白い妖精
「コダイ、動けなくならないのか?」
少し気になる。
『マスターは心配性だな』
コダイはけっと笑った。
『ボクは今、駆逐艦草薙の上にいる。通信したのはヒヨコたちの危機を感知したからで……』
「お前にそんな能力が!」
『上から見下ろしているだけだよ』
そう言えばこいつ。
「お前、飛べるんだったな。僕を乗せてなら」
『そうだよ』
「今は何を乗せている」
「マスターが残したゴミたちを乗せているよ。帰ってきたらこのごみをマスターの腹いっぱい詰め込んでやる、ボクは潔癖症なんだ」
どうやら甲板で高みの見物らしい。そうかそうか、いい度胸だ。
さすが僕の影響を見事に受けているな。
「なら頼みがある、ヒヨコを放っておいて僕を助けに来い」
スネイクが僕を殴った。
「コダイちゃん。ヒヨちゃんたちを何とかして」
『そっちの方はとっくに何とかなったみたいだよ。蒼真一司が出た』
蒼真一司。どこかで聞いたような。
スネイクが僕の肩を揺さぶった。
「駆逐艦草薙のエース。旦那様以外に魔王を倒した偉大なる勇者でしょうが」
「いたっけ、そんなの?」
「いました。もう旦那様は。他の事なんてどうでもいいのね」
「最近、物忘れが激しくて」
「人の話を半分も聞いていないんだから」
「半分は聞いている。勇者なんているはずない」
「どうしてそんなに疑り深いのかしらね」
「警戒心が強いんだ」
そんな言い争いをしていたら、ついに馴鹿の魔王が僕らのところに到達した。
「ころ、ころ、殺す?」
トナカイの角が一回転した。
三メートルあった角が六メートルに延びた。
スネイク。聞いてくれ。
「お前に僕の歯車を使わせるのは正直怖い。だけど、ここを生き延びるためには仕方のないことだ」
今はもうそんな風に考えられる。僕の心は少し柔らかくなった。そう思うことに意味なんてないけど。
馴鹿の魔王は床をえぐった。透明な床は破壊されて、破壊しつくされて、僕らは二十五メートル落っこちる。壊れた探索機械グラムガリバーの上に降る。その瞬間、吹き飛んだ透明な床の破片が僕らの頭上に落ちてきた。
大きな破片だった。このままでは上と下にはさまれる。その破片は体をすりつぶしてしまうだろう。
スローモーションのようにスネイクが僕の歯車を使うのが見えた。
あの時、僕が遺跡に逃げ込もうとさえしなければこんなことにはならなかった。
あの時に戻れれば僕は二度と失敗なんてしやしない。
そうすれば僕らはこんなことにはならなかった。スネイクに危険な歯車を使わせることもなかった。僕は馬鹿か。どうしてあの時、穴に落ちたりなんかしたんだ。
『戻りたいの?』
小さな白い妖精が僕の目の中に飛び込んだ。瞬間辺りが光につつまれ、僕らの世界は真っ白になった。それと同時に意識もホワイトアウトした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
気がつくと僕らの体は二十五メートル下へ落っこちていた。真っ逆さまだった。痛覚がなくてもさすがにこの距離を落ちたら死ぬ。なんでまた落ちているんだ。
その時、僕たちの体を受け止めるものがあった。
マニュピュレーターだった。
たくさんのマニュピュレーターが僕たちを受け止めていた。
下にあったコダイ兵器は全て壊れていなかった。動いていた。
「お帰りなさい。お帰りなさい。お帰りなさい。マスター」
気がつくとたくさんのグラムガリバーに僕は囲まれていた。
何が起きたんだ。この下のコダイに似た機械たちは。確か全部壊れていたはずだが。
隣でスネイクが頭を振りながら呻いている。
「痛い。旦那様、ここはどこ。何が起きたの。さっきの妖精は?」
この配置、この構図。この場所。
嘘だ。信じられない。信じられないが確かに。
「ここはさっきの遺跡の中だ。遺跡の中のどこかだ」
「嘘でしょう?」
遺跡の中がどことなく新しく見えた。壁が美しい。金が塗られている。
赤と青の模様が彫られている。
何が起きたんだ。
「ようこそ。ボクらの遺跡へ」
正面に現れたのは僕とペアリングしているコダイとそっくりのマシンだった。
「コダイ?」
「ボクの名前はディスペンサー。よろしく」
「目を覚ませ。コダイ、てえええい」
僕はコダイを殴った。痛みは感じなかったが全身がしびれた。
なんだ、この感覚は。
「旦那様が目を覚ませでしょう。これがもし本当にコダイちゃんなら」
最強の防御力を誇る探査マシン。しかし、僕が知っているコダイとはどこか違う。
脆い感じがする。いや、脆い。僕が触れただけでボディがへこんだ。
コダイにそっくりのマシンはボロボロ泣いている。
「痛いよ……」
「すまん。泣くな。僕が全面的に悪かった」
「謝ってくれてありがとう」
ディスペンサーは素直な性格のようだ。僕の理想通りだ。どうしたんだ、お前。
「ボクらは今遺跡の探索をしているよ。ここの遺跡は最高だよ。捜しほうだいなんだよ」
そうだ。僕等の知っているコダイとは違って素直なのだ。ひねくれた感じがあまりしない。
「馬鹿な真似はよせ。コダイ。僕の命令を聞け、上に飛ぶぞ。付いて来い」
「ごめんね。ボクはディスペンサー。御主人の命令しか聞かないよ。残念でした」
なんということだ。
「お前、僕のエネルギーはもう必要ないのか? 僕の血中の僕の栄養素が好きだと言ったくせに、なんなんだ!」
「そんなこと誰が言ったの!」
スネイクが僕の後頭部を掴んだ。僕のつむじに何をする。
「どうしてボクがマスターのエネルギーで動くと知っているんだい? 不思議な人だね」
「目を覚ませコダイ。お前は僕の奴隷だ! よく思い出せ」
「違うでしょ」
スネイクは僕を引っ張った。
「待って、旦那様。人が来るわ」
そこに穏やかな顔の青年が現れた。足元、十センチ、浮いて移動している。
「ただいま。ディスペンサー四十七。元気かい」
「お帰りなさい。マスター。お帰りなさい」
コダイたちは笑っていた。楽しそうに。
「やあ、ディスペンサーお客さんかい?」
金髪碧眼の青年が嬉しそうな顔をした。嬉しくてうれしくてたまらない顔をした。
「お客さんじゃない。須賀大樹だ!」
「本名を名乗ってどうするのよ。旦那様。その人おかしくない?」
スネイクは僕に引っ付いた。震えている。浮いた人間。
おかしいと言えばオカシイ。人外の存在か?
「須永君くんか」
「須賀だ」
浮いていた。そいつは確実に宙に浮いていた。
「ひょっとして、あんた、幽霊か?」
僕の質問に青年は笑った。
「幽霊みたいなものだよ。世界同時多発的に存在するからね。私は」
スネイクは僕を抱きしめた。
「旦那様~~~」
「怖がるな、スネイク。相手には足があるぞ」
「足があるのは当然よ。昔の時代の明かりは行灯の明かりだったでしょう」
「ああ」
「足元は見えないのよ。それで絵に描かなかったの。書けなかったのよ。幽霊には本当は足があるのよ。区別できないのよ。浮いていればそれで幽霊よ~~~」
僕は後退した。
「あれは幽霊か?」
「そうよ、そうだと決まっているわ。旦那様、やっつけて!」
そんなゴキブリを倒せと言わんばかりの所業。
「待て。スネイクらしくないぞ。お前は人か幽霊か確かめるタイプだ」
「怖いのは嫌なの……お願い、旦那様……」
意外と女の子らしいところがあるみたいだ。仕方ない奴だ。
僕は苦笑した。
「よし。僕が行こう」
僕はゆっくりと歩いた。青年の肩に手をかける。
「おい、お前、幽霊か?」
青年はカラカラ笑った。
「嫌だなあ。私は幽霊ではないよ。システムエンジニアだよ」
「システムエンジニア?」
システムエンジニア。そんな理系の存在がこの遺跡にいたなんて。
「ここで、グラムガリバーを作っているんだ。大量生産だよ」
青年はにこにこ笑う。
古代兵器グラムガリバー。コダイたち。これら、コダイの群れを造っている青年。
ひょっとして。僕はある可能性にぶち当たって嫌な気持ちになった。
最悪だ。そんなことを考えたことに意味はない。
「旦那様。旦那様より頭のいい私が説明してあげるわ」
相変わらず失礼な奴だ。
「何を言いたい? 最悪の情報なら聞きたくないぞ」
スネイクは遺跡の石で作り、崩れた僕の歯車を見た。
「ここは、私たちとは違う時間軸なんじゃないかしら」
そんな馬鹿な。
「どうしてそう思う。確かにその可能性は考えた。しかし、それではあまりにも、現実離れしていると思わないか?」
第一脈絡が。
「魔王が出てきている地点で、もうこの世界は何かおかしいのよ。なんでも起きるわ」
「そんな乱暴な」
何を考えているんだ、スネイク。
「私はこの世界のことを考える。この世界は誰かの意図に操られているとは思わない?」
「思わない」
だったら何のために人は死ぬんだ。そいつのためだと言うのか?
そんな馬鹿なことがあるはずがない。
青年はにこにこ笑った。
「何の話をしているんだい?」
「いや別に。精神論だ」
コダイ、もとい、ディスペンサー四十七は笑った。
「マスター。この人たちをらどうするの?」
僕は決意した。そうだな。
「どうにかされる前にどうにかしてやる」
「旦那様、警戒心がむき出しになっているわ。ここは笑顔よ。笑顔でいれば何でもできる」
青年は首をかしげた。
「本当にどこから入ってきたんだろう。ここは閉鎖空間なのに。私と仲間たちの隔離された空間なのに。おかしいな」
「マスター。この二人の人間が敵だったらどうするの。創世の魔王だったら」
今よりもお行儀のいいディスペンサー四十七が怯えている。
青年は杖の形をした変な機械を僕に向けた。
「でも人間の反応しかしてないよ。男の子の方のオーラが若干おかしいけど」
それはそうだろう。僕はトンボの魔王の力を吸収してしまったんだから。




