アルスとシエナ1
「アルスさん、起きてください」
日は既に天の境界線を越え、町を照らす光は長閑な午後の日差しに変わっていた。
昨日のクエストの疲労が響いているせいか、アルスは鼾をかきながら、男らしい寝相で眠っている。
手強い魔物退治の次の日ということもあって、ミーニャも早朝に起こすのは可哀想と思い、そのまま寝かしていたものの、流石に昼を過ぎてまで眠るのは如何なものかと思い始めていた。
何度声をかけても起きないその姿は、スリープキャット(:睡眠呪文を得意とする猫型の魔物)に襲われたのかと思わせる程で、ミーニャは呆れてため息をついた。
このようなだらしのない生活は、立派な勇者になるどころか、真面な大人にもなれない。悪い芽は今のうちから摘み取っておかねば。
ミーニャは、自分にそう言い聞かせると、大きく息を吸い、
「いい加減起きなさいっ!!!! アルス!!!!」
雷が近くに落ちたかのようなその声に驚きアルスは飛び起きる。
「なっ、な、な、何事だ?!」
アルスがキョロキョロと辺りを見回していると、ミーニャはコホンと咳ばらいをし、いつもの穏やかな微笑を浮かべ言った。
「ようやくお目覚めになりましたか?」
ミーニャがそう言うと、アルスは何が起こったのかを理解したように落ち着くと、布団を頭まで覆い言った。
「勘弁してくれ」
ミーニャはその姿にムッとすると、布団を無理やり剥ぎ取り、
「ダメです! たった1日の怠惰が今後の生活リズムを崩してしまうんですから。さぁ、1日1善。ご飯を食べたら案内所のほうへ行きますよ」
これ以上歯向かっても焼け石に水。
アルスは堪忍したように、大きくため息をつくと、ミーニャは「私は先に食堂の方へ行ってますね」と扉の方へヒタヒタと歩いて行った。
「スパルタ賢者め」
絶対に聞こえないような声で、アルスはボソッと言うと、ミーニャは耳をピクッとさせ、
「何か……おっしゃいました?」
「い、いえ……」
昼食を食べ終え、町の案内所へ向かう。
天気は快晴であり、青い空がどこまでも広がっているのが一目で分かるくらい、清々しいものだった。
こんな天気の良い日は、ベッドでスヤスヤと眠りについていたい。
宿屋のベッドが恋しくなる。
そんな事を思いながら、白い石でできた町の通りをミーニャと共に歩いていると、ミーニャが突然何かに気が付いたように足を止めた。
「どうした?」
ミーニャの視線を辿っていくと、オレンジ色の屋根をした建物の傍に、明らかに困っている様子の女性が地図のような紙を持ち、1人オヨオヨとしていた。
聖職者だろうか。澱みのない雪のような白と薄い水色を基調とした法衣に身を包んでおり、ロザリオをあしらった模様がついている。
顔つきはその優しい性質が一目で分かる程のものだが、それを通り越し、間の抜けたという印象の方が強かった。
「どうされましたか?」
ミーニャが駆け寄り、その女性に声をかけると、女性は印象通りの柔らかい声で言った。
「実はクエストを受けたのですが、その場所が全然分からなくって……」
「その地図、貸して頂いても宜しいでしょうか?」
女性から地図を受け取ると、アルスも覗き込む様にその地図を見た。
依頼書用の地図だ。
町が大きく描かれており、その傍にある森のような場所に丸印がつき、”ミィちゃん”と赤字で書かれている。
その名前のような文字をアルスが疑問符をつけて読むと、女性は説明した。
「実は、この町の町長さんから、森で散歩をさせている猫さんを夕方までに連れ戻して来てほしい、とのご依頼を頼まれまして」
女性はそう言うと、肩を落とし、話を続けた。
「いくら方向音痴の私でも、このくらいの依頼ならば熟す事ができると思ったのですが、その森に辿り着くどころか、この町から出る事すらできなくて……」
その話を聞くと、ミーニャとアルスはポカンとし、この地図は一体……、と言う様な顔で手に持っている紙を見た。
(この人の方向音痴スキルはMAXなのか……)
「あぁ、私は一体どうすれば良いのでしょう!」
女性がオヨオヨとその場に泣き伏せると、ミーニャは、
「心配しないでください。私達で良ければお手伝いさせてください」
その言葉に、女性は驚いたように顔を上げると、ミーニャは微笑み言った。
「困った時はお互い様です」
ミーニャがアルスの方を向くと、アルスも「だな」と首を縦に振った。
すると、女性は「なんと心優しい方々なのでしょう。私は嬉しゅうございます。本当に、本当にありがとうございます」と今度は感激の涙を流した。




