4-EXTRA「クルエは今宵も嗤う」
クルエに懐かしむ故郷はない。
幼い頃の想い出なんて、あらゆる場面が血塗れで、血に染まっていない真っ白な記憶がそもそも存在しない。
故に、クルエは血を見るのが大好きだ。特に顔面を木刀で滅多打ちにする。その上で、相手の鼻血を噴き出させるのが、何よりの愉しみ。
そんなクルエは、人間しては間違いなく壊れていた。
まともな倫理観も人間性も、生まれと同時に捨ててきた生粋の狂人。
故に、彼は自らをよくこう表現する。
「狂乱をこよなく愛する、生きる狂人」、と。
◆
特に当てもなくふらふらと歩いていると、何やら前方から怒鳴り散らす男の声が聞こえてくる。
どうやら僕が邪魔らしく、「そこを退け!」と口汚く命令してくる。
「ふふふ」
僕に命令するつもりかい?
いいよ、いいよ。そうゆうお間抜けさんは嫌いじゃない。
《アイテムボックス》から、愛用の木刀――大層な銘の付いた一級品だけど肝心の名前は忘れた――を取り出し、握った右腕をだらりと下げる。
剣術は構えが大事ってよく言うけど、僕の場合はこの態勢が一番敵を殺せるから好きだ。過去に一度だけ構えとやらをやってみたけど、正直意味が理解できなかった。あんなガチガチに自ら動きを固くして、どうやって強くなれるんだろ? 実に不思議だ。
「てめぇ邪魔する気「むしろ君が退け」……グキャ?!」
……なんか言いかけてたけど、無視して鼻っぱしをぶん殴る。
汚いな。きれいに一撃が入った割に、思ったよりも鼻血が咲かない。
「つまんねぇの……」
興味をなくして、そう呟く。
だけど、そこにやってきたのが彼女だった。
今の所、僕がどう足掻いても血を噴かせる事が敵わない相手。その相手と同じ流派、似た匂い――雰囲気と言い換えてもいい、それを身に纏った少女。
その黒髪の少女を見た途端、僕はあらゆることに興味をなくした。
いいや。それは正確じゃない。
正確には、そう、『この少女を叩きのめす』という一点以外の興味を失くす。
勿論、アレを試すのは予定通りだが、その結果なんか知ったことではなくなっている。そんなのは、どうでもいい。
どうでもいいけど、号砲としては活用させて貰おう。そうしよう。
そんなわけで、僕はあの場を影転移のスキルで去った。
◆
「元特務司書官、クルエントゥスだな?」
この直前まで、僕は自分でも珍しく浮かれていた。それはもう、一っ跳びで雲より高く跳べそうなくらいには舞い上がっていた。
そんな心境だったのに、そんな事を言ってくるクソヤローは誰だ?!
僕の愉悦を揉み潰したクソには、クソに相応しい、クソ最低な死をくれてやる!
「そうだけど、そうゆうクソみてぇなてめぇは誰だ? このクソヤロー」
「言葉遣いが汚いな。肩書きがあっても、所詮はスラムのクソガキか。侵影隊と言えば理解するか?」
「しん……? まったく聞き覚えがねぇ。結局、誰だおっさん?」
「ならば、知らぬまま死ね」
侵影隊とかいうおっさんが肉薄する。
対する僕は様子見も兼ねて、《アイテムボックス》から取り出すと同時に木刀を左から右へと薙ぐ。
「甘いわ! 小童」
僕の一撃を屈んで避けたおっさんは、お返しとばかりにいつの間にか手に持っていた刺突剣による突きを繰り出す。その狙いは右胸――即ち心臓!
その刺突を僅かに半身を横にズラして躱し、今度はその勢いで右上方からの袈裟切り。しかし、刺突剣で弾かれる。
更に、そこから追撃のように間髪入れず放たれるのは、腹部を狙った横蹴り。半身になって横にスライドする感じに放たれた蹴りは、つま先がまるで槍のように僕の腹へと迫る。
チッ! 避けるのは難しいと勘で判断し、敢えて腹で受けつつも後ろへと飛びずさる。
蹴りの威力は減反した僕は、すかさずおっさんの顔面を狙い、掬い上げるように木刀を振るう。が、これも躱される。
けど、だからどうした?
掬い上げが交わされた所で、今度は脳天目掛けて振り降ろすだけだ。
しかし、忌々しいおっさんは、その攻撃を刺突剣を使って受け流す。、そして、次の瞬間。これこそが本命とばかりに、今まで使っていなかった左腕を突き出してくる。
否、ただ左腕を突き出しただけではない。その腕には、既に小矢が装填済みの小型の弩が括りつけられ、僕がそれの存在に気付くのと、矢が放たれたのはほとんど同時。
その時点で、普通なら回避不可。でも、影転移のスキルを持つ僕なら、回避可能なタイミングだ。
弩に気付き、矢が放たれた時点で、僕は僕自身の影の中へと咄嗟に潜ってその攻めを凌ぐ。
う~ん、久々に純粋に戦いを楽しめたけど、めんどくさいからもういいや。
影から影へ飛び移るスキル《影転移》。その能力をつかって、僕はおっさんの影へ跳ぶ。
そして。
「はい! お終い、っと!」
おっさんの背後から、愛用の得物を全力で突き入れる。一切の遠慮を省いたその突きは、刃が一切ない木刀にも関わらず、おっさんの肉体を無理矢理貫き、その身を貫通した。
「がはっ……!」
おっさんの身体が二、三度ビクビク跳ねると、おっさんはそのまま物言わぬ骸となった。まぁ、背骨ごと心臓を破裂――潰した上で貫通させているから、当然の結果ではあるのだけれど。
強そうなフリして、大した事なかったな……。
おっさんを殺した時点で、僕はこのおっさんから興味を失くす。
◆
「ふふふふふふふふふふふふ」
クルエは、今宵も嗤う。
もうすぐ再会する、少女を想って。
…………? いや――。
ホントに、あの場に居た面白い奴は、あの少女だけだったか?
クルエの勘が、違うと囁く。
けど、クルエ自身、あの場に居た――ような気がする人物を思い出す事が出来ない。
――――まぁいい。
思い出せないものは、思い出せないのだ。なら、余計な浮気は止めて置こう。
さて、彼女はどんな風に咲くのかな?
クルエは、その身に宿した狂った妄想へと想いを馳せて、今一度「ふふふ」と壊れたように嗤い続けた。




