4-10「彼女の心配と、不届きな冒険者」
「――――っていう事があったんですよ」
昼下がりのギルド。俺は、猫耳の受付譲さんことメリッサさんと話をしていた。
勿論、彼女の業務に支障がない範囲で、である。まぁギルドを利用する冒険者の数が最も少ない時間帯だからこそ、カウンター越しに彼女と喋っていられるというのはある。
ともかく、メリッサさんとの話題はメイさんについてだ。
例の強盗を追ってクルエを名乗る謎の人物と遭遇したのは、つい先日。
それ以降、いやむしろその直後からメイさんの様子がなんだかおかしい。思い詰めているというか、上の空というか……。
それに関しては、メリッサさんも同様に感じていたようで、そもそもがメリッサさんの方から「何か事情を知りませんか?」と声を掛けられたのが、そもそもの発端である。
事情、と言われても俺に思い当る節は、やはりクルエとの遭遇くらいしか――――
「あぁ、そう言えば」
「何かあったんですか?」
「先日の事件で、クルエとかいう奴が言ってたんですよ。『ラルフとご同輩かな』って。メリッサさん。ラルフって人、ご存じですか? やっぱ、どう考えてもその名前が出た途端、メイさんの様子が変わったとしか思えないんですよ」
「ラルフ? ん~……ごめんなさい。その名前には聞き覚えがないです……。でも、ご同輩って言い方から察するに、メイちゃんと同じ流派の人かも知れませんね」
「メイさんの流派っていうと、メズゥー流……でしたっけ?」
「正確には、メズゥー流護剣術、ですね」
ついでに聞いた話によると、メズゥー流護剣術とはその名の通り、防衛に主眼を置いた護身剣術の流れを汲む流派らしい。昨今では、近隣国との鍔迫り合いや小競り合いが頻発する緊張状態でいつ戦争が勃発してもおかしくない政治体制になった背景もあって、護身術よりもより実践的な殺人剣が主流となっている為、護身剣術の古株であったメズゥー流護剣術は寂れてしまったのだと言う。
敵を殺せという時代に、身を護れという教えはなかなか受け入れられないのかも知れない。むしろ、国の為に敵を1人でも多く殺せという風潮がある中で、自衛・防衛という考え方は軟弱と捉えられ嘲りの対象にすらなり得る。
まぁ、話を聞くに、まだそこまで酷くはないみたいだけど。でも、そうゆう考えの人は一定数居るだろう。多分、この前のエドガーも、それに近い思考の人物だと思う。
「う~ん。メイちゃんってあんまり、そうゆう身の上話ってしてくれないからな~……」
メリッサさんの猫耳が、感情にリンクするようにペタンと下がる。
彼女とメイさんの付き合いはそこそこ長いらしく、最初こそ受付譲と冒険者というビジネスライクな付き合いに過ぎなかったが、数少ない同性の同年代という事で次第に仕事以外の事も話すようになり、今では親友といっていい間柄のようである。
そんな彼女にも身の上話を匂わせる事すらないとなると、余程、そこには踏み込んでほしくない事情でもあるのか――――? だとするなら――
「あまり踏み込んでほしくない部分なんでしょうね。そうなると、あまり首を突っ込むのも考え物ですね。かえって、メイさんを変に刺激してしまう結果になるかも……」
「……ですね。やっぱり、様子を見るくらいしか出来ないのかな~…」
事情も分からずに下手に藪を突くと蛇が飛び出すかも知れない。そんなリスクを承知で突撃するよりは、やはりここは核心には触れずに、こっちとしてはいつも通りにメイさんと接して、後は時間が解決してくれるのを待つしか手が無いと俺は思う。
残念そうというか悔しそうな表情ではあったけど、メリッサさんもそれに同意してくれた。
と、そこに。
「おい! さっさと張れよ、おっさん! 依頼受けらんねぇだろ」
「たかが依頼書張るだけの仕事、ちんたらやってんじゃねぇぞ」
「むしろ、邪魔なんだよ。じじぃは、引っ込め」
依頼ボードの方から、そんな複数の罵声と嘲笑が聞こえてくる。
何だ――――?
「また、あの手合いが」
もちろん、その声はメリッサにも聞こえており、彼女は苦虫を嚙み潰したような表情でボードの方を見ていた。
依頼ボードの方には、四人の人物。内、三人はその出で立ちから察するに冒険者で、残り1人は初老の男性である。
何か事情を知ってそうなメリッサに話を聞くと、あの初老の男性はギルドの調整業務を担当するギルド職員との事。ちなみに、調整事務とは実際に依頼者と面談して依頼の難易度や依頼料を文字通り調整して依頼書を発行する部署であり、それは即ち。
「それって、つまりあの人が居ないと、俺達は依頼を受けることすら出来ないんじゃないの?」
メリッサさんのような受付譲はあくまで、依頼の受理と正否報告、報酬の支払いといった辺りがメインなので、実際に依頼を発行する調整事務の役割は大きい。まして、メリッサさん曰く、あの人はギルドでも古株のベテラン職員だと言う。
「そうなんですけど、その辺を理解してる冒険者さんってかなり少ないんですよ。依頼を受けてやる! ってな感じで高圧的な人も多いですし、私達、受付譲に対しても奴隷……とまでは言いませんが、雑用係みたいに捉えている方も少なくないんですよね。そうゆう人が多いので……」
あぁ~、そうゆう事か。矢面に立つ受付譲でさえそうゆう態度の冒険者が居るのなら、あの人みたいに裏方メインの職員に対しても当たりがキツイ、と。下手したら、ただ依頼書を張るだけの仕事、という認識すらしてそうだ。
本人達はそうやって見下しているつもりなんだろうけど、俺からすると『ただのバカ』としか思えない。むしろ、人の食い扶持潰すなと、軽い憤りすら覚える。
――――お仕置きするか。
俺は《運命天秤》を発動させる。このスキルの便利な所は、ある程度、対象が離れていても発動可能な点である。
正直、いくら憤ったところで、三対一で喧嘩売りたいとは思わないしね。俺そんな強くないっす!
そんなわけで、スキルを発動。三人とも軒並みBADを7ポイントに増量。このくらいなら、多分、死ぬようなアクシデントには見舞われまい。怪我くらいはするかも、だけど。
「貴様ら! なにやってる!?」
なお、このスキルの効果は面白いくらいに即効だ。尤も、その反動がどのタイミングで来るかは結構ムラがあって、そのせいで使い辛さが増している部分もあるんだけど。
「げっ、ギルマス……」
「いや、これは…」
「俺達、依頼を受けようかな~と……」
職員に対する嘲りはどこへやら、ギルドマスターに怒鳴られた三人はしどろもどろに言い訳を始める。無論、それをギルドマスターが見逃すはずもなく。
「黙れ! 貴様ら依頼を受ける前に、その性根を叩き直してやるわ!」
「ちょ!? 待っ…」
「それは勘弁!」
「誰か助け……」
ギルドマスターが男三人を捕まえて、どこかに去っていく。
それを遠巻きに見ていた人達は口々に「あ~ぁ、バカだねぇ」「あいつらも運がなかったな」「アレはキツイぜ」等々、連れて行かれた三人に対して僅かばかりの同情と、ざまぁみろ的な好奇の視線を向け、やがて興味をなくして各々の作業や駄弁りに戻る。
「……今の、何?」
「えぇーと、あの三名はギルマスの特別訓練に連れていかれました」
「特別訓練?」
「はい」
メリッサさんはそれ以上、語ろうとしない。
けど、周りの反応を見るに、その『特別訓練』とやらはかなり過酷なようだ。
――――ご愁傷様、名も覚えていない三人の冒険者達。自業自得だが、後で、ちょっと幸運になるから耐えろよ
俺は、心の中で合掌した。




