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Summer Friend  作者: Time Bomb
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第6話

――高校1年生の夏休み。


 今年もいつも通り、かずくんは変わらない笑顔で僕の前に現れてくれた。


 高校に進学できたこと、そして毎日が少しずつ楽しく思えるようになったこと。

 それを真っ先に報告すると、かずくんは自分のことのように喜んでくれた。


 今思えば、高校1年生の夏は、これまでのどの夏よりも眩しくて、心が弾むような日々だった。


 かずくんを“ただの友達”として見ることができなくなり始めた、あの夏——。


 一緒に過ごす一秒一秒が愛おしくて、時間が進むのが惜しくなるほどだった。


 朝から晩まで、誰にも邪魔されずにかずくんを独り占めできる。


 その優越感に浸りながら、僕はもっといろんなことを一緒にしたいと願うようになっていた。


 だけど、僕らができる遊びはいつも同じ。


 公園のブランコ、川での釣り、意味のない会話を延々と続けるだけ。


 その何気ない時間も幸せだったけど、できれば映画館に行ったり、ゲームセンターではしゃいだり、埼玉の友達としているような“普通の遊び”もかずくんと経験してみたかった。


 勇気を出して誘ったものの、かずくんは少し困ったように笑って「そういうのはあまり得意じゃないんだ」と断った。


 きっと理由なんてどうでもよかった。


 かずくんが嫌がることを無理にさせる必要はないし、また今度でいい。


 僕たちには来年、再来年もその先もあると思っていたから。


 高校1年生の夏も、僕は毎日、朝早くから夜遅くまでかずくんと過ごした。


 心の底から「幸せだ」と思いながら。


か「りっくん、来年もさ……来てくれるよね?」


り「うん!もちろん!」


か「絶対だよ?」


り「うん、約束するよ。」


 かずくんが僕との時間を“楽しかった”と言ってくれたことが、胸の奥でぽっと灯るような幸福になった。


 高校に入って僕はスマホを持ち始めたので、本当は連絡先を交換したかった。


 だけど、かずくんはまだ携帯を持っていないらしく、来年まで連絡を取り合うことはできない。


 少し寂しかったけれど、そのぶん来年の夏がもっと楽しみになる。


 そんな気持ちで僕は学校生活を頑張れた。


――かずくんの田舎で過ごす、最後の夜。


 民宿の食堂には、湯気といい匂いがゆっくりと広がっていた。


 女将さんが、少し照れたように言う。


女「こんな料理で申し訳ないけど。」


り「いえ!むしろどれも本当に美味しいです。」


 僕がそう答えると、女将さんはほっとしたように目尻を下げた。


 大皿に盛られた煮物、川魚の塩焼き、山菜の天ぷら。

 どれも素朴で、でも温かい味がした。


 娘さんも手伝ってくれたらしく、食卓には所狭しと料理が並んでいる。


 全部食べきれないのが惜しいぐらいだ。


 オーナーが、少し顔を赤くしながら言った。


オ「いやあ、でも馬渡くんも明日で帰るとなると寂しくなるな。」


女「ちょっと飲みすぎよ。」


オ「だって新太くんも明後日には帰っちゃうし寂しいよ。」


女「あなた何歳? 子供じゃないんだから泣かないの。」


新「お義父さんにそう言っていただけて嬉しいですよ。」


 そんなやり取りに、食堂の空気が柔らかく揺れた。


 そこへ、診察を終えた先生が遅れて合流する。


 お盆でも何人かの患者を診ないといけないらしい。


 だけどその疲れを感じさせないくらい、先生は自然体だった。


オ「先生!いつもありがとう。 先生の幸せのためなら——」


女「はいはい、そのセリフは私に言ってほしかったわ。」


 先生は苦笑しながら席につき、酔った夫婦の漫才のような会話を温かく見守っていた。


 彼らの姿を見ていると、胸の奥がじんわり熱くなる。


 ここは僕の“実家”ではない。血のつながりもない。


 だけど、こんなにも優しさに満ちた場所に僕は確かに迎え入れられていた。


 それは全部、かずくんがくれた縁だ。



 新太さんがふと思い出したように僕へ声をかけた。


新「そういえば馬渡くん、明日はどういうルートで帰るんだっけ?」


り「最寄りのバスが夕方に1本だけあるので、それで駅まで行って…あとは夜行バスで。」


新「そうか。 できれば駅まで送ってあげたいんだけど…」


り「いえ!流石にそれは。 バスがありますので、本当に大丈夫です。」


り「短い期間でしたが本当に良くしていただきありがとうございました。」


 僕が頭を下げると、そばで聞いていた先生が静かに言った。


医「むしろ馬渡くん、本当にありがとう。 上村さんのそばにいてくれたから私も安心していられたよ。」


り「いえ、僕も…最期に、おばあちゃんと暮らせて本当に楽しかったです。」


 その言葉に、上村のおばあちゃんは小さく震える声で答えた。


上「ありがとう。 りくくんがいてくれて、本当に楽しい人生だったわ。」


 女将さんが慌てたように言う。


女「ちょっと、やだ上村さん。 そんなこと言ったら本当に最期みたいになっちゃうじゃない。」


上「ええ…ごめんなさい。」


女「大丈夫よ。 上村さんには旦那さんとかずくんがいるんだもの。」


女「“まだこっちに来るな”って追い返されるわよ。」


上「それも複雑ねえ。」


 そのやり取りに、また食堂が柔らかく笑いで満たされた。


 僕はその光景を見ながら、「ああ、もうすぐ本当に終わってしまうんだな」と胸を締めつけられた。



 夜、かずくんの家へ戻ると、おばあちゃんは疲れたように息をついた。


 僕らは風呂を済ませてすぐ布団に入る。


 灯りを消すと、静けさが急に押し寄せた。


 隣から聞こえてくるおばあちゃんの寝息。


 だけど僕は、いつまで経っても眠れなかった。


 ——おばあちゃんは、食事会でほとんど何も食べていなかった。


 昨日も一昨日も、夕食をほんの少ししか口にしなかった。


 先生から“控えるように”と言われていたとはいえ、きっと僕に心配をかけないための嘘だ。


(……来年の夏には、もう会えないかもしれない。)


 そんな考えが頭の隅にこびりついて離れなかった。


 さらに、民宿も来年にはなくなる。


 僕がこの土地とつながる最後の“拠り所”も、消えてしまう。


 ——ああ、これは本当に


 “最後の夏”なんだ。


 胸が痛いほど分かってしまった。


 その夜、僕は寝返りを打つたびに、心の奥でなにかがポロポロこぼれ落ちるような気がした。


――高校2年生の夏休み、17歳。


 今年も、かずくんは変わらず僕の前に姿を見せてくれた。


 川辺でのんびり釣り糸を垂らしながら、僕らは毎年のように近況を報告し合った。


か「あのさ──」


り「あのさ──」


 声がぴたりと重なる。


り「ごめん、いいよ。かずくんから」


か「あ…いや……うん……。りっくんからでいいよ。お願い」


 少し照れたように視線をそらす仕草が、妙に愛おしかった。


り「じゃあ…。かずくん、高校卒業したあとの進路って考えてる?」


か「え?」


 高校2年になると、学校は急に進路の話をしてくる。


「大学か専門か就職か、夏休み明けにはある程度決めておけ」


 そんな言葉を聞いているうちに、自然と僕は思ったのだ。


──かずくんは、どうするんだろう。


 もし大学に進むなら、埼玉や東京に来てくれたら。


 あるいは、僕がかずくんの近くに進学するという未来もある。


 「夏休みだけの関係」を終わらせて、もっと身近な距離に…。


 そんな淡い願いを胸に、僕は言葉を続けた。


り「僕らの学校さ、夏休み明けにある程度決めておけって言われてて。

  かずくんはどうするのかなって」


か「うん……まだ決めてない」


り「そっか。 僕は大学、ちょっと考えてる。」


り「ねえ、もし進学するならさ、東京来ない?埼玉からすぐだし!

  そしたら毎年夏だけじゃなくて、これからいっぱい会えるよ」


か「……うん」


り「それか僕がかずくんの方に行ってもいいし!」


か「え?」


り「だってそのほうが、かずくんに頻繁に会えるでしょ?」


り「ほんとは東京に来てほしいけどさ。

  いつも田舎を案内してくれたかずくんに、今度は僕が色んなとこ案内したいんだ」


か「……そうだね。考えとく」


り「うん、楽しみにしてる」


 その言葉だけで胸があたたかくなった。


 未来を想像できるだけで、受験勉強へのやる気が一気に湧いてきた。


 しかし──翌朝から、かずくんは姿を見せなくなった。


 午前中、縁側で待っても来ない。


 昼食を終えて家を出て、僕は田舎中を探し回った。


 釣りをした小さな橋。


 一緒に花火をした公園。


 秘密基地にしていた古い物置小屋。


 どこにもいない。


 夕方、家に戻るとおばあちゃんが夕飯を用意してくれていた。


 「どこ行ってたの」と軽く叱られつつも、僕は聞かずにはいられなかった。


り「今日、かずくん来なかった?」


母「かずくん?」


り「そうだよ。 毎年来てる友達。 探してもいなくて」


 母は首をかしげた。


母「陸、そんな子……いたっけ?」


り「え、いるよ! 毎年遊んでたじゃん!」


 家族はそろって不思議そうな顔をした。


父「陸、友達なんて来てなかったぞ」


 おばあちゃんまでが、困ったように微笑んで首を横に振った。


おば「ごめんね陸くん。 おばあちゃんも覚えてないのよ。」


おば「この村に陸くんと同い年の子なんて、いなかったわ」


 まるで世界が水の中に沈んでいくような感覚だった。


り「……嘘だよね」


母「疲れてるんだよ。最近暑かったしね」


父「勉強も頑張ってたしな」


 どう答えたのかよく覚えてない。


 ただ、体が勝手に動いた。


り「ごめん、今日はもう寝るね」


 僕は夕飯も食べずに自室に入って扉を閉めた瞬間、胸が苦しくなった。


(きっと熱中症だ。記憶がぼやけてるだけだ)


(明日になれば、かずくんは来る)


 何度も自分に言い聞かせながら、眠りに落ちた。


 ──しかし、朝になっても状況は変わらなかった。


 お母さんが朝食の準備を手伝っていた。


母「体調、もう大丈夫?」


父「今日は家にいなさい。昨日フラフラだっただろう」


 その気遣いの声が、昨日が夢ではないと突きつける。


 胸の底がざわついて仕方なかった。


り「……ねえ、本当に。かずくんのこと、覚えてないの?」


母「いないのよ、そんな子」


 その言葉を聞いた瞬間、堰を切ったように感情があふれた。


り「ごちそうさま! 行ってくる!」


父「おい、陸! 体調──」


 聞いていられなかった。


 僕は外へ飛び出し、かずくんの名を叫びながら走り続けた。


り「かずくん!!」


 昨日見た景色を何度も何度も呼び戻しながら、息が切れるまで探し回った。


り(そんなはずないよね。嘘だよね)


り「かずくん!!」


 胸が裂けそうだった。


り「……お願いだよ。出てきてよ……」


 そして、あの公園にたどり着いた時──僕は、言葉を失った。


 昨日まで確かにそこにあったはずの光景は、すっかり朽ち果てていた。


 ブランコは支柱が折れ、影すら残っていない。


 滑り台はサビだらけで大きな穴が空き、ベンチは倒れて雑草に飲まれていた。


 まるで、“かずくんが最初から存在しなかった” と告げられているみたいだった。


 膝が崩れ、地面に手をついた。


り(そんな……嘘だ……)


 涙がひとつ、ぽたりと落ちた。


 ──そのとき。


か「……りっくん」


 微かに、どこかで声がした。


り「かずくん!? どこ!?」


 振り向いたその先に、彼は立っていた。


 夕日に溶けるような、淡い輪郭で。


り「かずくん!!」


 涙が一気にあふれて走り寄った──その瞬間。


り「……え?」


 手が、触れない。


 すり抜ける。


 まるで影を抱こうとしているみたいに。


り「かず、くん……?」


 かずくんは微笑んでいた。


 でもその笑顔には、深い哀しみが滲んでいた。

読んでいただき、ありがとうございました。


Summer Friendは残り2話です。

次回更新は明日、8月15日 20:00頃を予定しています。


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