第10話 ルイン参戦
……火力が足りないな。
なんとなくこうなるような気がしたので、いそいそと覗き穴から退避していた俺は、吹き飛んできた壁の破片を眺めながらそう思った。
「そもそも手数も足りてない。2人だけじゃ向こうの攻撃を潰すだけで手一杯っぽいな」
負けはしないけど勝てもしない。完全にジリ貧になりつつある。
いや、戦えない女子供を守らなきゃならない分、アルたちが不利だ。
「ブルルゥ……! ブルゥ!」
そしてついに、興奮状態のスノーボアが、一目散にこちらへ向かって駆け出した。
「っ!【スタンアロー】!」
テレーゼが横から反射的にスキルを射ち込んだ。硬直効果を付与するスキルの矢は、わずかに怯ませはしたものの突進を止めるには至らない。
避難所の出入り口付近にいた男たちが必死に、手に持った槍や剣で女子供を守ろうと立ち塞がる。直後、圧倒的な暴力の塊がその男たちへ突っ込んだ。
「う、うわあぁぁぁぁっ!」
ズドンッ! と。
まるで大型トラックに撥ねられたかのような音と共に、運悪く直撃した男は5m近く吹き飛ばされた。
両手と右足が変な方向に曲がっているが、生きてはいるみたいだな。どうやら顔面から突き出す牙には刺さらずに済んだようだ。
なにはともあれ、彼のおかげでスノーボアはそこで足を止めた。打開するなら今しかない。次にあいつが何か行動を起こしたら、本当に誰かが死ぬ。
……動くなら、今。
こっそりヤツの後ろ側に回り込んでいた俺は、こちらへ駆け寄ろうとしていたアルに、目配せとジェスチャーを送った。…………ちょっとそこで待っててね、と。
俺からのメッセージを正しく理解したアルは、困惑やら驚愕やらすごい顔をしている。わずか一瞬で盛大に脳内サミットを開催したようだ。
結局アルは俺の目を見て、力強く頷いた。どうやらこんな子供を信じてくれるらしい。漢だぜアル。
それを確認した俺は。
「【点火】」
目の前にあるでかい尻に火を付けた。
「!? ブルッ!? ブルルルァ!!!」
文字通り、尻に火がついたスノーボアくんは当然激おこだ。凄まじい速さで振り向き、親の敵のように睨んでくる。
「こっちこいや。俺と遊ぼうぜ」
とにかく俺に注意を向けるために精一杯イキってみるが、生まれて初めて真正面から対峙した魔物の威圧感は、やはり凄まじいものがある。
(でも)
思ったほど怖くはない。
…………これならやれる。
転生直後にも思ったけど、この体になってから動揺とかしなくなった気がするな。本当にめちゃくちゃありがたい。
「ルイン!」
あ、母さんが泣きそうな目で俺を見ている。心配かけてごめんよ。
後でたくさん謝らなきゃな。
これも全部魔物のせいだ。絶対にお前は許さん!
「ブルルッ!」
「おっと」
そんなことを考えてると、スノーボアが怒りに任せて牙を振り回してきた。頭を下げてかわす。地味に小さい氷の刃みたいなのもオマケに飛ばしてくる。小癪な。
「ブルッ、ブルゥッ!」
「よっ、ほっ」
繰り返される牙と氷の刃の連撃を、少しずつ後ろに下がりながら回避する。頭に血がのぼってるからか、狙いが単調でやりやすい。
それを外から見ていたアルとテレーゼは、信じられないものを見たような表情をしている。
「いやいやいや! どんな度胸と反射神経してるんだアイツ」
「……アルはあの速さの攻撃を、全部捌けるかしら?」
「あ〜、剣での防御アリなら出来なくはない。全部避けるのは無理だな」
アルとルインでは体のサイズ、ひいては的の大きさが違うというのはあるが、それでもあの速度と数の連撃を全てかわすのは普通ではない。
「あ。ルイン、少しずつ外へ引きつけているわね」
「あぁ。あの中で暴れられたら、さらに悲惨なことになるからな。さて、準備はいいか?」
「えぇ。正直、攻め手が足りてなかったから助かるわ。子供に手伝ってもらうのは心苦しいけど!」
「違いない」
かわす。かわす。かわす。
体の動きはどう贔屓目に見ても素人だろうが、それでも一向に当たらない。
「悪いな。俺は"眼"がいいんだ」
前にも少し触れたように、俺は眼がいい。自覚できるくらい"異常"なほど。それにまつわるエピソードなんかは、また別の機会に。
「ブルルルルルッ!!」
ついに痺れを切らしたスノーボアが至近距離から、先ほど村人を撥ねた突進を繰り出した。
……それを待ってた。
「やっときたか。せいっ!」
タイミングを合わせて、横っ飛びで進路上から退避する。素通りした猪は、そのまま先ほどアル達とドンパチした地点へ。
「おかえり。待ってたぜ!」
そこで待つアルの言葉と共に、1本の矢が飛来した。
「ブモォォッ!!」
横っ腹に深く突き立ったそれに、大きな悲鳴が上がる。
「くらえ! 【アイアンザッパー】!」
同時に逆の腹に、鉄をも斬り裂く斬撃スキルが直撃。血飛沫が再度舞った。
「グルルァァァァッ!!」
完全にブチギレてるスノーボアが、アルの方を向く。
「こっち見たりあっち見たり、大変だな。【点火】」
「ッ!ブルルッ!!」
再度、尻に火をつけて嫌がらせをする。
反射的に後ろ足で蹴り上げてきた。かわしながら回り込み、アルの横に並ぶ。
「一気に畳むぞ!」
「はい!」
交わす言葉はそれだけ。
意識は既に、最後となるであろう次の攻防へ。
まず、俺が先に突っ込んで隙を作る。
一歩前へ踏み出した瞬間。俺と奴の目があった。
……ゾクッ!
直感が働く。
さっきアルが全力で転がって避けた、ヤバい"なにか"だ。
「ルイン! あなたの周りに冷気が集まっているわ!」
すかさずテレーゼから助言が飛んできた。
たしかさっきも、アルの周囲全体に冷気の"もや"が集まってたな。
これは、おそらく。
……ピキ……パキパキッ…
俺の周囲全てに、鋭利な先端を持つ無数のツララが生成され始める。
……やっぱり『全方位からの飽和攻撃』か。
これを撃たれたら終わりだ。いくら目で追えていても、避けるスペースがなければ、俺に防ぐ手段はない。間違いなく死ぬだろう。
「「ルイン!」」
2人の焦りを滲ませた声が耳に届く。
…………大丈夫。
「【突進】」
物理法則を軽く無視して俺の身体が加速する。
目の前にある、まだ未完成のツララもどきをテレーゼにもらった短剣と自分の身体で強引に突破した。多少の傷は無視だ、無視!
さらにその勢いのまま、短剣をスノーボアの左目に突き刺す。
「ブルァァァァァッ!!」
「っ! ルイン! 後ろだ!」
その声にチラッと後ろを確認する。
たった今置き去りにしたツララたちは既に完成し、全ての切っ先をこちらに向けていた。
「自傷覚悟かよ」
言うや否や、一斉に撃ち出されるツララ。全部かわすのは無理だ。なら!
「【氷の盾】っ!」
一方向からだけなら、やりようはある。
盾とツララ。氷同士の衝突はマシンガンが着弾したかのような音を撒き散らした。
さっき覗いていた時にちゃっかり【視て盗む】でパクった魔法は、強度に若干不安があったが、ちゃんと耐えてくれた。
攻撃が防がれたのを見て、スノーボアが次の行動へ
「さすがにそれは隙だらけだろ! 【スラッシュ】!」
移る前にアルのスキルが、首を半ばから切り裂いた。
今までで最も勢いよくスノーボアから血が噴き出す。
あきらかに命に届く一撃だ。
「ブル…ゥ!」
だが、さすがはBランク。ここに来ても、まだ戦意は微塵も衰えていない。
死の間際。
残された最後の力で空中に氷の礫を生成。その狙いをアルへ定めた。
タンッ!
そこへ飛来した一筋の矢が、無事だった右目に突き刺さる。油断なく構えていたテレーゼが放ったものだ。
「………」
それが今度こそトドメとなって、氷の礫は完成前に霧散した。横向きに倒れ伏したスノーボアが動くことは、もう2度とないだろう。
一瞬の静寂の後。
『わぁぁぁぁぁぁっ!!!』
この場にいるすべての者の歓喜の叫びが、どこまでも澄んだ青空に高らかに響き渡った。




