第106話 伯爵は犠牲になったのだ……
今回セレナがプッツンします
カトレアに『全力で見逃せ!』と目力を込めながら必死に事情説明した結果、なんとか無事に見逃してもらえたので、現在は再び馬車の中のルインです。
「良かったですね、お嬢様」
「ありがとうグレース!」
主従が正のオーラを放出している横で、負のオーラが若干滲み出るガーランド伯爵に少し気になっていたことを尋ねてみる。
「ところで、ガーランド様って最近ずっとヴォルクスにいません? 領都にいなくて大丈夫なんですか?」
すると、当の本人はあっけらかんと答えた。
「あれ? 私はたまに領都に行っているよ。私にしか処理できない書類もあるからね。今は主にヴォルクスに常駐しているだけさ」
「え、向こうでガッツリ執務とかしなくていいんですか?」
領都じゃないと出来ない事って、めっちゃたくさんあるんじゃないの? 知らんけど。
「向こうは今、妻が取り仕切ってくれているんだ。いずれは息子が家を継ぐから、仕事を少しずつ覚えさせながらね」
それこそあなたが教えてあげるべきなのでは? という俺の視線を受けた伯爵はどこ吹く風だ。ダグラム家の未来が、そこはかとなく心配である。
「大丈夫だ、ルイン殿」
「グレース?」
意外なことに、ここで声を上げたのは、グレースだった。
「奥様は、とても優秀な方でいらっしゃるからな。それに……」
なぜかそこでチラッチラッと伯爵を見る。え、そういう思わせぶりなのやめてよ。また何か厄介ごとでもあるのかと勘繰っちゃうじゃん。
「ははは。そう心配そうな顔をしなくてもいい。大した理由じゃないよ」
「そうなんですか?」
……ほんとかなぁ。
「私が教えると、どうも必要以上にスパルタになってしまうようでね。息子に怯えられてしまっているんだ。妻にも、『逆効果だから、できるだけ顔を見せるな』と言われてしまってね」
「えぇ……」
セレナには兄が1人、弟が1人いる。今、話に出た『息子』とはお兄さんのことだね。ちなみにガーランド伯爵は貴族の中では珍しく、奥さんは1人だ。
こちらにもいずれご挨拶に行かないとな。
「セレナを連れてヴォルクスに来たのは、実はそういう事情もあったりするのさ」
その際に、ワイバーンの一件があった訳ね。嫁さんに追っ払われて、魔物に襲撃されて、踏んだり蹴ったりである。
「ですが、そのおかげでルイン様に会えたんですから、お母様には感謝しませんと」
セレナが手を組んで祈るようにそう言う。
「む……そうだね」
伯爵が腕を組んで睨むようにそう言う。
「ま、まあお話は分かりました。俺もその内、領都に行ってみたいですね」
「その時は、私もお供しますね」
「もちろん」
「ゴホンッ!」
そんなに!? 今のは別に会話をインターセプトするような場面じゃなくない!? セレナと『いつか一緒に領都に行こうね』って約束しただけじゃん。
今のでストップかかるなら、これからまともに会話もできないんだが……。もはや親バカってレベルじゃねーぞ。娘を持つ父親って、こんな悲しきモンスターになってしまうん?
「仲が良いのは結構だが、あくまでも『婚約』なんだ。キチンと節度は守るようにね」
「今、普通に節度守ってませんでしたか?」
「結構危なかったかな」
「そんなバカな」
ダメだ。この人は俺とは違う世界の理で生きているに違いない。どうして人は分かり合えないんだ。
と、その時。
世を儚み始めた俺の耳にセレナの「そうだ!」と何かを思いついたような声が聞こえてきた。
「ルイン様。今度村へ行く時には、ソフィさんも連れて行ってあげましょう。ルイン様のご家族にも挨拶をしませんと」
「ふむ」
一理ある。どうせなら一緒に行ってしまった方がいいかもしれない。2人を紹介した時の、母さんのリアクションが読めなくて若干怖い気もするが。
「そうだね。後でソフィに話してみようか」
「はい!」
「ゴホンッ!」
……
……‥…
…‥…………
その後もわいわいと雑談しては、ガーランド伯爵に「ゴホンッ!」されること何度目か。あのいつもニコニコしているお日様のようなセレナ様が、とうとうブチギレた。
「お父様! いい加減にしてください!」
「セ、セレナ?」
「御者さん! 一旦馬車を停めてください!」
彼女は御者に声をかけて馬車を停めると、俺にヴォルクスの領主館への転移をお願いしてきた。断る理由もないので、娘に怒鳴られてオロオロする伯爵を連れて転移。
「む? ルイン殿にセレナお嬢様? 坊っちゃままで。何かございましたかな?」
ステイルザードさんを呼んで、ここまでの経緯を説明する。ちなみにグレースは馬車に残って周囲を警戒してくれている。ステイルザードさんから逃げたとも言う。
婚約の話を聞いたときは優しいお爺ちゃんのような笑顔だったのだが、「ゴホンッ!」のくだりを聞いたあたりから覇気が部屋中を満たし始めた。
……机に積み上げられた書類が、覇気によってバッサバッサとたなびいて、吹っ飛びそうになっている。頑張れ! 吹っ飛んだら片付けるの大変そうだから踏ん張れ!
とか、全然関係ないことに気を取られていると、ステイルザードさんの怒号が響き渡った。
「バッカモーーーーン!!」
おぉ、見事なお叱りだ。この後に「両◯のバカはどこ行った!」とか続けば完璧に部長である。続かなかったら波◯か銭◯か……。
「す、ステイル! 違うんだ。話を聞いてくれ」
「黙りなさい。……ルイン殿、お嬢様。おふたりは先に戻って、本日滞在する町まで進んでもらえますかな? 到着したら迎えに来てください」
あっ(察し)。
そして俺たちは今日の目的地となる町まで、とてものんびりした時間を過ごすことができたのであった。
伯爵は犠牲になったのだ……。
もし少しでも『面白い』『続きが読みたい』と思っていただけたら、
ブックマークと評価を入れていただけますと嬉しいです!
皆様の応援がなによりの力となりますので、よろしくお願いします。




