第三話 【召喚編】神楽
「オババじゃ」
オズヌはそう言って、生首を掲げてみせた。
朱い月の夜、飛んできた生首、それを掲げる絶世の美少年。
超絶シュールな現実を目の前に、感情も理性も完全にスタック状態、言葉もない。
焚火の炎が揺らめいて、一瞬、浮かび上がったオババさんの表情は、苦しみの煮凝りのようだった。
大きく見開かれた瞳は、白目を剥いて、その縁からは血が固まって黒い筋になっていた。
ど、どうしよう、どうしたらいい?救急車?警察?そんなものがあるわけないし。
この時代に、こんな事態にどう対処していいのか、わたしは知らない。
「なんでできないの」「あんたって子は・・・」
お母さんの声が聞こえたような気がして、フラッとする。
いや、でも、里長のイルタテすら動けずにいるじゃん。
それほどの異常事態なわけだから、わたしが傍観者であっても仕方ない。
そもそも、誰もわたしに事態の収拾を期待してないし、できるわけないし。
で、当然、注目されるのはオズヌなわけだけど、オズヌはオババさんの首をためつすがめつしている。
なぜ、オババさんは殺され、生首にされ、ここまで飛ばされたのか?
わたしも里の男たちも、ただ黙ってオズヌからの説明を待っている。
「ほう」
オズヌの片眉が、ぐいっと上がる。
皆が注目する中、オズヌは不意にオババさんの口に指を突っ込んだ。
あっと声を出す間もなかった。
ニヤリと笑って引き抜いたオズヌの指には何かが摘まれている。
わたしは、胸に手をあて呼吸を整え、オズヌの指先に焦点を合わせる。
「蛾?」
それは、とてつもなく大きな金色の蛾だった。
オズヌの指の間で、気だるそうに羽を広げては閉じしている。
東京ではもちろん、地元の酒田でも見たことないようなデカさだ。
説明を求めて見つめるわたしたちを尻目に、オズヌは摘んだ蛾を自分の口へと放り込んだ。
「オエッ」
わたしは反射的にえずく。
気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!
オズヌは、蛾を咀嚼し、嚥下する。
「蠱毒じゃな」
そう言って、ポテチを摘んだ後のように、指先をペロペロと舐めた。
それを見て、わたしは再びえずく。
その背を擦る手があった。
振り向くと青鬼後鬼がいた。
鬼であることを遠慮して、里に入らなかった鬼が、今、わたしの背を撫でている。
オズヌの傍らには赤鬼前鬼が立っていた。
「蠱毒・・・禁呪でありますなぁ、主様」
「蠱毒・・・禁呪・・・」
イルタテが前鬼の言葉を繰り返す。
「誰の仕業か?」
「知るかよ」
オズヌは素っ気ない返事を返し、イルタテにオババさんの首を差し出した。
イルタテは、その首を受け取ると、大きな手で優しくオババさんの顔を拭った。
近くの若者に声を掛け、オババさんの首を託し、下がらせる。
少し離れ周りを取り囲んでいた里人から小さな悲鳴が上がり、やがて静かな嗚咽が広がっていった。
「もうヤダ・・・ここにいたくないッ」
そう呟いたわたしの背中を、後鬼がポンポンと励ますように叩く。
「お嬢は、ここにおらねばいかぬよ」
「ヤダよ、もうヤダ!」
後鬼は、わたしの手を握り「お嬢は、ここにおらねばならぬ」と言った。
後鬼は、なぜ確信を持ってそんなことが言えるのか。
「なんで?」
「お嬢、お嬢はな・・・」
後鬼はわたしの顔を覗き込み「主様の術に選ばれただのじゃから、ここにおるのが正しいはずじゃ、の」と続けた。
訳が分からない。術が選んだから、わたしがここにいなきゃいけない?意味がわからない。
わたしが、術に遠慮する道理がどこにある!?
後鬼に反論しようと顔を上げた時「イルタテッ!」とオズヌの声が響いた。
オズヌは遠くを指差している。
イルタテは指さされた方を見つめ「なんじゃ・・・あれは・・・」と息を飲む。
後鬼に手を引かれるようにして、オズヌの側に行き、オズヌが指さした方を眺める。
朱い月影に照らされて、蠢く影が目に入る。
最初は風になびく草陰かと思ったが、そうじゃない。
影は禍々しく蠢き、ゆっくり、こちらへ向かってきていた。
その蠢く影の方から、葦原を撫でて、風が渡ってくるのが見えた。
焚き火が大きく揺れた。
「臭っさッ」
風は、とんでもない腐臭を運んできた。
「女子供と年寄は館へ入れ!男どもは得物を持ってであえい!」
イルタテの号令に、里人たちがワッと動き出す。
オズヌは近づく影を睨んでいる。
「主様、無茶はなさいますな」
「そうじゃなぁ、お前さん、主様は生乾きじゃ」
今では、わたしの目にもしっかりと見える。
「ゾ・・・ゾンビだ・・・」
わたしの声は、震えていた。
B級ホラー映画でお馴染みの死人の群れ、死霊と化した屍そっくりだった。
幾重にも重なったゾンビの群れが、腐った体を引きずって、こちらへと向かってくる。
彼らの、いや、彼なのか、彼女なのか、全く見当が付かないのだけれど、ゾンビたちのうめき声が耳に届いた。
「わたしたちも早く、館へ!」
わたしはオズヌたちに声をかける。
オズヌも鬼たちも動かない。
「イルタテが言ってたでしょ!女子供は館って!」
「さて、どうしたものか」
オズヌが鬼たちに声をかける。
「逃げるにしかずですな」と前鬼。
「里の者を放ってか?」
「しかし、主様は生乾きじゃ・・・戦えるとは思わぬことじゃ」
「ほんに、ほんに」
「そ、そうでしょ、だから館に早く!」
急かすわたしをオズヌが静かに見つめてくる。
こんな時に、にらめっこでもあるまいし、わたしの目をじ〜っと覗き込んでくる。
なんなのよ、いいかげんにしろよ、早く逃げるぞ、この野郎!
わたしは、睨み返す。
「わかった」
オズヌの返事に「よしッ」と身を翻し、館へと駆け出そうとしたわたしの腕を、オズヌが掴む。
「なによ!」
振り向くと、オズヌのもう片方の手にはキラキラした物が握られていた。
「たまお、そちに、くれてやる」
手渡されたものは、神社なんかで巫女さんが持ってる鈴がいっぱい付いたやつだ。
軸がクネクネと脈打っているけど、こんな形だったっけ?
「いやいや、今じゃないでしょ?」
凄く可愛いアイテムでくれるのは嬉しいんだけど、今渡されても困るというのが正直なところ。
「今じゃ」
オズヌは断言する。
「鳴らしてみ」
「はっ?」
「鳴らせと言うておる」
早く逃げなきゃいけないって時に、なに言ってんだコイツ!腹立ち紛れに、鈴を振った。
シャン、シャンといい音がする。
「違う、違う」
オズヌは苦い顔をする。
「蛇鉾鈴はじゃな・・・」
オズヌはわたしの後ろに回りこみ、わたしの手を取る。
「突いて鳴らす」
そう言って、鈴を持つ手を斜め前に突き上げ、シャンと短く鳴らした。
「薙いで鳴らす」
突き上げた鈴を大きく振り降ろし、シャアアアアンと尾を引くように鳴らした。
「どうじゃ?」
「どうじゃって、何よ?」
「ヌシだけでやってみよ」
「ちょっと!こんなことやってる場合じゃないでしょうが!」
早く逃げなきゃと、わたしは言う。
「やらねばならぬ!」
オズヌは譲らない。
ええい!クソ!やればイイんでしょ、やれば!
やったら直ぐに逃げるから!もうヤケクソである。
「突いて鳴らす」シャン
「薙いで鳴らす」シャアアアアン
内臓がぐるんとひっくり返る感覚があり、わたしは思わず、鈴を落としてしまった。
落とした鈴を拾う。
拾ったのは、わたしじゃない、オズヌだ、わたしの中にいるオズヌだった。
「てっ、なんであんたが、わたしの中にいるのよ、やめてよ、気持ち悪い!出てけ!」
「いや、たまおでかした。お前も見たであろう土で作った憑代はもろくてな・・・」
「主様は、土人形に代わる憑代を、そう蔵王権現をお求めになられたのでござったな」
前鬼が頷きながら言う。
「ほんにほんに、岩見をはじめて三十七日、やっと現れたのでしたなぁ」
後鬼は、溜め息混じりに言った。
オズヌが、わたしの体で腕を組んで大きく頷く。
「そういうことじゃ」
なにが、そういうことじゃよ、全部そっちの都合だろうが!
わたしは手足を突っ張ってオズヌを自分の中から追い出そうとする。
全然、駄目だった。
わたしは、体を乗っ取られてしまった。信じがたい事だけど、わたしには、わたしの体との接続が切れていることがありありと分かった。
わたしにあるのは、狭い空間に押し込められたような窮屈さだけ。
「ほほぉ」
とてもイヤラシイ視線を感じ、背筋がゾワっと粟立つ。
「これが、たまおの御霊かぁ・・・ほほぉ、そちの御霊の色・・・青じゃ」
カカカとオズヌが笑う。
待て待て、あんた、わたしの中も見れるの?嘘でしょ、これもう完全に犯罪でしょ!
「しかも、じゃ」
「お前の腹には玉がある」
「そんなもんあるか〜い!」
あたしは乙女だぞ!玉なんてあるわけないだろうが!、え、てか、人の身体ん中、勝手に見るなよ!
「これは、いい、これはいいぞ!たまお!!」
オズヌは腰に手を当てて、夜空に向かってカッカッカッと笑った。
や、ヤメてほしいわたしはそんなキャラじゃない・・・っていうか、ゾンビが迫ってるでしょうが!!!
「里長よ、火矢を撃つのはどうじゃろう?」
イルタテに攻撃を持ち掛ける若い里人の声が聞こえた。
「下策じゃな、風が里に向いておる」
「イルタテ、お前らの手には余る相手ぞ・・・」
イルタテがオズヌに乗っ取られたわたしを見て、訝しむ。
「ワレに任せよ」
イルタテは太い眉の下の目をパチクリさせる。
「お嬢・・・・いや、オズヌじゃな、なんと、お嬢に取り憑いたか」
「イルタテ、オズヌにわたしから出ていくように言ってよ、こんなの完全なプライバシーの侵害だって!」「お嬢も喋れるのか?こんな憑依は初めて見たわ」
「それな」とオズヌ。
「で、イルタテ、ヌシらは山へ逃げよ」
「そうは、いかん。里を守らねば」
”解せぬ”とオズヌの意識のようなものが、わたしに流れてくる。
「なぜじゃ?」
「蓄えがあるでな」
流れてきた”嫌悪”に反応して、わたしは舌打ちする。
「フンッ」
オズヌは呆れたように鼻を鳴らす。
「不自由になったもんじゃな、イルタテ」
そう言って、後鬼に向き直る。
「後鬼はワレの木偶を守り、里に残れ、ワレが討ち漏らすようなことあれば対処せよ」
「あいよ」
「前鬼、ワレの露払いをせい」
「あいな」
「さて、祓うとするか」
”興奮”と”熱狂”と”冷酷”と”冷笑”がワッと流れ込んでくる。
「ヤメてよね!」
わたしは叫ぶ。
「行くぞ!前鬼」
オズヌはわたしの体でゾンビの群れ目掛けて駆け出した。
行きたくない!行きたくない!行きたくない!どんどんゾンビが近くなる。
前鬼が斧を振りかぶって追い越していくのが見えた。
前鬼は、ゾンビの群れをかち割るようにして飛び込んだ。
なんという破壊力!前鬼の一振りで数体のゾンビがなぎ倒されてしまった。
血しぶきは上がらない。
ゾンビだからね、ただ、ただ腐肉と蛆を撒き散らし崩れていく。
斧を振るって身を低くした前鬼の背を蹴ってオズヌが飛び上がる。
とてつもないスピードで、上空へと登っていく。
朱い月が近い・・・
加速する・・・
見上げた夜空から、一気に星が流れ落ちる・・・
星々が金色の光となってわたしを包む・・・
わたしは、七色の光を突き抜ける・・・
再び、世界が像を結び始める・・・
わたしは、わたしを見ている。
巫女服に身を包んだ十七歳の佐藤たまおを見ている。
頭には綺麗な冠を被り、勾玉、金銀細工の首飾りが胸元で揺れている。
なにこれ?美少女戦士じゃん!と思った瞬間、わたしの意識は体に吸い込まれた。
落ちていく。
とんでもない高度から、急降下している。
流れ込んでくる”愉悦”。
「死ぬぅううう!!!!」
眼下には、ゾンビの群れ。
嘘でしょ!里から見えていた数の数倍、数十倍のゾンビの群れだ。
ゾンビが前鬼に噛みついている!
一体だけじゃない、腕にも、足にも、首筋にもゾンビが齧り付いている。
そのゾンビもろとも、前鬼はコマのように回転して斧を振るった。
その真っ只中に、大胆に、豪快に着地した。
その衝撃は凄まじく、足元で数体のゾンビがひしゃげていた。
それどころではない、着地点から半径5メートル以内のゾンビが吹き飛んでいる。
落下の反動で、わたしの体もどうにかなっていておかしくないのだけれど、全く何ともない。
すっ、凄い、これは、もう、スーパー美少女巫女戦士と言ってもいいのではないだろうか。
「気に入ったか?たまお」
見透かしたようなオズヌの台詞。
「で、どうすんのよ?」
わたしは、取り囲むゾンビの群れを目にして言う。
「舞うまでよ」
ゾンビが吹き飛んだスペースで、オズヌは静かに舞い始める。
おいおい、この状況で踊る阿呆がいるかよ!
「ワレの血に流れる神楽じゃ覚えておけ」
踊る阿呆に、見る阿呆って言うけれど、周りにいるのはゾンビだし、ゾンビと一緒に踊る気か?
いや、そんな古いミュージックビデオを観たことある気がするけれども。
踊っている隙に襲われるかもしれないという、わたしの心配は杞憂だった。
踊るオズヌに飛びかかろうとするゾンビはいなかった。
襲う素振りを見せるのだけれど、一定の距離を保ち、踏み込んでこない。
舞いそのものが結界のような働きをしているのかもしれない。
鈴を鳴らして、翻る。
髪の毛が逆立つ、揺れる金属の耳飾りや、首飾りが、時折、ピキッ、ピキッと鳴って小さく震える。
これって、静電気?いや、それどころじゃない、もろに帯電している。
その証拠に、わたしの体が青白く発光し始めた。
足を踏み出し、腕を振る、その都度ブーン、ブーンと音が出始める。
まるで全身が、ジェダイの騎士の光る剣みたいになってるヨーダって、ハハハハ、笑ってる場合じゃないんだけど、色々ありすぎて、感情が完全に壊れた気がする・・・
オズヌの一挙手一投足にボルテージは上がっていき、もう、視界がガクガクと激しく震えるほどになっている。
鈴を両手で握り、頭上に掲げる。
暗雲が沸き起こり夜空を覆い朱い月も見えなくなった。
渦巻く雲を見上げながらオズヌが何かを唱えているが、電磁波だか、低周波だかのノイズが大きくて、聞き取れたのは最後の言葉だけ。
「厳つ霊!!!」
鈴が振り下ろされる。
閃光が閃き、続いて天が割れるような音が響いた。
幾筋もの雷鎚が降り注ぎ、ゴロゴロと雷鳴が地面を震わせた。
辺りは土煙に覆われる。
わたし以外、立っている者はいなかった。
土煙の中、様々な色の光の玉が浮かび上がった。
その光はゾンビたちの御霊なのか、名残惜しそうに辺りを彷徨い、やがて昇天していった。
月は銀に戻って空にあり、場にはウジの咀嚼音とハエの羽音が残った。
オズヌは辺りを舞うハエを払う。
「とうとう正体を現さなんだな」
”蔑み”を抱きながら”満足”しているオズヌ。
「黒幕がいるってこと?」
「まあ、そういうことじゃ」
「誰?」
「知るかよ」
「そうかぁ・・・てか、もう出てってよ!」
「そうじゃな」
「ところで前鬼は?」
「おっ、そうじゃった、そうじゃった」
オズヌは倒れたゾンビを飛び越えしながら前鬼を見つけて、頭を爪先で突いた。
「主様・・・あれはなかろう、危うく昇天するところじゃった」
それを聞いて愉快そうにオズヌは笑う。
「いつの日にか、昇天させてやる、それまで楽しみに待っとれ」
里に戻ると皆が歓迎してくれた。
もうわたしなんて、英雄扱い、女王扱いって感じで気分がいい。
オズヌがわたしの体を離れるまでは!
「おい!オズヌ、わたしの疲労と筋肉痛も持っていけよ、なに押し付けてんだよ!」
オズヌに返された体は、HPほとんどゼロのボロ雑巾みたいな状態だった。
もう動けない・・・しかも、戻った姿はセーラー服。
アクセを返せ、アクセを!
あんなキラキラしたものを身に着けさせておいて、取り上げるとは酷いじゃないか!
身動きできずワーワー騒ぎ立てるわたしを置いて、里人たちは、それぞれに動き始める。
皆で手分けして、野に散らばった死霊の骸を拾い集めて、塚に葬り直したとのことだった。
塚の脇でオババさんの体も見つかり、首と合わせて弔ったそうだ。
その翌朝、わたしたちは里を発つことに決めた。
里のみんなが、あの磐座まで見送りに来てくれた。
磐座にある、ひときわ大きな岩に前鬼と後鬼が乗っかる。
「前払いをしておけよ」
オズヌが二匹に命じる。イルタテが「達者でな」と声をかける。
二匹が「あいよ」と返事する。
オズヌは、錫杖を手にしている。
この錫杖がカワイイ。先っちょ、錫杖の頭の部分がハート型になってて、ジャラジャラと輪っかが付いている。
オズヌは、その錫杖で岩をトンと叩く。
すると、前鬼と後鬼がパッと消えた。
「消えてんじゃん!」
エッ、どこ行った!これ、もしかして、次わたし?
オズヌが岩に乗って、わたしに乗れと合図を寄越す。
オズヌも一緒ってことで、少し安心するが、行き先を聞いていないことに思い至る。
「え〜と、どこ行くんだっけ?」
「大和じゃ」
「大和?」
「飛鳥ともいうのう」
それって奈良でしょ、どうやって行くんだよ!
「ではオズヌ、また近く」
イルタテが声をかける。
「お嬢も楽しかったぞ、いつでも歓迎する」
オババさんの死という悲しいことがあったのに、努めて朗らかに声をかけてくれた。
「イルタテ、一つ言うておく、酒は慎め」
そう言われてイルタテはフッと笑って頷いた。
「里のもの、世話になった、ワレの分もオババを弔ぅてくれ、さらばじゃ」
皆が手を振る。
オズヌは岩を錫杖で打った。
ファッ!
急発進どころの騒ぎじゃない、とてつもない加速で、意識が飛びそうになる。
ーーーーーーー
で、今。
わたしは地に突っ伏して、ゲロ吐いちゃってます。
こっちに来てから、こんなのばっかりだ。
「もう・・・帰りたい・・・」なにが”ヌシはワレが守る”だ、なにが”術がお嬢を選んだ”だ、心地いいこと言っといて、あっちもクソだが、こっちもクソじゃんか!
「帰りたい理由でもできたか?」
そう聞いてくるオズヌが憎たらしくて仕方がない。
「『愛の不整脈』のシーズン2が観たいんだよ!」
もうヤケクソである。自分でもありえないと思う、酷い理由だ・・・いや、ドラマ『愛の不整脈』は、面白いんだよ!どんな内容かと言うと、陸自で働く芹那が休日に大好きな某テーマパークで、お忍びで来ていた敵国の総帥の息子と出会い、恋に落ちるという王道ラブ・ストーリーで、スパイ・サスペンス的要素もふんだんに、奇抜な演出が光る作品なのです。
「シーズン2とは、なんじゃ?」
「物語の続き、お話の続きだよ!」
あるかないかは非常に微妙なんだけど・・・。
「もうええかのぅ・・・」イケボが耳に届く。
豊かな響きの中に芯のある声音が、鼓膜をくすぐる。
わたしは、身悶えしながら、声の主を振り向いた。
見た目もいい感じ。
30代半ばといったところか、剃り上げた頭の形は滑らかで、知性を感じさせる。
凄くいい感じ。
浅黒く日に焼けた肌は精悍さを感じさせ、目鼻立ちははっきりと、両目はランランと輝いている。
そのイケメンが、諸肌を脱いで目の前にいるんだから、穏やかじゃないよねぇ〜。




