6-9「ご武運を」
思った以上の強化率に自分でちょっとひびるというちっさなハプニングを乗り越え、ともあれ事前準備は完了した。
今の俺の地力はSに近いAという天使のお墨付きも得ている。魔法に至っては、魔法撃ち放題のイカれ仕様。しかも、下級から上級・超級なんでも御座れのぶっ壊れ具合。釈迦に説法、鬼に金棒。――なんか違う?
やはり、いくらセーフィを掛けているとは言っても《知恵の書》の副次効果は完全には打ち消せないのか、それともこの先の展開を想像して単に高揚しているのか、《精神統一》が効いているはずなのにテンションが抑えきれない。それが自分でよく分かるのだ。
ただし、恐怖は感じない。頭上に広がる異常は刻一刻と酷さを増しているように見えるし、先ほどまではそれに僅かなりとも恐怖・畏怖の念を禁じえなかったというのに――――。
「チッ」と自身に対しての舌打ちと共に、自制を促す叱咤を己に浴びせて高揚を抑え込む。これでは、遠足前夜の幼稚園児だと、自嘲する。
そんな俺の様子を見ながら、アズエルは言う。
「では、私がやれる事は全てやりました。後は、長谷さん次第です」
俺は、コクリと頷いた。
その口ぶりから言って、アズエルがこの件に関してこれ以上に積極的に動いてくれる事は、おそらく望み薄だ。根拠と理由は前述した通り、この一件、天界的には大した案件ではない。この一言に尽きる。
ただ、そうは分かっていてもこのセリフは口から飛び出してしまう。それほどまでに、彼女の力はデカい。下手をしなくても、多分、戦況をひっくり返す事も不可能ではないと思える程に。
「アズエルは来てくれないのか?」
「申し訳ありませんが、私がこれ以上この件に関わる事はないでしょう。イレギュラーな事態ではあれますが、コレは長谷さんが選んだ道。数ある選択肢の結果であり、選択が成されたのなら私はこれ以上、手出しはしません。――――残酷だと、冷酷だと思いますか?」
「いや」俺は首を横に振るう。
元より、これは俺のワガママであり、一緒に戦ってくれる可能性はほとんどゼロに近いと前もって理解していたのだ。その理由も、人間側からすれば理不尽なのかも知れないが、だからと言って彼女が残酷だの冷酷だのと思えるはずがない。何故なら、
「こんな――ドン引きするくらいの(ボソッ)――バフを掛けて貰って、そんな事思う訳ないだろ」
「…………小声で言っても、ちゃんと聞こえてますからねッ!? ワザとですか!? えっ!? 私の素晴らしいマジックドーピングを受けて、ドン引きって!?」
「いや~自分で素晴らしいドーピングって言う辺り、やっぱアズエルは真面目なアズエルよりそっちの方が似合ってる気がするよ」
「いやいや、そっちってどっちです!? なんで私、真面目にお仕事してディスられるんです!?」
「まぁ、ある程度は冗談として――」
「ある程度!?」
「…………プッ」
「…………クスッ」
どちらからともなく、小さな笑いが零れた。
シリアスで真面目なアズエルよりも、あの時の残念銀髪美人に近い今の軽いノリで喋っている方が、なんかしっくりくる。初対面の印象が強烈だからだろうか。
そんな取り留めもない事を思いながら、言うべきことは言う。
「ありがとう。これで、こんな俺でも少しは力になる事が出来そうだ」
「少し、と言わず、いっそ『俺が全て解決してみせる!(ドン)』くらい言っても良いんですよ?」
「それは高望みが過ぎるってもんだろう」
「相変わらず謙虚というか控え目な方ですね。だからこそ、それだけのバフを躊躇いも無く掛けられたのですけど」
「身の程を弁えてるって言って欲しいね」
「物は言い様と返答して置きます。では、私はそろそろ――」
「行くのか?」
「あまり長居できない事情もありますので」
「そうか。――――また会えるのかな?」
「――――そうですね。お互い無事であったなら、機会はあるかと」
「そっか」
「稀に見る殊勝な態度に色々とからかってみたい衝動を我慢して、最後に一つだけ。上の結界から降りている魔力を辿って下さい。そこに首謀者が居るはずです」
「稀に見るだの、からかってみたいだの余計な言葉が多いぞ。ともあれ、首謀者を突き止めた所で、俺に何が出来るか分からんが、その情報はありがたく貰っておくよ」
「では、ご武運を!」
その言葉を残して、アズエルは唐突に姿を消した。




