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186 準備・準備・準備

「げっ!!! シオンッ?!」



 昨日――


 また来るって号泣しながら帰っていったけど……


 もう今日来ますか?!



「レン……私……仕事……春まで……ない……」


「はい? なんて???」


「だから……私……ひま……レン……あそぼ?」


「いえ……遊びません。俺、暇じゃないんで」



 俺が即答するとシオンは――



「……なんでぇ? う、ううぅぅ~~~」



 まぁ~た泣き出した……


 何この子……超面倒臭いんですけど!



 ――カタンッ



 二階に続く階段から物音がした。


 嫌な予感がして振り返ると……



「…………蓮さま…………」



 氷のような視線のヴィヴィが、顔を半分だけ出してみていた。


 分かってます……ヴィヴィさん……


 分かってますけど――



「ひぐっ、ピスゥ! ひぐぅ、ピュゥ~!」



 シオンはすでに前歯から空気を漏らしながら泣きじゃくっている。


 も~~~~~!!!!!


 早速予定狂いそうじゃないかぁ!!!!!



「そ、それより! ばあちゃん! プライさん! 何してるんですか?!」


「いや、蓮ちゃん違うったい! 私たち……こん子ば追い返そうとしたんやけど、『絶対に蓮ちゃんと会う』って聞かんくて……ねえ、プライちゃん」


「う、うむ……それで『5分以内に私を捕まえられたら帰る』というからの……とっとと取っ捕まえて、放り出そうとしたんじゃが――」


「これが……なかなかすばしっこくてねぇ」


「え――二人掛かりで出来なかったの?!」



 二人は肩で息をしながら、不満そうに頷いた。


 嘘だろう――ッ?!


 ばあちゃんはともかく、プライさんが捕まえられないなんて……



「なんの……まだ5分経っておらんじゃろ……」


「ぐすっピュ……うん。まだ経ってない……」


「もう一丁じゃ! 伊織さん!」


「はいよう!!!」



 ――シュウゥゥゥ……ボンッ!!!

 ――バキバキバキッ! シュルルル!!!



 ここからのシオンは凄かった……


 身体強化をしたプライさんの凄まじい速さも、ロビーいっぱいに広がるばあちゃんのくさ手も、シオンにかすりもしなかった。


 まるで踊るように、ものの見事に全ての攻撃を躱していく。


 動きが速いとかではない……


 本当にゆったりと踊るように――


 何度も練習した通りに動いているようにもみえた。



「ぶはぁぁぁ!!!」



 ――シュウゥゥゥ……ぼふんっ!



「だ、だめじゃあ~……すんごいのぅシオンの嬢ちゃん(・・・・・・・・)……ワシ、もうお手上げじゃ。これ以上やると寿命が縮む。降参じゃあ!」



 プライさんは身体強化を解き、ベンチに身を投げ出した。


 あ……プライさん……『痴女』から名前呼びになった……



「はぁはぁはぁ……わ、私ももうやめ! なんか……狐につままれたような感じばい」



 いや、狐はばあちゃんだけどね。


 ばあちゃんもくさ手をしまい、プライさんの横に腰を下ろした。



「蓮ちゃん! あんた……あんたの神槌(しんつい)やったら、捕まえられるんやない? ちょっとシオンちゃん! 蓮ちゃん相手にやってみてん!」


「え?! なんで俺に振るんだよ!」



 シオンはばあちゃんの言葉が理解できなかったのか、一瞬宙に視線をなげ答えた。



「いいよ……でも……レン……笑って?」


「え? なに?」


「いいから……笑って」



 俺は言われるまま笑ってみせた。


 シオンの視線が『俺の前歯』をガン見している気がする……



「…………レンが私を捕まえられたら…………帰る。でも今度は……私も攻撃するけど……いい?」


「よかよか! 蓮ちゃんの神槌(しんつい)に追い付ける人間なんておらん! 蓮ちゃん! ピシャーーっと! ピシャーーっと決めちゃってん!!!」


「なに勝手言ってんだ!」


「婿どの! 伊織さんの言う通りじゃ! あんたのあの『速いやつ』じゃったら、どうにかなるかもしれん! やれい! ワシらの仇を討ってくれい! 後生じゃあぁ!」



 ほんと……二人とも負けず嫌いなんだから……


 まあ、攻撃といっても……か細い女の子だ。


 昨日は――


 不意を突かれたから殴られたけど……


 来ると分かっていたら、どうってこと無いだろう。



「はぁ……分かったよ。シオン……俺、今日、予定があるからシオンとは遊べないんだ。だから、俺が君を捕まえたら、本当に素直に帰ってくれる?」


「うん……わかった……」



 シオンはそう言うと――


 足元に転がっていたヘイルさんが飲み散らかした酒瓶を手に取った。


 そしてニカリと笑い、折れた前歯を見せた。



「……お揃いに……しようね……」



 ――ぞぞぞぉぉぉぉ!!!!



 何だってぇ~~~?!


 その酒瓶で俺の前歯をやる(・・)ってのか?!



「じゃあ……いくよ……」



 シオンは嬉しそうに笑いながら、酒瓶を振りかぶり俺の方へ駆け寄ってきた!!!



 ――タタタタタッ



 待て待て待て~~~!!!


 怖い怖い怖いぃぃぃ!!!


 こいつ――


 どうしても俺と歯抜けのお揃いになりたいのか?!


 ああ~~~もうそこまでシオンが――


 これは神槌(しんつい)を……



 ――タタタッ



 あれ……? お、遅い???


 これは……神槌(しんつい)を使うまでも――



「やぁ~!」



 ――ブンッ……パシッ。



 俺はシオンの振り下ろした酒瓶を軽く受け止めた。


 遅い……そして……力も弱い。


 なんで――


 なんで、ばあちゃんやプライさんはこんなのを捕まえられないんだ???



「えっと……はいっと」



 ――ガシッ



 俺はいともたやすくシオンの手を掴み捕まえた。



「……捕まった……」


「ありぃ?! なんでね?!」


「なんじゃそりゃあ! シオンの嬢ちゃん……お前さん手を抜いたじゃろ?!」


「……抜いてない……本気で折りにいった……ふふっ!」



 本気で折りに来るな!


 そして何がそんなに嬉しいの?!



「嘘やん! 絶対嘘! 今の無し! シオンちゃん! もう一回! ちゃんとやらんね!」


「……わかった……もう一回……」


「え? ちょ、ちょっと――ッ!」



 ――ブンッ! パシ。

 ――ブンブンッ!! パシパシ。

 ――ブンブンブンッ!!! パシパシパシッ。



 何これ……楽勝じゃん……



「なんでねぇ!!! ちゃんと前歯折らんねぇ!!!」


「何でばあちゃんが俺の前歯折ろうとしてんだよ!」


「はぁはぁ……やっぱり……レン……凄い! うふふっ」



 シオンは何故か俺に攻撃を当てられないこと(・・・・・・・・)が嬉しそうだ。



「ねえ、シオン、約束通り……帰ってくれる?」


「…………うん…………わかった…………また来ていい?」


「え?! いや~……ダメとは言わないけど……ねぇ、シオン……君、本当になんなの? 何がしたいの?」



 ――ゴトンッ……カラカラッ



 シオンは酒瓶を雑に床に置くと、少し考えて答えた。



「レンと一緒だと……楽しい……嬉しい……」


「ええ?!」



 そういうの……ヴィヴィの前で言わないで欲しいです。



 ――じとぉぉぉぉ



 俺の後頭部に、氷の視線が突き刺さってるのが分かります。



「レン……凄いよ……私を捕まえられるの……多分……レンだけ……」


「え? ああ……そうなの? そうかぁ?」


「うん」


「そ、そう……」



 シオンは嬉しそうに『隙間』からひゅうひゅうと息を漏らしながら、興味深そうに俺を見ている。


 ねぇ……歯、治さない?


 物凄い美人なのになぁ……


 なんかもったいないよ?



「で、では……お引き取り下さい……」


「……わかり、ました…………またね」


「~~~ん……ま、またね……」


「ふふひゅぴゅぴゅぅ~」



 シオンは何故かご機嫌で帰っていった。


 はぁ……朝からとんでもない騒ぎだったが……


 何とか帰ってくれてよかった。



「絶対ズルやけん! ズル! ねぇ! プライちゃん?!」


「うむ~……いや、シオンの嬢ちゃんの動き……ありゃ本気でやっとたようにみえたぞい。ワシらの時と変わらぬ動きじゃった」


「え……そうなん??? じゃあ何で私たち捕まえられんやったん???」


「分からん……ワシも長いこと武の世界に身を置いておるが、こんなこと初めてじゃ……つまらん! ひじょ~~~につまらん!」



 でた……秀治。


 てか、俺……あなた達の要望どおり捕まえましたよね?


 なんで怒ってんの???



「婿どの! 買い出しは済んだのか!」


「ええ?! いや、まだ朝ですし、起きたばかりですし、今ほら、シオンと――」


「言い訳はいらん! はよ行ってこんかぁ!」



 うわ~~~この人……


 自分がシオンを捕まえられなかったから、かなりご機嫌斜めだ……


 何か最初は、『達観した武術の達人』とか思ってたけど――


 案外……子供だぞ~~~。


 やっぱあれかな……何か一つ突き詰めた人って、どこか欠落してんのかな。


 人……殴ることばっかり考えて生きてきたから???


 あれ? 何か急に不安になってきたぞ……


 プライさんの言う通りトトゾリアに行っていいのか???



「はよ行かんかぁ!!!」


「は、はいぃ!!! ヴィ、ヴィヴィ! 行こう!」


「……はい!」



 よかった……ヴィヴィの機嫌の方は……



「私も、支度しますね!」



 少しは良くなったみたいだ。




 ◇     ◇     ◇




 その後、俺とヴィヴィは――



「すみません、えっと……このヨツシアマンドラゴラと、え~魔族の爪ってあります?」


「ん? 魔族って言っても色々だよ。どれ?」


「あ、えっと……ヴィヴィ、なんて書いてある?」


「あ、はい……コボルトって書いてます」


「あいよ、コボルトね」



 プライさんのリストに従い、マツィーヨの街で買い出しをした。


 もちろんメイジシルクで変装してメシスキーとして。


 結局、俺が立てた予定は――



「蓮さま……お気持ちは嬉しいのですが……詰め込み過ぎです」



 とヴィヴィに止められた。


 ブリキのカンカンの財布も、首掛け置時計も――



「私が時間もお金も管理しますので……それ……置いてきてください」



 やっぱり格好悪かったみたいだ。



「まったく……蓮さまって……ふふっ」



 まあ……何だかんだヴィヴィが楽しそうにしてたので、良しとしよう。


 無事、刻印式用の買い出しも済んだ。


 さあ、次は――




 ◇     ◇     ◇




 ――「ええ?! ぼ、僕がこの宿を?!」――



 買い出しが済んだ後は、ヘイルの宿の『引継ぎ』をすることにした。


 引継ぎを頼むのはサシムさんだ。



「おうよ、メシスキーちゃんたち、春までトトゾリアに行くらしくてよぅ。それまで、お前さんにここ任したいんだわぁ、頼める?」



 ヘイルさんはサシムさんに膝枕をして貰いながら、ベンチで寝転がっている。


 このスタイルがデフォルトになってるのか?


 人にものを頼む態度じゃないですって、ヘイルさん。



「で、でも……ヘイルさんがいるじゃないですか。なんで僕が?」


「あぁ~ダメだわ俺……人に宿任せる楽さ(・・)を知ってしまったら……もう面倒臭くて接客なんてやってらんないよ。オーナーオーナー。オーナー業に専念するわ」


「は、はぁ……」



 ヘイルさん……オーナー業……なめてるんですか?


 あなた……俺たちに宿を任せて以降、マジで何もしてないじゃないですか。


 まあ、余計な口出ししない所がヘイルさんのいいところではあるが……


 ただ面倒臭いだけですよね?



「サシムさん……サシムさんだったら安心して任せられます。売り上げは私たちがヘイルさんと契約した『折半』を引き継ぎますので」


「え?! 半分も?! い、いいんですか?」


「もちろんです。ヘイルさんだけに任せると……いえ、ヘイルさんはオーナー業で忙しいので――」


「なぁ~に言ってんのメシスキーちゃん。俺は面倒臭いだけだ。変な気を回すなよ」



 なんでこの人は、怠惰に関してこんなに潔いんだろ?



「はぁ……そうですね。それで……どうですか? サシムさん、ご自分の宿と兼任出来ますか?」


「だ、大丈夫だと思います。あ、というより! 皆さまから大狸式入浴法を教わってから、部屋が満室になりまして、従業員を雇ったんです」


「そ、そうですか! それは良かった。大狸式が浸透してきてますね」


「ええ! 仲間の宿も部屋が埋まっているそうです。あ、それで、従業員を雇えるようになったのはいいのですが――私の宿は小さいもので、私自身があぶれてしまって……実は身体が空いてまして……」


「はは。そうですか! じゃあ――」


「ええ! むしろありがたい話です! 是非お受けさせて下さい!」



 よし。ヘイルの宿の引継ぎはこれでOK。



「へへ、サシムさんよぅ、頼むぜぇ。言っとくけど、俺は本当に何もしないからな」


「わ、わかりました……お任せください!」


「叫ぶなっつうの! 唾が顔にかかるだろうが!」



 じゃあ、膝枕をやめなさいよ……



「では、私も従業員にその旨を伝えます。引継ぎの日にまた参ります!」


「よろしくお願いします!」



 サシムさんは意気揚々と帰っていった。


 これで、旅立つ準備はほぼ終わったな。


 あとは……なんだったっけ?



「ようし……婿どの、話はまとまったようじゃな……」



 プライさんが首をコキコキと鳴らしながら、何やら準備体操をしている。



「これから、定期便が来るまでの6日間……最後の準備をするぞい」


「え? 6日間も? 何をするんですか?」


「言うたじゃろう……|婿どのが婿どのになるため《・・・・・・・・・・・・》の準備じゃ……さて、陽が落ちる前にいっちょひと揉みするかの……街の外に出るぞい」



 首コキコキからの街の外でひと揉みって……


 あ――


 これは……この流れは……間違いなく……



「も、もしかして……せ、戦闘訓練?」


「ふぇふぇふぇ……ワシを誰じゃとおもうとる? それ以外に教えるものなんぞなかろう」



 や、やっぱり……



「それと――チエさん? じゃったかの? 婿どの中におる精霊さんじゃったか?」



 プライさんには俺たちが転生人であることを教えた時、チエちゃんの事も伝えていた。


 ただ、プライさんはチエちゃんと実際に話せるわけじゃないので、その存在自体はまだ曖昧に認識している。



「あ、えっと……チエちゃんは、江藤書店って店の恩恵です」


「ふむ……店の恩恵のぅ……なんやよう分からんが……チエさん、ワシの声は聞こえとるか?」


《ジジッ――はい、聞こえております。蓮さま、お願いします》


「う、うん。聞こえてるそうです」


「この訓練はあんたにも関係する。心して学ぶように」



 え? チエちゃんも関係するの?


 いや――確かに俺の戦い方は、チエちゃん抜きじゃ考えられないもんな。


 そりゃそうか……



《は、はい。かしこまりました》


「わかったそうです」


「ふむ。ほいじゃ、行こうかの!」



 外に出ると冬の夕暮れが街を赤く染めていた。


 ひと揉み……


 お、お手柔らかにお願いします――ッ!!!







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