ソロと賢者の試練3
地下階段を降り、再び長い廊下が続くと、石の扉が見えて来る。
扉が開くと、前層のような巨大な円形広場が広がった。
先程のように立体の山はなく、見晴らしは良い。
ソロが辺りを見渡しながら、中へ入ると、対面から赤白光する幻影がボォとゆらりと浮かんでくる。
鎧を纏ったような男性のシルエットだ。
片腕にはその身長よりも一回り大きい大剣を担いでいる。
「この層でお主が対戦するのは、赤の勇者――緋炎の勇者の幻影じゃ。その始祖は、古の時代、世界の大半を支配したといわれる大国を築いた豪傑の王であったと云われておる。そして前聖戦の緋炎の勇者の名は、ガレオン・トライアス。緋炎の勇者達に継がれる、その大剣を振るい、他の勇者達を圧倒した」
“赤の勇者”という幼女の声の中の言葉に、ソロの耳がピクリと動く。
「赤の勇者……? ということは、あの子の」
ソロは、自身を追い詰めた、あの赤髪の騎士の顔を思い浮かべた。
「志が違えば、聖戦はその者らに決戦の機会を与える。緋炎の勇者の力を継ぐ、あやつとは、再び戦う時が訪れるじゃろう。前代の勇者の幻影と言えど、現在に通ずる戦術や性質もある。ここで奴を退く力を身に付けよ」
その声が消えていくと、ソロは、皚皚たる雪原の光のように輝く大剣を構える赤い幻影に向き直る。
細身の剣を構える音が空間に鳴ると、静寂が残されたように広間を覆った。
対面する2人の人影は、磁石が引き寄せ合うように一気に中央に向かって跳び出すと共に、その沈黙の殻が交じり合った剣音と共に破られる。
重量はある大きな剣の幻影が描く赤白光の弧と、銀色の剣の描く半円が中央で火花を放ちながら、金属音を立て、作られる。
幻影が思い切りに大剣を、眼前の小柄な少女に斧のように振り下ろすと、ソロは姿勢を低くし、その一撃を、剣を支えながら構え防ぐ。
「ぐっ」
崖から勢いよく落ちて来た岩石のような重みの衝撃が、電撃のように体中に伝わる。
ソロは大剣に自身の剣をスライドさせるように触らせながら逸れると、すぐ様に剣を薙ぎ払うように振るう。
幻影がその斬撃を、大剣を盾にして防ぐと、ソロの剣から放たれた力が衝撃波のように球状に吹き荒れる。
その風に幻影は弾き飛ばされるも、宙で回転し見事に着地する。
ソロと幻影の顔が合うと、2つの人影は再び中央に向かって駆け出す。
大きく幻影が剣を振り下ろし三日月の半分の残影が浮かぶと、それを左に跳んで回避したソロは剣を幻影に向かって槍のように剣を突き出す。
幻影は首を逸らしそれを避けると、振り下ろし先端が地に突き刺さった剣を軸にし、宙を180度に回転する。
着地と同時にソロと向き合った形になると、幻影は片腕を十字に大きく切った。
すると、左右に炎が浮かび上がり、交互に炎が柱となり一直線にソロに目がけて噴射される。
ソロはそれを身軽に大きく天へ跳んで避けると、2,3回と体を丸め回転し、勇者の幻影に向かって剣を大きく下に斬る。
影は胸元を後ろへ大きく逸らすと、その勢いのままにバク転の要領で地を大きく蹴り、その過程で蹴撃を宙に浮かぶ少女に与えた。
ソロは不規則に体を回転させると、叩きつけられたように地面に落ちる。
全身に打撲のような痛みが走る中、首を振るい意識をはっきりさせると、目の前に転がり落ちてる、銀剣が目に入る。
後ろから大きな剣を縦に立てると、それを横に構え、こちらに向かって駆け走って来る幻影の姿が見えた。
ソロは急いで剣を取ると、フンと片手で振り下ろされた大きな剣を手に取った銀剣で防いだ。
尻を地面についたまま、瞬時に銀剣で防御した小さな片手からはミシミシと鈍い音があちこちから走った。
「うがァッ!!」
ソロは激痛に声を上げると、もう片方の手で、攻撃魔法を発動させた。
高温の光が幻影を突き放すと、ソロは体を麻痺させる魔法を自身の左腕にかけ、ヨロヨロと立ち上がった。
左腕はもう使い物にならない。
痛覚を麻痺させたものの、骨は粉々に砕けていることだろう。
力無く左腕をブランとたらしながら、ソロは右腕で剣を構え、幻影を見た。
あの剛腕から繰り出される攻撃をまともに受ければ一溜りもない。
それに厄介なのは、あれほどの重量のある武器を持っているにも関わらず、通常の剣のように軽々しく振るい、身を熟せているところだ。
ソロの頭の中では思考の回線が秒速で瞬時に何度も繋ぎ外しされる。
あの幻影を仕留める方法。
閃光弾はもうない。
僅かの攻撃の機会である、一振り一振りにできる隙もあの幻影は見事に防御で返して来る。
手持ちの武器は、自動式拳銃と手榴弾が2つ。
「……」
幻影が剣を両手で持ち、騎士のように縦に構えると、とどめを刺すような勢いでその足を飛ばして来る。
ソロは銀剣を後方に投げると、手榴弾を腰から急いで取り出す。
ピンを口で外すと、向かってくる幻影に投げた。
ソロはそれと同時に後ろへ向き直り駆けだすと、宙を、円を描いて落ちて来る銀剣をジャンプで手に取る。
それと同時に後方から爆炎が上がると、その突風にソロはより広間の奥へと飛ばされた。
ソロは、何とか安定して着地すると、幻影の方へ振り返る。
オレンジ色や赤色を帯びた煙の繭が大きく上がり、幻影の姿は見えない。
これしきの事で敗れる相手ではない。
先程の手榴弾は咄嗟の回避手段だった。
あの攻撃を片腕だけの剣で防ごうものなら今度こそ体は分断されるだろう。
跳んで交わすにしても、この負傷ではリスクが大きい。
いつ爆炎の中から現れてもおかしくない幻影に警戒を集中させる。
視覚情報が光速のように伝わり、思考の域に達する前に体に伝わると、ソロは1歩横に逸れた。
横目で見ると、自身のすぐ背後の壁に大剣が白い光を帯び突き刺さっている。
武器を捨ててきた。
いや、違う。これは――
気付いた時には、胸元に鈍い痛みが走っていた。
視線を下におろす前に、喉に何かが込み上がり、赤いそれが口から吹き出した。
大きな武器を投げ捨て攻撃してきたのは、それでとどめを刺す為ではない。
確実にとどめを刺す、第二撃から意識を逸らす為の囮。
それに気づいた時には、ソロの意識は落ちるようになくなり、赤白光する細身の剣を、赤い幻影はゆっくりと、少女から抜いた。
………ロ。
……い、ソロ。
「おい、ソロ。起きぬか!」
ペシッという頬を叩く音と共に、ソロが深い眠りから覚めたように目を覚ますと、幼女の顔が覗き込む様に見ていた。
ソロはぬくっと起き上がると、そこは陽の落ちた夜の森の中の、あの試練の入口だった。
ソロはハッとすると、幼女に向き直った。
「せ、先生!? ぼ、ボクは……」
ソロが慌てた様に言うと、幼女は頷き、
「お主の負けじゃ。勇者の幻影を前にすると、最強の冒険者と謳われたお主もまだまだじゃのぉ」
それを聞くと、ソロは少し俯き、「そうですか……」と残念そうな声を漏らした。
「そう落ち込むでない。全くお主という奴は。500層の迷宮を最初に用意した時も、3層目で負けて同じように落胆しおったんじゃからな。初めから勇者の幻影を2,3体も倒せるなどと誰も思ってはいない。これも修行じゃ。これから毎日ここであやつらと戦い、精進するんじゃな」
幼女がそう言うと、ソロは苦笑気味に微笑んで、返事をした。
「よし、じゃあ今日は陽もくれたし帰るぞ。続きは明日じゃ。あ、そうじゃった。あれを忘れるなよ」
ソロが「あれ?」と首を傾げると、幼女は満面に微笑み言った。
「またまたぁ、冗談がきついのぉ。今日は美味な酒を1本追加でつけると言ったじゃろうが」
「あ」
幼女の言葉に、すっかり忘れていたような間抜けな声が、夜の森の静寂中、静かに聞えた。




