ソロと賢者の試練1
翌朝。
青い山影と湖畔を覆った白い霧が晴れ始めた頃になると、ソロは携帯食料を開け、朝食を済ませた。
空になった容器をゴミ箱へ捨てると、まだベッドの上で寝息を立て眠る小鳥に、呆れ顔で言った。
「先生、いい加減起きて下さい。今日は出かけるから早く起きるようにと言ったのは先生でしょう」
ソロが小鳥を揺らしながら言うと、小鳥はようやく目を覚まし、不機嫌そうに欠伸をしながら返した。
「なんじゃ、人がせっかく気持ち良く寝ているというのに……。昨日は長時間飛行したのじゃから、もう少しだけ寝かせてくれい……グゴー」
そう言って、小鳥が再びベッドに吸い込まれるように倒れると、ソロは額に手を当て、大きく息をついた。
結局、小鳥が目を覚ましたのは昼近くになった頃だった。
ソロは、水筒と2食分の携帯食料、そして帰りは湖で体を洗っていきたいと思い、替えの着替えとタオルを荷物に詰めた。
昨夜手入れをした銀剣を腰に携え、念には念を入れて自動拳銃を1丁用意した。
というのも以前、暗殺者を生業とする者に別の森で襲われたことがあり、それ以来ソロは森を歩く時は必ず、この速攻できる武器を1丁は装備するようになった。
「こんな森に暗殺者などおるものか」と小鳥が呆れて言うと、ソロは「良いんです。万が一に備えるに越した事はありませんから」
ソロは小屋を出ると、森の奥へと向かった。
動物の住まう形跡は、森を歩く中、あちこちに見られるものの、魔物の住まう気配は全く感じない。
この森は、そういった類のものは近寄せないような雰囲気の衣をまとっていた。
木漏れ日が差し、鳥々の囀る声の聞こえる中、しばらく森の中を歩いて行くと、灰色の煉瓦の壁に囲まれた場所が見えて来る。
コの字に囲まれたその中央には、地下へ通じる石段があり、その先には、魔法で結界の張られている鉄製の扉が見える。
小鳥に案内されるままに来たものの、階段の先に見える円魔法陣の紋様を見るなり、ソロは嫌な顔をした。
「先生、あの紋様って……」
「どうじゃ、懐かしいじゃろう?」
「え、嘘ですよね……? またあの試練をやるんですか?!」
ソロが先生と出会ってから間もなくの頃、ソロは銀剣を手に入れると、ある場所へ導かれた。
それは、今目の前にある石段で築かれた入口と同じ魔法陣の紋様で封印された場所であった。
賢者の迷宮。
地下に広がる階層状の迷宮で、各フロアにいる幻魔達を倒しながら進んでいくという、至って単純な、シャンジャーニがソロの為に用意した試練だった。
地下へ進むに連れて、その幻魔の強さは徐々に上がっていき、終盤の階層に出現するものは、クエストライセンスが上位ランクの者でも歯が立たない程のものだった。
500層にも及ぶその試練でソロは、これでもかという程に先生に鍛えられ、その努力もあってか、並みならぬ戦闘力を誇る様になった。
もちろん、勇者を導く賢知陣であれば、このような迷宮を勇者の為に建造することは容易い。
しかし、500層といった階層数は圧倒的であり、迷宮の調整維持もここまでできるものは、シャンジャーニ以外できるものはいなかった。
ソロにとっては、百戦錬磨に及んだその迷宮は、軽いトラウマ染みたものになっており、紋様を見た瞬間、軽い拒否反応を起こした。
「まぁ、最近弛んでおるからのぉ。サービスして1000層に及ぶシャンジャーニ・スペシャルにでも挑戦してもらおうかのぉ」
「やめてください! お願いします! お酒も今日は1本増しで飲んで良いですから!!」
ソロが必死で小鳥に言うと、小鳥は「なぬぅ! その言葉忘れる出ないぞ! 今夜は天国じゃな。まぁ、どの道今日ここに来たのは、前の試練でもシャンジャーニ・スペシャルの為でもないからのぉ」
「え、そうなんですか……?」
「うむ」と小鳥は頷くと、ソロに話を始めた。
「アルスと組むにせよ、今のままのお主ではアルスを助けられるどころか、足手まといになり兼ねん。聖戦で戦うであろう勇者達とはそのような者じゃ。じゃから、何もかもにおいてチンチクリンなお主には、チンチクリンな勇者の力を極限まで引き出す術を身に付けてもらわねばならん」
「チンチクリンって……」
ソロがボソッと言うと、小鳥は気にせず話を続けた。
「今お主の目の前に広がる迷宮は、全部で7層のものになっておる。じゃが、そこで戦う事になる幻魔達のレベルはかつての500層のものとは比にならぬ。お主には、各層で、わしの記憶に残るそれぞれの勇者達を模した幻魔達と戦ってもらう」
「勇者達の幻魔……」
ソロが息を呑み、足元に伸びる階段の先を見つめ言うと、小鳥はソロの頭の上で、うむと頷いた。
「前の迷宮と同じく、お主が戦いに敗れたとしても、お主が死ぬことはない。敗れた時はこの入口まで自動転送されるようにできておる」
「先生はまたここでお留守番ですか?」
「あぁ。じゃが、お主の様子は把握できるし、意志疎通はできるでな」
「…………」
ソロは少し沈黙すると、小鳥に訊ねた。
「先生、一つお願いがあります」
「ん?」
「恐らく先生が勇者達の幻魔と戦わせるのは、聖戦を想定した実戦経験をボクに積ませたいというのもあると思うんです。けどボクは、前にも言いましたが、できれば不要な命を取る様な真似はできるだけ避けたい。それは聖戦で戦う時も同じです」
ソロがそう言うと、小鳥は微笑み、
「全く。どこまでも甘ちゃんな奴じゃ。いいじゃろう。幻魔達の戦意を喪失させれば勝利としよう」
小鳥がそう言うと、ソロも笑みを浮かべ、頭を下げお礼を言った。
「さぁ、では早速参ろうか。勇者が為の試練、賢者の試練へ」




