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アルスとシエナ3

 アルス達が町に戻ると、賑やかな夕べの町は騒然とした雰囲気に包まれた。

 怯えたような、関わりたくないといような目で見られる中、巨猫を引き連れ歩いているのだから無理もないか、と思い、アルスは大きくため息をついた。

 一刻も早く、このいつ襲ってきてもおかしくなさそうな巨猫を手放したいと思いながら、町長の屋敷に繋がる大通りを歩いていると、通りの先で町の住人の衣装とは一クラス上のものを身に付けた、丸い体型の男が後ろに従者を従え、待っていた。

 中年程の歳であろう、その男は、もう待ちきれんとばかりに、片足で足踏みをしていると、アルス達に気が付くなり、急いで駆け寄った。


「遅いではないかぁ!!」


「すいません。ちょっと道に迷ってしまって……」


 シエナがそう言うと、町長は愛猫に頬を(なす)り付け抱き着きながら、その毛むくじゃらの体を撫でた。


「おーよしよし。不安だっただろう。さぁ、お家に帰ろうなぁ」


 甘い声で町長が言うと、猫は「ナ~」と同じような声調で鳴く。


「あの」


 ミーニャが口を開くと、シエナに報酬を渡し依頼を完了させた、町長は「ん?」と不機嫌そうな顔で振り向いた。


「魔物の馴らし飼いは世界間で禁止されているはずです。町の中で魔物を飼うのは如何なものかと」


 ミーニャがそう言うと、町長は一層不機嫌さを露わにして言った。


「うちのミィちゃんが魔物だと!? しかも誰だいアンタは?」


「失礼しました。私は東の大陸より遣わされた賢者のミーニャと申します」


 賢者。世界を取り(とりまと)めている存在を示す、その言葉に、町長は少し驚き狼狽(うろた)えるも、すぐに表情を戻し、


「賢者か何かは知らんが、ここは私の町! よそ者につべこべ言われる筋合いはないわい! さぁ、うちに帰ろうな、ミィちゃん」


「ナ~」


 そう言うと、町長は猫を連れ、逃げるようにその場を去って行った。

 町長と巨大な猫の姿が町の中に消えて行くと、ミーニャは肩を落とし、呆れたように息をついた。


「後で私のコンタクトバード(:伝通鳥(でんつうどり)を用いた伝書サービス。またはそのサービスで用いられる鳥のこと)で、この地域を治めるお国の方に報告しなければなりませんね」


 ミーニャはアルスに向き直ると、


「お腹もすきましたし、私達も宿に戻りましょう。シエナさんはこの後どうなされます?」


「私も今夜分の宿はとってありますの」


「ということは、同じ宿ですね。では、このまま宜しければご一緒に」


「えぇ、喜んで」



 アルス達が宿に着く頃になると、空は赤みが薄れ、深い青がその多くを支配していた。

 灯りが柔らかい光で照らす建物にアルス達が入ると、そのしばらくした後に、女性の驚きめいた悲鳴のような声が響いた。


「おいおい、何事だ?」

「どうされましたか?」


 ミーニャとアルスが、カウンターで声を上げたシエナに近寄ると、シエナは顔を蒼白にさせ落ち込んだ声で言った。


「ど、どうしましょう。私とした事が3日間宿をとっていたつもりが、2日間しかとっていなかったらしくて……。そして泊まろうにも満室状態らしいのです」


 案内役の男性も困った顔で言う。


「すいませんね。空きがあればすぐにお部屋をご用意できるのですが、こればかりは」


「シエナさん、宜しければ、私達の部屋で相室はどうでしょう。アルスはこう見えても無粋ではないですし、私としても構わないのですが」


「ぶ、無粋って……。まぁ、泊る場所が無いのは緊急事態だ。人が1人増えようが2人増えようが、俺も全然大丈夫」


 アルスがそう言うと、シエナは手を合わせ何度もお礼を言った。

 案内役の男性も、そうと決まればシングル扱いですがサービスのご用意をさせて頂きます、と手続きを始めた。



 翌朝。いつも通りミーニャの声にアルスは起こされると、大きく欠伸を1つした。


「おはようございます。アルスさん」


 シエナも微笑みまだ瞼擦るアルスに挨拶をする。

 ミーニャとシエナはかなり前に起きたのだろうか、既に身なりを整え、いつでも出かけられるように万全に準備を終えている。

 アルスも、やや早めに顔を洗い、身支度をすると、ミーニャとシエナに続き、食堂へ向かった。

 基本的に、こうした中級階級の町の宿の食事は、ブッフェ形式を取っている。


「頂きます」


 ミーニャとシエナは丁寧に手を合わせ、食べ始めるも、毎回のように、アルスはミーニャのその食事量に驚き呆れていた。


 その食事だけ見れば、明らかに男性の、それも戦士か傭兵かといった肉体派の人の物だと勘違いされてもおかしくはない。

 正反対に、シエナは聖職者だけあって、慎ましい食事だった。

 見た目にも配慮があり、一言で美しい。


「どうかされました?」


 ミーニャがアルスに気が付き訊く。


「お前……朝からよくそんなに食べられるな」


 アルスが思いのままに言うと、ミーニャはボッと顔を赤らめた。


「も、もう放っておいて下さい! 私の食事には見慣れたでしょう!」


「朝からたくさん食べる事は元気な証拠ですわ」とシエナは、膜の張ったようなふんわりとした声でミーニャに言った。


「シエナさんは知らないかもしれないが、こいつは3食とも闘士並みに食うんですよ……痛ッ!!」


 机の下で思いっきりに踏みつけられた足に激痛が走ると、アルスは声をあげた。


「ッ……、ミーニャ、てめぇ!」


「目上の人にはしっかりとした言葉遣いです。ほら、早く食べないと置いて行きますよ」


 スパルタ賢者め……。

 その時だった。

 外から少女のような悲鳴が上がると、食堂にいた全員はその声に驚き思わず窓の外を見る。

 朝の平穏な空気がザワザワとしたものに変わると、ミーニャは「行って見ましょう」と立ち上がった。



 外に出て、通りの角を曲がり大通りに出ると、悲鳴に駆けつけた人々が集まり、その光景を囲んでいた。


「ウ~」


 人々が楕円形に囲む中に、昨日のあの巨猫が毛を逆立て、威嚇した様子で何かを見下ろしていた。

 それは、恐怖で腰を抜かした年端もいかない少女だった。

 少女は足が竦んだ状態で立ち上がることもできずに、目の前の魔物に怯えている。


「早くアンタ何とかしておやりよ!」

「けどありゃ、町長さん(とこ)の化け猫だろう! あんな化物を一体どうしろってんだ!」


 そんな会話の飛び交う中、巨猫は一歩前足を出し、更に威嚇の声を高く唸らせる。


「マジかよ!」


 アルスはそう言うと、剣を抜き、少女と猫の間に立ちふさがる様に入る。

 ミーニャとシエナも続き入ると、シエナは少女を抱きかかえた。


「シエナさんとミーニャはその子を安全な所へ!」


 ミーニャとシエナは頷くと、少女を連れ、急いでその場を離れる。


「折角疲労が回復したと思ったのに、これだからな……。おい、猫! 大人しく家に帰りやがれ!」


 アルスがそう言うと、猫型のその魔物は、シャー! っと大きく牙を見せた。


「おいおい待て待てィ!!」


 群衆をかき分けて、数名の従者を後ろに町長が現われると、何という事だ、というような顔でアルスに叫んだ。


「き、貴様! うちの可愛いミィちゃんに何をするつもりだ!」


「お、ちょうど良いところに来た! アンタこいつの飼い主だろう、早く引き取って連れて帰ってくれないか?」


 アルスが片手メガホンに返すと、町長は舌打ちをし、愛猫に甘く声をかけた。


「言われんでも連れて帰るわい! さぁ、ミィちゃん。良い子だから、家に帰ろうなぁ」


 すると、猫は目尻に皺を寄せたまま、呼ばれた方向を振り向き、鋭い牙を見せながら、シャーっと唸った。

 その恐ろしい形相に、町長も「ひぃい!」と悲鳴を上げ従者たちに言う。


「お、お前達、ミィちゃんを何とかしろぉ!」


「な、なんとかって一体どうすれば?!」


 巨猫が町長に襲い掛かろうと構えると、アルスは、やれやれと剣を構えた。

 巨猫が町長目がけて勢いよく宙に跳び上がると、群衆は声を上げ、目を伏せた。

 町長は伏せた目を、ゆっくりと恐る恐る上げると、先程の青髪の少年が目の前に立ち、愛猫が不自然に硬直している。

 愛猫はぐらりと揺れ、倒れると、町長は「み、ミィちゃん!?」と倒れた巨猫に慌てて駆け寄った。


「き、貴様ぁーッ!」


 町長がキッとした顔でアルスに振り返ると、アルスは剣を肩に抱え言った。


「安心してくれ。一応鞘に納めたまま斬ったから、怪我はない。気絶してるだけだ」


 アルスがそう言うと、ミーニャはゆっくりと町長に歩み寄り、事情を話した。


「貴方の飼い猫は、危うくもう少しで幼い命を奪う所でした。このような危険が起きてしまった今、この猫は国に保護してもらうこと以外考えられません」


「な、何だとッ!?」


 町長は、ミーニャの奥にいる、シエナが抱えた泣き顔の少女に気が付くと、愛猫から離れ、ズカズカと歩き言った。


「貴様だな! 一体ミィちゃんに何をしたんだ! 利口なミィちゃんが何か悪い事をされない以外人を襲うなどと考えられんのだ!」


 少女を指差し、物凄い剣幕で町長が言う。


「貴様のような子どもは(しつけ)がなっていないに違いない! この子の親はどこだ! 今すぐこの私がきっちりと躾の仕方を――」


 パチンッ!!

 水辺を思い切りに掌で叩いたような音が響き渡る。

 一体何が起こったのかと、町長はヒリヒリと痛んでくる左頬に手を当てた。


「いい加減にしなさい!!」


 その突然の怒声に町長はビクッと肩を竦める。

 アルスとミーニャも思わぬ展開に目を丸くした。

 町長の前に立つ聖職者の、あの穏やかな表情は一変し、目は鋭く、勇ましい程の眼光を帯びていた。


「貴方は違法である魔物を密に飼いならしていただけでなく、自分の管理不届きのせいで子どもの命が危ぶまれた事に対しても向き合わないおつもりですか!」


 シエナの言葉に、町長は口をパクパクとさせていると、群衆の先頭に立っていた男が声を上げた。


「お、俺見たんだ。その女の子は何もしていなかった。大通りにいきなりその猫が建物の屋根を飛んで現われて、逃げ遅れたその子に襲い掛かろうとしてたんだ!」


「あ、アタシもそれを見たわ!」


「俺も!」


 次々とそう言った声が上がり、町長が、むぅっ、と唸ると、遠くから執事のような老人が「町長様ぁ!」と声を上げて駆けて来た。

 老人は町長の前で、膝に手をつくと、手に持っていた物を町長に見せた。


「見つかりましたぞ、ミィちゃんの檻の鍵。お風呂場にあったので昨夜入浴なされた時にお忘れになっていたのでしょう」


「なっ、バカ!」


 町長が慌てた声を上げると、ミーニャは、ムッとした顔で町長を見た。

 町長は、ようやく観念すると、大きく息をつき、その場で肩を落とした。



 昼頃にようやくこの町を治めている国の従事者たちが来ると、巨猫を檻に収め引き取り、町は来た時のような平穏な雰囲気に包まれた。


「本当にお世話になりました」


 宿の前で、シエナが丁寧に頭を下げると、アルスも「俺達の方こそ」と手で後頭を撫でた。


「シエナさん、これからも御一人で旅を?」


「えぇ、私もアルスさん達を見習って、もっと頑張らないとな、って思いまして」


 シエナの言葉にミーニャは、そうですか、と名残惜しそうな声を漏らすと、アルスは唐突にシエナに言った。


「良かったら、一緒にどうだろう?」


「え?」


 シエナが驚いたような顔をすると、アルスは言葉を付け加えた。


「行く宛もないなら、一緒に旅をしないかな、って……。1人で旅をするよりは多い方が楽しいから」


 アルスがそう言うと、ミーニャも微笑み、シエナにコクリと頷いた。

 シエナは「良いのですか……?」と訊くと、アルスとミーニャはもう一度強く頷いた。

 すると、シエナは、ぱあっと顔を今日の青空のように晴れ渡らせ「これ程嬉しいお言葉はございません。きっとアルスさん達に出会えたことも神の有難いお導きなのでしょう。ぜひ、ご一緒させてください!」と、喜び手を合わせた。

 これが、シエナとアルス達の出会いだった。


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