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そして奴が来る←背の低い旦那様は魔王相手に喧嘩を売ることに決めた  作者: 新藤 愛巳
第二章 トンボとコダイ
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迫る魔王

 馴鹿の魔王。


「トナカイは角で、雪を掘り起こして餌を食べるんじゃなかったか」


「そうだったわね。どんな脅威になるのかしらね。楽しみだわ」


「他人事みたいに」


「だって他人事だもの」


 瞬間、先輩が掻き消えた。時間も同時に流れ出す。

 スネイクが僕を抱きしめて横に飛んだ。


「アブナイ旦那様!!」


「その場合、旦那様危ない、だ!」


 僕らは階段をごろごろ転がった。

 僕等は穴から階段を落ちて転がった。

 転がり落ちたここは何かの遺跡のようだった。石の神殿。


「スネイク、平気か? 動けるか?」


「なんとかね」


 スネイクは体中の埃を必死ではらった。


「汚れてしまったわ。なんてこと」


 そう言えば軽い潔癖症だったな。そっとしておこう。そう思ったことに意味はない。

 僕は遺跡を見下ろした。


「これは大発見なのか? ヒヨコあたりは喜びそうだな」


「あひゃひゃひゃ」


 奇妙な笑い声がした。


「スネイク、壊れたか?」


「違うわよ、私はそんな笑い方なんてしないわよ。せいぜい、えへへ止まりよ。旦那様。あそこを見て!」


 振り返った僕は凍りついた。

 僕らの背後には馴鹿の魔王がいた。トナカイと分かったのは頭に角が生えていたからだ。立派な角が。燕尾服を着た人間の男の頭の上にトナカイの角が生えていた。その男の目の中はがらんどうだった。

虚無の黒。何も見ていない。そんな目をしていた。

 先輩。これが、例の。馴鹿の魔王。


「あひゃひゃひゃ。人間えええんんん。殺す、殺す、殺す? 楽しいなああ」


 こいつ、壊れている。思考と嗜好が滅茶苦茶だ。

 魔王とは本来こういう奴らの集団なのだ。この前の知的なリンクスの魔王は特種な存在だったのだ。先輩は善意の介入者などと言っていたがどうだったのか。

 スネイクが二丁拳銃を構えた。


「冗談じゃないわ」


 スネイクは二兆拳銃を撃ち放つ。銃から弾と炎が噴き出す。

 馴鹿はスネイクの持つ火炎の歯車から噴き出した炎を飲み干した。げっぷをする。


「ううううううううううううううう。なんで、なんで。寒い、寒いよお、寒い」


「化け物め」


 頼りにしていたスネイクの炎が効かないなんて。


「なんなのよ。旦那様、こいつどうしたら」


「不安になるな、僕が戦う」


 僕はナイフを取り出した。ああ、そうだ。歯車は全部捨ててしまったんだ。

 まずいな。そんなことを考えたことに特に意味はない。

 右足で思いっきり踏み込む。回転しながら突っ込む。

 トナカイの魔王は口から煙を吐いた。


「寒いいいい」


 辺りが凍っていく。凍り付いて行く。キンキンに。


「この真夏にどうして寒いんだ?」


「旦那様、魔王の話を聞いちゃダメ。圧迫されるわよ!」


 魔王の圧迫は深刻だ。駆逐艦草薙では魔王の圧迫で療養中の仲間もいる。

 魔王といると人の心は痛むのだ。あのメイスマスターだって、きっと心を狂わせた一人なのだろう。僕だってトンボの魔王との戦いでは心を痛めた。

 馴鹿の魔王は体を低くして走った。


「ころ、殺すすうううう」


 馴鹿の魔王の角が馬鹿みたいに大きくなった。その大きさ、ざっと三メートル。その角が辺りを粉々に破壊する。砕きつくす。

 遺跡のようなものが次々壊れていく。破壊されていく。


「遺跡がもったいないな」


「旦那様。こいつ、今まで会ったどの魔王よりも狂っているわよ」


「スネイクの魔王よりもか?」


 スネイクは薄暗い顔をした。


「あれは別格よ。旦那様と出会って、その後、出会った魔王の中で一番とおかしいという意味よ」


 蛇の魔王との戦いは数に入れたくないと言うことだろうか。そう言うことだろうか。


「活躍したんだろう?」


 引き分けとは誇れることではないのか。誇れないのか?

 僕の感情は薄い麦茶のようだ。過去の事件でそうなった。

 鈍いのだ。スネイクの心の痛みがわからない。僕の薄い痛みしかわからない。

 スネイクは右手の銃を回転させた。ガチンと歯車の音が鳴る。スネイクの歯の根もかすかに鳴っていた。


「旦那様はあいつの恐ろしさを知らないのよ。蛇の魔王の恐ろしさを」


 それよりも今、大事なのは。


「来るぞ。馴鹿の魔王が」


 三メートルあるトナカイの角が遺跡の入り口の大岩を砕いた。

 僕らは必死に走る。遺跡の奥へと。

 冗談じゃない。

 僕は通信機でアーサーに連絡をした。アーサーは情報屋でまだ魔王と戦ったことのない僕の班のメンバーだ。


「現在、馴鹿の魔王に追っかけられている。応援を求む。アーサー、お前の名前がトナカイになるかもしれないぞ」


 通信機の向こうからため息が漏れた。


『そっちもですか』


 嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。


「そっちもってどういう意味だ? 愉快だなあ、アーサー」


『トンボの旦那。とびきりユニークなことになっていますよ。俺もヒヨちゃんも大きな角の馴鹿の魔王に追いかけられているんですよ。なぜか』


「アーサー。お前がここで戦え!」


『引き分けれれば問題ないんでしょう? 引き分けられるわけがないでしょう。こんな凶暴なムキムキトナカイ、サンタクロースが顎でこき使われますよ』


 僕は咳払いした。


「質問がある。真剣な質問だ。髭をそったらサンタクロースの顎は割れているんじゃないだろうか。凄く強いんじゃないだろうか? もちろん名前はアントニー! 勝て、アントニー! トナカイに負けるな! ぶっ倒せー!」


『不憫ですう』


 ヒヨコが大声で叫んだ。


『子供たちの夢を破壊する気ですかぁ。トンボの師匠は。あなたの性格が不憫ですう』


「お前も追われていたのか。ヒヨコ」


『助けて、師匠ぅ』


 ヒヨコはベソをかいていた。お前が歯車以外で僕に助けを求めて来るとはな。

 そう思ったことも特に意味はない。


「ヒヨコはお姉さまに助けてもらいたいんだろうが。なぜ僕を求める。そうかそんなに下ネタが聞きたいか」


『実はお姉さまと連絡が取れなくなったんですう。今すぐ捜してください』


「何を言っている。スネイクは僕と一緒に追われている。なおかつ、逃げているぞ」


『何からですか?』


「馴鹿の魔王」


『ふええええ?』


 ヒヨコからの音声が途絶えた。代わりにアーサーが答える。


『トンボの旦那、トナカイは双子ですか?』


「トナカイは母親の腹の中で一匹ずつ育つ。双子のはずがない」


 同時発生するはずがない。


『なら……なんで』


 ざざざ。音声が途切れた。


「どうしたの、旦那様?」


「ヒヨコたちとの通信が切れた」


「まさか! ヒヨちゃん!」


 取り乱すスネイクを僕は受け止めた。


「よく考えろ。僕らが遺跡の中に入ったからだ。通信が途絶えたのは」


「ちょっと待って、駆逐艦草薙がここに降りてきたら、私たちの負け! 馴鹿の魔王は駆逐艦内を蹂躙するわ。あの中には弱い者や、引きこもりや、怪我人、病人だって」


「落ちつけ、スネイク。駆逐艦が降りて来るまでにはまだ時間がある。駆逐艦は魔王たちの目がくらむ夕闇を狙って降りて来る。僕が連絡したんだ」


「旦那様。素敵。見下ろしたわ」


「いつものことだ。見直せ。まだ半日猶予がある」


「それまでに片を付けるのね。いいわ。少し落ち着いたわ」


 僕らは遺跡の奥に走る。後ろから何もかも破壊しながら馴鹿の魔王が迫る。

 角が百八十度回転しながら僕らを追い詰めるようにやってくる。

 僕らは転がるように狭い通路を走る。僕は遺跡の岩を拾った。

 通路は左右にぶっ壊れていく。跳ぶように角をかわしながら走る。右の角を曲がったところでスネイクは素早く右手を挙げた。


「旦那様」


「なんだ、スネイク」


「次を曲がって行き止まりだったらどうするの。いつかは行き止まりでしかないのだけれど」


「なぜだ」


「なぜって。ここは遺跡よ。遺跡の奥には何かがあるに決まっているわ」


「そうだろうな」


「それが安置してある場所はきっと、行き止まりなんじゃないかしら」


 そうだ僕らは追い詰められているだけだ。追いつめられていくだけだ。

 逃がされているだけだ。

 遊ばれているだけだった。トナカイの魔王の掌で。


「スネイク、走るぞ。広い部屋に出たら少しでも勝機があると思わないか? 行くぞ!」


「旦那様、少し変わった?」


「どうしてだ?」


 相変わらず生きようなどとは思っていないが、スネイクを殺すことだけは避けたい僕だった。


「私、少し見直しちゃった」


 何も知らないスネイクは大股で走りながら僕の腕を引いた。


「もう、お前の歯車だけが頼りだ」


「旦那様は材料の玉鋼さえあれば短時間で歯車が作れるんでしょう? 艦内で一番早いって言っていたじゃないの。姐さんが」


「ああ、早いよ。今の間に一つ作った。ただ材料が、さっきそこで拾った岩の欠片なんだ。艦内の特殊金属で作ったものじゃないからうまく発動しないかもしれない」


「遺跡の岩で作ったの?」


 スネイクが嬉しそうな顔をした。珍しい歯車にテンションが上がっているらしい。暢気なものだ。生きるか死ぬかの瀬戸際で希望を打ち砕くようだが。


「一回しか持たない」


「オッケー。それで何とかするわ」


 遺跡の中はピラミッドのように複雑だった。必死に走ると息が切れた。本来、僕は戦闘タイプではない。後方支援タイプなのだ。もつれそうな足でスネイクを追う。

 もう持たない。

 突然、場所が開けた。広い場所で僕らは深呼吸をした。

 かび臭い。鼻をつく匂いがした。


「ここは……」


 そこには見覚えのある機械がたくさん並んでいた。

 これは。古代兵器。


「コダイちゃん……なの?」


 スネイクは呟いた。古代兵器グラムガリバー。

 広場の下は透明な板になっていて、その下に古代兵器がたくさん並んでいた。全部壊れている。ドーム型のハッチのついた、マニュピレーターを装備した探索機械たち。


「コダイだと?」


 本当だ、僕らの仲間のコダイにそっくりだ。

 その時、コダイから通信が入った。以心伝心か?

 そうだった。奴にはそういう能力がついている。僕の感情を読むんだ。


『元気かい、マスター?』


「あまり元気じゃない。走る足首を楽しんでいる場合じゃない状態だ。もう絶望だ。せっかくのチャンスが」


「何に絶望しているのよ。しっかりして。しばくわよ」


 スネイクは僕の頬をぐりぐりした。ちょっと待て。

 コダイとは僕が眠りからよびさました古代兵器、古代の探査マシンである。

 ずっと眠っていたものが、僕の感情を感知して甦ったのだ。それはある意味、凄いことらしい。僕を心配して、機械が甦ったらしい。非科学的なことだが。

 もしかしたら、この復活は魔王を人の形にしたノアの方舟と関係があるかもしれない。

そんな妄想さえ浮かぶ。僕の妄想はいつも外れることで有名だが。


「ここは地下の空間だ。通信なんて入るはずが。そんなはずが」


『ボクは通信のスペシャリストだよ。けけけ。マスターだけには通信を届かせることができるんだ』


「どういう原理だ」


『現在、マスターの骨を揺らして音を出している。ボクはマスターのエネルギーで動いている。そのエネルギーを逆に送っている』


 モンゴルの技術、ホーミーの要領だろうか。

 骨を揺らす振動で音を鳴らすのだ。

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