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Summer Friend  作者: Time Bomb
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第7話

ーー上村家最後の夜。


 眠れない。


 僕はそっと体を起こし、台所へ向かった。


 コップ一杯の水で乾いた喉を潤す。

 居間の時計を見ると、午前一時前だった。


 今年も……無理なのかな。


 胸の奥に沈んだ不安を抱えたまま、僕はかずくんの盆棚がある部屋へ向かった。


 暗闇の中、マッチを擦り、ろうそくに火を灯す。


 線香に火を移し、すぐにろうそくを消すと、揺れる炎だけが静かに残った。


り「ねえ、かずくん」


 返事はない。


り「かずくんは、ここにいるの?

  全部……夢だったの?

  僕と過ごした夏は……」


 高校二年生のあの時以来、抑えていた涙が、また溢れ出した。


り「もう……しんどいよ……。

  かずくんは、いたのに……。

  誰も僕とかずくんの思い出を覚えてないんだよ……」


声が震える。


り「かずくんは、僕を救ってくれたのに……。

  僕は、今でも全部思い出せるのに……。

  それが……本当の思い出だったのか、分からなくなるよ……」


り「お願いだよ……。

  もう一度だけ……僕の前に現れてよ……」


 どれだけ呼びかけても、返事は返ってこない。


り「全部……夢だったのかな……」


 僕はその場に座り込み、体を丸めた。


 もし、かずくんがそばにいたら——


 きっと、何も言わずに背中に手を当てて、


 「どうしたの?」って、優しく声をかけてくれたはずなのに。


 ……そばに。


り「……もしかして……」


 かずくんは、まだおばあちゃん家に辿り着けていないのかもしれない。


 迎えには行った。


 お墓にも行った。


 それなのに、ここにいないなら——


り(じゃあ……どこにいるの……?)


 ぽっと水滴が落ちる音が聞こえた。


 もしかして……。


 僕はおばあちゃんを起こさないように、静かに着替えた。


 もし、あそこに行くなら、パジャマのままじゃ不安だった。


 丈夫なズボンに、薄手の長袖シャツを着て、そっと家を出る。


 スマホのライトを頼りに、裏手の自転車を引き出した。


 長い間使われていなかったらしく、錆びたペダルが軋む音を立てる。


 静まり返った田舎道に、キーキーという音が不釣り合いに響いた。


 それでも構わず、僕は必死にペダルを踏んだ。


 ——かずくんが見つかったのは……。


 お父さんのおばあちゃん家から、さらに奥へ進んだ人里離れた森の奥。


 方向は合っている。


 無我夢中で自転車を漕ぎながら、ふと思い出す。


 丑三つ時は、二時から二時半。


 その時間までに着けば、もしかしたら……。


り「うわっ!」


 街灯ひとつない道。


 頼りはスマホと自転車のライトだけだった。


 けれど、劣化したライトは、数メートル先を照らすのがやっと。


 舗装もされていない道で、落ちていた木の枝が前輪に絡まり、


 僕はバランスを崩して転倒した。


 ——その瞬間、記憶が蘇る。


か『りっくん!大丈夫?』


り『うわ、血だ……!』


か『血、苦手なんだね。大丈夫、絆創膏あるから。 川で洗ってから貼ろう』


り『ごめん……ありがとう』


か『今日は探検やめよ。

  動くと痛いし、今日はのんびりしよ』


 ……もう、怪我したくらいじゃ泣かなくなったよ。


 それ以上の痛みを、僕は知ってしまったから。


 絡まった枝を無造作に引き抜き、僕は再び自転車を走らせた。


 お願いだよ……。


 もう一度だけ……。


 支えてくれたお礼を……。


 そして、あの時言えなかった……僕の想いを……。


 目印のない獣道を、なぜか迷わず進む。


 途中、自転車では通れなくなり、僕はそれをその場に放り出して、走り出した。


 息が切れる。


 胸が痛い。


 それでも、止まれなかった。


 人が立ち入ることがないため、木や雑草が伸び放題だ。

 それでも僕は森のさらに奥へ進んだ。


 ……そして。


 僕は辿り着いた。


 月明かりに照らされた——


 あの、古井戸。


 僕はゆっくりと近づいた。


 滑車は撤去され、ボロボロになった落下防止の竹の蓋が置かれているだけだった。


 簡単に持ち上げられる蓋。


 それだけで、この場所がどれほど忘れ去られているかが分かる。


 恐る恐る、井戸の中を覗く。


 スマホのライトを照らすと——


 そこには、何もなかった。


 水も抜かれ、空っぽだった。


 時刻は、二時二十七分。


り「……かずくん?」


 返事はない。


 二時三十一分。


 ——終わった。


 僕はその場に崩れ落ち、声を殺して泣いた。


り「どうしてだよ……なんで、現れてくれないんだよ……」


り「……なんで……かずくんが、死ななきゃいけなかったんだよ……」


 感情が溢れ、井戸に顔を伏せて泣き叫ぶ。


 森に響くのは、セミとひぐらしの声だけ。


 どれくらい時間が経ったのか分からない。


 スマホは電池切れで暗くなっていた。


 呼吸が乱れる。


 まだ夜は明けていない。


 でも、そろそろ戻らなければ、おばあちゃんが心配する。


 それでも——


 この場を離れるのが、怖かった。


 ここを離れたら、もう二度とかずくんに会えない気がして。


り「……かずくーーん!」


 最後の力を振り絞って叫んだ、その時。


 背後から、光が差し込んだ。


り「……かずくん?」


 振り返ると、そこにいたのは——


 診療所の先生と、新太さんだった。


新「馬渡くん!」


医「馬渡くん!」


 ……終わった。


医「大丈夫かい?膝も肘も怪我してる」


新「何があったんだ!」


り「……」


 言えなかった。


 これ以上、かずくんを否定されたくなかった。


 僕はそのまま先生の車で、民宿へ連れて行かれた。


オ「馬渡くん!」


女「大丈夫かい!」


 食堂には、みんなが待っていた。


 その中で、上村のおばあちゃんだけが、無言で近づいてきて——


 ぱしん。


 頬を叩かれた。


上「何やってるの? 私たちがどれだけ心配したと思ってるの?」


オ「上村さん、まあ……」


上「あそこは危険だって言ったでしょ。 かずやはそこで、クマに襲われて死んだのよ。」


 僕は溢れ出しそうな涙を必死にこらえ、おばあちゃんに「ごめんなさい」と頭を下げた。

 けれど、結局また泣いてしまった。


 かずくんとは、結局会えなかった。


 かずくんがいたこの田舎で暮らす“最後の夏”

が、静かに終わっていく気がした。


 その後、先生に怪我の手当てをしてもらい、女将さんが冷たい麦茶を出してくれた。

 喉に流し込むと、少しだけ息が戻る。


 ——そのタイミングで、おばあちゃんが静かに口を開いた。


上「ごめんなさいね」


上「りく君、あまり話したがらなかったから言わなかったんだけど……なんで、かずくんがいた井戸に向かったの?」


 おばあちゃんは真剣な眼差しで僕を見た。


 オーナーも女将さんも、新太さんも先生も、責めるんじゃなく、ただ“待っている”顔をしていた。


上「それからね……ずっと気になっていたの」


上「あなたが、かずくんを見つけてくれた時。どうして“それがかずくんだ”って分かったの? 」


上「だって……かずくんは、あなたが見つけてくれた時にはもう……三十年前に亡くなっていたのに……」


り「……」


 そうだよね、気になるよね。


 おばあちゃんが今まで触れてこなかったのは、きっと優しさだった。


 だけど、いつかは話さなきゃいけない。

 ——そしてきっと、それが“今日”なんだ。


り「おばあちゃん。オーナーさん、女将さん、新太さん、先生……」


り「これから話すことは、信じがたいと思います。 でも……全部、本当なんです。」


 僕は一度、息を飲む。


り「だから……僕の話を、最後まで信じて聞いてくれますか?」


上「ええ。 もちろんよ」


オ「……ああ」


女「うん。 約束するよ」


新「俺も」


医「僕もだよ」


 ——この人たちなら大丈夫だ。


 そう思えたから、僕はそっと、かずくんの思い出を語り始めた。


 出会った日のこと。何をして遊んだか。中学の夏、高校の夏。


 そして——かずくんと“最後に遊んだ日”のことを。

読んでいただき、ありがとうございました。


明日で『Summer Friend』は本編終了となります。


最終話は明日、8月16日20時頃に更新予定です。


最後まで陸と和也の物語を見届けていただけると嬉しいです。


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