光の勇者が聖戦に勝利した後、そのような事を行ったのは事実とされています。その為、光の勇者と接触を図る事は愚か、今回の聖戦で光の勇者が一体どのような形態をとって現世に現われるのかは未知の領域なのです」


「フォレシア」


 寝耳に水の一報で、腕を組み俯き考える、フォレシアは自分の名前が呼ばれると、顔を上げ、アルスの方を向いた。


「今日俺達がここに来たのは、フォレシアに協力してもらいたいと思ったからなんだ。光の勇者の事については俺も聞いて驚いたが、このままだと魔界の門が開き切る日は確実に訪れる」


 アルスに続き、ミーニャが言う。


「エルダ老もご存知の通り、魔界の門を封じる事は、賢知陣の術を持ってしても不可能です。しかし、人智を越えた知を有する種族、エルフの民であれば、何かしらの知恵を貸して頂けるのではないかと」


「成程な」とエルダ老は頷くと、フォレシアに視線が集まる。


「遥か遠い地よりこの事を伝えてくれたことに感謝する。だが、私達エルフでさえも、魔界の門については浅はかだ。力及ばずで、本当にすまない。しかし、できることがあれば、私はアルスの力になりたい」


「ありがとう、フォレシア」


 アルスが微笑むと、フォレシアも笑みを返す。


「一つだけ――」


 口をすっぽりと覆った、ふさふさの白鬚(しろひげ)が動くと、アルス達の目は、エルダ老に向く。


「一つだけ、光の勇者と接触できるかもしれぬ方法がある」


 ――ッ!?


「それは、一体どのような方法なのですか?」


 ミーニャが問うと、エルダ老は静かに話を始めた。


「北の大陸。お主らの赴いたレドヘイル山脈よりも南の地に、ペルグランデ山という山がある」


 ペルグランデ山。

 世界最高峰を誇る、その大聖山の名がエルダ老の口から出ると、アルス達は目を丸くした。


「ペルグランデ山って、未踏峰のあの山か!?」


「未だかつて、誰一人としてその頂に到達した人はいない、天上界まで繋がっていると云われる、あの……」


 ダイガとシエナが互いに顔を合わせ言うと、エルダ老は頷いた。

 ペルグランデ山は、マナ地方と呼ばれる地にあった。

 断崖絶壁同然の連山が、その巨大な山を囲む様に幾枚にも重なり、雲上を突き抜けた頂を持つ、その山は、その中央に神々しく聳え立っていた。

 人の世界から完全に懸絶され、そのような険阻(けんそ)であったことから、未だかつて誰一人としてその山頂に到達した者はおらず、神々の住まう山とされ崇められていた。


「こんな言い伝えを、里にいた頃に聞いた事がある。マナの地に立つ聖山の頂に足を踏み入れし者、神域の世に導かれん、と」


「神域の世……、神々の世界ですか」


 ミーニャが言うと、エルダ老はミーニャを見る。


「かつて精霊や神々と心を自由に通わせることを許された者達がいたと云われておる。約4000年前、彼等は戦に巻き込まれ滅んでしまったが、この世界に神々と意を通わせる手段が絶えぬよう、その世界に通ずる入口を遺したと伝えられている。もしかすれば、ペルグランデ山の伝承と関係があり、光の勇者との接触も図れるやもしれぬ」


「神域の世か……」


 考え込むあアルスに、ダイガは眉をあげた。


「だがアルス。もしペルグランデ山に登って、何もなかったとすれば、骨折りだ。ここは国々の仲介に入って、奴等の総攻撃に備えたほうが良い」


 ダイガの意見は最もだった。だが、


「けれどもし、光の勇者の協力を得られたとすれば」


 しばらくの間、ミーニャは沈黙をすると、何かを決心したように、顔をあげた。


「一人だけ……ペルグランデ山の真相について、心当たりのある者を知っています」


 ミーニャに視線が一点に集まると、アルスは声をあげた。


「本当か!?」


 ミーニャはアルスに頷き、そして静かに言った。


「その者は――」

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