静寂の森にて2
男が豪快にその戦斧を薙ぎ払うように振るうと、嵐の様な風と共に斬撃が扇状に走った。
「どうした深緑の勇者ァ! 逃げてばかりでは勝ち目はないぞ!」
逃げるエルフに、巨漢は笑い声を上げながら歩き追う。
フォレシアは苦戦を強いられていた。
エルフの里からは何とか引き離す距離まで来たが、広範囲の攻撃を繰り出すレオーネの戦斧は、フォレシアの足場とする巨木を次々と切り倒し、高所からの遠距離戦を得意とする射手にとっては不都合な戦況だった。
姿をくらませば、レオーネは手当たり次第、円心に斧を振るい、フォレシアを捜し回る。
何より、この森をこれ以上あいつに傷つけられるのは見るに耐え兼ねなかった。
「"主を守護するが為に、果敢なる弓を持って、その力に命ず――"」
巨木の陰に隠れていたフォレシアは、身体を斜めに地面に飛び込ませるように現われると、弓をそのまま天に向け放った。
「"天水の弓!"」
目の前に現れたエルフが、光の矢を天に放つのを見ると、レオーネはすぐ様に戦斧を持った腕を高く掲げた。
光の雨がレオーネに降り注ぐと、レオーネは斧を凄まじい速さで回転させ、傘のようにその矢の雨を凌ぐ。
「グハハハハハハッ! 深緑の勇者の弓術はこんなものか!? ん?」
「"万物が鎧を打ち砕け――雷霆の矢"」
レオーネが光の矢の雨に一瞬注意を奪われている間に、フォレシアは既に次の一手を構えていた。
光の豪雨を防御するのに戦斧を使っていれば、残るはその無防備な巨体のみ。
レオーネもその状況に気付き、「しまった」と声を漏らす。
電光石火の如く、フォレシアから矢が放たれると、稲妻のような強光が辺りに走った。
その光と共に、天水の弓が晴れると、フォレシアは眉をひそめた。
レオーネの岩盤のような胸元に当たる手前で、電撃の矢はパリパリと時間が止まった様に動きを止めている。
その矢先からは波紋のようなものが、レオーネを包む様に広がっていた。
魔力結界。
その防御を咄嗟に張った主に、レオーネも気が付くと、笑みを浮かべた。
「助かったぜ、ペスカ」
レオーネの片腕に抱かれた、白い法衣の少女は、掲げていた淡く輝く水晶をおさめ結界を解くと、曖昧に頷いた。
「やってくれるな、嬢ちゃん。今のはビリビリっと来たぜ。ほんじゃ、ちょいとこっちも面白いもん見せてやるよ――」
レオーネが戦斧をブンと振ったその時だった。
フォレシアの名を呼ぶ男の声が、森の中に響き渡ると、対峙していた2人の視線は、森の夜闇の中から現れた人物に向いた。
少し低くなった声、そして記憶の影よりも逞しくなったが面影の残るその姿を目にすると、フォレシアはまるで幻を見ているかのように、その人物の名前を上げた。
「あ、アルス!?」
アルス、ミーニャ、そして新たな仲間だろうか。
優しい表情の僧侶の女性と屈強な戦士の姿がそこにはあった。
アルスがフォレシアの前に躍り出ると、聖剣を抜き、レオーネに構えた。
「大丈夫か、フォレシア?」
「な、何でここに……?」
フォレシアが訊ねると、その答えが返るより前に、自身の賢知陣であるエルダ老がミーニャ達の後ろから現れ、フォレシアの目を止めた。
フォレシアがその名前を呼ぶと、エルダ老は頷き、対峙する巨大な賊の漢に向き直った。
老人がこちらを向くと、レオーネは肩を竦め、薄ら笑いを浮かべた。
「良い所だったのに、こいつは邪魔が来ちまったな」
レオーネがそう言うと、エルダ老は、その男が腕に抱えている少女に視線を向け、静かな口調で言った。
「姿形はより幼いものになっているが、其方はペスカだな」
「エルダ……」
寝起きの子どものようなくぐもった声で少女が言うと、エルダはその口調のままに話を続けた。
「その者がお主の導くべき勇者である、金色の勇者とお見受けする。じゃがしかし、聖戦を前にして戦いに踏み切る事は、温厚な性格であったお主にしては、らしくはないな。それに、賢知陣なる者は勇者を善なる方向へと導くことも使命。賊とあらば、お主の方針を今一度見直すべきではないかな」
「何だ、この爺さんは?」と顔を突き出すレオーネを、小さな片手を出して制すると、ペスカは静かに口を開いた。
「この世界には、本当に正しいことも、間違っていることもない……。だから、私はこの人の信じる正義を支えるだけ」
ペスカが答えると、エルダ老は息を溢し頷いた。
「成程な。お主らしい考えじゃ。じゃが、今夜は一旦は退いてくれんかの。こちらも客人を前にして諍いに巻き込むのは忍びない」
「フン、何言ってんだこの爺様は。このレオーネ、一度決めた事はそう易々と――ふごっ」
ペスカはレオーネの口を片手で抑えると、フォレシアの前に立つ青髪の剣士を見つめて言った。
「あの青髪の男の子。あの子からも、勇者の力を感じる……。今のレオーネじゃ、あの2人には勝てない……」
ペスカがそう言うと、レオーネは舌打ちをし、
「あー、たくっ。分かったよ。お前がそう言うんなら、ここはお情けで退いてやらぁ。おい、そこの嬢ちゃんと若いの!」
レオーネの声が、アルスとフォレシアの方に向く。
「聖戦で世界の支配権を得るのは、この金色の勇者、レオーネ様だ! 次会う時は、覚悟決めとけよ! ガーハッハッハッハ!」
そう言うと、レオーネは高く宙を飛び、闇に溶けるように消えて行った。
その高笑いは、残像が消えるその間際まで、反響するように森の中に残った。




