5-6「謎の虐殺跡」
「うぐ! おぇッ!」
どうにも堪え切れない吐き気に、えずく。胃から逆流してきた胃酸をぶちまけ、目は涙目になって視界を僅かに歪ませる。
漂う匂いがまたよくない。前世で嗅いだ腐った肉の匂いを数倍強烈にしたような腐敗臭と、これまで嗅いだ経験のないはっきりとした鉄臭さ。
思わず、目を逸らしても尚、その匂いが目の前の惨劇をこれでもかと主張する。
そして、再びのえずき。背中を擦ってもらいながら、こっちは必死に落ち着こうと奮闘するが、吐き気はなかなか収まらない。
なんてモノを見付けてしまったんだろう。
断続的に込み上げてくる吐き気に苦しみながら、数分前の自分の行動を呪わずにはいられない。
僅か数分前の事である。
《運命天秤》を使った人生初のホーンラビット狩りを成功させた俺は、引き続き狩りをすべくアズエルと共に林の奥へと移動していた。
『ホーンラビットの討伐』の依頼自体に討伐数は特に設けられていない。一羽討伐して持ち帰れば、それで依頼は達成となる。
だが、正直ホーンラビットを一羽持ち帰った所で銅貨10枚程度の稼ぎにしかならず、あまり旨みがない。あくまで初心者向けの依頼であるし、今だから言うけどぶっちゃけ武器さえ持っていれば大抵の人が倒せる獣なので仕方がない。また、食肉としての需要はあるが、ホーンラビットの肉は味がそこそこなので屋台などで串焼きにされる事が多く、行ってみればB級グルメに使われる庶民的な食材と言う事で需要の割に価格が安いというのも理由の一つとなっていたりもする。
そんなわけで、わざわざ狩場に来ても一羽狩ってさぁ帰ろうでは、行ってみれば赤字同然。と、言う訳で、次の獲物を求めて移動しているわけだ。
――――初の狩りを成功させて若干気分が高揚してる、というのも狩りを継続する理由の一つではあるけど……。
付き合ってくれるアズエルも、その辺を承知しているのか特に不満を言うでもなく、次の獲物を魔法で探してくれた。
その後、ホーンラビットを計3羽程狩った頃、俺はふいにある事に気付いてしまう。
「なんだ、この匂い?」
林を吹き抜ける微風に乗って、なにやら嗅ぎなれない匂いが混じっている。
匂いは微かで何の匂いなのか判然としない。以前、温泉地で嗅いだ硫黄の匂いが一番近い気がするけど、確実にそれだとも言えない。
「向こうからか?」
匂いは風上から流れており、俺は好奇心からそちらへと歩を進めた。林を吹き抜ける木々の匂いに混じった匂いが何なのか、何となしに興味を持った故の(今思えば)軽率な行動。
アズエルにも声を掛けて、その匂いの元と思われる場所へと移動する。
目的の場所が近くなればなる程、その匂いは徐々に強烈さを増していく。香りは最早、温泉地のような微かな硫黄臭から、はっきりと分かる腐った卵のような臭いに取って代わる。
その時点で凄く嫌な予感が脳裏にのぎったのは覚えている。一方で、その心理的な拒否感と妙な緊張感、そして緊迫感。それらと拮抗する警戒心や、より一層強くなる好奇心。
様々な感情が胸の内を駆け巡り、まるで肝試しでもしているような状況に心臓はドクドクと高鳴る。
それ以上は駄目だ、今からでも遅くない、引き返せ!
この先には『何か』ある。一体、何があるって言うんだ?
相反する心の声を天秤にかけ、俺の天秤は後者に傾いていた。ここまで来たら後には引けない。そんな思いもあった気がする。
「これは!? ハセさん! 駄目です!!」
魔法で周囲を探索していたアズエルから突然制止が掛かる。
その声はかなり逼迫したモノではあったが、残念ながら、その声と俺がこの光景を目にするのはほとんど一緒のタイミングであった。
そして話は冒頭へと戻る。
今、俺達の目の前には――――
元の生物が何であったのか、パッと見では原型が分からないほど痛めつけられた無数の動物の亡骸が無造作に投げ捨てられ、バケツにでも酌んで撒き散らしたように飛散した夥しい血が周囲を彩り、腐敗臭に引かれた小虫がブンブン飛び交うその光景は――――
俺の目には、地獄そのものの様に思えてならなかった。




