回想録3
「ボクの……ため……?」
デモクレアを討伐し、祝宴の歓声が背景音のように町のあちこちから聞こえる中、町長の家の外に呼び出されたソロがそう言うと、ミーニャは頷いた。
すると、ソロは「そっか……」と、それを受け入れるように微笑むも、その声は少し震えており、視線は目の前にいる賢者と合わせることができなかった。
「分かった。それがアルス達の為になるなら、ボクはミーニャの言う通りにするよ。今までありがとう」
ミーニャの横を逃げるように駆けて行った少女の目元からは、キラリと光る何かが見えた。
ミーニャは、少し俯き気味に息をつき、顔をゆっくりと上げ、その場を去ろうとする。
「これ、そこの賢者!!」
聞いた事のない声に、ミーニャは振り返ると、動揺した。
ぶかぶかであるが、自身の物と同じ、賢者の白い衣装を身に付けている、年端もいかない少女が、キッとした表情でミーニャを見つめていた。
その少女が誰なのか分かると、ミーニャは表情を戻した。
「やはり貴方だったのですね。シャンジャーニ・グレイビアド」
「気付いておったか」
幼女が言うと、ミーニャは頷き言った。
「貴方ほどの大賢者の魔力を見逃すほど、私は愚かではないつもりです。しかし、姿を隠すにしても、昼は鳥として現われる事には疑問を感じていましたが、それは邪神の呪いによるもの。邪神と言を交わした禁忌を犯し、その呪いを被った者は、この世に他とはいないでしょう」
「フン。流石は、かつての偉大な賢知陣が一人、イリオン・ナレッジの子孫といったところか」
幼女がその名を言うと、ミーニャは眉を顰めた。
自身でも隠していた血筋。
しかし、相手があのシャンジャーニ・グレイビアドであるならば、隠す事に意味はない。
「貴方は私の先祖の代に、賢知陣になられていたお方でしたね。我が先祖イリオン・ナレッジの犯した罪は、私達の一族にとって大きな恥。払拭しようともし切れぬものでしょう。ですが、私は彼の二の舞を興じるつもりはありません。賢知陣としての役割を果たし、青の勇者であるアルスさんを、立派に導いてみせます」
ミーニャは自身の素性を素直に認め、胸元に手を当て、強く言うと、幼女は言った。
「ならば、なぜ神託に背いた? 青の勇者の導き手であらば、女神ルミナから啓示があったはずじゃ。なぜソロとアルスを突き放そうとする!?」
幼女が八重歯を剥き出しに訊くと、ミーニャは答えた。
「貴方がかつての青の勇者、リュカを導いたのならば分かるはずです。未だかつて、聖戦に参加した勇者のうち、1代の勇者が2人であった事はありません。それは聖戦の原則であり、神々に定められた決まりです。それに知っているでしょう。”力”という大いなる存在は、その持ち主を選ぶことを。あの2人に青の勇者の力が分かたれ、それぞれの身に宿っているならば、いつかは一つになってしまう時が来る。そしてその力は、聖戦で勝利を収める可能性の高い者を選ぶことでしょう……」
歯をギュッと結ぶと、ミーニャは冷静さを失い、胸のうちを突き抜けた感情が怒声のように放たれた。
「アルスさんは、今まで世界をもっと良いものにしようと、皆が幸せになる世界にしたいと、誰よりも努力を重ねて来ました! それなのに、その力ごと夢を誰かに奪われてしまうのは余りにも残酷ではありませんか!!!」
鼻元を真っ赤にし、目からは雫が飛んだ。
「ミーニャ、お主……」
彼女が善良な少女であることは、これまでの旅の中でも、そしてこの瞬間にも手に取る様に伝わった。
なぜルミナがこのような若い賢者を選定したのかは、納得がいく。
ミーニャは涙を拭うと、強い眼差しをシャンジャーニに向けた。
「私は、それが女神ルミナ様のご意向であり、青の勇者を聖戦の勝利に導くものであったとしても、これだけは譲れません。シャンジャーニ・グレイビアド。貴方もソロの導き手とあらば、あの子を青の勇者に育て上げたいという気持ちは分かります。ですが、それは私も同じです。私は必ずや、アルスさんを聖戦の勝利へ導いて見せる。この命に代えても――」
その話を、幼女が打ち明けると、ソロは息をついた。
「あの後に、そんな事が……」
「ミーニャの言う通り、力という者はその身に相応しい者を選ぶ。青の勇者の力の大半はアルスが持っておるが、お主と引き合わせ続ける事で、その力が微かに勇者の力を持つお主の方へ移る事を恐れたのじゃろう」
「……先生」
ソロが静かに口を開くと、幼女は目の前の少女に向いた。
「ボク……、ミーニャの言う通り、アルスの力を奪う事になるくらいなら、勇者にはなりたくありません……」
ソロがそう言うと、少し間が空き、「ヒャッハッハッハ!」と幼女は笑声を上げた。
その声にソロはビックリすると、幼女はソロに言った。
「ソロ、お主はリュカに本当に似ておるのぉ。確かに、あの童とお主が共にいる事で、力はどちらかに移るとも考えられる。わしはこう考えておる。女神ルミナが言った”2つの力が1つに戻った時こそ真の力になる”という言葉は、青の勇者の力を持つお主ら2人が手を取り合い、互いを助け合った時にこそ真価が発揮される、そういう意味ではないのかと」
その言葉を聞くと、ソロは目を丸くした。
「ミーニャという少女は聡明で、イリオンに比べれば遥かに人となった者じゃ。じゃが、女神の神託を受けたのはこれが初め。女神ルミナの性格については浅はかなのじゃ。わしは前代の青の勇者リュカの導き手を担った時から、ルミナ神とは縁がある。わしの経験からして、心優しき、あのルミナ神が、ミーニャやお主の考えるような恐ろしい結果を導く事をするとは考えられんのじゃ」
幼女は酒瓶を一口付け、再び話を続けた。
「それに、青の勇者を十分に持たぬお主達は、事実上聖戦では不利が極まる。お主が戦ったイルヴェンタールの女がいたじゃろ?」
ソロは、あの冷酷な眼差しを持つ赤髪の少女の姿を思い浮かべた。
「わしもお主らの戦いを見て、漸く気が付いた。あの娘は恐らく、赤の勇者の力を継ぐ者じゃ。だから、常人では熟せぬ身のこなしをし、お主を圧倒してきたのじゃよ」
「じゃ、じゃあ、ボクにあの子を倒す事は……」
「全力を賭ければ、勇者の力を微弱しか持たぬ、お主は負ける。それはアルスが戦っても同じ結果じゃ。あの娘に打ち勝つには、お主ら2人が力を合わせる他ないのじゃよ」
「…………」
ソロは、鞘に納め、横たわる自身の剣を見た。
あの子が赤の勇者であれば、恐らくきっと、アルスと戦う時が来る。
けど、先生の言う通りなら、アルスは――
「先生、ボク、アルスを助けたい」
その目は、今までに見たことのない程、強い光を帯びていた。
ソロがそう言うと、幼女は、深く目を瞑り、静かに開き、
「今一度聞こう。聖戦は苛酷で凄惨なものじゃ。戦いの中で、その命を落とす事もあるやもしれぬ。それでもか?」
「はい」
芯の通った、強い返事だった。
幼女はしばらく沈黙のままに少女を見つめると、表情から力が抜け、
「分かった。わしも、お主の導き手として力の限りを尽くそう」
幼女が口元を和らげそう言うと、ソロは表情を明るくさせ、幼女に勢いよく「先生!」と飛びついた。
「先生、ありがとう!」
「済まぬな、ソロ。本来であらば、出会った時に、お主が勇者であることを伝えるべきじゃった。じゃが、お主を見ていると、かつての聖戦で苦闘するリュカの顔が浮かんできてな。出会ったばかりの幼いお主にとても伝える事ができなかったのじゃ」
幼女がソロの頭に優しく手を置きながら言うと、ソロは首を横に振った。
久々に抱き着いた幼女の胸元からは、ベッドとは違う、優しい温かさを、ソロは感じていた。




