アルスとミーニャ1
賢者ミーニャに連れられ、アルスが村を出てから初めての夜。
村から離れた町の宿で、2人は過ごしていた。
「なぁ」
宿の一室でベッドに寝そべり、手に持った聖剣を眺めながらアルスに声をかけられると、窓の外に映る夜空を寛いでいたミーニャは、手に持っていたカップを口元から離した。
「勇者ってのは、具体的に何をすりゃ良いんだ? やっぱり伝承通り魔王を討伐することが役割なのか?」
アルスが訊くと、ミーニャは微笑み言った。
「半分は正解、半分は間違いです」
その言葉に、アルスはミーニャに視線を移す。
ミーニャはカップを両手で支えるように持つと、膝上に添えるように置き、その口調のままに話した。
「勇者と云えば、アルスさんの仰る通り、お伽噺や伝説などその形は何であれ、俗世では、主に魔族の王を倒し平和をもたらす存在として語られています。しかし、その物語は過去にあった出来事の断片に過ぎず、長い歴史の中で美化されてしまったものです。
魔界という存在が脅威とされ、勇者がその世界の王を倒し、この世界に平和と幸福をもたらしたという筋は、2000年前の世界の導き手を巡る大戦、聖戦で、光の勇者が闇の勇者を倒したことに由来します」
「聖戦?」
アルスがその語を繰り返すと、ミーニャは頷いた。
「この世界は創世より、幾度となく戦いと破滅が繰り返されてきたと言われています。
その混沌から打開するべく、神々は、世界の導き手となる者を選定する事にしました。
世界の秩序を定め、全ての者達を正しき道へと導く存在。それが世界の導き手です。
その時に名乗りを上げたのが、強き意志を持つ7人の勇ましき者達であり、その7人こそが、勇者の起源でした。
しかし、7人の目指す世界のあり方は異なるもので、誰しもが妥協を許す事はありませんでした。
そこで神々は、7人に戦わせ、最後に残った者にこの世界を委ねると宣言したのです。
私達賢知陣はこの戦いを、聖戦と呼んでいます」
ミーニャは間を空け調子を整えると、再び落ち着いた声調で話し始める。
「これに伴い、神々はもう一つルールを設けました。
それは、2000年に1度、それぞれの勇者の力を受け継いだ子孫たちが聖戦を行い、その度に導き手を変えるというものです。
神々は7人のうち世界の導き手を担った1人の治世が、未来永劫続くことを恐れたのです。もし1人の治世が永遠に続くものだとすれば、この世界の正義はその道のみとなってしまう。正義の多様性を尊重していた神々にとって、それは避けなければならぬものだったのでしょう」
ミーニャの話に、アルスは肩を竦め苦笑を浮かべた。
「こいつは驚いたな。俺が今までに聞いた勇者伝説とは、かなりかけ離れている」
「聖戦については、勇者の血筋である者か私達賢知陣の中でしか語られることはありません。ですから、表舞台に出るとすれば、前回の聖戦に勝利を収め、2000年間の治世を担った光の勇者に纏わる伝承くらいです。今では、アルスさんの仰ったように、光の勇者が闇の勇者との最後の戦いを描いた、魔王討伐が主流ですが」
ミーニャが表情を和らげそう言うと、アルスは腕を組み頷いた。
「納得だ。けどいくつか訊いておきたいことがある」
「何でしょう?」
「まず一つは初歩的な確認なんだが、つまり俺のやるべきことは魔王討伐というよりは、その聖戦とやらに参加すること、で良いか?」
アルスが訊くと、ミーニャはコクリと頷いた。
「詳しい話はこれから先、追々話して行こうと考えています。他の6人の勇者と戦う、聖戦が開始するのはまだ数年先のこと。それまでにアルスさんには、色々な経験をしてもらい、心身共に強くなって頂きたいのです」
「分かった。2つ目は、アンタ達賢知陣についてだ。前アンタは、賢知陣の役割は、勇者を正しき道へ導き守る事、と言ったが、アンタみたな賢知陣は他の勇者達の所にもいるのか?」
ミーニャはコクリと頷く。
「聖戦を控える勇者達は7人、そしてその分賢知陣は神々の啓示を受け、それぞれの勇者のもとに導かれます。私達が聖戦に直接関わることは、原則として禁止されています。しかし、これから世界を担う可能性のある勇者達に世界の導き手として必要なことを身に付けさせる為に、助言、指導を聖戦までに行うことが私達の使命です」
「フーン、要するにお守番ってことか」
アルスがそう言うと、ミーニャも可笑しそうに微笑みを浮かべた。
「アルスさん」
アルスは、真剣な眼差しを向けたミーニャに向き直る。
「私からも、一つだけ確認をしたいことがあります。聖戦は、もとより戦は、常に苛酷なもの。強き意志を持つ他の勇者様達に敗れ、命を落としてしまうこともあります。今この場で勇者の力を私に預け、聖戦を辞退することも可能です。それでも貴方は、この聖戦に挑みますか?」
ミーニャがそう言うと、アルスは、拳を胸前で叩き合わせ、微笑んで言った。
「一度乗った船だ。それに、親父にも、頑張るって約束しちまったしな」
ミーニャは安堵したように微笑んで返すと、アルスは少し困ったような顔を浮かべた。
「けど、世界の導き手になるっつーなら、理想の世界像も考えないとなのか。うーん」
アルスが腕を組み唸ると、ミーニャはクスッと笑い言った。
「慌てて考える事はありません。これから先、旅の中で見つければ良いのです」
「うし、決まった!」
ミーニャの言葉と重なって、向かいにいる男から大きな声が上がると、ミーニャは驚いた。
「皆が自分らしく生き生きと暮らせる世界。貴族だろうが貧民だろうが、人間だろうが魔物だろうがそんなことは関係ない! 全員が自分の可能性を全力で発揮できるような世界だ!」
どうだ! というような顔で、ポカンとする賢者にアルスが言うと、ミーニャは口元を緩め、思わず声を出して笑った。
「な、何だよ」
アルスが恥ずかしそうに言うと、ミーニャは目元を指で拭って言った。
「ごめんなさい。何か、アルスさんらしいな、って思って」
「そうかぁ?」
「ええ」
二人がお互いの顔を見ると、ブッと頬を膨らませ吹き出すと、夜の宿の一室に大きな男女の笑い声が響いき渡った。




