185 心の扉、開いたり閉まったり
「あの~……で、その素材って何ですか?」
俺がそう問いかけると、プライさんはポッコお腹に頬ずりしながら、ニヤリと笑った。
何それ……俺もしたいんですけど。
いつからこの二人こんなに仲良くなったの?
あれかな……プライさんの強さに動物的ヒエラルキーが働いたのかな?
「ある王家に伝わるものじゃ」
「え……いや、ある王家って……それはもう――」
「そうじゃ? トトゾリア王家に伝わるものじゃ? なんか文句あるか?」
「やっぱり……別に文句はありませんけど……」
「やぁ~ん! サリちゃんの故郷やん! 鳥取鳥取! 砂丘砂丘! 私行ったことないんよねぇ! ち言うか、福岡以外行ったことないばってん。四国も初めてやったし! へはは」
全く……ばあちゃんは呑気なものだ。
完全に旅行気分じゃないか。
「でもプライさん……俺たち、あんまりのんびりしてられないんですけど」
「分かっとる。帝国の掃討作戦じゃろ?」
「ええ」
「心配いらん。春の雪解けまで二月というところか……それまでには、ヨツシアに帰ってくる。ここからトトゾリアはそう遠くない。ヨツシア大陸とモトス大陸を繋ぐ定期便も出ておるからの」
「はぁ……あの、それで……赤札の解除って――」
「あ~~~それは~~~トトゾリアについてから説明するわい……な~~~~~んも、心配せんでぇ………………よい!」
う、うわぁ~~~、胡散くさぁ~~~。
心配しますって、その感じ……
絶対何か企んでるでしょう。
目の泳ぎ方が半端じゃないですよ。
二周は回りましたよ。
「とにもかくにも! ワシらはトトゾリアへ行き、素材を手に入れる! そしてポッコちゃんに超強力な身体強化をかけてみる! 魔人に進化出来れば、魔力探知の強さも飛躍的に上がるじゃろう。そして、光の死神をぶっ倒して、魔族の集落へ向かう! ふぇふぇふぇ……完璧じゃあ!!!」
「完璧ぜよ! 伊織さん! ワシ、魔人、なる!」
「うんうん! よかったねぇ! ポッコちゃん!」
なんか……三人とも盛り上がっている。
俺とミルカだけ、取り残されているな。
ミルカ――魔導士試験どうするんだろう。
受けるのかな……
落ちこぼれ同盟のポッコが先んじそうだし、焦ってたりするのかな……
いや、そもそも――
「もし……ポッコが魔人になれなかったら?」
――「「「……うっ……」」」――
三人とも固まってしまった。
ポッコに至っては「キュウ~」というため息とともに、枯れ枝のようにしぼんでしまった。
「…………やかましい! そうなりゃ、そん時考える!」
「そうばい蓮ちゃん! いい雰囲気に水を差しなさんな!」
「全く……若いっちゅうのに、心配が先に立ちすぎて、つまらん! ひじょ~~~につまらん!」
あ、この二人……混ぜるな危険だ。
この出たとこ勝負の感じ……
商店街のおいちゃんたちの空気だ。
「つまらん!」
いや、あんたは大滝秀治か。
「ようし、伊織さん、そうと決まれば旅の支度じゃ! 次の定期便まで『一週間』ある。それまでに、諸々の買い出しと、絶対に必要な準備をするぞい!」
「わかったばい! プライちゃん!」
「ん……? 絶対に必要な準備ってなんですか?」
「ふぇふぇふぇ……婿どのが婿どのになるための……絶対に必要な準備じゃあ!」
はあ? 俺が俺になるための準備???
いやそれ……何の回答にもなっていないですって……
「ワシは今から新たな刻印式に必要なものをリストアップする! 明日、手分けして買い出しにいってくれい!」
――「「おお~!!!」」――
というわけで、俺たちは魔族の集落に向かう前に、トトゾリアに行くことになった。
なんか……変なことに巻き込まれそうな予感がしてならないが……
でも、今、光の死神に対抗するためには、ポッコの魔人化が必要なのは間違いない。
強制進化の謎も解けるかもしれないし……
ここはプライさんのプランにのるしかないか……
でも……
どうか――平穏無事にすみますように!
◇ ◇ ◇
――コンコンッ
「あの~、蓮です……ヴィヴィ……さん、いますか?」
その夜、俺はヴィヴィに一言謝ろうと部屋を訪ねた。
――ギイィィ……
「はい……なんでしょう?」
扉を開けたヴィヴィの表情は相変わらず暗い。
そして、扉を開けたと言ったが――
開いたのは、顔が半分見える程度の半開き……
これは、まだまだ怒ってらっしゃいますよねぇ……
「ば、ばあちゃんは?」
「……お風呂に入られています……」
「そ、そう……あ、あの……ばあちゃんから聞いた? トトゾリアに向かう事」
「……聞きました……ポッコさんをパワーアップする為でしょう?」
「う、うん……そ、それで明日、色々買い出しに行くんだけど……一緒にどうかなって」
「買い出し……?」
隙間から覗くヴィヴィの顔がさらに曇った。
これ……絶対昨日の事を思い出してるぞ。
「う、うん……あ! 昨日は何か、ごめんね……せっかくのデ、デデデート? だったのに……」
ピクリとヴィヴィの猫耳が反応した。
「…………あれは…………デート…………だったんですよね?」
「…………あれは…………デート…………のつもりでした」
「そもそも……デートってなんですか?」
「そもそも……デートってなんでしょう?」
――ギィ……
え?! 扉の隙間が少し狭まった!
これ――返しを間違うと閉まっちゃうシステムですか?!
「分からないで……誘ったんですか?」
「分かっているつもりで……誘いました」
「では……デートとは?」
「デートとは…………え? デートとは???」
そ、そう言われると――
デートって……なんだ?
《ジジッ――蓮さま……デートとは、好意を寄せる特別な相手と日時を定めて会うこと、またはそのお出かけ全般を指します。語源はかなり古く、ラテン語の『datus(与えられた)』という言葉です。日本では大正時代から使われるようになったはずです》
あ……ありがとう! チエちゃん!
「デ、デートとは好意を寄せる特別な相手と日時を定めて会う事です! またはその全般です! 語源はラテン語! 大正時代から使われるようになりました!」
「……ラテンゴ? タイショージダイ?」
「はい! あ! いや! わ、分からないよね……」
「それ……チエさまですよね?」
――「う!」《う!》――
「チエさま……聞こえてますよね? これは私が蓮さまに聞いているんです。横やりは入れないでください」
すぐばれた。
そしてさらに怒ってるぅ~。
《ジジッ――は、はい! も、申し訳ありません。差し出がましい真似でした! し、失礼しまジジッ――》
チエちゃんはヴィヴィにも聞こえるように念話チャットルームを開き、速攻で閉じた。
――ギィィ……
嗚呼! 扉も閉まる!
「ご、ごめん! ヴィヴィ! 最近ヴィヴィ頑張りすぎてたから! 息抜きになるかなって! お、俺……デートとか初めてで……上手くできなくて……で、でも! 本当に悪気はなかったんだ……予定通り進まなかったことも……シオンのことも……ほんとごめん!」
――ギィ……
扉が少しだけ開き、隙間からヴィヴィの瞳がじっとりと俺を見つめた。
「……デートの相手は『好意を寄せる特別な相手』……ですか?」
「……はい。そうです……」
「私は……『そう』ですか?」
「……はい。『そう』です……」
――ギイィィ
うお?! かなり開いた!!!
「……シオンさんは?」
「何も思ってません! むしろ怖いです! もう会いたくないとすら思っています!」
――ギィィ
また少し開いた――
前々から感じていたが……
ヴィヴィって感情が行動にすぐ出るんだよなぁ。
分かりやすいっちゃ分かりやすい……
「じゃあ……サリサは?」
え――
こ、ここでサリサのこと、聞くぅ~~~?!
やめようよ~~~~~!
ややこしくなるじゃない!
「トトゾリアに行くって事は……サリサに会うんですよね?」
「う、うん……多分……そうなるかな」
「蓮さまにとって……サリサは『そう』なんですか?」
こ れ は ~~~
何と答えたらいいんだ……
間違ったら、即、扉閉まるんじゃないか?!
違うって言ったらいいのか?!
だな……こ、ここは否定しておこう……
「サ、サリサは…………」
「…………サリサは?」
でも……本当にそうか?
違う――のか?
――『蓮、大好きだぞ』――
いや…………違わない…………
そうだ――
ごめん、ヴィヴィ……違わないんだ……
プライさんがトトゾリアに行くって言った時――
俺、正直……少しドキドキした。
このドキドキが何なのか……もう分かっている。
言葉にしてしまえば……そりゃ……簡単だよ。
分かってる……
「…………サリサは…………」
でも、まだ……言葉にしたくない。
言葉にすることで――
何か終わってしまいそうで……
何か変わってしまいそうで……
少し怖い気もするんだ。
「サリサは……その………………」
答えを知っているのに……
続く言葉が出ない……
「………………はぁ~~~、蓮さまって、本っっっ当に分かりやすいですよねぇ」
「え……」
「サリサが……蓮さまにとって特別じゃないはずがありませんよ。そんな事……分かってます……分かってて聞きました。すみません……少し意地悪しました」
「い、意地悪……ですか……」
「サリサは――凄いですよね。自分の気持ちにいつも正直で……ちゃんと蓮さまへの想いを――言葉にしています」
「う、うん……そうだね……ちょっと直球過ぎるところがあるけど……」
――ギイィィィ
ヴィヴィは扉を開け、姿を見せた。
「サリサは……私のライバルです。負けられません……」
「う、うん……うん?」
「蓮さま…………私…………」
ヴィヴィは一瞬視線を下げ、一つ息を吸うと、真っすぐに俺を見つめた。
「私……蓮さまの事が……大好きです。誰よりも。この気持ち……サリサにだって負けません」
「……あ……ありが――――」
俺は……安易に「ありがとう」と答えそうになった自分を抑えた。
嬉しいし、本当に、こんな俺を好きって言ってくれること自体……有難いんだ……
でも――
今は……何と応えていいのか分からなかった。
「そしてですね……困ったことに……私も……サリサの事が……大好きなんです」
「え……」
「だから……サリサがいない間は……抜け駆けみたいなことしたくない、とも思うんです」
「ヴィヴィ……」
「あ……でも、最初は、サリサが居なくなって、ちょっとだけ「やった!」って思っちゃったんですけどね……でも――今は……私もサリサがいなくて寂しいです」
「うん……そうだね」
「だから……私もトトゾリアに行くこと、本当に楽しみにしています」
なんか……
凄いな……この子……
俺なんかより、ずっとずっと――
「あ――でも明日の買い出し……昨日の埋め合わせって事で……そのくらいは――いいですよね? ふふ!」
真っすぐで……強い。
「明日――楽しみにしています! じゃ、じゃあ! おやすみなさい!」
「あ、ああ……おやすみ」
――ギイィィィ……パタン
ヴィヴィはそっと扉を閉めた。
閉めきる間際――
嬉しそうに微笑む横顔が見えた。
「……よ……予定――立てなきゃ……ッ! 完璧な予定!!!」
《え? れ、蓮さま……》
俺はすぐに部屋に帰って、買い出しの予定を立て始めた。
今度こそ完璧な予定で、このマツィーヨを巡るんだ!
財布は絶対破れないようにしないと……いっその事、鉄製の金庫とかの方がいいか?
馬車にブリキのカンカンがあったな……それを首からさげよう!
あ――ミルカからまた腕時計を借りなきゃ!
でも、もう貸してくれないかも……
いい! 俺には置時計がある! 紐もつけたからこれを首からさげよう!
《いや……蓮さま……それは――》
それからそれから……
「蓮さん~、えい加減寝ようや~、ワシ、明るいと寝付けんがじゃ~」
ポッコはローニャの脇に抱えられるように寝ている。
ヨツシアに来てから、寝るときはずっとこのスタイルだ。
ローニャを守っているつもりらしいが……
幼女姿のローニャとの組み合わせが、ただの幸せな画でしかない。
「ご、ごめん、ポッコ。あと少しだから」
「早う寝や……おやすみ」
「ああ、おやすみ」
よし……あとは――
それから数時間、俺は悩みに悩んで予定を書き上げた。
◇ ◇ ◇
次の朝――
――ドタンッ! ガタン!!! ドタドタドタ~~~!!!
(なんじゃ~~~! 何で捕まえられんのじゃ~~~!!!)
(プライちゃん! そっちそっち! な~~~んばしよっとね!)
(伊織さんこそ! もっと動かんかぁ!)
「ふがっ?! な、なに? どうした?!」
ロビーでやたら激しい物音と、ばあちゃんとプライさんの叫び声が聞こえたので、俺はベッドから跳び起きて降りていった。
「はぁ~~~はぁ~~~……こ、このワシが弄ばれるとは……ッ!!!」
「こりゃ無理ばい……全然捕まえられんばい……私ら本気でやっとんのに」
身体強化したプライさんと、くさ手で武装したばあちゃんが、ロビーで肩で息をしていた。
「ど、どうしたの二人とも! 朝から何やってんの! まさか……いい歳して喧嘩?!」
――「「違う!!!」」――
「こん子がまた来たんよ!」
「なんなんじゃこの娘……ただ者じゃないぞい!」
二人が俺の方を振り返ると、その間から顔を覗かせたのは――
「あ……レン! おはよう」
顔の真ん中にある『黒の隙間』がチャーミングな……
シオンだった。




