第42話 炎剣のフリード
「安心していい。命までは奪わない。色々と情報は吐いてもらうことになるが」
その男、『炎剣のフリード』はそう語った。
───フリードリヒ=フランベルク
帝国軍大将(元帥は皇帝が務めることになっているため、事実上の軍トップ)にして、酒場なんかでよく交わされる『最強は誰か』という話題になると、必ず名前が挙がる人物である。
村で育った世間知らずの俺でも、聞いたことがあるくらいの有名人だ。
たしか年齢はもう40近いはずだが、どう見ても20代そこらにしか見えないな。……比古清十郎か、お前は。
戦闘スタイルは、炎を纏った剣を高速で振り回す豪快なパワー型の前衛タイプ。……伝え聞いた話が間違ってなければだけど。
「大人しく従うとでも?」
「思ってないさ。もちろん力ずくで連れていく」
さっきからなんで俺しか喋ってないかって? みんなビビっちゃってるからだよ。俺が1番正気を保っているらしい。
「ほう、僕を前にして君だけは"マシ"みたいだな。その歳で大したものだ」
「ただの虚勢だよ」
「謙遜することはない」
チラッともう一度周りを確認する。……よし、全員頭が回り始めてるな。アルとアイコンタクトをとる。
じゃあ、現状の打開を始めようか、【鑑定】……弾かれた。やっぱこのレベルだと対策してるか。隠蔽系のスキルかな? 俺も欲しい。
「今の感覚は【鑑定】だな。君が使ったのか? ……面白いスキルを持っているな」
仕方ない。このまま戦闘に突入しよう。まずは【身体強化】、からの〜
「【ウィンドカッター】」
安定の初手【ウィンドカッター】を放つ。合わせてテレーゼから援護の矢が3本飛来する。
「フッ!」
「なっ!」
なんと、迫り来る風の刃の側面に手を添えて軌道を逸らし、3本の矢は反対の手で掴み取るという、曲芸じみた動きで対処されてしまった。
後詰で構えていたアルとビルも、さすがにこれでは飛び込めない。
「それなら、これはどうかしらっ!? 【サンダーアロー】!」
「ふむ。なら儂は【サンダーボール】!」
カトレアから雷の矢が、ガルフからはいくつもの雷の球体が飛ぶ。上手い。これは避けるしかない。剣で受けても感電するからだ。
「へぇ」
……フリードの選択は、やはり回避。機雷の如く周囲に浮かぶ雷の球体をうまく避けながら、雷矢も対処する。
その隙をつき、アルが斬りかかる。が、
──ギィィィィン!
抜き打ち。
「チッ! 速すぎだろっ!」
目にも止まらぬ速さで、フリードが背中から抜剣。アルの剣を弾き返す。さらに続けて、
「悪いけど、こんなところで時間を無駄にするつもりはないんだ。さっさと終わらせよう。【炎剣】」
フリードの持つ剣に炎が宿っていく。それを見て、俺は。
(……【視て盗む】が発動しなかった。原因はなんだ?)
そう、スキルを盗めなかった。高速で考えを巡らせる。
「こんな森で火を使うとか正気か!?」
そんな俺をよそに、ビルがフリードの正気を問うた。
「この炎は"燃やす対象を選べる"んだ。森の木は燃えないさ」
……まさか。1つの可能性に行き着いた俺は質問を重ねる。
「だからお前自身は熱くないって訳だ」
「そうだ。……そんなこと気にしていられる状況じゃないと思うんだが、何が狙いだ?」
「さぁね」
……よし、盗めた。原因は『スキルの仕様についての知識不足』だった訳ね。以前も言ったが『ある程度その技を理解してないと』スキルや魔法は盗めないのだ。
「とりあえず、全員動けなくなってもらおうか。……まずは君からだ!」
「くっ!」
速い! これは無理だ。目で追えても体の動きが追いつかない。どれだけレベル差があるんだよ。
刹那で迎撃手段を模索する俺と、フリードの間に大きな影が割り込んだ。
「うおぉぉぉぉぉっ! 【鉄壁】っ!」
「ビルッ! くっ、【ライトニング】」
ビルの後ろから咄嗟に放った雷魔法は、大きな破裂音と共に豪炎にかき消される。
若干勢いの衰えた炎の剣は、それでもいまだ致死の勢いだ。
ダメージ軽減スキルの【鉄壁】を使用したビルの大楯に、振り下ろされたフリードの炎剣が触れた瞬間。
世界から音が消えた。
そして、数瞬後。
───ドゴオォォォォォォン!!!!
「【ヒール】!」
大火傷を負いながら吹き飛ばされるビルに、回復魔法をかける。【鉄壁】がなかったらと思うとゾッとする。ビルのおかげで俺はなんとか無事だ。
「うっ……すまない。助かった」
「こっちのセリフだよ」
もう大丈夫そうだな。回復魔法覚えておいて良かった。
それにしても。
「ガードした上で、これかよ」
たった1撃で大惨事だ。みんな先ほどの爆発に巻き込まれて、だいぶ遠いところまで吹き飛ばされたみたいだな。見るからに痛々しい姿になってる。アルも近距離で食らったから重傷だな。
「レベル上げても防御力がろくに上がらない世界で、爆発はズルいってことがよく分かったよ」
「無事なのは君くらいだな。もう援護も期待できないだろう。一応聞くけど投降する気は?」
「ねぇよ」
「残念だ」
特に残念そうな素振りも見せずに、フリードは炎剣を構える。
それを見て、俺は"不敵に笑って"告げる。
「一応言っておくぞ」
「なんだ?」
「死んでも恨むなよ」
「……は?」
ポカンとした表情を浮かべるフリード。何を言われたのか全く理解できない様子だ。そして、次に浮かべた表情は呆れと失望。
「もっと利口な子供かと思ったが。僕の見込み違いだったようだ」
「そういうのはいいから、早くやろう」
「……気が変わった。こちらこそ言っておこう。『死んでも恨むなよ』」
そう言って、フリードは俺の視界から消えた。ように見えるだけで、実際は超スピードで正面から斬りかかっているだけだろう。それか縮地みたいな原理かな。
……どちらにせよ、格下に絡め手を使うタイプじゃない。絶対に正面から来る。
だから、勝機が生まれる。
さっきの俺の【ライトニング】は、なにも考えなしに撃った訳じゃない。
炎がヤツ自身に影響を与えないのは分かったが、『その炎が他者からの介入によって引き起こした現象』についてはどうかを知りたかったのだ。
結果、雷が炎に触れた際に生じたスパークによって、フリードの頬に『ほんの小さな火傷ができた』のを俺の目は確認した。
それならやりようはある。一見、弱点らしきものはないように見えるが、【炎剣】にもちゃんと弱点はある。
ヤツが真っ直ぐ来るなら、目の前に"置いておけばいい"だけだ。
炎剣単体で起こした爆発はヤツの炎扱いで無傷だろうが、これならどうだ。
「【ウォーターハンマー】」
さっき言ったよな?
『レベル上げても防御力がろくに上がらない世界で、爆発はズルいってことがよく分かったよ』って。
お前がどんなに高レベルでも、これをノーダメは無理だろ?
姿を現した奴の炎の剣と、分厚い水の壁が衝突した瞬間、世界の音が再び消える。
なぁ、炎剣のフリード。
……水蒸気爆発って知ってるか?
───キィィィン………ドガァァァァン!!
想像を遥かに超える爆発の勢いによって、互いに吹き飛ばされる。
その中で俺は。
「【ヒール】【ヒール】【ヒール】っ!」
焼け爛れる自らの身体に、ひたすら回復魔法を連打していた。すると突然、激しい頭痛に襲われる。……魔力が尽きそうなのか?……まさか魔力が尽きそうなのかっ!? いや、構うな、絞り出せっ!
地面を何度もバウンドし、転がり続け、やっと止まった俺が見たものは。
「なる、ほどっ。これがっ……狙い、か! やって、くれたな……っ!」
顔が爛れ、全身に決して軽くはないダメージを負いながらも、両の足で立つフリードの姿だった。
「名を……っ! 聞こう……!」
「……ルインだ」
「……ここは、退くっ。……が、『ルイン』。その名はっ、覚えておこうっ!」
そう言い残すと、ダメージを感じさせない速さで、フリードは砦の方へ消えていった。どうやら危機は去ったようだ。
「ルインっ!」
先ほど回復魔法を受けたビルが一番元気そうだな。
それなら彼に後を頼もう。魔力切れで、もう限界だ。
「ごめんビル。村まで俺を運んでくれると助かる」
「分かった。まかせろ。……ありがとう、ルイン」
その言葉を聞いて安心した俺は、そこで意識を手放した。




