6-EXTRA(side:アリーチェ)「vs.シミュラクラ」
「チィ! なんなんだ、こいつらは!?」
すぐ近くでそんな罵声をあげる同業の剣士に内心で共感しつつ、私は目の前の異形に向かってスローイングナイフを投げ付ける。
まったく、その通りだと思う。
これでもCまでランクを上げている位には様々な修羅場を潜ってきた自負はあるけど、そんな経験を思い返してみてもこいつ等の対処法はおろか何者かすらまるで分からない。
地面から間欠泉のように黒水が噴き上がったかと思えば、瞬く間に黒水がくっ付いて、気が付けば化け物が誕生していた。
二足歩行する腕の付いた馬鹿でかい芋虫、とでも言う様な醜い容貌。冒険者という職業柄、モンスターと戦闘になる事は日常茶飯事だし、中にはまんま骸骨のスケルトンだとか腐り落ちた肉体で徘徊するゾンビといったアンデッド系のモンスターとも戦闘経験がある私だが、それでもアレは無理! なんというか生理的に無理!!
アンデッド系のモンスターとは少し違うベクトルで、非常に気持ち悪い。
正直、アレと斬り合いたくない。
そんな本音もあって、懇意の鍛冶屋から売り物にならない失敗作を大量買いしておいたナイフを使った投擲術で応戦してたんだけど、それも限界のようだ。
「うわぁ……ナイフ全部使っちゃったよ」
もう投げるモノがない。戦闘に耐えうる攻撃魔法の覚えもなし。手元にあるのは、二振りの愛剣。
「おい、アリーチェ!! ナイフばっか投げてないで、お前も加われよ!」
先ほどの剣士がアレに斬り掛かりながら、こちらを一瞥しつつ、言う。
いや~分かっているんだよ? ただ、普段止められてもガンガン敵に斬りこむ私でも、苦手な相手ってもんがあってね?
腰の両サイドに吊るしてある二振りの愛剣を鞘から引き抜きつつ、それでも少し躊躇する。
状況は分かっている。アレは一体だけなら強さも耐久力も然程のものじゃないけど、如何せん数が多い。最初に一体を確認した数分後にはその数が一桁から二桁まで増殖させ、今じゃ3~40体くらいにはなってそうだ。
「ゴキブリかよ、こいつ等!?」
中途半端に進化した芋虫の成り損ないと思わせて、その実、ゴキブリの仲間でした。……最悪だ。
実際、芋虫でもゴキブリでもどっちでもいい。結局、どっちに転んでも最悪なのだから。
そうは言っていても、始まらないし終わらない。むしろ、時間が経てば経つ程、アレの数は多分増え続ける。……もの凄く嫌だけど、仕方がない。
腹を括って覚悟を決めると、私は両手にしっかり剣を握り締めてアレ等に向かって疾駆した。
幸いというべきか、アレの動きは緩慢である。対して私はハーフリングという種族的な特徴が色濃く、小柄が体躯を活かした小回りの利く動きが得意だ。平たく言うと逃げ足が速く、一撃離脱のヒット・アンド・アウェーが常の戦術。
今回も、常の戦術を如何なく発揮し、アレに肉薄あるや懐まで入り込んで×を描くように二刀で斬り掛かり、敵が仰け反っている隙に安全圏まで一旦下がる。
「何、コイツ!? ホントに生き物なの!」
ナイフを投げていた時から思っていた事が、つい口に出た。
ナイフを頭に突き立てた時もそうだが、今しがた斬り付けた際もあの化け物から血のような物は一切流れ出ず、切り裂かれた傷口からは僅かに黒い蒸気が上がった程度。しかも、攻撃を受けた事で多少なり仰け反ってはいたが、それにしても根本的にダメージを受けているというようには見えない。
あの丸くくり抜かれた空洞のような暫定「眼」からは感情が一切読み取れない。そもそも感情やそれに近い感覚がアレにあるのかも疑問だ。ひょっとしたら痛覚すらないのかも知れない。と言うのも、先ほどの剣士の他、周囲で戦っている同業者の戦闘を観察していたが、アイツら身体を裂かれようと腕を切り落とされようと、その事自体に頓着しているようには見えないのだ。いくら魔物とは言え、斬られただけなら百歩譲って根性で耐えたとしても、自身の身体を斬り飛ばされてノーリアクションはまずあり得ない。ならば、やはり痛みがなく、それに伴う恐怖も感じず、ただ人を襲う化け物と認識しないと危険だろう。
「この見た目で、とどめ刺すまで行動止めないとか……マジで勘弁して欲しいわ」
ぼやきながら、それならと私は再度、肉薄。
「首ィ狩ったら、流石に死んでくれるでしょ!?」
今度は首――と言っても芋虫のような身体で頭部から胴体まで節はあっても太さは同じなのでどこから頭部でどこから胴体か区別は付かないが――に狙いを定めて、一閃。右手の剣を横薙ぎに振り抜き、その一撃で首――と思しき箇所の大よそ半ばまで剣を食い込ませ、続いて間髪入れずに左手の剣もた逆サイドから同じく横薙ぎに振るう。両サイドからほぼ同じ箇所を狙って剣を喰い込ませ、後は引き千切るように力で強引に首を刎ねる。
頭部を失ったそいつは動きを止めると共に後ろへ倒れ込み、地面に倒れきる前に黒い靄のように身体を変化させて文字通り跡形もなく霧散してしまう。まるで初めから存在していなかったように――――。
その死様に眉を顰めるも、悠長に動きを止めている暇は無さそうだ。何せ敵はまだ何十体と残っていて、未だにその数を増やしている。
相手が比較的弱いのならそれを好機と捉えて、とりあえず倒して、倒して、倒し尽くすしかない。
そう思い、次の獲物に狙いを定めた瞬間――――
「ギッ!?」
突然、狼に噛まれたような激痛が左肩に走り、思わず剣を取り落とし、堪え切れない苦悶の声が漏れる。
敵との距離は十分に取っていた。不意の出現にも警戒して、気配にも気を配っていた。だと言うのに、何が起こった!?
左肩に目をやり、絶句。
確かに敵と私との距離は、離れている。こちらの攻撃は届かないが、相手の攻撃も届かない。そんな距離を余裕をもって離してあった。
唯一、誤算があったとするなら――――
「腕が、伸びた!?」
アレの腕が普通よりも4~5倍の長さに伸びる事を認識せず、まんまと伸びた腕で肩を掴まれた事だろう。しかも、見た目に反して力が強い。
振り払おうにも激痛のせいで上手く力が入らない。右手の剣で相手の腕を斬り飛ばせれば脱出出来るが、そんな状態では斬り飛ばす程の力を出せない。せいぜいが浅く斬り付けるのが関の山で、そんな傷では痛覚がない――と思われるこいつ相手に牽制にすらならない。
ヤバい!? 肩を握り潰されそう!
「アリーチェ!?」
周囲が危機に気付くも、周りは敵だらけでその対処に手が離せない。援護にまわる余裕がない。
そうこうしている間に、今度は肩を掴まれたまま引き寄せられる。小柄な私では、その力に対抗するのは難しく、その場に踏ん張って抵抗を試みるも徐々にその距離は短くなっていく。
「くそったれ!」
こうなったら、破れかぶれに突っ込んでみるか――――そう思った時。
「雷鳴轟く山岳の王よ、禁足を犯した者共に天壌の鉄槌を与え賜え」




