緋炎の勇者2
玉座の間の巨大扉が音を開け、兵士たちによって開かれると、リダイアは礼をし、赤い絨毯を歩いた。
義手を付け、頬杖をつきながら座している王は、赤髪の騎士団長に気が付くと、斜めにした頭をゆっくりと上げた。
リダイアは王の前で膝を地につくと、芯のある声で言った。
「帝国騎士団団長、リダイア・イルヴェンタール、只今参上致しました」
少女の言葉に、王は、うむと頷くと、王はリダイアを見下ろし、静かな口調で言った。
「先月の文書は通読させてもらった。ご苦労であったな」
「いえ、申し訳ございません。あの場で仕損じるとは私の力不足にございます」
リダイアが言い切る前に、王の声が遮るように入る。
「その件についてだが、その使命は第3騎士団長に委ねる事にするにした」
王がそう言うと、リダイアは顔を上げた。
「お前には、それ以上にやってもらうことがある」
「……と、申しますと」
リダイアが訊くと、王は言った。
「北の大陸にある、魔界の門については知っているな」
魔界の門。
魔物たちの住まう異世界、魔界へと通じる空間の捻れを指すその単語を聞くと、リダイアは肯定し答えた。
「観測隊より報が入った。あの門は数カ月で完全に開くことになるだろう」
「魔界の門が……」
その声は驚きを帯びていた。
目の前に跪く騎士に頷き、王は話を続ける。
「あの門が開く時、魔界より大軍が押し寄せ、この世界に大災厄を齎すという。2000年前の大災厄の時代と同じことが今まさに起ころうとしているのだ。だが、この真相は緋炎の勇者であるお前なら分かっておろう」
リダイアは短く頷き答えた。
「魔界の王たる、闇の勇者の襲来。それに伴う魔物たちの現世界に対する総攻撃です」
その言葉に、大臣やその場に人形のように整列していた兵士たちが動揺し、騒めく。
「ま、魔界の軍勢の総攻撃ですと!?」
兵士たちと並んでリダイアと王のやり取りを見ていた、オルディウスも、衝撃で胸を打たれたような声を上げた。
「ソロというあの小娘を仕留める機会はいくらでもある。しかし、闇の勇者の不届きを止めるには、同じ勇者の力を持つ、お前が必要だ。緋炎の勇者を加護する神からも、闇の勇者との戦いは免れず、事を許せば世界が滅亡へと導かれん、との神託を受けておる」
王は、右腕の甲に淡く赤い光を放つ魔法印を見せ言った。
「緋炎の勇者にして我が国の英雄騎士リダイアよ、やってくれるな?」
「ハッ。命に代えても」
リダイアの威勢の良い返事を聞くと、王は強く頷き、リダイアを退かせた。
夜がさらに色濃い闇夜へと更けた頃、玉座の間を離れ、クロスネピアは大臣を引き連れ、私室へと向かった。
従者に部屋の扉が開かれると、王と大臣は扉の中へと入っていく。
「陛下、魔界軍勢の総攻撃についてはご存知であったのですか?」
大臣が訊ねると、王は執務机の前に座し、頷いた。
「闇の勇者の到来、そしてかつての聖戦についての情報は既知のことだ。世界各地で魔物たちが活発化していることは、この事と関係があるのだろう」
王は、立ち上がり、分厚い書物の並んでいる棚から一冊の本を取り出した。
その本の表紙は水で濡れた様に歪んでおり、血のようなものがこびれついている。
「賢知陣の男が持っていた書物だ。これがなければ、巧みにあの娘を言い包める事は叶わなかったであろう」
2000年に1度の勇者の戦い。
勇者の力を受け継ぐ7人とその導き手となる賢知陣の真の役割。
前聖戦での出来事。
聖戦とは縁の無い王にとって、これ程の情報を手にしたことはまさに幸運そのものであった。
この聖戦で勝利を収めた勇者こそが、この世の支配者の座につく。
さすれば、このうちの勇者の1人を自身の支配下につけてしまえば、王の手中に世界が丸く治まる姿は容易に思い描くことができた。
赤の勇者の居場所が、ゼッセル国と戦時中であったカンヴェル国に属する農村と知った時には、野心が体を突き抜け舞い上がった。
どんな手を使ってでも、全世界を支配下に置くという野望は、王に冷酷非道な画策を行わせた。
イルヴェンタールの騎士達をゼッセル国の兵士たちに扮させ、カンヴェル国に属する、赤の勇者の住まう農村を襲わせる。そして、奇襲を行ったという残虐なるゼッセル国の非道を理由に、イルヴェンタールの騎士達を支援軍として、翌朝すぐに村へ派遣させるという自作自演を行う事で、潔白の正義という名のもと、見事に赤の勇者の力を継ぐ少女を手中に収める事に成功したのだった。
そして最後には、この奇襲事件によりゼッセル国とカンヴェル国の深まった対立による、自国への安全を理由にこの2国へも襲撃をし、支配下に治めることができた。
幸運が続いたのはこればかりではない。
まだ幼かったリダイアは、賢知陣は愚か、聖戦という言葉すら分からなかった。
貧村で育ったそんな無知な少女は、クロスネピア王にとって益々好都合な存在であった。
赤の勇者の導き手であり、リダイアの跡を追って来た賢知陣の男を拷問にかけ抹殺し、王は自身の腕に、その男の腕にあった刻印を模したものを、国で一番腕の立つ魔法術師に命じて刻ませ、リダイアに自身を彼女の賢知陣であると偽ることにした。
神託など勿論聞こえるはずもない。
しかし、賢知陣の男の持っていた書物をもとに、現実味を帯びたことをリダイアに伝える事は可能だった。
そして、一流の戦闘教育を施され、何パターンもの戦場を駆け巡ることで、無知で貧弱な少女も強靭で凛呼とした騎士へと育った。
今や、自身が世界の王となる日は目前だ。
リダイアが聖戦の勝利者となり、導き手をなれば確実にその権利を自身に譲渡することだろう。
「全ての運命は我に味方している。魔界の軍による総攻撃で、他の勇者の数も減れば、事を制することはより容易になることだろう」
そう言うと、イルヴェンタールの王は、不敵な微笑いを浮かべた。




