ソロと賢者の試練2
石段を降り、魔法陣に小さな白い手が触れると、陣は空気に溶けるように消えて行き、扉はゆっくりと開いた。
ゴォンという重く鈍い音は、どこまでも続くかのように伸びる暗い通路の奥へと走っていく。
その通路に足を踏み入れると、左右に青白い炎が宙に灯り始める。
少女と共に、その炎は次々と灯って行くと、石でできた扉が少女を待っていたかのように立っていた。
ソロが目の前に立つと、扉は自動的に上に上がり、その奥へと足を踏み入れる。
そこは、巨大な円形の広間だった。
巨人型の魔物の部屋のように、その間は広々とし、天井は突き抜け、円形の床を囲む壁はなく、暗い闇がどこまでも広がっている。
以前の迷宮と同じく、ここは異空間なのだろう。
明かりの無い真夜のような空間であるにも関わらず、部屋の姿は分かる。
それどころか、自身の姿はその色までもが鮮明であり、全てが黒曜石でできたようなその間では、ソロ自身が異質の存在であるようだった。
広間を見渡すと、巨大な建物のような正方形や長方形の立体が、積み木のように乱雑に置かれている。
その一番高い立体の頂上を見上げると、眩い光と共に、緑白光する、大人のような人型が、ボオッと闇の中から浮き出るように現われた。
深々と被った長いつばのついた帽子と長い耳のシルエット。
髪は短く、腕には弓の様なものを装備している。
エルフ、それも男性か。
「聞こえるか、ソロ」
天井から広間に響き渡る声に、ソロは返事をした。
「聞こえます、先生」
「初めにお主に闘ってもらうのは、"深緑の勇者"の幻影じゃ。その始祖は、鷹の王とも言われた弓術の腕を持つ者であったと云われておる。そして、前聖戦の深緑の勇者の名は、シルフ=ハント=ハイム。勇者を模した幻影と言えども、その強さは本人達の半分にも及ばぬ。勇者の力とは未知数であり、それを完全に幻術で表現する事はできないのじゃ。じゃが、油断するなよ。本物の戦闘と思い、心して掛かれ」
ソロはその声に頷くと、銀色に輝く剣を鞘から静かに抜いた。
円状の間を囲む様に、青い炎が左右を囲む様に灯り始める。
全ての炎が灯った時が、開戦の合図だった。
炎が半分まで灯ると、ソロと幻影はそれぞれの武器を構える。
ボゥ……ボゥ……
そして、最後の炎が灯った。
ソロは一気に駆け出す。
地上の少女が動き始めると、幻影は弓を絞り、矢を勢いよく放つ。
矢は光の矢となり、5つに分かれるように、少女目がけて走っていく。
地面を跳ぶように姿勢を低くして駆けるソロは、次々にその光の刃を化した矢を足を止めずに避け、最後の1本は剣で弾いた。
そして、剣を片腕で持ち、「構えよ!」という叫び声と共に、空いた方の腕を縦に構えると、ソロの後方に3つの魔法陣が現われる。
そして、見下ろす狩人の幻影に「放て!」と構えた腕を突き伸ばすと、魔法陣から強烈な光線が命令された対象を目がけて照射される。
光速であるにも関わらず、その幻影はソロの魔法を身を斜めに投げ出し避けると、立体を跳ぶと同時に構えた矢をソロに向けて放つ。
間一髪の攻撃に、ソロの頬から血が垂れる。
しかし、ソロは足を止めずに、勇者の幻影に駆ける。
足を止めた瞬間、あの矢は確実にボクの身体を突き抜けるだろう。
立ちはだかる射手は、それ程の実力者だということを、歴戦の勘が伝えている。
ソロはすかさずに、手を薙ぎ払うように振ると、巨大な火炎弾が飛び出す。
火炎弾は勢いのままに進むと、花火のように弾け、無数もの火の矢となり、上下左右から次の立体へと着地しようとする幻影に襲い掛かる。
幻影は片足を地につけた瞬間、次の足が地に着地する前に、見事に弓を構え、1本の矢を放った。
苦し紛れに放った一撃のようにも見える、その矢は、一直線に突き抜けたかと思うと、その速度が巻き起こす風で、無数の火の矢は吹き消された蝋燭の火のように一瞬で煙と化す。
瞬時の状況把握と判断から撃たれたその矢は、その射手の実力を語るには十分なものだった。
ソロは驚きと同時に、矢を銀剣で思い切りに弾くと、矢は鏡に反射した光のように、幻影に向かって返って行く。
幻影はキラリと光るそれを首を逸らし交わすと、天へと弓を構えた。
ソロはそのモーションに、初めて足をキュッと止めると、急いで、後退する。
弓使いのあの手の動きは、天上から無数の矢を降らせ、敵を射止めるものだ。
"主を守護するが為に、果敢なる弓を持って、その力に命ず――天水の弓"
若い男の声が広間に静かに響き渡ると、一閃の矢を闇の天井に向かって放った。
ソロは、飛び込む様に近くの直方体の陰に隠れ、身を伏せる。
次の瞬間、何百何千という光の雨が豪雨のような音を立て降り注いだ。
しかし、その技の範囲はソロの読んだ通りであった。
経験上、このような技は矢の放たれた中心点から、釣鐘状に降り注ぐ。
その中心点付近では矢は簾状に降り注ぐため、立体の陰に隠れようとも、直下する光の矢を避ける事はできない。
一方その中心点から離れるにつれて、その矢の照射は曲線状になるため、陰の傍は楯として有効に働く。
しかし、状況は最悪だ。
足を止められた今、ここからの最初の一手は困難を極める。
迂闊に飛び出せば愚か、陰から顔を覗かせた瞬間に、その幼さの残る顔は木っ端微塵に矢で吹き飛ばされることだろう。
ソロは無数の戦いで培った聴力に意識を集中させる。
矢の放たれた後、残響のように漂う衝撃煙の音。
無秩序のその音の中、その風を乱す音は聞こえない。
奴は自身が出てくるのを待っているのだろう。
ソロは目を開くと、腰からある物を取り出した。
この場を切り抜けるには、自身の耳とこのアイテムを信じるしかない。
勇者の幻影は、ソロの推測通り、その獲物が姿を一瞬でも現す瞬間を、弦を、くの字に構え待っていた。
ヒョイっと、獲物の隠れた立体の陰から黒い何かが飛び出し、弓を構えるもその手は矢を打つことはなかった。
人ではないと判断した為だった。
しかし、飛び出したその正体を幻影が理解する前に、それは高音と共に白く眩い光を広間中に放った。
閃光弾。
改良を加えた超強力な型だ。
ソロはそれと共に光の中飛び出すと、聴力に意識を集中させる。
音だけの世界。
閃光弾の放った音の反射は、ソロの正確な広間の情報を与える。
視界は見えなくとも、立体の形、高さは視覚が明瞭な時程に分かった。
そして、流石は先生の生み出した幻影だ。
視覚も当人と同じようにその幻は有していたらしい。
反響音が生み出した、動揺にして目に手を当てる人の輪郭。
ソロは目の前にいる、それを剣で振った。
手ごたえはあった。
金属の擦りあった金属音が鳴り、ソロは目を開くと、その瞳を丸くした。
閃光弾の光が消える中、その幻影はソロの剣を弓を振って防いだのだ。
しかし、ソロの攻撃に態勢が崩され、幻影は大きく後ろへ倒れ掛かる様に斜めになっている。
幻影はソロの胸元に弓を構えると、その矢を放った。
ドサッ。
何か柔らかい物が地面に倒れた音が、広間に響いた。
その次に、高所から落下した金属の音が空気を震わせ高い音を上げる。
ポタポタと赤い雫が黒い床に落ちた。
幻影は仰向けに倒れ、その上から重なる様にソロは、幻影の顔横に手をついていた。
銀剣を持ったソロの片腕は、薙ぎ払った後のように固まっている。
脇腹を放たれた矢が掠ったものの、ソロは見事にその幻影の弓を弾き飛ばしたのだった。
幻影は、しばらく倒れたままに硬直すると、観念したように力が抜け、砕け散る様に小さな粒となり雲散した。
ソロは、ふぅ、と一気に力が抜けると、その場に倒れた。
「見事じゃったな。チンチクリンなりには、よぉ頑張ったわい」
天井から声が聞こえると、ソロは苦笑を浮かべて返した。
「もっと他に言い方無いんですか……。結構ギリギリでしたよ。これが半分にも満たない強さなんて……」
ソロがそう言うと、天井の声はソロに向かって言った。
「それが聖戦の勇者達の持つ実力じゃ。しかし、やはりお主の持つ勇者の力は、無意識のうちにお主の攻撃の中に放出されておるらしいな。お主は気付いておらぬかもしれぬが、戦前戦後でお主の勇者の力は確実に増幅されておる」
淡い優しい光がソロの体を包むと、負傷した箇所が見る見るうちに回復し、疲労も体から抜けて行くようになくなった。
「さぁ、その調子で次の層へ向かうが良い」
床に地下階段が現われると、ソロは高所から飛び降り、その階段を降りて行った。




