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そして奴が来る←背の低い旦那様は魔王相手に喧嘩を売ることに決めた  作者: 新藤 愛巳
第二章 トンボとコダイ
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迷い込んだのは

「創世の魔王ってなんだ」


 嫌な予感がする。ここが本当にスネイクの言うとおり、過去の世界なら、創世の魔王とはなんなのだ。魔王は僕らの時代に突如現れたわけではないのか。創世の魔王だとでもいうのか。


「わからないわよ。ここ過去だとは確証は持てないけど、私たちの時間軸よりは確実に過去だと思うのよ」

だとしたら。


「元の場所に帰れるのか、俺たち?」


「わからないわよ。でもここで暮らすのも幸せかもね。だって創世の魔王しかいないんだから。普通の魔王がいないならのんびり暮らせるかも。旦那様はそういう方が好きでしょう?」


「しかし、創世の魔王なんて厄介だろうが。厄介でしかないだろうが」


 ハスキーボイスの青年は叫んだ。


「そうだね。この辺に魔王は存在する。馴鹿の魔王が。ここは奴の縄張りだ」


 僕らは顔を見合わせた。


「創世の魔王とは馴鹿の魔王なのか?」


「創世の魔王は最初の魔王だ。馴鹿はそのうちの二人。つがいだよ」


 ディスペンサー四十七は顔を上げた。


「気を付けて、静かにして。来る」


 何がくるのかと問う暇などなかった。そんな余裕も時間もなかった。

 遺跡の上、僕らが降ってきた場所の上、透明な床の上にトナカイの魔王が現れていた。

 鼻息が煙のようになって現れる。辺りを凍りつかせていく。


「くそ」


 僕はスネイクの前に飛び出してナイフを構える。

 青年は僕を押しとどめた。


「まだこちらに気がついてない。馴鹿の魔王は」


 僕らは汗をかいた。ディスペンサーたちは全員上を見て動かない。

 僕らも動かない。トナカイの魔王は僕らに気付かず姿を消した。


「確かトナカイは鼻が利くはず」


 僕の呟きに青年は答えた。


「それでも、特殊ガラスで阻まれているから、完全な匂いは上まで届かない」


 そう言えば閉鎖空間と言っていたな。


「ここは?」


 僕は最初にすべきだった質問をした。


「さっきも言ったけどディスペンサーを作っているんだよ。僕の名前は蒼真一司。よろしくね」


 青年は僕の方を振り返ってにっと笑った。

 その顔は演習で見た何かの魔王の顔に似ていた。


     ☆      ☆     ☆     ☆     ☆


 スネイクと僕は遺跡の一室に通された。

 辺りはきらびやかに飾られている。何かの民族のタペストリーが飾られている。


「ここでゆっくりしていってよ」


 得体のしれない蒼真一司という青年か。一体何者なんだ。


「得体は知れているかも。蒼真一司と言えば駆逐艦草薙最強の男よ」


 スネイクは素早く答えた。まるで答えを準備していたかのように。

 だがつじつまが合わない。


「そんな男がなぜ創世の時代に生きているって言うんだ」


 おかしいじゃないか。


「私たちと同じ手順でここに迷い込んだのかもしれないわね。あるいは、私と一緒なのかも」


「一緒?」


 僕はぞっとした。スネイクは蛇のような目で僕を見た。

 スネイクは平凡な僕と違って、何か特殊な存在だと言うのか。

 そんな馬鹿な空想が浮かんだ。だから強いのか。だからかっこいいのか。矮小な僕と違って。しかし、駆逐艦最強の男か。

 あの優男、とてもそうは見えないが。僕はスネイクを見た。

 となるとスネイクも最強になる可能性があると言うことか。

 だが時間軸が違うということはどういうことだろう。何かが違う。


「何よ、変な顔しないで。旦那様。眉間のしわが増えているわよ」


「変な顔をしたくもなる。スネイク、お前、蒼真一司と同じ存在って、どういうことだ?」


 お前も過去に飛べるのか。お前の所為でここに来たのか。

 それとも何か僕が見過ごしていることがあるのか?


「だから、例えばという話よ。それに可能性の話であって、直接な話ではないのよ」


「そう言う問題じゃないだろう。お前は何に関わっているって言うんだ?」


 何を知っているって言うんだ。僕の知らない何かを知っているのか。

 脳内ゾンビの秘密や創世の秘密を。


「何も知らないわよ。私は何にも知らない。私はある秘密を知っているだけで、あとは何も知らないのよ」


「ここにきてしまうような秘密か?」


「旦那様だって、何か祈ったんじゃないの? 無の歯車に」


「僕がそんなことすると思うか?」


 僕は過去に戻りたいと祈った。遺跡に飛び込む前に戻りたいと思った。スネイクを殺したくないと祈った。

 それでこうなったと言うなら、僕の祈りはとんだ祈りだ。最悪の祈りだ。

 最悪でしかない。

 こんな状況を引き起こすなんて。僕はそれをスネイクに知られたくないのだ。

 ほら、僕は利己的な奴だ。

 僕の歯車はインフィニティアストモアになる可能性があると言われている。そんな歯車がこんな事態を引き起こすのか。その可能性はないわけではない。


「スネイク。互いに罪のなすりあいをしても仕方がない。蒼真という男を探ろう」


「そうね」


 蒼真はお茶の準備をすると言って席を外している。ついでにこの建造物の中を把握しておきたい。通路、順路、間取り、いざという時にここで戦うために。


「僕は右を探す。お前は左を」


「わかったわ。馴鹿の魔王に会わないでよね」


「会うもんか」


 僕らは通路に飛び出して走った。

 左右に分かれる。

 この遺跡は迷路のようになっている。


「蒼真一司か」


 蒼真一司。最強の男。僕以外に魔王を殺した、本当に強い男。

 僕のような偶然ではなく、実力で魔王を殺した、艦内最強の男。


「そんなものが、どうしてここでコダイを作っている」


 一体どうして。それに何か意味があるのか。

 捕まえて話を聞かなくては。幸い口は軽そうだ。

 ここは過去だとしたら、僕らの文明が生まれる前だとしたら僕の先祖はどうなっているんだ。


「蒼真一司。同姓同名か、過去から来たのか、この時代の人間なのか。ここで何をしているのか。いや待てよ。世界が崩落してこの世界は始まった。普通の世界が壊れてこの世界は始まったんだ。遺跡を作っていると言うことは紀元前より昔の人間ということか。訳が分からない」


 遠くでディスペンサーの声がする。僕は足を止めた。こっちの方角か。


「マスター。ボクはお風呂に入ったら壊れちゃうよ。助けてよ」


「いいから一緒に入ろうよ。寂しいよ」


 楽しそうに騒いでいるディスペンサー四十七と蒼真一司。

 気がつくと僕の服も汗で湿っていた。

 過去に飛んでも気候は夏だった。仕方がない。


「僕も風呂に入りたい」


 馴鹿の魔王に追いかけられて体は汗だくだった。

 それに裸の付き合いと言うものは案外口を滑らせやすいものだ。

 あのアーサーだって風呂に入ると知っている情報を何でも話す。

 くくく。この作戦で行くぞ。

 洗いざらい吐いてもらうぞ、蒼真一司。さあ、いざ勝負。僕は熱い風呂が得意だ。

 我慢できるか?

 遺跡風呂の扉を開けて、愕然とした。木のお風呂が組んであってそこに美しい水が湛えられていた。蒼真一司がお風呂に入っている。傍にはディスペンサー四十七。

 そこには金髪碧眼の女性がいた。柔らかいライン。美しい。美しい足首だ。

 その見覚えのある顔は。美しい。思わず言葉を失った。


「蒼真一司?」


「きゃー」


 僕は愕然とした。蒼真一司は女だったのか!


「なに。何があったの?」


 スネイクが必死に走ってくる。


「待て。今来るな。お前によって僕が世界一危険だ」


「旦那様、蒼真さんの悲鳴が上がっているわよ」


「僕の命を守ると思うなら世界一来るな、スネイク」


「何を言っているの、あの魔王に襲われていたらどうするの!」


 スネイクは角を曲がって僕の正面にたどり着いた。

 裸の女とその胸元を穴のあくほどじっと見つめる僕。


「旦那様、女の敵だったのね」


「スネイク、僕はお前の敵か?」


 スネイクは顔を真っ赤にして僕を殴った。


「旦那様の馬鹿ああああ」


 気が遠くなる。スネイクは強い。その拳はどんな格闘家よりも鋭く、その蹴りはどんな格闘家よりも早い。そして天才的に止めを刺すことに長けている。


「旦那様、女の敵じゃないの!」


 スネイクはぶるぶる震えながら銃を僕に向けた。


「この前のお話の最後で私の足首だけ愛するって言ってくれたのに! 何よ!」


 初耳だ。


「誰がそんなこと言った!」


「旦那様がこの口で言ってくれたじゃない!」


「お前の妄想を入れるな」


「妄想だっていいじゃない。私は、私は旦那様のこと……」


 スネイクはわんわん泣き出してしまった。なんだろう。これはモテているんだろうか。

 期待していいんだろうか。麦茶のような薄い心で少し良い気持ちになる。

 スネイク。いじらしいじゃないか。


「ああ、もう泣くな。どんな女の足首よりもお前の足首は最高だ」


 そんなことを言ったことに意味なんてないけれど。

 その時、桶が飛んできて僕の後頭部を直撃した。蒼真一司だ。顔面が真っ赤だ。


「須藤くんの馬鹿」


「何をする。僕は須賀だ」


「足首よりすごいもの見ておいて何を言っているんだい!」


 タオルを巻いた蒼真一司の容赦ない腕が僕の後頭部にさらに桶を決めた。

 今日は厄日か。


「旦那様の馬鹿ぁぁぁ。いっつも表情があまり変わらないくせに、今日はどうしてそんなに嬉しそうなのよぉぉぉ」


 何を言う。蒼真一司はバスタオルを巻くところを一つだけ間違っているぞ。

 足首が丸出しではないか。


「いい足首だ」


 真顔で感想を漏らしてしまったと思った。


「きぃぃぃぃぃぃぃ。この下ネタ大魔王」


 スネイクの二丁拳銃が僕を狙って火を噴いたのは言うまでもない。

最悪だ。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 蒼真一司。その女は最初に僕らが通された遺跡の部屋に正座していた。


「須元くん。そこに座ってくれないかい」


「須賀です」


 仕方なく僕は正座した。遺跡に正座って拷問か。石の上で拷問。あまりうれしくない。

 蒼真一司は咳払いした。


「えっと、自己紹介を聞いていませんでしたね」


 意外と冷静なのだろうか。お仕置きが一番に来ると思っていたので、少しほっとした。

 何から話そう。


「僕は須賀大樹。趣味は足首を愛でること。やましい気持ちは少しあった。ありがとう。感謝する」


「見せたくて見せたわけじゃないからお礼は言われたくないよ。須鳥くん」


 蒼真の顔が赤い。


「須賀だ。僕の名前を無茶苦茶にする気か」


「旦那様。ありがとうって、何のお礼なの?」


 スネイクが静かに怒っている。


「蒼真は僕に足首を見せびらかしてくれた」


「そんなことしていないよ!」


 そうしている間もスネイクは怒り心頭で隣の部屋でコダイ七十五やコダイ八十二と親睦を深めながら待っている。恐ろしいことだ。

 蒼真はかなり怒っている。何をされるんだろう。

 最強の女に。

 蒼真は苦笑した。


「そうじゃなくって、どこから来たの、須狩くんは」


「須賀だ。どこからって」


「まだこの時代に人は入って来られないはずなんだけど、どうなっているのかな」


「あんたは何者なんだ」


 僕は見逃さなかった。スネイクは気がつかなかったが、蒼真一司のお尻には小さなしっぽがあった。小さなトカゲのしっぽ。


「あんた、魔王なのか?」


 僕はナイフを構えた。魔王は許さない。憎い。憎すぎる。


「魔王じゃないよ。世界に干渉するのに魔王の体を借りている。縄張り争いで死んだ魔王の体を研究したって言ったら、君は引くかな?」


「ドン引きだ」


 僕は僕に時々話しかけてくるトンボの魔王を思い出していた。

 まさかな。

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