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第二話 【召喚編】蝦夷

「キツイ、キタナイ、キケンな仕事は嫌だから」そう告げた瞬間。

ジジッ、ジジジッ――この場にふさわしくない電子音のような奇妙な音が響いた。

サッと前鬼と後鬼が飛び退り、辺りを窺う。

なんだろう、コンビニの裏にある青い誘引灯が虫を焼く音?あんな感じの音がしたんだよね。


オズヌは、わたしを背で庇(かば)うようにして身構える。

場の空気が一気に緊迫する。


やだ、ちょっと、この緊張感、耐えられない「なに?なに?なに?」とあたふたするわたし。

「落ち着け、小娘、責は負う」とオズヌ。

「ヌシは、ワレが守る」

わたしに向けて放たれた、超絶美少年の頼もしい一言にキュンとしてクラっときた。


いや、グラッときた。地震?そうじゃない、空間がぐにゃりと歪んでる!?

比喩ではなくて、本当に空間がねじれ、膝が抜けるような感覚に襲われた。

危うくこけそうになって、オズヌの背に掴まった。


目が回るぅぅう、揺らぐ視界の中、歪みの中心のようなものが目に留まる。

その渦巻く中心が、弾けるように反転して、忽然と巨大な何かが飛び出してきた。


ロボだ!ロボが飛んできた!

なんでロボ?やっぱり未来なのか?誰かここの世界観を説明してくれ!!

しかも、ロボはわたし目掛けて、一直線に、猛然と飛んでくる。


迫りくるロボ、もう終わりだ・・・スローモーションのように流れる光景、わたしの目はロボに釘付けになる・・・ロボ・・・じゃない?・・・土偶じゃん!?


クリクリの大きな目玉を細めたような、校外学習で行った博物館で見た、遮光器土偶ってやつじゃんか!

その土偶が勢いそのままに、わたし目掛けて腕を振り上げる。

死んだっ!そう思った瞬間・・・オズヌが後ろ手でわたしを突き飛ばした。


わたしは勢い余って、岩に頭を打ち付ける。

くらくらする視界の中で、振り下ろされる土偶の拳を、オズヌが拳で迎え撃つのが見えた。


爆発音の後、衝撃波が届く程の激しい衝突だった。

土偶とオズヌ、両者の腕が弾け飛んだ。

血も肉もなく、ただバラバラと砕け散った。


バランスを崩した土偶を「フンッ!」とオズヌが蹴倒す。

そこへ前鬼と後鬼が襲いかかり、巨大な土偶を跡形もなく粉々にした。


わたしは、頭を打った衝撃と目にしたことの異様さにめまいを覚え、岩を背にしてズルズルとへたり込む。

「無事か?小娘」そう言うオズヌは右半身が砕け散っている。

いや、なんだろう、文字通り砕け散ってるんだよね、割れた陶器みたいに・・・

残った顔や胸もヒビだらけで、ポロポロと崩れてるじゃん。


そんな状態で、平気な顔で、わたしに声をかけてくるって、なんなんだよ。

てか、あんたなんなんだよ。人じゃないのかよ。

人間離れした美しさだとは思ったけれども、まさか人形?フィギュアかなにかなの?

「あんた・・・」なにをどう聞いたらいいのかわからない。

「何者よ?」口から出たのはそんな言葉だった。


「ワレか」オズヌがわたしの正面に向き直り、残った腕を腰にあて、胸を反らす。

「天下一等の術師・・・オズヌじゃ」ニヤリと微笑む。

いや、めっちゃ格好いいんだけども、そういう事を聞いたんじゃないし、術師って、そもそも、さっき術を使ったか?思いっきり物理的にぶつかってたろ。


「で・・・」とオズヌは間を取ってから「ヌシの名は?」と言った。

その芝居がかった仕草が鼻につくし、目の前で起こった不条理に理由もなく腹が立つ。

「佐藤たまおよ!」

わたしは、怒鳴りつけるように名乗りを上げた。

なんかもう理由わかんないし、考えるのが、面倒臭くなってきた。


わたしは、立ち上がるのも億劫で、岩に背をもたせかけフ〜と長い吐息を吐いた。

ちょこまかと動く二匹の鬼が目に留まる。

前鬼と後鬼が松明の明かりを頼りに、何かを拾い集めている。

もう、わたしは何にも考えず、何も考えられず、ただボ〜ッと二匹の動きを見るともなしに見ていた。


「オズヌ〜、オズヌよ!」遠くから呼びかける声が響いた。

しばらくして、一群の松明が近づいてくるのが見えた。


「オズヌよ!」という叫び声とともに、駆け込んでくる男たちが5人。

全員、毛むくじゃらで、毛皮を纏(まと)っている。

その毛皮から覗く肌には刺青があった。

腕や足だけじゃない、首にも顔にも刺青が入っている。

「やってくれたのぉ、イルタテ・・・ワレの身はボロボロぞ」

一見して年上に見える相手に、オズヌは気安い言葉で返す。

イルタテと呼ばれた男も全く気にしていない様子で、それどころか、ボロボロのオズヌの姿に驚いた素振りもない。

前鬼と後鬼はと言えば、イルタテを全く気に留めること無く、土を捏(こ)ねている。


イルタテが、男たちのリーダーなのだろう、他の男たちより明らかにゴツい耳飾りをしている。


「結界に異物が侵入したとオババが言うので、来てみたら・・・」とわたしに目をやってから「オズヌよ、お前の仕業かよ・・・」

こいつ、わたしを異物と言ったのか!?

なにをっ!と沸き起りかけた感情は、道理が通じない世界を前に、力なく萎んでいった。

どうでもいい、もうどうでもいい、わたしの気持ちは完全に萎えている。

前鬼と後鬼は、捏ねた泥をペタペタとオズヌに擦り付けはじめた。


「で、その娘は、なんじゃ」とイルタテが聞く。

オズヌはそれに答えず「そうか・・こやつに結界が反応したか・・・」とつぶやいた。

前鬼と後鬼は、仕上げとばかりヘラのようなものを取り出して、丁寧にオズヌの体の表面を整えていく。

まるで、手慣れたメイクアップアーティストのようで、その手際の良さは見ていて惚れ惚れするものがある。


「で、なんなのじゃ」と重ねて問うイルタテに「わからん」とオズヌは両手を広げてみせる。

そう、両手だ。砕け散った右腕は、もう完全に元通りになっていた。

便利なものだなあ、と思う。もう、驚くのももったいないような気がしてきた。


「お前が呼び出したのではないのか?」

「ワレが呼び出した」

「それなら、わかるじゃろ・・・見たところ小娘のように見えるが・・・」

「こやつが何者であるかはどうでもいいことじゃ・・・ワレが呼び出したことに意味があるのじゃ!」

そう言って、オズヌはドヤ顔を決める。


「無茶苦茶じゃな・・・」イルタテはオズヌに呆れ、わたしに向き直る。

「里の長(おさ)、イルタテという。よろしくな」と声をかけてきた。

「佐藤・・・たまおです。ど、どうも・・・」とぎこちない挨拶を返す。

お母さんの「なんでちゃんとできないの・・・」と言う声が聞こえた気がする。

いやいや、だって顔を覆うヒゲのせいで、何歳なんだかわかんなくて、敬語を使うべきなのか、タメ口でいいのか迷っちゃったんだよね。実際、ハッキリと年齢は掴めないが、わたしと同じ年くらいじゃないだろうか?


「うむ、歓迎する」とイルタテは爽やかに言うと、わたしが立ち上がるために肩まで貸してくれた。

身につけている毛皮からか、イルタテの体臭なのか、強い獣臭(けものしゅう)が鼻を突いたが、不思議と嫌な匂いではなかった。


イルタテは、わたしを抱きかかえながら、連れの男たちに告げた。

「今宵は客人を迎え、宴とする!」

男たちの歓声が夜の山に木霊した。


ーーーーーーー


で、今、イルタテの里で火を囲んで、里の地酒を頂いているのであります。

目の前で猪が焼き上がるのを待ちながら・・・脂が滴り薪がジュッと音を立てたりして、そりゃもう美味しそうで、いや絶対美味(うま)いだろこれって、焼き上がるのを今か、今かと・・・


いやいや、突然に理由(わけ)のわからないことが起こって、酒飲んでる場合じゃないって分かってるんだけどね。

状況を理解できないまま、何も納得できないままに、流されるようにして、今、ここにいるわけだけども。

そう、酒なんてほっといて、オズヌに色々と問いたださなきゃならないことがあるんだけどもね。注がれた酒を干さないわけにもいかないじゃないですか・・・ちょっとね、なんて言い訳を考えながら杯を口に運ぶ。


「うんめぇ〜」まあ、いいか、固い話は後で・・・

この酒なんだけどね、これね、とろりとして濁ってて少し酸味があって美味しいの。

で、アルコール度数高めだね、これ、レディーキラーにもってこいの酒だ。

酒は飲んでも、飲まれるな!わたしは自分を強く戒め、杯を啜る。


「しかし、イルタテ、蝦夷(えみし)が酒造りのために、森を開くか」オズヌの物言いには、どこか棘が感じられる。その棘に気づいているのか、いないのか「なんのなんの、森の御霊(みたま)も山の御霊(みたま)も酒を奉じられて、さぞお喜びであろうよ」とイルタテが応じる。


「イルタテって、蝦夷なの?」蝦夷と聞いて確認せずにはいられなかった。

「見てわからぬか?どう見ても蝦夷じゃろ」とイルタテはわたしに胸を突き出すようにしてみせる。


「いやぁ・・・ここ相模って聞いたから、そのぉ、蝦夷ってもっと北のほうかと」

「わしらはかなり前から、大和と共存することを選んだ蝦夷でな、北の方で争っている奴らとは違うのじゃよ」とイルタテ。


いやぁ、参ったなぁ蝦夷かぁ・・・東北出身のわたしとしてはどこか親近感を覚えなくはないんだけども、平安時代ではじめての食事が蝦夷となんて、すごくない。これSNSに投稿したら、絶対バズるやつだよね。

うわぁ〜って、好奇心が高まるのを抑えきれず、改めて里を見渡す。

茅葺きの掘っ立て小屋が幾つか見える。

車座になるわたしたちを取り囲むようにして、里の人達が集まり、めいめいにワイワイやっている。

その中でも、とにかく、子どもが多いのが目に付く。あっちにもこっちにも、少し大きな子が妹なのか弟なのか、背負っている姿もある。

一塊になっている子ども達と目が合った。


子どもたちは、わたしの目線に気付いて、ワッと声を上げる。

小さな子達が大きな子の背に隠れるようにし、ケラケラと笑っている。

わたしは小さく手を振ってみる。またまた、ワッと声が上がる。


中でもお姉さんといった感じの女の子が、少しうつむき加減で、唇をすぼめて、澄ましているのか、照れているのか、ゆっくりとわたしに近づいて来た。

そして、少し、距離を置いた所から、わたしの服を指さして、「すてき」と褒めてくれる。


わたしとしては、セーラー服に何とも言えない思いを抱いているわけだけど、この子にそんなこと言ったて仕方がないし、この子の好意が素直に嬉しい。


「ありがとう、触ってみる?」と言うと、女の子は、わたしの側まで来て制服のリボンに触れた。

それを見て、後ろにいた子ども達が、堰を切ったように、わたしの周りにワラワラと集まってきた。

そのうち里の娘やら、おばさんやらもやってきて、わたしは、もう、もみくちゃになる。


「コラ!コラ!女子供は下がれ!下がれ!」とイルタテが怒鳴って、皆が退くと、わたしはほっと一息つくことができた。

元の時代なら、女子供は下がれなんて言われたら、タダじゃおかないよね、絶対!

いや、まあ、ここで言っても仕方ない、実際、助かってるし、名残惜しそうに遠ざかるみんなに、わたしは小さく手を振った。


「で、オババはどこじゃ」とオズヌ。

「結界の件で塚を見てくると、出かけて行ったわ。なぁに、じき戻るじゃろう」とイルタテは杯を煽る。

「戻ったら、たっぷりお叱りを受けるぞ、覚悟しておけオズヌ」

「ブワハハハ」と男たちが笑う。


「オズヌ様は、オババの若い頃をご存知じゃとか?」と若い男がオズヌに尋ねる。

てか、あんたのほうがどう見ても年上だし、尊敬語使う必要ある?

それに、オズヌが、オババって人の若い頃知ってるわけないでしょうが、小僧だよオズヌは。


「おおっ知っておる、知っておる、あれはお転婆でな、どの男よりも狩りが良うできてな」

知ってんの?オズヌ、オババって人の若い頃、知ってんの?適当言ってる?

「オババ様は、自分で若い頃は里で一番の美人じゃった言うとるが、どうじゃったろう?」別の若い男が尋ねる。

「一番はそうじゃな、平塚の里に嫁いだ娘がおったろ、あれの次じゃな、オババが一番じゃったのは狩の腕じゃ」とオズヌが言うと、里人みんなが手を叩いて笑った。


男たちの物言い、里人の反応といい、オババという人が、この里で、煙(けむ)たくも敬われている感じが伝わってくる。


わたしは杯を舐めて、鶴岡のお祖母ちゃんを思い出す。

羽黒山の小さなお宮を守っていたお祖母ちゃん。

大好きだったお祖母ちゃん・・・実の娘であるお母さんとは、折り合いの悪かったお祖母ちゃん。

会えなくなってから随分経つお祖母ちゃんのことを思い出す。

元気かな・・・酔いも手伝って、物思いに耽りそうになった時、「焼けたぞ!」と声がかかった。


お待ちかね猪の肉が焼き上がったぁ〜!

わたしは、その骨付き肉に齧り付く、箸などない、というか必要ない。

野性味あふれる肉の歯ごたえと脂の甘みが口中に広がる。

しかも、とろみがあって、少し酸っぱい酒が合う!

平安時代、いいかも!蝦夷最高!


場の雰囲気は最高潮、イルタテが杯を掲げ「酒解神(さかとけのかみ)に!」と号令すると、男たちも高々と杯を上げ「酒解神(さかとけのかみ)に!」と合唱した。

わたしも理由(わけ)もわからず合唱する、酒の席ではノリが大事だからね、一緒に盛り上がらないとね。


「チッ」と舌打ちがする。そちらを見るとオズヌが一人、眉をしかめて飲んでいる。

わたしは、今、最高に気持ちがいい、とても寛大な気分であるので、オズヌをかまってやることにする。

「おいおい、美少年、ノリ遅れたか、酒の席で湿気(しけ)た面だなぁ、おい!」と肩を叩く。

グニョ、変な感触がした。あっ・・・オズヌの肩が凹んでいる。


し、しまった、まだ、固まってなかったのね。

一気に酔いも冷めて「ご、ごめん」と謝る。

オズヌは口をつぐんで、鼻を摘みフンッと息を吐いた。

プールで耳に水が入った時にやる、耳抜きの要領だ。すると、凹んだ肩が、ペコっと戻った。

「どういう仕組だよ、それ!」思わずツッコむ。


「にしても、里長(さとおさ)よ」とイルタテに若い男が声をかける。

「オババ様、遅すぎやせんかな?」

「そうじゃなぁ・・・誰か迎えにやらせるか」


オズヌがガバっと立ち上がる。それを、自分が迎えに行くというオズヌの意思表示だと見たイルタテが

「いやいや、オズヌよ、お前は客人じゃ、ゆっくりしておれ」とオズヌに座るよう促した。

わたしは座り直せとオズヌの袖を引いた。

袖を引ききらずに手を離す。

仰ぎ見たオズヌからただならぬ空気が漂っていた。


オズヌは大きく腕を振り上げ、杯を地に叩きつけると、その破片を踏みにじった。

なんて行儀の悪いことをするんだよ、わたしは肩をすぼめて杯を舐め知らないフリをすることに決めた。

里の男たちはオズヌをたしなめるわけでもなく、オズヌの異様な雰囲気に釣られるようにして、ノロノロと立ち上がった。


男たちは怪訝な表情でオズヌが見つめる先を、追うようにして眺めている。

「異変か?」とイルタテがオズヌに尋ねる。

オズヌはチラッとイルタテに蔑んだような目線を送って答えない。


月夜の晩だ、遠くには黒ぐろと山並みが浮かび、手前でススキの影が揺れている。

澄み渡る空に、山犬の遠吠えがひとつした・・・月が朱に染まり始めた。

その時、男たちは何かに気付いたのか、互いに目配せすると、一斉に手にした杯を地に叩きつけ、踏みつけた。


おい、おい何なんだよ、まだ何かあるのかよ、泣きたい気持ちを抑えて、わたしも立ち上がる。

さすがに杯を割るような野蛮なことはしない、杯をそっと腰掛けていた丸太の上に置いた。


月が熟したように朱くなる。わたしは、噴き出した汗を、拭う。

良くないことが起こっている。今となっては、わたしにも、それがわかる。

そう、悪い予兆を感じて、第六感、アラームが鳴っている。


朱い月を影がかすめた。

その影は弧を描いて、どんどん近くなる。


ドシャっと地面にめり込むような音がして座の真ん中、オズヌの足元に転がった。

オズヌがそれを拾い上げ、土を払い、愛おしそうに見つめる。

わたしは、それを見た、見てしまった、両手で顔を覆っても、もう遅い。


「オババじゃ」オズヌは確かに、そう言った。

《人物紹介》

イルタテ:早くから大和朝廷に帰順した蝦夷のリーダー。米を作るためでなく、酒を作るために森を切り拓く。里に下りる前、彼らが暮らしていた山の中に、オズヌの磐座がある。


《後書き》

第一話、第二話をお読みいただき、ありがとうございます!

おかげさまで、今まで自分が書いてきた作品の中で一番早く100PVを達成することができました。

本当にありがとうございます。

しかも、さっそく感想までいただいて……いやぁ、書き手冥利に尽きるってもんです。

感想をいただけるって、こんなに嬉しいものなんですね。

評価、ブックマーク、感想などいただけましたら、これから書き続ける大きな励みになります。

引き続き、たまおの平安珍道中にお付き合いいただければ嬉しいです。

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