アルスとシエナ2
「では、修行の為に旅を?」
森に向かう野原の中、隣を歩く聖職者、シエナの話にミーニャが訊ねると、シエナは「はい」と頷いた。
「私の故郷では、10の歳になったら旅に出すのが習わしなのです。もう旅に出て7年になりますが、未だに臆病とドジを克服できなくて。お恥ずかしい限りです」
シエナがきまりの悪そうに苦笑を浮かべると、ミーニャは感心するように声を漏らした。
「しかし7年も御一人の身で旅をされるなんて、凄いですよ。それに、人助けをしながら世界を周っていらっしゃるなんて。私達も見習わなくてはなりませんね」
ミーニャがアルスに言うと、「そ、そうだな」とアルスは返した。
ここで今朝の続きの説教が来るのか、と少しドキッとしたが、その雲行きは杞憂で、話がその路線にずれることはなかった。
「誰かのお役に立ちたいと思うのですが、クエストを受けるたびに必ず失敗を起こしてしまい、返って面倒なことになってしまったことの方が多いんです。手を出さない事が人の為と思うことも多々あるのですが、どうしても困っている人を見ると見過ごす事ができなくて……」
「誰にこそ失敗はあります。それに、きっとシエナさんのその優しい御心は伝わっているはずです。そんなに気を落とさないでください」
しょんぼりとしたシエナにミーニャがそう言うと、シエナの顔に少し元気が戻った。
「ありがとうございます。そうですよね。よし。私、頑張ってみようと思います!」
そんな話をしながら歩いているうちに、アルス達は町はずれの森に差し掛かる。
森に入ったのは、1ヵ月前、フォレシアと出会った森以来だろうか。
あの森のように、どこか神秘のヴェールに包まれたような雰囲気ではなく、素の意味で穏やかな森だ。
鳥の囀る声が木漏れ日の中、背景音のように静かに響き渡っており、確かに依頼主が愛猫を散歩させるにはうってつけの場所かもしれない。
「そういえば、依頼主さんの愛猫さんって、どんな猫なんですか?」
ミーニャが訊ねると、シエナは人差し指を顎元につけ、
「うーん、写真を見せて頂いたのですが、三毛猫さんで、頭におしゃれな桃色のリボンをつけていらしてましたわ」
「中々分かり易そうな特徴だな」
アルスがそう言うと、シエナとミーニャも頷く。
「町長さんの話では、よっぽどのお利口さんなので、近くにいれば名前を呼ぶだけで来て下さるそうです」
「よっしゃ」
アルスはそう言うと、すぅっと、胸いっぱいに息を吸い込み、
「ミィちゃああああああああああああああん!!」
山彦のように、反響するような大きな声に思わずシエナとミーニャは耳を塞いだ。
反響音が消えて行くと、ミーニャは「もう!」と怒った声を上げる。
「このくらい大きな声なら、森のどこにいても聞こえるだろう」
すると、遠くから植物たちが擦れ合い、何かが近づいてくる気配に、耳を傾ける。
「ほら、きた」
アルスが、それ見たか、というように言うと、3人は耳を澄ませた。
その音は徐々に近づいて、視界にその影が遠くから映ると、アルスとミーニャの表情は段々と薄れ、次第に驚愕の表情へと変わった。
ズン、とアルス達の目の前で足を止め、後ろ脚を屈めて座ると、「ナ~」と鳴き声を上げる。
眼前のその巨大な足に、そーっと上へ視線を上げると、ギョロリとした眼が、口元の歯をギラつかせながら、アルス達を見下ろしていた。
町の一般家程の大きさはあるだろう、その化け猫のモンスターに、ミーニャは思わずアルスの背後に隠れ、声を震わせて言った。
「あ、あ、アルスさん。何ですかこの魔物は?!」
「し、知るか!」
「貴方が呼んだんでしょう! 早く何とかして下さい!」
ミーニャとアルスが揉め始めると、シエナは嬉しそうな声で猫に言った。
「ミィちゃん、こんな所にいらしたのですね!」
「み、ミィちゃん?!」
シエナの声にミーニャとアルスは声を合わせ言う。
「えぇ、写真で見たのと同じ、愛くるしい猫ちゃんですわ」
嘘だろう。
アルスは、いつ襲い掛かって来てもおかしくない様子の猫をもう一度見た。
模様は三毛で、頭上をよく見ると、巨大なピンク色のリボンがついている。
「ささ。ミィちゃん、お家に帰りましょう。町長さんもお待ちしていますわ」
シエナが巨猫に近づきそう言うと、巨猫は「ナ~」と喉から声を鳴らした。




