第71話 【ミソロジーレイン】
スタンピード発生の急報が、会議室に飛び込んできてからおよそ1時間。
俺たち"アルゴスアイズ"と"フェザーテイル"の姿は、東門を出て少し離れた平原、その右翼側にあった。少し後ろの方には100人ほどの冒険者達も控えている。
「さすがに備えていただけあって、みんな配置につくの早いね」
「事前に『そろそろだぞ』って言われてるんだ。これで出遅れるような馬鹿は、冒険者としてやってこれてないさ」
「それもそうか」
森の方を見つめながら、俺とアルが言葉を交わす。じきに魔物の波がヴォルクスに到達するだろう。
「伯爵軍も流石の速さだね」
もう、なんていうか、1つ1つの動きがキビキビしているのだ。キレッキレである。
なので、たまに聞こえるステイルザードさんの怒声で、グレースさんがビックゥ! ってしてるのがめちゃくちゃ目立って見える。
全体的な士気は高い。あとは実際に魔物の群れとぶつかった時にどうなるかだ。
……願わくば、この戦場に立つみんなが、無事にヴォルクスに帰ることができますように。
そう願う俺の背後から、カトレアの声が聞こえてきた。
「ルイン、アルさん。探知魔法に魔物の反応があったわ」
「了解。そんじゃ、アル。俺たちは『キメラ』の位置を確認後、突破口が開けたら突っ込むよ。"フェザーテイル"たちの負担は大きいと思うけどお願いね」
「まかせろ。お前達も気をつけろよ」
「うん。分かってる」
その言葉を最後に、俺は自分のパーティーの元へ。
「みんなも準備できてるね」
「ああ。と言っても、オレたちはまずは様子見だがな」
「あ! 魔物が見えてきたぞー!」
エルルの言葉で、みんなが一斉に森の方向を見る。
そこには土煙を上げながら、一目散にこちらへ向かってくる魔物の大群の姿が。お馴染みのゴブリンやツノうさぎ、コボルトにウルフ系などの魔物が先陣を切っている。思ったより数が多いな。
幸い、スピードはさほど速くない。周りを見ると、余裕で迎撃準備が間に合っている。全員いつでも戦闘可能である。
「さて」
こちらの初手は……予告通りガルフだ。
目線を向けると、可視化するほどの魔力の奔流が彼を中心に渦巻いている。
……これはすごい。とても1人の人間が扱える魔力量とは思えない。
初めてその魔法を見たカトレア以外の"アルゴスアイズ"の面々と、後方の冒険者達が固唾を飲んで見守る中、溢れ出す膨大な魔力がいよいよ形を成す。
「【ミソロジーレイン】」
ガルフが魔法を行使すると、右翼の敵上空に"純白の太陽"が生まれた。その神秘的な輝きは、魔法名にある通り神話の1ページのようだ。
そして、眼前の魔物の群れをジロリと睥睨する。こんなに冷たい目つきの彼を、俺は初めて見た。
「雨具を忘れた愚か者共よ。今日の天気は"晴れのち曇り、時々雨"じゃ」
────言葉が終わると同時、眩く輝く純白の太陽が……弾けた。
それは猛スピードで空中に広がり、局所的な雲海もどきを形成する。
「ククッ。綺麗じゃろ? 遠慮はいらぬ。さぁ、存分に浴びてゆけ」
ガルフが嗤うと、手に持った大杖の先端で地面をトンッ、と打つ。
すると、"光の雲海"から雨粒がひとつ、まるで重力に引かれるかのように一条の光の線を描いて墜ちていく。
ひとつ墜ちると、後に続けと言わんばかりに光の雨が降り始めた。
その後に訪れるのは……大豪雨。
まるでゲリラ豪雨のような激しさで、光の雨が降り注ぐ。もちろんその下にいる、全ての魔物の身体を貫いて。
これを避けるのは俺でも無理だ。そもそも雨を全て避けられる訳がない。【氷の盾】ならワンチャン凌げるかな? いや、貫かれるだろうなぁ。
半径100m程だろうか……。ここまで広範囲に影響を及ぼす魔法なんて聞いたことがない。それにおそらく、これはガルフのオリジナルだ。
『ギャァァッ!!』
『ガウッ!』
『ギャイン!』
あちこちから魔物の断末魔の叫び声が聞こえてくる。見た目が幻想的なだけに、視覚情報と聴覚情報のギャップが凄まじい。
どれほど経っただろうか。
雨が上がると、範囲内の魔物はその死体すら残す事なく消滅していた。
後方の冒険者達から、戦慄の声が聞こえてくる。
「……マジかよ」
「俺、この前冗談まじりにガルフのこと、ジジイ呼ばわりしちゃったんだけど……」
「光の雨に気をつけろよ」
「雨具は持ち歩くようにしろよ」
「雨具あってもあんなの無理に決まってんだろ!」
いや、戦慄してるのは、命の危険を感じている1人の冒険者だけだったわ。
……ふぅ。ガルフ様は、かの高名な元宮廷魔術師様であらせられるぞ? あのお方を侮るなど、まこと愚かな男よ。その罪、許しがたし。
偉大なるガルフ様。俺は最初からずっと、貴方のことを心の底から尊敬してました!
「ふむ。こんなもんかのぅ」
「完璧だ。相変わらずヤバいな、その魔法」
アルとテレーゼが、ガルフに近づいて話しかける。
「連発はできんがの」
「十分だろ。あれを連発できるなら、俺たちがいる意味が無くなる」
「そうよそうよ!」
後は敵の近くに味方がいても、巻き込んじゃうから使えないね。
「カトレア。『キメラ』っぽいのはいる?」
「【サーチ】…………多分いないわね。少なくとも飛び抜けて強い魔力反応はないわ」
「ありがとう」
カトレアの言い方が、あやふやな感じになってしまうのもしょうがない。なぜなら『キメラ』は、厳密に言えば魔物なのかすら怪しいからだ。
それに様々な魔物をくっつけていると思われるので、1つの強力な魔力反応なのか、複数の魔力が密着しているような状態になっているのかも分からないのだ。
「どうやって探したものかなぁ」
なんて頭を悩ませているうちに、第2波とでもいうべき魔物の群れが迫ってくる。今度はフォレストコングやボア、オークに鹿っぽいのなんかまで混ざってるな。
ただ、魔物の密度自体はさっきほどじゃない。ここからは控えている冒険者達の出番だ。
「おーい、ルイン! とりあえず俺たちは迎撃しに行ってくるから、突破口ができるまで、お前らは危なくなった冒険者のサポートをしててくれー!」
「分かったー!」
少し離れた場所からアルに声をかけられたので返事をする。
「おーし! じゃあお前ら行くぞ!」
『おう!』
「ほっほっほ。手を抜いた者には光の雨が降るじゃろう」
「「「死ぬ気でやったらぁ!」」」
ガルフの喝で気合の入った冒険者達が、魔物の群れに向かって駆け出していく。
「俺たちもいつでも飛び込んでいけるようにしとこう」
「了解よ」
戦い始めた冒険者達の様子をしばらく眺めていたが、フォレストコングやオークに対してもベテラン冒険者達がサポートして、上手く立ち回っている。
少しでも危なそうな冒険者が現れると、すぐにテレーゼの矢やガルフの魔法が飛んできて、崩れることを許さない。なんて行き届いた万全のサポート体制なんだ。
多少の負傷者は出ているが、防衛線が突破されることはないだろう。
これならこっちは心配なさそうだな。
中央の伯爵軍の方はどうなっているかな。
少し意識をそちらに傾けると、グレースさんを筆頭にまるで淀みのない洗練された動きで、迫りくる魔物を1体1体堅実に仕留めていた。
冒険者のような豪快さはないが、極限まで無駄を省いた規律正しい戦い方は、いかにも軍隊っぽい。
大盾持ちが受け止め、槍を持った兵士が後ろから突き刺す。一糸乱れぬ演習じみた光景は、流石の練度と言えるだろう。
「へえ。これはすごい」
「ああ。騎士や兵士は対人戦に特化した訓練をしていると聞いていたが、魔物相手でも余裕で戦えているな」
「だね。あっちの心配は要らなそうだ」
「ルイン、ちょっといいかしら?」
ビルと2人で伯爵軍の戦闘風景を眺めていると、カトレアに呼ばれた。
「お、なにかあった?」
「あそこ見てくれる? この戦場の中央寄り、一番奥」
「どれどれ…………なんだ、普通に出てきたじゃん」
──異形。そうとしか形容できないなにか。
魔物の中にあってなお、異彩を放つその存在は、人が持つ本能の部分が拒絶するレベルの気持ち悪さがある。
あれが俺たちのターゲット……『キメラ』で間違いないだろう。
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