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アルスと聖剣2

 翌日の朝。東の山から白い光が農村を包む霧を照らし始めた頃。

 アルスと村長が家を出て、木造りの門まで行くと、昨日訪れた賢者の少女が(つつ)ましく立っていた。

 少女はアルス達に気が付くと、微笑みを向け言った。


「お早うございます。さぁ、参りましょう」



 農村から丘を降り、森の深くまで歩くと、アルスはミーニャに訊ねた。


「なぁ、一体どこへ行くんだ? 農村からかなり離れてるぞ」


 ミーニャは振り返ることなく、歩きながら答える。


(じき)に分かります」


 その返答に、アルスはため息をつくと、渋々とした様子で山々に挟まれた森の中を歩いて行った。

 深い森をようやく抜けると、昼の太陽が、アルス達を照らし出す。

 しかし、森を抜けた先に広がったその光景に、アルスと村長は目を丸くした。

 崩落しているが、ここが何であるかを知るには十分なものだった。

 城の遺跡。

 白い石で築かれた、城壁はその建物と同じように、天から拳で殴られたように崩れている。

 滅んでからは長い年月が経っているのか、植物が至る所から、建物を侵食していた。


「ここは……」


 アルスが声を漏らすように言うと、ミーニャは崩れかけたその建物を見つめ答える。


「アルフォリア城。今から約12年前、突如として滅んでしまった王国です」


 村長とアルスが、人為から離れ時を刻んだその神秘的な城に飲み込まれたかのように、見入っていると、ミーニャは2人の目を覚ますように言った。


「お見せしたいものはこの奥にあります。さぁ、行きましょう」


 ミーニャに連れられ、崩落した城の奥へ行くと、大きな洞窟が見えて来た。

 洞窟の中は白や黄色をした鍾乳洞が天上からも地面からも生え、池のような水溜まりが所々にあった。

 湿気を帯びたその暗い洞窟を歩き、ある場所に辿りつくと、ミーニャは足を止めた。

 湖のように、膝程にまで水のたまった場所。

 天上はその部分だけ穴が開き、太陽の光が柱のようにその場所を温かく照らしている。

 そして、その湖から突き出た大小の岩。

 その岩のてっぺんに、天から突きさしたような剣が一本突き刺さっていた。

 苔()した岩がその長い歳月を物語る一方で、その剣は、まるで人の手に触れられることを知らないように光り輝き、太陽の光でその黄金を放っていた。


「あの剣は……?」


 村長が訊くと、ミーニャは振り返り答えた。


「聖剣ヴェルカエルム。2000年前、青の勇者様が使用された、勇者の力を持つ者のみが使用を許される聖剣です」


「こ、これが、伝説にあった勇者様の……!」


「なぜこんな所に……?」


 アルスが聖剣を見つめ、驚きつつ言うと、ミーニャは落ち着いた声で答えた。


「2000年前、世界を巻き込んだ大いなる戦いの後、青の勇者様はこの地にて、その余生を密かに過ごされました。その聖剣は、その勇者様が築かれた王国、アルフォリアにて大切に護られ続けました。その聖剣が脅かされぬよう、勇者様の子孫である、アルフォリア王族はその存在を王族の者にのみに留めたと聞いています。しかし、12年前、この城は突如として原因不明の滅亡を遂げてしまったのです」


 ミーニャはその視線をアルスに移した。


「アルフォリアの滅亡により、青の勇者の力を代々受け継いできた王家も根絶やしになってしまったと、私達、賢知陣(けんちじん)は考えていました。しかし、その力は途絶えてはいなかった。アルスさん、貴方こそ、アルフォリア王の子孫であり、青の勇者様の力を継承した末裔なのです」


 その言葉に、アルスは一瞬言葉を失う。

 

(俺が……王族の末裔……?)


「ま、待て。俺は昨日も話した通り、農村で育った平凡な男だ。勇者の力を受け継ぐどころか、その王族のことなんて、これっぽっちも知らねェ」


 アルスが動揺し言うと、ミーニャは言った。


「しかし、私の刻印は貴方に反応しました。アルフォリアが滅んだことが記憶にないとすれば、それはきっと、あなたが幼子であったからだと思われます。そう考えれば、貴方の歳は、14から15程。違いますか?」


 アルスが、返す言葉に詰まらせると、ミーニャは村長に向き直り、言い加える。


「村長、私の考えが正しければ、恐らくアルスさんは貴方の実の子ではないはずです」


 アルスがハッと振り返ると、村長は、言い返す仕草も見せず、ただ目を瞑り黙り込む。


「お、親父……?」


 村長はしばらくの沈黙の後、観念したように静かに言った。


「すまん……アルス。いつかは話そうと思っていたんじゃ」


 アルスは口をパクパクとさせるも、村長はアルスに視線を向け、思い返すように言った。


「あれは、雨の日の事じゃった。夜わしが家でくつろいでいると、扉を叩く音が聞こえた。慌ただしい音じゃった。扉を開くと、そこには1人の若い男が傘も立たずにおった。男はわしの顔を見るなりこう言った。"無理を承知でお願いします。私は今、魔物に追われている身の者です。しかし、この子だけの命は助けたい。どうか一時の間、預かって頂けないでしょうか。必ず、必ずや迎えに参上致します"。その男は只事ならぬ様子じゃった。わしはただ、ただ頷いた。わしが頷くのを見ると、男は涙を流し、何度もお礼をわしに言った。懐にはもう一人の赤子の姿が見えたが、男はそのまま雨の闇の中を駆けて行った」


 その言葉に、ミーニャは悲しそうな表情で言った。


「それは恐らく、賢知陣の一人であった者でしょう。賢知陣の役割は、勇者様を正しき道へ導くことのみではありません。幼き頃より、勇者の力を発現した勇者様をお守りすることも、私達の果たすべき義務です。アルフォリアの滅亡で、追われ身であったその者は、覚悟を決め、アルスさんを敵の目から欺くために、あの村に預けたのだと思います。しかし、私に"ユアノの村にいる、青の勇者を導け"と神託があったことを考えると、その賢者は――」


 ミーニャが、哀れ悔やむ様に言葉を言うと、村長はアルスに向かって深く頭を下げた。


「すまん、アルス。いつかは話そうと思っていた。じゃが、実の息子ではないという真実を知ったお前にかかる重圧を考えると、話しだせなかったんじゃ。すまぬ、本当にすまぬ……」


 その声は涙を含んだ声だった。

 しかし、アルスは村長に近づき、優しく両肩に手を置くと、首を横に振り微笑んで言った。


「話してくれてありがとな、親父」


 その言葉に、大粒の涙が老人の目に溢れると、老人はアルスに抱き着き、何度も何度も謝った。


「アルス、お前はヤンチャな少年じゃったが、人より何十倍も心優しい、逞しい男になった。きっと、お前が勇者の力を持つ者であるならば、きっとそれは、神のお導きじゃよ」


「親父……」


 村長はアルスの頬に手を添えると、優しく微笑んで言った。


「村の事、わしの事は案ずるな。折角授けて頂いた力じゃ。世界の為に、その力を使いなさい」


 アルスは村長の言葉に、村長をギュッと抱きしめると、


「ありがとう。俺、頑張るよ」


 アルスはミーニャに振り返り、聖剣に向かって歩み寄る。


「この剣を抜けば良いんだな」


 アルスが剣の前に立ち言うと、ミーニャは頷いた。

 アルスは、光の柱に包まれた黄金の剣に手を伸ばし、それをギュッと掴むと、力一杯に引き上げた。

 剣は、抵抗する事もなく、主人の手に鞘から抜かれるように、スッと抜けた。

 これが、青の勇者、誕生の瞬間であった。


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