5-3「アズエル、心構えを説く」
ここ数日仕事漬けの結果、3、4日ぶりの投稿になります
思った以上に更新が滞りまして、この小説を楽しんで下さってる方々に申し訳ないですm(_ _)m
『運命天秤』の応用編?
アズエルの言葉に首を傾げる。
相手の運気を操作するスキル『運命天秤』。それがいかにヤバ気な代物かは今の話で、なんとなくは理解した。確かに、俺自身、このスキルを使いこなしているとは思えない。試した経験がそもそも少ないから、その応用など深く考えた事もないのが現状だ。今までは全て受け身でスキルを使っていたし、冒険者にお仕置き的に使った事もあるにはあるが、自分の意志で狩り――と言うか戦闘にこのスキルを活用した事はない。
正直、狩りも含めて戦い自体あまりやりたくないし、そもそも戦い方自体も知らないのだ。前世から今まで口喧嘩はしても殴り合いの喧嘩なんてした事はない。武器を使った戦いなんてもっての外である。あの時、樹海で遭遇したクレイジータイガー戦が、生涯初の荒事であり、はっきり言ってあの戦いはトラウマ物だ。
そう。正直、俺は人は元より魔物とも戦うのが怖い。初戦の相手となったクレイジータイガーが規格外の化け物だったのは分かる。討伐には集団で挑むのが絶対のセオリー、当然ながら個人でどうにかなる相手ではない上、圧倒的に格上の強者。仮にこの初戦の相手がRPG序盤のザコ敵、それこそゴブリンだとかスライムのような魔物だったなら、まだ違った結果もあり得たかもしれないが、実際、俺を襲ったのはAランクモンスター『クレイジータイガー』だった。
哀れな獲物を見定める鋭い眼光。一切の抵抗を牽制し生きる希望を摘み取るかのような唸り声。圧倒的な膂力で飛び掛かってくる巨躯。巨木を熨し倒すパワーで振るわれる、鋭利な鉤爪。あらゆるモノを噛み砕くであろう尖った牙と、すぐ目の前でガチンと音を立てて閉じられる咢。そして、腹を貫かれた感触と、激痛。
依頼を受け偶々やって来ていたメイさんに助けられ、そして我武者羅にスキルを使って生き延びたとは言え、それは単なる結果論。実際には、運よく死ななかっただけ。それ以下は有っても、以上はない。
そして今、それを思い出した俺の手は、気付くとカタカタ震えていた――――。
「ハセさんは、あの戦いで恐怖を知りました。自分では絶対に敵わない強者。そして、無力なご自身。捕食者と被食者という、どうやっても覆らない上下関係。問答無用にそれらに曝され、感じた恐怖は表現し切れないモノがあったと思います」
いつになく真面目に語るアズエル。この時ばかりは、彼女が天使である事実を、そのまま事実として受け止める事が出来た。そして、彼女が続きを語り出す。
「この世界では、どのような生き方であれ戦い方を知って居なければ生き延びる事は困難です。このまま冒険者を続けるおつもりなら当然ですが、別の生き方を見付けるにしても常に危険は付き纏います、ここは、貴方の前の世界、あの国とは全く違うのです。家も職も失くした者が腐りかけた一切れの肉片を求めて人を殺しに掛かる事も、道を歩いているだけで刃物を突き立て金を奪われる事すらよくある光景。逆に、富める者、地位ある者達が、自分の欲望を満たす為に周りを平気で巻き込む理不尽すら珍しくはなく、魔物によ襲撃に至ってはいつどこで起きるか誰にも分からない」
――――確かにその通り、なのだろう。
例のクレイジータイガー以来、そういった命の危機に曝された事はない。が、それは『まだ』ないというだけで、危険がないと同義ではない。ここは、日本じゃない。別に周囲の人間が全員悪意を持っているわけじゃあ勿論ないし、きっと割合的には善人もしくは少なくとも悪ではないという人々の方が多い――――と思いたい。けれど、あの国ほどの安全圏は存在しない。
ならば、必定として、自分の身は自分で守らなければならない。その為の、最低限度の力はやはり必要だ。それは分かる。理解した。だが――――。
「俺に出来ると思う……思いますか?」
思い出しただけで震えが走る自身の手を見て、自傷するようにアズエルに問う。
こんなにも無様で情けない俺が戦えるようになれると思うか――――と。
「多分、長谷さんは戦士にはなれないでしょう。勇者にも英雄にも、兵士にすらほど遠いかも知れません」
アズエルは断ずる。お前は、戦いそのものに向いていない。
その上で、彼女は優しく微笑ながら告げてくるのだ。
「ですが、大丈夫。だれも貴方に殺し合いを求めはしないし、強制もしません。わざわざ、この世界に馴染む為に無理して戦いに身を投じる必要性は皆無です。ただ、最低限、己が身を守る術を知っていれば、それだけで十分です。そして、先程も言いましたが、貴方は通常誰もが感じ得る以上の恐怖をその身に刻みました。確かにその恐怖は、簡単には拭えない目に見えぬ傷を遺しましたが、その恐怖を知る貴方だからこそ、自分の身を守る術をより吸収して己の物に出来るでしょうし、場合によってはその力は他人すら救う力と成り得ます。恐怖を知らない百戦錬磨の狂人と、恐怖を知り怖気づきそれでもいざとなれば奮い立つ事ができる臆病者。果たして、尊いのはどちらでしょう?」
何故だろう。なんか目頭が、熱い。視界が若干歪んで、前がよく見えない。
天界であれだけ残念っぷりを披露していたアズエルの言葉が、胸に響いた。
戦いが好きじゃないのは本心。一方、それを言い訳にして、討伐や採取の依頼から半ば無意識的に目を背けていたのも本心である。結局のところ、安定とか安全という建前の元、自分の中の恐怖心から目を逸らしていただけ。その結果、俺は身を守る術すら積極的に知ろうとはしなかった。
彼女はそれを知り、そのままゆっくり腐っていく俺に「それでは駄目だと」歯止めを掛けてくれた。
結局のところ、『運命天秤』云々はただのオマケ。一番の目的は、俺の意識を変える為。このままではゆっくりと着実に腐る一方の俺を、引っ張り上げる為の方便。
――――なんだよ、アズエル? お前――いや貴女、立派に天使してるんじゃないですか。
俺の理解を察したのか、長い銀髪を風に靡かせたアズエルが笑みを深くする。俺はそれを、素直に綺麗だと思った。
天使っぽく真面目な事も語れるアズエルでした(^_^;)




