↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Summer Friend  作者: Time Bomb
PR
9/10

第8話

ーー高校2年生の夏休み


り「かず……くん……?」


 かずくんは優しく微笑んでくれた。

 けれど、その表情はどこか悲しみに濡れていた。


僕は状況を飲み込めない。


り「なんで……かずくんに触れないの……?」


 かずくんは視線を落として、言った。


か「ごめんね……実はずっと、りっくんに黙ってたことがあったんだ」


 そんな顔、しないでよ……。


か「実は僕ね……もう三十年前の……高二で亡くなったんだ」


り「……」


か「ごめん……ずっと黙ってて……」


り「……そんな……うそ……でしょ……」


 信じたくなかった。


 かずくんが死んでいたなんて。


 でも、目の前のかずくんを見れば分かる。

 ——この世の人じゃない。


 じゃあ、今までの夏は何だったの?


 全部、嘘だったの?


 それなら……なんで、みんなかずくんのことを覚えていないんだよ。


り「かずくん……もしかして……もう……」


か「ごめん。時間がないんだ……」


り「え?」


か「お願い。最期に、俺のお願いを聞いて……」


り「ちょっと待ってよ! そんな急に言われても分からないよ……。」


り「なんで今さら……僕は……」


か「そうだよね……ごめん……」


 蝉の鳴き声がやけに大きく響く。


 せっかく会えたのに。


 目を逸らしたかった。でも逸らせなかった。


 逸らした瞬間、かずくんが消えてしまいそうで。


り「あのさ……」


か「うん……」


り「かずくん……」


 かずくんは、まっすぐ僕を見つめた。


 中学三年の夏、僕が初めて悩みを打ち明けた、あの時と同じ目で。


 ここで逃げたら、もう二度とかずくんに会えない気がした。


 今まで助けてもらった分、今度は僕が——。


 だけど……この状況で、そんなこと……。


り「……分かったよ。 協力する」


か「……ありがとう」


 かずくんが笑った。


 さっきまでの悲しい顔が嘘みたいに、ふっと憑き物が落ちたように。


 僕は、かずくんの後について歩き出した。


 お願いの内容は怖くて聞けなかった。


 もしこれが、僕をあの世に連れていく罠だとしても……。

 ——それでもいいと思った。


 かずくんと離れる方が、ずっと怖かったから。


 でも、聞こえるのは……僕の足音だけだった。


か「ねえ。 なんで何も聞かないの?」


り「……なにが?」


か「色々だよ。 俺が死んだ理由とか……これからどこへ行くのかとか」


り「聞きたいよ……。 でも、まだ……覚悟ができてないんだ」


 かずくんは足を止めた。


か「……ごめん」


り「謝らないでよ」


か「だって……今まで、りっくんを騙してたんだし……」


り「“騙した”なんて言わないでよ……」


 涙が込み上げるのを必死で抑えて、僕は言った。


り「かずくんに会えて……僕、すごく嬉しかったんだよ」


り「かずくんのおかげなんだ。僕が頑張ってこれたのは。自分を認められたのも……」


か「……」


り「だから……“騙した”なんて言わないで」


り「それじゃあ、今までの思い出が全部嘘みたいじゃん。

  僕は……かずくんに会うのが、毎年の楽しみだった。

  何気ない会話をするのも、親に内緒で花火をしたのも……全部、僕の宝物なんだよ」


 かずくんは泣いていた。


 ——かずくんの涙を見るのは、初めてだった。


り「だから……今度は僕が助けるよ」


り「今まで僕を助けてくれたんだから」


 僕も、もう抑えきれなかった。


か「……ありがとう」


り「ねえ。目的の場所って、まだ遠いの?」


か「うん……まだ、だいぶ……」


り「じゃあさ……せっかくだし、いつも通り話そうよ」


り「中身のない話とか。思い出とか……」


か「……そうだね」


 僕たちはまた歩き出した。

 隣に並んで。


り「僕はやっぱり、花火かな……」


か「りっくんが最終日、大泣きした日か!」


り「からかわないでよ」


か「でも俺、嬉しかったよ。 俺と離れるのがそんなに辛いんだって」


り「当たり前じゃん」


 ——きっと、これが最後なんだ。


か「そういえば、俺たちが初めて会ったのって、りっくんが小一の時だよね」


り「そうだね……あれから十年か」


か「本当に楽しかったね……」


り「十年経っても、遊ぶことってそんな変わらなかったね」


か「ほんと。毎日飽きずにね……」


 最期なんだ……。


り(十年……か)


 思い出の場所を辿るみたいに、僕らは歩いた。


 公園。

 釣りをした古い橋。

 秘密基地を作った池の近く。


 そして、舗装されていない山道の脇道へ。


り「……どうしたの?」


か「……いや、あのさ」


 かずくんが突然立ち止まった。


か「ここまで連れてきてごめん」


か「でも……目的の場所に行く前に、確認しておきたいことがある」


り「うん……」


か「今から向かってる場所はね……俺の死体がある場所なんだ」


り「……」


か「ごめん。 本当は、一番最初に言わなきゃいけなかった……」


り「ううん……びっくりした。 でも……僕は、かずくんのそばにいたい。だから戻らない」


か「……ありがとう」


 かずくんはまた涙を流した。


 拭ってあげたい。

 でもそれもできない。


 それでも……。

 ——隣にいることで少しでも落ち着くなら、僕はずっとそばにいる。


か「死体を見つけたら、警察に届けてほしい」


か「それから……父さんに届けてほしいんだ」


り「お父さんに?」


か「うん。 きっと父さんの命、もう残り僅かなんだと思う」


り「なんで分かるの?」


か「俺の家、神主の家系なんだ。

  父さんにも、そういう……不思議な力がある。

  今まで俺が存在できてたのも、父さんの力のおかげなのかも」


り「そんな……」


か「たぶん、今は“残り香”なんだと思う。」


か「俺にも少しだけ、そういうのがあって……。

  それに、りっくんも霊感あるでしょ?」


り「……まあ、感じたことはある」


か「だから、りっくんはまだ俺のこと覚えてるんだと思う」


り「悲しいこと言わないでよ!」


か「ごめん……」


り「僕は忘れない。 かずくんのこと」


か「……」


り「絶対に。 かずくんは、僕にとってかけがえのない存在なんだ」


か「ありがとう。 俺も……りっくんは大切だよ」


か「やっと会えた、大切な友達だから」


り「うん……とも……だち……」


 僕らはまた歩き出した。


 あとどれくらいだろう。


 ——できるだけ、遠くであってほしい。

 死体を見つけたら、きっと……。


 僕は、残り僅かな時間を、必死に抱きしめるみたいに楽しんだ。


り「あのさ……改めて言わせて」


か「ん?」


り「ありがとう」


 かずくんは黙って、まっすぐ僕を見ていた。


り「僕が……好きな人が同性だってことで悩んでた時、手を差し伸べてくれたじゃん」


り「それに、そんな僕を否定しないでいてくれた」


 中三の、あの花火の夜がフラッシュバックみたいに蘇る。


り「かずくんのおかげなんだ。

  僕が迷ってた時に導いてくれたのは。

  夏休みにかずくんに会えるのが、一年で一番の楽しみだった」


り「だから……ありがとう」


り「僕に特別な時間をくれて」


か「泣かせないでよ……」


り「だって……今言わなきゃ、もう……お礼を言えない気がして……」


 今日だけで、何回泣いただろう。


 悪い夢であってほしいと、何度願っただろう。


 かずくんは隣にいるのに、温もりはない。


 涙が止まらない。


か「俺の方こそ……ありがとう」


り「ううん……」


か「俺、死んでからずっと一人で、すごい寂しかった。

  目が覚めて……体が動けるようになって……でも、声をかけても誰も気づかない。

  自分の家すら分からないまま……」


か「そんな時にね。 やっと俺の存在に気づいてくれた人に会ったんだ」


り「……」


か「うん。 りっくんだよ。


か「りっくんがいる夏休み、本当に楽しかった。


か「夏にしか……姿を表せなかったけど」


り「……ご、ごめん。もしかして、中3の冬の……?」


 そうだった。


 祖父が亡くなったのは中三の冬。

 数日だけ田舎に帰った。


 僕も、かずくんに会えると思っていた。


 でも会えなかった。

 ——会いに来てくれてたのに、僕が気づかなかっただけ。


 あの夏、かずくんが僕を救ってくれたのに。


 僕は、かずくんを悲しませてしまっていたのかもしれない。


り「……そうだったんだ……」


か「仕方ないよ」


か「でも、りっくんが俺と離れるのが嫌で泣いてくれたり、家に遊びに行くと目をキラキラさせて喜んでくれたり……嬉しかったよ」


り「そんな、目キラキラしてた?」


か「してた。だから怖かったんだ。

  いつまでりっくんが俺を認識してくれるか」


か「高二になったら、どうなるんだろうって」


か「それに……真実を話す時、りっくんが俺を怖がったらって……」


り「……そうだよね……」


か「だから……ありがとう。 俺の最後の願いに協力してくれて」


か「それに……友達でいてくれて」


り「泣かせないでよ……」


か「りっくんだって……」


り「……もう、会えなくなるの?」


か「分からない……」


り「お願いだよ……頑張ってよ……」


か「分かった。 でも、これだけ言わせて」


り「うん」


か「俺の存在に気づいてくれて。 そばにいてくれて……本当にありがとう」


り「うん……どういたしまして」


か「うわ。 小学生ぶりに聞いた」


り「じゃあ僕からも言うね」


り「僕の一番の味方になってくれて、そばにいてくれて……本当にありがとう!」


か「どういたしまして!」


 ——僕たちは、太陽の光すら通さない森の中を歩き続けた。


 すると生ぬるい夏の空気に、どこか甘い腐臭が混じる。


 臭いのする方へ進むと、そこだけ光が落ちる古い井戸があった。


 幻想的な光。

 低く飛び回る無数のハエ。


 かずくんが、足を止めた。


か「あの中にあるんだ……」


 かずくんは井戸を指さした。


か「……ありがとう……」


り「あのさ……」


 お礼も。

 言いたいことも。


 でも、かずくんは僕を“友達”だと思ってくれている。


 ここで言ったら、友達じゃなくなる気がして——言えない。


 だから、せめて、これだけ。


り「僕は……これからもずっと……かずくんのことが好きだよ」


か「ありがとう……。俺もだよ……」


 かずくんは、今日——いや、今までで一番の笑顔を見せた。


 もう何も思い残すことがない、やり切ったみたいな顔で。


 そして、かずくんは夏の光に溶けていく。


り「かずくん!」


か「ごめん……ここまでみたい。 あとはお願いしていい……?」


り「嫌だよ! 消えないで!」


か「ありが……とう……りく……来てくれて……良かっ……た……」


り「かずくん!」


 聞こえるのは僕の荒い息遣いだけ。


 かずくんは、あの夏の光に消えた。


り「うわあああああ……!」


 僕は大声で泣き叫んだ。


り「かずくん! かずくん!」


 何度叫んでも、姿は見えない。

 声も聞こえない。


 高校二年の夏。


 僕の中に、一生癒えない傷ができてしまった。


ーー民宿


り「……これが、僕とかずくんの思い出の全部です……」


 たくさん泣いたあと、僕はかずくんに頼まれた最期のお願いを叶えるため、警察に連絡した。


 井戸の近くは電波が通じなかったから、森を抜けて、ようやく繋がる場所まで走った。


 全力疾走で森から飛び出してきた僕を見て、通りかかった人が声をかけてくれた。


 僕は事情を話し、その人にも手伝ってもらって、僕の祖母の家にも連絡した。


 幸い、かずくんの遺体はすぐに引き取られた。


 警察からは「腐敗が進んでいて特定が難しい」と言われたけれど、僕ははっきり言った。


り「……上村和也さんです」


 その言葉を受け、警察はすぐに隣村も含めて調べてくれた。


 どうやら、かずくんが行方不明になったきっかけは、仲の良かった小学生の男の子を捜しに行ったことだった。


 村総出で捜索する大騒ぎになり、男の子が見つかった代わりに、今度は捜索に協力していたかずくんが消えた。


 隣村では一時期「祟りじゃないか」と恐れられ、ひどく騒がれたらしい。


 それでも、かずくんは見つからないまま——今に至っていた。


 あとから聞いた話では、かずくんは行方不明の男の子を見つけたという。


 でも、その直後に不運にも親子連れのクマに遭った。


 男の子を逃すために、かずくんはクマを刺激しないようその場に残り、男の子だけを先に逃がした。


 男の子は大人を呼びに走り、助けに向かった。


 けれど、クマがいた場所にかずくんはもういなくて——そのまま行方不明になった。


 かずくんは、最後の最後まで正義感が強くて、優しい人だった。


り「……すみません。

  信じてもらうなんて難しいですよね。

  でも、これが真実です……」


上「……ありがとう。 話してくれて……」


オ「和也が……父さんの力で、か……」


り「……はい……」


オ「確かに、上村さんのところは不思議な力があったからな……」


り「……え?」


オ「ああ。馬渡くんも知ってると思うけど、上村さん家は神主の家系でね。

  除霊や祈祷ができたんだ。

  旦那さんもすごかったけど、祖父さんがまたすごくてな」


女「そういえば、この民宿も商売繁盛の祈祷をしてくれたわね。

  それから不思議なことに、今まで全然儲からなかったのに……長期休みになると、部活の合宿の予約が途切れなくなったのよ」


新「俺も、そういう話……聞いたことあります」


り「……信じてくれるんですか?」


オ「上村さん家の力には、助けてもらったしな」


上「それにね……かずくんがいなくなってから、毎日願ってたの」


上「“かずが無事に帰って来れますように”って」


オ「そうだな……奥さんと旦那さんは毎日……」


上「お父さんの体が壊れても、私だけでもって思って……かずくんが見つかるまで、毎日ね……」


上「それを、あなたが叶えてくれたのよ」


 おばあちゃんは、瞳を潤ませながら優しく僕を見ていた。


上「ありがとう……かずくんを見つけてくれて。

  ずっと、あの冷たい井戸の中で助けが来るのを待っていたのよ」


上「それを、りく君が救ってくれた」


上「かずくんにとって、あなたは感謝してもしきれない存在よ」


り「そんな……僕は……ただ……」


 僕はまた涙をこぼした。


 今まで、かずくんのことを話しても誰も覚えていなかった。


 僕の宝物で、同時に刃でもあった思い出。


 ——それが、呪いみたいに僕を縛っていた。


 でも違った。


 ここにいる人たちは、僕とかずくんの夏を信じてくれた。


 宝物でもあり、刃でもあった日々が、今は、壁にぶつかった僕をそっと包む“光”になっていく気がした。


ーー次の日


 今日でお別れ——。


 午前中はおばあちゃんと一緒に、たっぷり眠らせてもらった。


 夕方前、僕は盆棚の前へ行き、一本線香をあげてお鈴を鳴らす。


 澄んだ音が部屋を満たす。


上「りく君。 先生来たから、そろそろ行きましょうか」


 隣の部屋からおばあちゃんの声がした。


 僕は深呼吸して、少し大きめに返事をする。


り「分かった」


り(かずくんの家を出るのも、きっとこれが最後だ……)


 名残惜しさを抱えたまま、僕は家を後にした。


上「すみませんね。お盆にまで付き合わせてしまって」


医「いえいえ。 りく君とかずや君の貴重な思い出話を聞けて、僕は嬉しかったですよ」


医「まだ少し時間ありますし、民宿に寄ってもいいですか?

  みんな最後に挨拶したいらしくて」


り「はい。 僕も、最後に挨拶したいです」


 民宿に着くと、オーナーと女将さん、新太さんが出迎えてくれた。


 娘さんは五歳の息子さんを寝かしつけていたらそのまま寝てしまったらしい。


オ「りく! ありがとうな。 こんな田舎に来てくれて」


女「体には気をつけてね」


り「昨晩はお騒がせしました。 本当にありがとうございました」


新「また機会があれば、かずや君との思い出聞かせてよ」


新「俺も、りく君とかずや君が遊んでた公園でよく遊んでたし」


り「はい。ぜひ」


 「帰りのバスの中で食べな」、と夕飯用のお弁当まで持たせてくれた。


 この田舎の人たちは、本当に温かい。


 きっと、かずくんもこんな温かい人たちに囲まれて育ったから、あんなに優しかったんだろう。


 僕は民宿を後にした。


 オーナーたちは、僕の姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。


 そして僕たちは、かずくんとお父さんを送り返すため、神社の墓へ向かった。


 墓石を丁寧に拭き、菊の花束を供えて、線香をあげる。


 夕日の光が墓をオレンジに染めていく。


上「お父さんね……ギリギリ間に合ったの。

  かずくんに会うの」


 かずくんの遺体は、発見からDNA鑑定を経て一週間で特定できた。


 お父さんの容態は予断を許さない状態だったけれど、おばあちゃんが「かずやにもう少しで会えるよ」と声をかけて、ぎりぎりのところで踏ん張ったらしい。


上「お父さんね、すごく幸せそうな顔してたのよ。

  かずくんの骨壺を撫でながら……。

  もう話すことはできなかったんだけど、“おかえり”って口の動き、してて」


り「……そうですか。 僕も……良かったです。

  最後に、かずくんのお願いを叶えることができて」


 僕とおばあちゃんは、二人に向かって手を合わせた。


 結局今年も、かずくんに会えなかった。


 だけど、かずくんとの思い出は夢じゃなかった。


 きっとこの思い出は、これから何度も僕を助けてくれる。


り(もう大丈夫だ)


 そう思えた気がした。


上「まだ時間あるけど、そろそろ行きましょうか。 遅れると大変だし」


り「はい……」


り(またね……かずくん……)


 心地いい風が吹いた。


 僕たちはバス停に向かった。


 何もない田舎道。 だけど——きっと。


医「結構、時間があるね。

  僕も検診までまだあるから車の中で休んでな」


医「上村さん、僕はバス停にいます。

  何かあったら声かけてください」


上「外は暑いですし、先生も車の中にいてくださいよ」


医「いえいえ。 最後に二人で、色々話してください」


 そう言い残し、先生はバス停の方へ歩いていった。


 先生の気遣いには、本当に頭が上がらない。


 ……そういえば。

 ひとつ、気になっていたことがある。


り「ねえ、おばあちゃん」


上「なに?」


り「昨日……いや、今日か。

  僕が古井戸にいたって、なんで分かったの?

  あそこ、森の奥だし普通は行かない場所だよね」


り「新太さんと先生に聞いたら“おばあちゃんが教えてくれた”って言ってて」


上「それはね……」


 おばあちゃんは少し間を置いて、静かに言った。


上「かずくんが、教えてくれたの……」


り「え…? もしかして……声が聞こえたんですか?」


上「ううん。 夢の中でね」


ーー夢


 夢って不思議ね。


 現実じゃありえないことでも、なぜか“それが当たり前”みたいに受け入れてしまう。


父「じゃあ、神社の方に行ってくる」


上「気をつけてくださいね、お父さん」


か「あれ? 父さん」


 行き違いで、かずやも帰ってきた。


父「おかえり。 神社の仕事、手伝ってくれるのか?」


か「ごめん、今日は友達いるんだ。 また今度」


父「それじゃあ仕方ない」


か「母さん。 友達呼んできたから、連れてきていい?」


上「ええ、いいわよ」


か「りっくん、入りな」


り「お久しぶりです」


上「あれ、りく君! 久しぶり。……一年ぶり?」


 今思うと笑えるくらい、夢だって分かるのに。


 お父さんとかずくんは亡くなってるのに“戻ってきたんだ”って納得しちゃうし、会うのは一年ぶりのはずなのに、夢の中ではりくとかずやは同じ学校に通ってる設定で——。


 りく君とかずくんが居間で仲良く話してる姿を、初めて見てね。


 すごく幸せだったわ。


 二人とも、本当に楽しそうで。


上(お菓子とジュース、持って行ってあげないと)


 だけど——居間に戻ったら、りく君はいなくて、かずくんしかいなかった。


上「あれ? りく君は?」


か「俺を探しに行っちゃった」


上「探す?」


か「母さん、ごめんね」


上「どうしたの? 急に」


か「りっくんが行っちゃったみたい。 俺が死んだ井戸のところに」


上「そんな……どうして……」


か「お願い、りっくんを助けて。 あそこはクマが出て危ないから……」


ーー夕暮れの車内


 それって、もしかして——。


 おばあちゃんは、にこっと笑った。


上「かずくんはね、消えてないのよ」


上「これまでも、これからも、りく君のことを見守ってるからね」


僕はまた涙を流してしまった。


 ずっと僕は、かずくんはいなくなってしまったと思っていた。


 でも違う。


 姿が見えなくても——かずくんは、ずっと僕のそばにいた。


り「……ありがとう……」


上「ねえ、りく君。 来年も来てくれる?」


り「もちろんです」


上「それじゃあ……やっぱり治療、頑張ってみようかな」


り「え?」


上「昨日の夢とね、二人の思い出の話を聞いたらさ……」


上「まだまだ……かずくんも、りく君に会いたがってるんだもん」


り「ほ、本当ですか!」


上「ええ。 先生にも話したら、精一杯サポートするって言ってくれたし」


上「だから、また来年も遊びに来てね。

  かずくん、拗ねちゃいそうだから」


り「もちろんです!」


 僅かに繋がっていた、この田舎との繋がり。


 僕はそれも今年で終わりだと思っていた。


 だけど違った。


 かずくんが——いや、きっと僕とかずくんの想いが、この繋がりをもう一度結び直してくれたんだ。


り(かずくん……)


医「そろそろバスが来そうだから、外で待ってようか」


り「はい」


 空はすっかりオレンジに染まっていた。


 三人で待っていると、バスが近づいてくる。


医「それじゃあ、りく君。 また来年も楽しみにしてるよ」


り「はい。 おばあちゃんのこと、よろしくお願いします」


上「りく君、本当にありがとう」


 おばあちゃんは泣きそうな顔をしていた。


 僕もつられそうになって、でもぐっと堪える。


り「おばあちゃん、また来年行くからね」


 僕がバスに乗り込もうとした時、「ちょっと待って」と呼び止められて、トートバッグを渡された。


上「これ、りく君が持ってて。 その方が良さそうだから」


 そう言い残して、おばあちゃんは手を振った。


 バスの扉が閉まる。


 僕は一番後ろの席に座り、二人が見えなくなるまで手を振り続けた。


り「……ふぅ」


 誰もいない車内には、エンジンの音だけが響く。


ーー大学2年、20歳の夏。


 色々ありすぎた。


 でも——来て良かった。


 ……そうだ。


 僕はトートバッグの中身を確かめた。


り「……え……」


 そこには、かずくんの幼少期から高校2年までの17年が詰まったアルバムが数冊。


 それに、学校の課題で出したであろう作文や絵が、たくさん入っていた。


 思わず振り返る。


 でももう、おばあちゃんの姿は見えない。


 アルバムには、かずくんがお父さんとお母さんと写っている写真。


 見覚えのある公園。

 釣りをした橋。


 付箋には「隣村まで遠出して遊んだ」と書かれている。


 僕は一枚一枚、愛おしさで胸が苦しくなるほど丁寧に眺めた。


 ページをゆっくりめくりながら、思い出に浸る。


 ——あの頃の、かずくんだ。


 一緒に遊んだ頃の、かずくんが、そこにいた。


 家族には“いなかったこと”にされたままで、僕はずっと孤独だった。


 でも違ったんだ。


 かずくんは、この田舎にいた。

 生きていた。


り「……ありがとう……」


 僕はトートバッグとアルバムを抱きしめた。


 誰もいないバスの中で、静かに涙が落ちる。


 手に落ちた雫が、温かい。


り「……ありがとう……」


 僕は、三年ぶりにかずくんと再会できたみたいな温もりを感じながら、かずくんが過ごしてきた田舎を後にした。


 バスは、僕の町へ向かって走り続けた。

これにて『Summer Friend』本編終了となります。

お付き合いいただき、本当にありがとうございました。


『Summer Friend』を執筆し終えてからは瑞葵中心の生活だったため、僕自身も久々に陸と和也に再会できたような気持ちでした。


皆様にとって、この作品との出会いが忘れられない夏になれば、本当に嬉しいです。


それでは『Summer Friend』、これにて無事完結しました……


と言いたいところですが、実は物語はもう少しだけ続きます。


次回の更新をもって、『Summer Friend』は完結となります。


8月31日 20時頃。


夏の終わりにもう一度、ここへ戻ってきていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。