第九話 【入洛編】儒者
「大足よ。そち、厄介なものを連れてきておるぞ」
オズヌはそう言うと錫杖を手に立ち上がった。
「ん!?」
阿刀爺は片眉をぐっと上げて、「訳のわからぬことを」と吐き捨てるように言う。
わたしも訳がわからない「どういうこと?」とオズヌと空海を見る。
空海も三鈷杵を握って立ち上がっていた。
「真魚よ、オヌシまでなにを・・・」
阿刀爺は呆れたように首を振る。
「こら、たまお。オヌシも位置につけ」
何が始まるのかと様子を窺うわたしに、オズヌが急かすように言う。
わたしも何かやらされる流れなの?どうすりゃいいのよ。
「位置ってどこ?」
「大足を中心に三角じゃ」
オズヌが錫杖で指す方向に下がって、空海との位置を確認する。
正面の空海と目があったので、わたしは手を振った。
そんなわたしに、空海はぐっと眉根をよせて、身振りで鈴を用意しろと伝えてきた。
わたしは蛇鉾鈴を握り直す。
「除霊をはじめる」
オズヌは厳かに宣言して、阿刀爺の正面で錫杖を構えた。
「戯けたことを」
阿刀爺がオズヌを睨みつける。
空海が静かに三鈷杵を掲げる。
閉じた庵に風が吹き、灯火が揺れる。
オズヌが錫杖でトンと床を叩いて、左右に振った。ハート型の錫杖のさきっちょに付いたリングがシャラシャラと音を立てる。心地いいリズムに思わず鈴を振って合わせたくなる。
これも神楽なのだろうか?オズヌは錫杖を手に舞を舞っているように見えなくもない。
タンッと足を踏み出して、錫杖をぐるりと回すと阿刀爺の鼻先へ突きつけた。
「そのようなものを人に向けるでないぞ、小僧!」
オズヌを叱り飛ばすように言う。
空気を読めよ、阿刀爺!除霊するって言ってるでしょうが。
なに怒ってんの?こっちが面食らうわ。
その阿刀爺の叱責もどこ吹く風。
オズヌは錫杖を向け続け、空海は涼しい顔で三鈷杵を掲げた。
この二人、慣れている。絶対に慣れてる。今までに何度も阿刀爺に怒鳴られてきたのだろう。
「たまお、準備はエエか」
「はい?」なんの準備だよ、説明しろっての!
錫杖の先のたくさんのリング。
そのリングのひとつが鳴り出した。小刻みに震え、並んでいるリングを共鳴させていく。
「たまお、鈴を鳴らせ」とオズヌ。
わたしは命じられたまま左右に振って鈴を鳴らす。
それを合図にオズヌは錫杖の先に何かを引っ掛けるようにして釣り上げると、勢いそのまま、わたしに振り下ろした。
「あっ」
わたしの胃の腑が反転する。
やられた!オズヌに怨霊を擦り付けられたんだ。
気付いた時には、ぞわぞわと違和感が体を侵食し始めている。
オズヌが入ってきた時とは、まったく違う。
ジトジトとネバネバがわたしを浸す。
こんなモノに体を乗っ取られるなど本意じゃない。
言ったよね、わたしキツイ、キタナイ、キケンな仕事はやだッて・・・どうしてこうなる?
御霊を降ろすのと、怨霊を降ろすのとでは、こうも違うんだということを分からせられる。
クサいのだ・・・ドブ川の臭い。
汚泥の底で発生したメタンガスが物憂げに弾けるようにして、わたしの体がどす黒い感情に支配されていく。”憎悪””怒り””妬み”が束となって押し寄せてくる。
呪いに乗り移られたわたし、四つ足立ちになって、周囲を威嚇している。
でもね、わたしにはわかる。この怨霊、大した事ないって、この怨霊オズヌの敵じゃない・・・
怨霊も分かっているはずなのに、引く気はないらしい。
怨霊は自分を自分で焚きつけようと必死である。
足掻いて集めた獰猛な思いを核にして、オズヌへと飛びかかった。
「ギャアオオォオォぉんん!!!」
人のものとは思えない咆哮がつんざいた。
空海の絶叫だった。佐伯の術というやつか?
衝撃波がわたしの体を突き抜ける、わたしの体は戸を破り、庭先までふっ飛んだ。
無茶苦茶だよ、空海!いくら除霊のためとはいえ、わたしを殺す気か?
骨の一、二本折れることを覚悟したんだけど、大丈夫だった。
前鬼と後鬼が受け止めてくれたのだ。マジ感謝!
「ほたえなや!」
阿刀爺の叱る声。なんなんだよじじい、誰のためにふっ飛ばされたと思ってるんだ。
逆に怨霊に同情するよ、阿刀爺なんかに取り憑いたばっかりに、とんでもない奴らのところに連れてこられちゃったんだから、たまったもんじゃないよね。
格が違い過ぎるのよ。
もう完全に、怨霊、ビビっちゃってますから。
なのに、この怨霊、まだ頑張ろうとするんだよね。
「ギヤァアッ!!」
叫んで、前鬼と後鬼を振り払い「シャアアア!」と威嚇する猫のような姿勢を取った。
怨霊から流れてくる禍々しい思いが、鬱陶しい。
もう、無理だから、オズヌと空海には叶わないから・・・
逃げりゃいいのに、どっか行ってくれよと思う。
怨霊が怯えながら絞り出す”憎しみ”のすえた臭いに息が詰まる。
喉がイガイガと焼けるようだ。
「ウギャァアア!!!」
敵を威嚇するためではなく、自分を奮い立たせるために怨霊が叫ぶ。
絞り出した”憎しみ”が羽虫の群れのように渦を巻く。
その中に、人々の顔が浮かび上がる。
怨霊が恨みを持っている人たちなのだろう。
破れた戸を潜って、錫杖を担いだオズヌが縁側から、わたしを見下ろす。
ドヤ顔が、クソ憎ったらしい!これは怨霊ではなく、わたしの声だ。
「語れ、葛城のオズヌが聞いてつかわす」
偉そうにオズヌが言う。
ホント忌々しい!もちろん、わたしの声だ。
オズヌが名乗ると溢れ出ていた黒い思いが止んだ。
「アガアガアガガ・・・・」
この怨霊はオズヌを知っている。多分、そうに違いない。
オズヌの名を聞いた瞬間、助けを求めすがるような思いが、わたしをかすめた。
”悲哀””憐憫”そんな類の感情が湧き上がってくるのを感じる。
そして、幼い男の子・・・その子が成長して行く姿が、古い映画のようにコマ落としで流れていく。
この映像というか、イメージをオズヌも見ているのを感じる。
「藤原吉子じゃな?」
オズヌは言った。
怨霊が放っていた臭気が引いていく。
「ウガッ・・・ンッ、ンッ・・・」
怨霊が泣いている。っていうか、怨霊と言っていいのだろうか?
もう、まったく禍々しさを感じない。
「一言申せ、叶えてつかわす」
オズヌが言う。
自分の思いを探すように、悪霊は身悶えしている。
そして最後に、”救うてたもれ”おめき声でもなく、呻き声でもなく、年老いた女の声がそう言った。
「救うて進ぜる」
オズヌは一件落着とばかり、錫杖を床にドンッと打ち付けた。
その瞬間、怨霊がギューッと縮んで小さくオレンジ色に輝く玉になった。
祓われて、御霊になったんだろうと思う。
そのオレンジ色の御霊が体から出ていくのを待つわたし。
ところが、御霊は出ていかなかった。
カラカラと音を鳴らして、転がって、わたしのセンシティブな箇所に留まった。
「いやいや、出てってよ!」
元怨霊である御霊にツッコミを入れた途端、わたしは姿勢を保てず、へなへなとその場に蹲ってしまった。
体を乗っ取られた後は、どうやらこんな感じになるらしい。思えば蝦夷の里でもそうだった。
「仙師よ、面白いもん見せてもろたわ・・・まるで一言主のようで、ガハハハ・・・」
空海はオズヌに、そんなことを言って、中庭へと降りて来る。
わたしの傍らに立って、印を結ぶと、「ふんっ」とわたしの背を打った。
意識がぴーんとしてクラクラが収まる。
「簡単じゃろ」
息を整えているわたしにオズヌが言う。
「あのね、簡単とか、そういうことじゃなくて、先に言っといてくれる!」
怨霊を擦り付けたオズヌにも、わたしをぶっ飛ばした空海にも、言いたいことは山程あったが、飲み込む。
伝えておかないと、聞いておかないといけないことがある。
「なんか藤原吉子って人の御霊がね、まだわたしの中にあるみたいなんだけど・・・」
これ、大丈夫なんだろうか?できれば出ていってもらいたい。
「約束を見届けるつもりじゃろうな」
そう言って、うんうん頷いているオズヌ。なに一人で納得してんだ。
「なんで、あんたが約束しといて、わたしに残るってなるのよ。アンタが引き受けなさいよ」
「それも、これも含めてオヌシの生業じゃ」
「生業?」
どういうことだ?生業って仕事ってことでしょ、約束が違う!
「飯食って、屁をこいて、寝てればいいって言ったじゃん!」
「ワレを手伝えとも言うたじゃろ」
グウの音も出ない。
「ワシは結界を張り直してきますきん、叔父上を頼みますわ、仙師」
そう言って、空海は月影に浮かぶ山の中へと消えていった。
阿刀爺を匿うことを優先するということなのだろう。呪物を誘き出すという計画は、しばらく延期となりそうだ。
翌朝、前鬼と後鬼が用意してくれた朝餉を阿刀爺を加えて四人でいただく。
今朝は雑穀米に小芋の煮物だった。若干、味気なさを感じなくもないが、ヘルシーなことは間違いない、文句は言えない。
食べ終えて、お腹が落ち着くのを待つ間、オズヌがポツリと呟く。
「大足に憑いていたのは藤原吉子であったな」
なにが言いたいのだろう。
「ワシに憑いていた?」
阿刀爺が、とても心外だという感じで問い返す。
「ああ、おじいちゃん、覚えてないんだねぇ」
わたしは阿刀爺をからかうように言った。
「たまお」
そんなわたしを空海が嗜める。
「いや、叔父上、最近、体調の方はどうじゃった?どうもいかんということはなかったか?」
「真魚よ、よう気付いたな」
ほら、やっぱり呪いの影響出てたんじゃんか。
「肩が上がらん」
しょぼい、しょぼ過ぎる。呪いの影響がしょぼ過ぎる。
「嘘でしょ?呪い受けといて、五十肩でおしまいって、どうなってんの。呪われてたんだよ」
思わず阿刀爺に詰め寄った。
「あのなぁ女童、呪いなどと言うもんは存在せん」
阿刀爺は言い切った。
「いやいやいや、わたし、阿刀爺の呪い、引き受けてるし」
そう言えば、除霊してもらっておいて、阿刀爺からお礼の一つも貰っていない。おかしいだろ?
身を乗り出すわたしを手で制する阿刀爺。
「ええか女童、人が人を恨むということはある。また、人が人に恨まれているのではと気に病むこともある。しかしじゃ・・・呪いなどというものは存在せん」
「現代人か!」
わたしのツッコミに皆がキョトンとしている。しまった・・・めっちゃメタなツッコミを入れてしまった。
「まあ、とにかく、変わりなくて何よりじゃ大足」
「なにを偉そうに小僧が!」
呪いを認めない阿刀爺は、どうやらオズヌが百年以上も生きていることも認めていないようだ。
「ねえ、無理してない?本当に呪いがないとか思ってんの?」
現代人でありながら、われながら平安時代に馴染みすぎた発言だとは思う。
フンと鼻で返事を返す阿刀爺。
「”怪力乱神を語らず”というやつじゃな」
「叔父上は儒学者なんじゃ、仙師が言うように”怪力乱神を語らず”が信条でな。まあ、語らずであって、叔父上のように存在そのものを否定せよ、ということではないんじゃが・・・」
空海が言い終わることはなかったが、言いたいことはなんとなくわかった。
つまりコチコチに儒学という教えに嵌ってるってことなんでしょう。どこぞの宗教の原理主義者みたいな、危ない感じは阿刀爺からは感じないけど、排他的な考えを持ってる感じだね。
「女童、名はなんと言ったか?」
覚えてないのかよ。失礼なジジイだ。
「佐藤たまお」
「たまお。ソチも孔子様の名ぐらい知っておるじゃろ」
阿刀爺が聞いてくる。
「あは、あははははぁ」
笑ってごまかす。聞いたことあるような気はするんだけど、誰だっけ?
皆が残念そうな視線を向けてくる。
「たまお、ソチには学問が必要じゃ」
阿刀爺は、そう言って強く頷いた。
「で、聞いておきたいのじゃが。大足よ、おヌシは伊予親王の死を見届けたのか?」
「いや、見ておらぬ。川原寺に幽閉されたとお聞きして、さぞお寂しいであろうと考え、四書五経を持ってお訪ねようとしたんじゃ」
シショゴキョウってなに?寂しさを紛らわすモノなんだよね、デザート的な何かかな?
あまり美味しそうには思えないけど・・・
「川原寺に着くと時すでに遅し・・・お二人共お隠れ遊ばしておったわ。守り人に死因を尋ねると自殺じゃと言うておった。お二人揃って毒杯を仰いだと・・・」
「叔父上は、お二人が自害されたと思われるんかの?」
「思わぬ。前にも言うたが、これほどの大事になることが、そもそもおかしいと思うておった。伊予親王にしても、そうお考えになっておったはずじゃ。自害など思いもよらんわ・・・どれほど重い裁きにしても、数年都を離れる程度と考えておられたじゃろ。で、ワシは書物を持ってでかけたわけじゃからの」
シショゴキョウは書物、本だったのか!?
「現場は見たんじゃろ?どうじゃった?」
オズヌは、どうしても確かめておきたいことがある様子で、話の先を促した。
「拝ませてほしいと申し出て、幽閉されておった部屋を見せてもろうた。壁には爪で引っ掻いたであろう跡があり、壁にも床にも血の跡が黒ぐろと残っておったわ」
空海が静かに手を合わせる。
わたしも釣られて手を合わせる。
「その現場で、金色の蛾を見んかったか」
金色の蛾と聞いて、わたしは、蝦夷の里でオババさんの口から出てきた、あの巨大な蛾を思い浮かべた。
オズヌの問いかけに、カッと目を見開く阿刀爺。
「おったわ!たしかに金色の大きな蛾が一匹!」
「蠱毒・・・ですかな?」
空海がオズヌに問う。
「間違いないな」
「蠱毒とな、禁呪ではないか」
「そうよ大足。そこで聞きたいんじゃが、呪禁寮は誰が束ねておる」
「呪禁寮?久しぶりに聞いたわ。蠱毒が禁止された時期に、名を変えて今は陰陽寮となっておる。その陰陽頭は、安倍真勝殿ではなかったかな」
オズヌは安倍真勝という名に、なにか思い当たる節でもあるのだろうか。視線を落とし考えている。
ちなみに、わたしのおばあちゃんの名字は安倍。
東北には多いんだよね安倍、阿部、安部って、まあ、それより佐藤の方が断然多いんですけどね。
「では、平城天皇の周りに陰陽道の道士がいてもおかしくはないということじゃな」
「おかしくないどころではないわ。しょっちゅう出入りしておる」
「しょっちゅうとな?」
「そうじゃ。平城天皇は体調がすぐれぬことが多い。特に気からくる病に悩まされておってな。幼い頃に、早良親王の変を経験されたことが原因じゃろうが・・・すがるものを求めておられる」
「早良親王の変って何?」
場が静かになる。ああ、またバカにされる流れなのね・・・でも、仕方がない知らないんだから、知りたいんだから・・・
「たまお、顔を上げい」
わたしは、知らないうちに伏せていた顔をあげる。
「先帝、桓武天皇の御代、延暦四年のことである」
しっかりと、わたしの方に膝を向けて阿刀爺が話し始める。
「桓武天皇が頼りにしている重臣の一人、藤原種継が暗殺された。その暗殺の首謀者の嫌疑をかけられたのが早良親王であった。乙訓寺に幽閉された早良親王は、絶食して無罪を主張したのじゃが、廃太子され、淡路島に流される途中で餓死されることになったのじゃ」
「餓死!?」
思わず声が裏返る。エグ過ぎるだろ。
「・・・ありがとう。阿刀爺、よくわかったよ」
わたしの言葉を聞いて、満足げに阿刀爺は頷いたのだが、次の質問が良くなかった。
「で、早良親王は怨霊になったの?」
阿刀爺の眉がグワッと音がしそうなほど吊り上がった。
叱責が飛ぶ前に、空海が、阿刀爺をなだめてくれる。
「早良親王の変の後、起こったことじゃが・・・桓武天皇の母、皇后、妃が次々とお亡くなりになったんじゃ。皆、早良親王の呪いと騒ぎあった。飢饉が起こり、平城天皇、当時は安殿親王と呼ばれておったが、御本人も熱病に冒され、生死の縁を彷徨った。それから早良親王の呪いに怯えられるようになったと聞いておる」
空海は呪いであると断定せず、阿刀爺の逆鱗を避けながら上手に説明してくれた。
しかも、亡くなった藤原乙牟漏皇后は平城天皇の母であったという。それはビビるわ。
「で平城天皇も繰り返したと」
オズヌがニヤリと笑う。とても不謹慎だ。
「平城天皇の御代は長くなさそうじゃな」
さらに不謹慎なことを言う。
そんなオズヌを阿刀爺が叱ってもいいと思うんだけど、「確かに平城天皇には二つの危うさがあるのう」とオズヌを支持するようなことを言った。
「申せ申せ」
オズヌが煽るように言う。
「一つは気の病じゃ・・・・」
「早良親王の怨霊沙汰じゃな」
「うむ、そうじゃ・・・早良親王の呪いによって周りの人々が大勢死んだと信じられ、生来の体の弱さが合わさって、呪いを恐れること人一倍じゃ」
これは、さっきの説明でよく分かった。もう一つ、わたしは興味心で耳を傾けた。
「二つ目は東宮での醜聞じゃ」
「東宮?」
「たまお。こちらは件は、女童のお前には、まだ早い。知らんでよい」
カカカとオズヌが下卑た笑いを漏らす。
オズヌの態度を見て、おおよそ想像できる。宮廷スキャンダルってところだろう。
でも、阿刀爺、女童って、こちとら酸いも甘いも噛み分けた三十路だよ。
本当のことを打ち明けたら話してくれるかなぁ、駄目だろうなぁ、何と言っても阿刀爺はコチコチの儒学者だからさ。
オズヌか空海に、後でこっそり教えてもらおう。
「そうじゃ」
思い出したように大きな声を出す阿刀爺。
「なに?大きな声出して」
「真魚よ、今、都で何が流行っているか、知っておるのか?」
空海は、少し寂しげに微笑むと、静かに頷いた。
「知りながら、こんな奴らと、こんなところで無為に過ごしておるのか」
こんな奴らって、わたしも含まれてる?阿刀爺、やっぱり失礼なジジイだな。
「朝廷からの入洛の許しがまだですきん、仕方がないのじゃ叔父上」
「その許しが出んのも最澄のせいではないのか?」
「最澄!」
出てきたビッグネームに思わず叫んでいた。早良親王の名前は知らなくても、最澄は知っている。比叡山の人だ。
「そう疑うものではありません。叔父上」
「しかし、南都の僧どもが申すところを聞くと、中々の野心家らしいのう。南都の僧どもミソクソに言うておったぞ」
「えっ、待って、最澄が、密教を持ち帰ってるの?」
わたしは、二人の話に割って入る。
「その話をしておろうが、戯けが」
阿刀爺の容赦のない返事。
「確か、最澄も唐に渡ってなかったっけ?」
心許ない日本史の知識を口に出す。
「朝廷の公式の留学生として渡唐しおるわ」
阿刀爺の返事を聞いて、確信する。
これ、もう唐から呪物を持ってきたのは最澄でしょ!
最澄は、空海よりも先に、越州の順暁阿闍梨に会い、そこで灌頂を受けて、日本に戻って来たんだ。
呆けた順暁阿闍梨には、相手が空海か最澄か分別がつかず、呪具もわたしてしまったのだろう。
しかも、空海が最澄に思い至らない訳が無い。
「空海!なんで黙ってたのよ!」
わたしは、そう叫んで空海を睨んだ。




