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六章「練習試合と練習相手」

なんか、ちびっこ先生が主人公っぽくなってきましたが、あくまでも主人公はコガケンです。

キョン的な意味で。

「練習試合の相手が見つかったゾ!」

 夏の大会まであと一週間に迫ったある日、富士川あずきは部室に部員を集めて言った。

 いつものエメラルドグリーンのジャージ上下で腰に両手を当てて得意満面で。

 子供がバカなこと言ってるようにしか見えない絵ヅラだが、内容は珍しくまともだった。

「おおっ。どこスか? いつもの北中?」

 半分しか正式な部員がおらず、全員が女子選手となるとなかなか練習試合を受けてくれる相手がいないのだ。しかも顧問がアレだし。

「ちっちっち! いつもいつも同じ相手ではいつまでもいつもの自分たちのいつもからいつまでたっても抜け出せないってモンよ…… あれ、今ちゃんと意味通じてた?」

 知らんがな。

「……聞いて驚け! G県立、甘田中だ!!」

 研二は初耳だったのでユーカが教えてくれる。

「アマチュー、って隣の県の学校。二年くらい前に監督になった人がすごくて、最近県大会の常連になってるの。新聞のインタビュー記事にもなったんだよ」

「へえ。そげな所と……」

「すげえじゃんか、センセー。そんなツテがあったんかよ!」

 薫子の言葉にあずきは胸をはる。

「ふっふっふ。前に会った時にギガッチと口約束を交わしておいたのだ!」

 えらくザックリとした説明で済ます。

「ギガッチ、って……ああ、儀賀センセーっていうんだっけ」

 おう、それそれ、とあずきはテキトーにうなずく。

「いよいよ試合か。そういや今まで一度もやってないもんな。忘れてた」

「そうね。練習試合ってフツーやるもんよね」

 研二とユーカはうなずきあう。

「じゃあ、サポートの皆さんにも声をかけませんと」

 琴音がスマホを操作。連絡係を任されているという。

「試合、いつなんですか」

 桜井が聞く。基本この二人は話を進める役割だ。

「今度の日曜だ。ウチのグラウンドでやるからな」

 研二は意外に思った。そんな強豪校がわざわざここまで出向いてくれるのか。

「うーん、燃えてきたな。いよいよ秘密の特訓の成果を……」

 ユーカはぺきぺきと指を鳴らす。そんな堂々と秘密って言うな。

「みなさん宜しいようです」

 スマホの画面から目をあげて琴音が言う。仕事が早い。

「ああ、お姉様! 今お茶を」

「小鳥さん、それよりも大事なことがあるでしょう?」

「そうですわ! お疲れですから甘いものを」

「練習しましょう? せっかく強い学校と試合が出来るのですから」

「その通りですわ!」

 ハヤカワァ、とあずきが前衛的な歌舞伎役者のようなポーズで口を開く。

「サポーターズに連絡してくれ。今すぐグラウンドに集合、と」

「あら。今すぐ、ですか?」

「ああ……。今すぐ、だ」

「はい」

 たたた、と画面を操作。

「すぐ来るそうです」

 即レスかよ。どんだけヒマな連中なんだ。そういえば、サポートメンバーの人と会うの初めてだな……。

「ようし、それじゃあ行くか」

 どうせ使わないくせに金属バットを肩に担いで斜に構えた顧問は、

「今日は、実戦形式で練習だ!」

 ……そこまでイキって言うほどのことではない。部員たちはスルーした。

「もっかい言うぞ? 実戦形式で」

 さっさとグラウンドへ向かう選手たち。

「待ってよぉ。あじゅきも行くぅぅぅ!」

 涙と鼻水を盛大にまき散らしながらあずきは後を追った。


「お待たせしました!」

 先にウォーミングアップアップを始めていた野球部員の前に、サポートメンバー三人が揃った。

「ご苦労。実は我が部にも新入部員が居てな……。サポーターズよ。すまんが、自己紹介をしてもらえるか?」

 あずきがよくわからないキャラで言う。

 はい、と素直に手を挙げたのは、中背だが中肉とは言い難い、かなりの筋肉量をもつ女子だ。ショートカットの黒髪を、横でちょこんと結んでいるのがチャームポイントである。

「押忍。自分は梨田花蓮と申します! 柔道部一年です!」

 なしだ、かれん……。研二は心の中でつぶやいた。名前負けというより名前無視、って感じだな。

「レフトを守らせてもらいます。山田先輩の顔に泥を塗らないよう、精一杯頑張ります!」

 やや小柄で健康的に日焼けした肌の、いかにもスポーツ少女という女子が前に出る。

「ソフト部一年の滝澤綾です。センターです。小鳥とはギブアンドテイクな関係なんで、きちんと仕事はします」

 小鳥はソフト出身で、中学になってから野球を始めたそうだ。逆に彼女がソフト部の助っ人を務めることもあるのだという。

 最後に、どう見てもスポーツに無縁そうな、色白を通り越して青白い顔色の女子が名乗る。

「石川です。華道部一年です。富士川先生に弱みを……じゃない。お世話になっているので、まるでお力にはなれませんけど、人数合わせとして参加させてもらいます」

 聞いてはいけない発言はスルーする事にして、初対面だった研二も挨拶をする。

 それぞれが自分の守備位置に入り、打順が来たら他の人に守備を替わってもらい実戦形式の練習が始まった。ほとんどの場面で外野は無人になるし、内野も守備に大きな穴が開く事もあるのだが、普段の練習とは比較にならないほど実践的な練習となった。途中、研二が薫子に殴り倒されて退場するというハプニングもあったが、練習は無事に終了した。

「……いや、無事やなか! 無事やなかぞ!!」


 そして迎えた甘田中学野球部との練習試合当日。

 研二たち常南中野球部は朝からグラウンドの整備やライン引き、ベンチの設置など会場設営を行なっていた。力仕事もあるが男女平等での役割分担である。

研二はユーカと二人でベースを設置してラインを引く仕事をこなしていた。

常南中の駐車スペースに『G市立 甘田中学校 軟式野球部』と横書きされたマイクロバスが入ってきたのはそんな時である。

「お、早かね」

 研二は言い、相手チームが入ってくるのを気にしつつ作業を続けていた。

 やがて相手チームが整列して脱帽する。

「お願いします!」

「しゃーす!!」

全員揃って丸坊主の頭を下げる。いかにも強豪校らしい、統率のとれた動き。

常南中の選手も挨拶をかえす。こちらは金髪巻き毛も栗色もロングヘアーも何でもありだ。研二も短めだが坊主頭ではない。

しかも三分の一が部員ではないので、あからさまなグダグダ感が滲み出ている。

「おーギガッチ! 元気してたぁ?」

その中でも一番にグダグダな顧問が能天気に言いながら名監督に歩み寄る。

「ふ、富士川先生! その呼び方は生徒の前では……」

明らかにうろたえる儀賀監督。40代前半くらいの、いかにも生真面目そうなおじさんである。

「なんでー? だってギガッチがそう呼べって……」

 あずきと並ぶと親子にしか見えない。

「あー! せ、先生! 試合前に少々ルール確認など」

と、彼女の首をつかんでその場を離れる。

まあ、大方打ち上げか何か酒の席でつい、調子の良いことを言ってしまったのだろう。そのせいでこんな所まで強豪校がわざわざ……

研二は想像し、同情した。

監督ふたりが校庭の隅へ行ってしまい、手持ち無沙汰になってしまった甘田中野球部員にも若干の同情を覚える。

こちらが女子選手ばかりなのにも戸惑っているようだ。

やがて話し合いが済んで両チームの監督が戻ってくる。

「荷物を置いて集合、そのあとはランニングしてストレッチ。キャプテン頼むぞ!」

 すっかり気を取り直したらしく、よく通る声で指示を飛ばす。

「はい!」

と、丸坊主の生真面目そうなキャプテンが元気よく答える。良かった、いつもの監督だ……そう安心しているのがよくわかる。全員が一年生の『Bチーム』だそうだ。つまりキャプテンと言われた選手も言わば、二軍のキャプテンということになる。

「よし、ウチらもランニング行くぞ」

 こちらのキャプテン、山田の号令で常南中もグラウンドを走る。声を揃えて掛け声をかけながら。

「じょーなーん、ファイッ、オー ファイッ、オー」

 という、ごくごくありふれた掛け声なのだが、完全に黄色い声。

 相手チームがこちらを妙に意識しているのがよくわかる。

 そりゃ、やりにくいよな。研二は心中で同意の声をあげる。

 いつの間にか、慣れたけど。

「ん?」

 甘田中の選手の最後尾に、他の選手たちよりも背の高い……年上のように見える人が。単に発育が良いだけかもしれないけど、研二は何となく気になった。


 その選手が誰なのかは直ぐにわかった。野球の試合で審判は要の主審と、一~三塁に一人ずつの合計四人が必要になるのだが、サポート含んで九人しかいない常南中には審判を出す余裕がない。

 そのため、塁審に甘田中の生徒が、主審には監督の儀賀先生が入った。主審はアンパイヤともいい、投球のストライク・ボールをジャッジしたり……まあ、野球を少しでも見たことのある人なら分かるだろう。キャッチャーの後ろにいる人だ。判断が難しくなる場面も多いし、ルールがちゃんと頭に入っていないと出来ない。というか試合にならない。

 少なくともうちの監督じゃ無理だと研二は思う。

 つまり、対戦相手は監督がいないのである。代わりにベンチに入ったのが先程気になっていた年上っぽい生徒だ。聞くと、三年生のキャプテンなのだそうだ。勉強として今日は監督を務めるらしい。

「集合!」

 儀賀主審の声に、両チームはグラウンドのホームベース前に整列して向き合う。

「これより、常南中学校対甘田中学校の練習試合を始めます。キャプテン、握手」

「しゃーす!」

 薫子は女子だが、相手チームのキャプテンが握手するのに躊躇するような女子力はない。

 甘田中の先攻で試合開始。マウンドには左投手の桜井まりんが立つ。

「しまっていくぞー! 声出さねえヤツはあとで覚悟しとけ!」

 キャプテン山田の脅迫含みの掛け声に、グラウンドから黄色い声が上がる。研二も怖いので懸命に声をあげる。ばっちこーい。

 甘田の一番バッターは身体的な特徴がない、平凡な右バッター。まあ、一番打者は足が早いだろうから内野ゴロには注意が必要だろう。あとはもし右方向にセーフティバントを仕掛けてきた場合、ファーストが前に出たら直ぐにフォローに入る事。流し打ちのうまい打者なのかどうか、全くわからないので強打にも注意はしておかないと、と考え中間守備でセオリー通りすこし二塁側にポジションをとる。

 ちらっと横目でファーストの同級生を見る。考えてみたらユーカはこれが初試合だ。さっきまでは特に緊張している様子はなかったが……緊張は体の動きを固くするし、状況判断にも悪影響がある。

 試合では、ちょっとしたエラーが次のエラーを呼び、負のスパイラルに入ってしまう事がある。

 特に試合経験の乏しい者は、完全に自分を見失ってしまうような悲劇も起こる。小学校時代は泣き出してしまう選手も居た。

 そこで指揮官がうまく舵をとってくれれば良いが、常南ウチの監督はアレだし、もうだめだと思っても交代してくれる控え選手もいない。

 とりあえずはひとつ、アウトが欲しいところだな……。

 研二の心配をよそに一塁ベース横でユーカは、へいへーい、うってこーいとか言いながら無駄にファーストミットをバンバンと叩いている。

 桜井の第一球。なんとど真ん中のストレートだ。だが打者はバットを振る素振りすら見せなかった。

「しゃあ、ナイスボール! 腕振れてるぞ!」

 ピッチャーの気持ちを盛り上げて、更にはチーム全体の雰囲気を良くしていこうとするキャプテンの計らいが伝わってくる。

 野球の試合、特に小中学生くらいだと、エラーで自滅していくこともあれば、逆にチーム全員が調子にのってしまうと格上の相手に勝ってしまうこともある。よく試合の『流れ』と言われるが、流れが来ている時にはピッチャーの失投を相手が打ち損じてくれたり、完全に抑えられてしまったヘロヘロの打球がポテンヒットになったり、とうまくいく。逆に流れが相手に行ってしまうと、好投が出会い頭の一発でホームランにされたり、ジャストミートした打球が野手の正面に行ってしまったり、と何をやってもうまくいかない状態になる。

 もちろん呪いにかかったわけではないから、あくまでもそうなりやすいという程度だが、精神的に未熟な選手であればある程、楽勝と思っていた試合があっという間に逆転されてしまったりすることもある。

 たった一つのエラーで流れが相手に行ってしまったり、逆にナイスプレーで流れを引き寄せることもある。

 気持ちで勝つ、というのが単なるお題目でなく本当にあるということだ。もちろん、それでも勝てないほどの大きな実力差がある場合は別だが。

 甘田中は強豪とは言え、この試合に出場しているのは一年生のBチーム、要は二軍と言っても良い。公立中学の部活だから、四月に入部して初めて本格的に野球を始めた者も居るかもしれない。

 続いて第二球はアウトコース高めへストレート。バッターは完全に泳がされたスイングで空振り。

 ナイスボール、ナイスピー! と黄色い声があがる。そこへ研二も参加する。まだ声変わりをしてないので違和感がない。

 第三球、もう一度アウトコースへのボール球を空振りさせて三球三振。

「しゃあ、ワンナウトー!」

 幸先の良い出だしに常南ナインの意気が上がる。

 二番バッターは、やや小柄な選手。やはり右打ちだ。山田は外角低めのストライクを要求するが、桜井の投球はボールに。打者は手を出さない。二球めは真ん中低め、再びボール。

 ツーボールナッシングのカウントとなる。桜井の制球が乱れているのか、キャッチャー山田が落ち着くようにゼスチャーを送る。

 ひとつうなずいて、第三球。外角低めへストレート。ファール。そして次のボールが真ん中高めに。金属バットがはじき返す。やや遅れたスイングで打ち損じ、一塁へのボテボテのゴロになった。

 新人一塁手・ユーカの出だしが遅れた。研二は祈るような気持ちでファーストベースへ。

 打った甘田中の選手も打球を目で追ってしまったためにスタートが遅れた。よし、十分間に合う。

 ユーカは右手で直接転がるボールをつかみ、振り向きざまに投げる。

 ちょ、そんなに慌てなくても……!

 ユーカの投げた球は大暴投。ファーストに入った研二の遥か上を飛んでファールグラウンドへ。

 ……やっちまった!

 絶望的な気分で振り返り、白球の行方を追う。本来ならこういう場面ではライトがカバーに入っているはずなのだが、右翼手は華道部の青白い娘だ。確実に最初の守備位置から一歩も動いていないだろう。何しろ試合前のランニングも途中でドロップアウトしてたくらいだ。

 諦めていた研二の目に信じられない光景が。栗色のロングヘアをなびかせて華麗に軟式球をグラブですくい上げるお嬢様。ショートの早川琴音がいつの間にか来ていたのだ。

「うそっ!」

「古賀君!」

 美しいフォームでファーストへ送球。間一髪でアウトだ。

 野球の試合には、流れというものがある。早川琴音のプレイがそれを呼び寄せたのか、続く三番バッターは内角球を完全に芯でとらえた打球を放ったが、三塁手・金剛丸小鳥の正面へ飛び、簡単に捕球された。

 なんと三人でチェンジ。一回裏、常南中野球部の攻撃に移る。



ちゃんと考えてますよ。最後どうするかね。

……ええ、そこまでの途中をどうするかは、考えてませんけどね。


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