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緋炎の勇者1

 私は、どこの村にもいるであろう、村娘だった。

 歳は10程にして、家は農家。

 陽が昇ってはそれが西の山に落つる時まで、田畑で父母と共に働き、夜は雑穀と湯に野草を浸したものを食べた。

 貧しい生活ではあったが、笑みの絶える事のない、幸せな生活だった。

 静かな農村を襲ったあの夜が訪れるその日までは――



 それは、夏から秋に差し掛かる季節の清夜のことだった。

 外から聞こえた騒然とした声に、少女は緑色の瞳を開けた。


「おかあさん、なぁに……?」


 初めて目を覚ました真夜中の世界に慣れない、瞼の重い目を擦りながら少女が言うと、同じ髪色の女性は、起きたばかりの少女を胸に抱きながら、「静かに」と言った。

 今まで聞いたことのない、恐い顔をした母の声に、少女は周りを見渡すと、父親の男性は少女を抱いた女性と同じような表情で、外の景色をそっと(うかが)うように、窓の傍にいた。

 窓の外の景色は赤黒く染まっており、まるで夕方の景色のようだった。

 しかし、外からは甲高い女性の悲鳴や男性の声、炎の燃える音が聞こえ、少女はギュッと母親に抱き着いた。


「来るぞ!」


 窓の傍の男性は、農具を手に取り、女性に言うと、女性は少女を連れ、木造りのクローゼットを開いた。


「リダイア。貴方はここでじっとしていなさい。何があってもここを出ちゃダメよ。お母さんと約束できる?」


 リダイアと呼ばれた少女は顔を曇らせた。

 こんな母親の声は聞いた事がない。

 少女が不安そうに頷くと、母親は微笑み、娘をギュッと抱きしめた。

 少女はクローゼットの中で膝を抱えるように座ると、母親の顔は暗闇の扉の外へと消えて行った。

 

 家の扉が開く音が聞こえると、父親の果敢な叫び声が聞こえた。

 その声が途絶えると、今度は母親の獣のような怒声が続いて上がる。

 2,3回金属の音が聞こえると、母親の一瞬の悲鳴のような声と共に、ドシャリという何かが倒れた音が聞こえた。

 少女はクローゼットの中で身を震わせながらその場を過ごした。

 両耳を手で塞ぎ、震えた小さなかすれ声が暗い空間に弱弱しく()れる。


「おとうさん……おかあさん……」


 恐ろしい物音や声が静まったのは、東の山からいつものように日差しが村を照り始める頃だった。

 しかし、その白い光は少女に朝を告げる事はなかった。

 早暁(そうぎょう)に気付くこともなく、少女は唯々(ただただ)闇の中で身を震わせていた。

 心臓の鼓動と歯の震える音だけが耳に聞こえ、目元と耳の頭の熱さだけが感覚に残る。

 少女が大きく体を竦めたのは、家の扉が開く音が聞こえた時だった。

 

 ガシャ。ガシャ。


 足音のようなものが聞こえると、少女は思い切りに膝を掲げた腕で両肩の衣服をぐしゃりと握りしめ、目を瞑った。

 息をできるかぎり殺そうとするも、あまりの恐怖で息づく音は自分でも分かった。

 自分がここに隠れている事がばれないように、息を止めようとするも、喉に何か詰まったような感覚と焦りで息はますます荒くなる。


「神さまぁ……」


 少女は祈った。

 今まで生きてきた中で、こんなに祈ったことはない。

 少女は、その祈りの言葉以外、考えることができなかった。



 バタン、ギィー……



 目に差し込んだ白い光。

 扉が開くと、少女の頭の中は真っ白になった。

 電気がプツリと消えた様に、少女の身体の中から"少女"は消え、抜け殻となった。

 クローゼットの中で魂が抜けた様に、意識を失った少女を見ると、厚い甲殻板金鎧(プレートアーマー)に身を包んだ2人の男は顔を合わせ、頷いた。

 


 リダイアは、そんなあの日の夜の事を思い出しながら、イルヴェンタールの城のテラスから月を見上げていた。

 あの日、私は助けられた。

 年端もない私が、あの村が戦時中国家の領内にあり、敵国領との国境付近に位置していたことなど知る由もなかった。

 あの夜、私の父母を殺めたのはその敵国の兵士たちであり、国境から前線を広げ、私の故郷を襲ったのだった。

 今に思えば、あの貧しい村にそんな危険が迫っているなど国が知らせることはなく、私達は見殺しにされたのだろう。

 しかし、私は今でも生きている。いや、生かされている。

 あの朝、私をあの闇の世界から救ったのは、現在の我が王であるクロスネピア陛下だった。

 対立していた2国に隣接する大国家イルヴェンタール。

 その2国の戦を鎮めようと考えていた陛下は、1国が他方の国に奇襲を仕掛けたとの報が入るなり、すぐに救助の兵を送って下さったと聞いた。

 その兵こそが、イルヴェンタールの兵であり、あのクローゼットを開けたのは悪魔ではなく、彼らだったのだ。

 その村で生き残ったのは、幸運か不幸か、私1人だった。

 以来、私は陛下の養子としてイルヴェンタールに国籍が移され、こうして騎士として仕えている。

 あの惨劇を生んだ2国の戦は、最後はイルヴェンタールによって鎮圧され、今では2国とも我が国イルヴェンタールに属している。

 

 部屋の奥からノックの音が聞こえると、リダイアは「入れ」と扉に向かって言った。

 「失礼します」と騎士兵が扉を開けると、リダイアに頭を下げ言った。


「リダイア様。陛下がお呼びです。至急、獅子の間(:玉座の間のこと。イルヴェンタール国での呼称)に参上されたし、との事です」


「分かった。すぐに行こう」


 今私が生きているのは、ここにいらっしゃる陛下のお蔭以外の何物でもない。

 私の命は陛下の為であり、この国家の為に生きるという運命はあの日に決まった。

 何としても陛下の理想とする世界を叶えなければならない。

 全世界を統一し、争いのない世界を築き上げる事こそが、陛下の、国家の、そして私の夢だ。

 この理想を侮辱する者、愚弄する者、妨げる者は如何なる者でも許されぬ。

 父母との生活を壊した、あの惨劇を生み出した戦の無い世界。

 私は叶えて見せる。


 緋炎の勇者の力を持ってして――

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