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6-3「脱出しますか?」

 突然現れたアズエルに手を引かれ、彼女が駆けるままに路地を走る。

 上空の歪みは見る見る歪さを増していくように見え、しかも、なにやら背後――というか元居た街道の方からメイさんと思しき女性の声が微かに聞こえた気がしたが、それら一切が聞こえないかのように突き進む事、数分。


「この辺でいいでしょうか……」


 アズエルが独り呟き、やがて歩みを止める。


「一体、何なんだ!? あの空は一体……!」


「ちょっと待って。一応、念の為に……《ディメンションミラージュ》」


 いきなりの展開に思わず詰問しそうになる俺の気勢を制し、アズエルが何やら魔法を発動させる。そうしてから、彼女はようやく俺の方を振り向き、真正面から俺を見据えて語り出す。


「あの空を見て貰えたならお分かりかと思いますが、街全体を対象とした大規模魔法の発動が確認されました」


「大規模魔法……」


 思わず、空を見上げる。そこには、相変わらず油膜のように歪んだ空が存在していた。これが、大規模魔法の影響、ということなのか。


「街全体を、おそらくは街を取り囲んでいる防壁に沿って範囲が指定されているようですね。範囲を指定し、範囲内に存在する者全てに効果を及ぼす魔法、そうですね、いわゆる結界魔法とでも言えば分かり易いですか?」


 結界。魔法の概念がある創作物では定番ワードの一つと言っても良い、単語だろう。俺のイメージでは、主に護りを固めるのに使われる聖属性、つまり神聖な魔法という感じがあるのだが、この現象もそうなのだろうか?

 いや――――。

 脳裏に浮かんだ己のイメージを即座に否定する。

 見ていれば、何となく分かる。アレは、そんな聖なるモノではない。もっと、禍々しい何かだ!!


「あくまで発せられている魔力からの推測ですが、アレはほぼ確実にこの世界における禁呪に属する代物です。私見ですが、多分、範囲内にいる対象を殲滅する類の術でしょう。もしかすると、それ以上にエグい効果を持つやもしれません」


「そんな殲滅って……それじゃ、この街はどうなる!?」


「このまま術が発動すれば、壊滅。住民は、全滅必至でしょう」


 殲滅。壊滅。全滅。苛烈ではあるが辛うじて直接的ではないそれらの言葉が示す意味をシンプルに、はっきり言えば、このまま手をこまねいていれば皆殺し(・・・)に遭う、という事だ。

 皆殺し。

 ゲームや漫画、アニメ、それら二次創作の悪党がよく使い、実行してきた狂気の所業。創作であるからそこ、味方全員皆殺しのシナリオは、物語のクライマックスを彩るスパイス足り得るが、それが現実として、それもこれでもかという確かな現実感を持って見せ付けられると背筋に冷たい物が走る。恐怖。恐慌。冷静であろうとしても冷静でいられず、自然と心拍数が跳ね上がる。


「止められる、よな? 天使(アズエル)なら、それを……」


「私は、最低1年は理不尽な危機から貴方を守れと、そう主に仰せつかってここまでやってきました。そして、ついでに言わせて頂きますと、本来、主を含めて天使(わたし)達は世界に対して過度な干渉はしません。それは根底にある基盤(ルール)に抵触する行為です。……私が言わんとしている事、その意味をご理解下さい」


「………ッ」


 俺の願いを途中でぶった切り、子供に読み聞かせるようにそう語る彼女の目は、言葉以上に雄弁にモノを語っているように思えた。即ち。


 アズエルにとって、護るべき対象は『俺』唯一人(・・・・・・)であり、都市一つが滅びるかもしれない事態でさえ、天使達にとっては干渉すべき事象足り得ない(・・・・・)。


 意訳するなら、そんな所か。


「さて、かの樹海を抜け、この街に生活の基盤が出来つつある中での広範囲殲滅魔法による死。私はこれを限度を超えた理不尽と捉え、貴方を逃がす事こそ最善にして唯一の正解であると考えています。

 しかし、一方で助けられる側、つまり貴方自身が望んでこの場に残るのであれば、それは理不尽な死ではなく自身の選択の結果、と言う事になります。いわば、自己責任です。それに感じて私の関知する所ではありません」


「…どうゆう事だ?」


「あくまで私は、理不尽から(・・・・・)貴方を護るのが使命と、そうゆう話です。

 基本私は貴方の行動を制限しません。今までも極力、貴方の行動には関わって来ませんでしたし、これからも無いでしょう。例えば、冒険者としてモンスターとの戦いに明け暮れようと、国の兵士として戦争に駆り立てられようと、はたまた野盗に身を落とそうと、更にそれらの結果としての終着点が死であると分かったとしても、それが選択の結果である限り私は干渉しません。

 無論、《はぐれ》のモンスターに襲われる、もしくは今回のように無差別で理不尽な事件に巻き込まれた場合は、話も変わってきますし、その時には全力をもって守護しますが」


 そこまで一息に言い切ったアズエルは、そこで一呼吸の間を置き、また口を開く。


「……とまぁ、それらを踏まえて私は貴方に問います。この街を脱出しますか?」

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